表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強剣士の血風伝  作者:
二章
7/61

ケーニヒ公国貴族会議

 東暦191年、ケーニヒ王国が公国になり、リュミエール帝国の傘下に落ちてから約15年の歳月が流れている。国家は王がいなくなり王侯貴族によって国家は切り分けられた状況にあり、それを纏めるのがレーヴェ家とドラッヘ家という二大勢力である。

 とはいえ、東の大国であるリュミエール帝国にとって、ケーニヒ王国を傘下にしたのは単純に南の軍事国家アームズ帝国との防衛線としてである。

 リュミエール帝国傘下に入ったケーニヒ公国は旧王城を取り壊して、黒鉄の巨大建造物シュバルツタワーを建造した。かつて黒い森を切り開いて作った都市と同じ名を持つ千年王城シュバルツバルトは既に失われているが、リュミエール帝国にも劣らない科学力を有した都市として南西部の軍事拠点として機能を果たしている。

 ケーニヒ公国はリュミエールの傘下になって落ち着いたかといえばそうではない。かつてケーニヒ王国の南東に隣接したアームズ帝国と北東に隣接したリュミエール帝国と中立国家として存在し、両国の均衡の下で平和を勝ち取っていた国家である。だがリュミエール傘下となったケーニヒ公国はアームズ帝国の侵攻を常に受けている。主にその尖兵として攻撃をしている隣接した領土はアームズ帝国傘下のウエストエンド騎士国である。


 シュバルツバルトの黒塔シュバルツタワーではケーニヒ公国の貴族達が顔を合わせて会議を行なっていた。

「また、南部でウエストエンドの連中が動いているらしい」

「はっ…あのアームズの忠犬が」

「しかし、南の国境線にあった北の高地を2年前に奪われてから厳しい状況が続いている。カッツェ領まで堕ちたら次は落ちぶれたロートブルクだ。もはやシュバルツバルトまで時間の問題となるぞ」

「ファルケンの連中も武門の連中が消えたと言えど一大軍隊を持っていたんだ。やつらがカッツェの後からどうにかするだろう。カッツェを抜かれたら終わりなんだからな」

「確かに…。カッツェ領エルデはこれまで何度も耐えてきた南の軍事拠点。もしもあそこがとられたら我々は…」

「しかし、ファルケンがカッツェを助けるか?カッツェは17年前に、早々とリュミエールと事を構えた際に我々側に寝返ったぞ」

「いたらいたでゲルハルトとエドガーは厄介だったが、やつらがいなくなればいなくなったで厄介とはな」

 この黒い塔で行なわれるケーニヒ公国首脳会議に参加する貴族達に、ファルケン派閥の人間は1人もいない。17年前の騒乱で大きく失脚し、7年前に当主が死んで以来、この場に参加できなくなっている。公爵家として領地は残れど、日増しに領土は削られており公爵の名だけしか残っていない、中規模領土の貴族として存在するだけで、中枢に1人も人材を送り込めないでいた。

「それにしても…くくくくっ。やつらも相当切羽詰ってたんだろうな!7年経った今でも笑えるぜ。まさかヴィルヘルムを生み出す為に殺し合いをさせて、間違って全員が死ぬとは!」

 ゲラゲラと笑う貴族たち。その中には公爵家だけでなく子爵や男爵といった小規模な貴族達もいる。そこまでファルケン家は落ちぶれたとも言えるだろう。

「それよりもヘルムート・フォン・レーヴェ卿、例の件、本当に大丈夫なのか?」

 ドラッヘ家当主ギュンター・フォン・ドラッヘ、白髪を後ろに流している70歳間際の男はジロリとこの国の公爵代表として頂点に立っているヘルムートに質問をする。

 ヘルムートこそレーヴェ家史上最強とも名高い文武に優れた怪物である。女王を殺す際に、単独で自身の国の城を破壊し、王家直属騎士を皆殺しにした本物の鬼でもある。背は2メートルに近く横幅も筋力で分厚い大男である。

 例の件、そう聞かれてレーヴェ家の人間達は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 だがヘルムートは全く意に介した様子を見せない。

「大丈夫も何も、10年前に片付いた事だ」

 ヘルムートはさらりと言い切ってしまう。だがこれはリュミエールに寝返った彼らの中で唯一の失態の件である。

 レーヴェ家はリュミエール家に寝返り、王城を陥落させ女王を殺して、その首をリュミエールへ差し出したまでは良かった。王族を皆殺しにしたが、ヘルムートの正妻として降嫁していた王位第3後継者マグダレナが亡くなったのは、10年も前の事だった。その為、リュミエールからのお咎めに対する決着は着いた筈だった。

 だが最近になって1つの噂が上がってきていた。マグダレナには娘がいたという話である。そして、レーヴェ家はそれを隠しているのではないかという噂がある。

 リュミエール帝国は何よりもケーニヒ女王家を恐れていた。元々、このケーニヒ王国が1000年栄えていたのは、ケーニヒ家の血を引く女王達がいずれも稀代の天才だったからだ。三大公爵が武力に優れていたのは、文官の持つ能力を王族が一手に引き受けていたからに過ぎない。リュミエール帝国とアームズ帝国の魔導科学の発展と軍事兵器や軌道列車といった文明を東や北の国よりも発展させていたのは、ケーニヒ女王の研究所からの副産物であった。

 現代の魔導兵器の基礎理論は全て歴代のケーニヒ女王が考えたといっても過言ではない。リュミエール帝国が占領して15年、それでもケーニヒ女王の一族を恐れているのは、彼女達が万一にも1人でも生きていて、その天才的な知能を持って復讐をされたら非常に厄介だからである。

「尋問にかけ、マグダレナは自身に子がいなかった事を口にしている。我が領においてもそういった事実は存在しない」

 ヘルムートはあっさりしたものである。

「だが…レーヴェ卿よ。お主の都市が科学で発展すれば、いずれも怪しむ事になるぞ?」

「ふん、そもそもリュミエールは考え違いをしている。たしかにケーニヒ女王は代々天才を輩出してきたが、毎回同じ才を出していたわけではない。それは我らが良く知っている事だろう。マグダレナは才が無かったから私の下に降嫁させたのだ。王家はそこまでバカじゃない。万が一にも私とマグダレナの間に子供がいたとして、その子供に才能があるなど限らぬし、それもいない事ははっきりとさせた筈だ」

 ヘルムートは呆れるように首を横に振り、溜息を吐く。

「南部のカッツェ領に関してはどう致しましょう?」

「ファルケンに無理にでも動かせ。朽ちた軍属といえど、かつては列強の猛者によって構成され田私兵団を持つ領土だ。そうだな、やつらが攻めて来れなくするまでカッツェに協力しろとでも言えば良い」

「カッツェ家とやつらが協力などありえないでしょうが、まあ、カッツェ領が抜かれる事があれば、次は奴らでしょうし体を張ってもらいましょうか」

 ケーニヒ公国貴族達は一番の重要課題であるカッツェ領へ侵攻してきたアームズ帝国の対処である。

 戦争が増えたこの国にとって、政治とはほとんどが他領に益のない戦争を回して、自領を潤す事なのである。



 会議が終わるとヘルムートは足早に塔を出て、首都に存在するレーヴェ領事館へと向かう。

 領事館の屋敷の中に入ると黒服の男が畏まるように前に現れる。

「リーゼロッテはまだ殺せていないのか?」

 ヘルムートは迎えにやってきていた黒服の男に尋ねる。黒服の男は頭を下げたまま答える。

「ドラッヘの連中、どうやらあの女の事を嗅ぎ付けたようで…あれを帝国に売って、我らを貶めようとしている可能性があります」

「…厄介だな」

 リーゼロッテ、ヘルムートとマグダレナの間に生まれた子供である。

 ヘルムートは存在しないと言ったが、実際にはリーゼロッテというマグダレナとの間に生まれた子供がいる事を知っている。そもそもマグダレナを匿っており、その時に息子達は側室の娘と言う事でリーゼロッテと暮らしている程だった。だが帝国にマグダレナを匿っているという噂が流れてしまった為、総勢を上げて国内を調べて捕えた…という事してマグダレナを殺して帝国に差し出している。

 その際にリーゼロッテに本当に逃げられたのが失態だった。

「ドラッヘの連中、ミハエル4世をガキに継がせて以来、圧力を強くして来ている。勢力も五分五分まで盛り立てられつつある。失態を表立たせる訳には行かない」

ヘルムートの言葉を全て理解したように黒服の男は頷く。

「引き続き、リーゼロッテ様探索の任に暗部を動かしましょう」

「確保しろとは言わぬ。捕まらないようなら殺して始末しろ、良いな」

「はっ」

 だが、ヘルムートは指示を出しながらも、それがまだ甘い事を察する。万全を期して家に軟禁していた娘は、10年前、見事に侍従の騎士と共に逃亡したのだ。小さい策をいくつも弄し、気付けばまるで偶然が偶然を折り重ねるような逃亡劇をやってのけたのだ。

 ケーニヒ王族はいずれも天才と呼ばれる類であるが、知能的な才覚がどの分野で開かれるか分からない部分がある。リーゼロッテはまさに先の読み合いというレベルではなく、未来予知に匹敵した、因果の操り方に才を持つ女である事が、既に逃亡した時にしれている。下手をすると、そのままレーヴェが滅びるシナリオを描いていないとは限らない。

「それと、近々、ヨハンを公爵に即位させ、私は退任する」

「え!?」

 ヘルムートは想定外の手段を口にし、黒服の男を驚かせる。

「不服か?」

「ヨハン様がレーヴェ家を掌握するにはまだ時間が必要かと。それに長男のクラウス様が納得しないかと。そもそもヘルムート様が辞めるなどとなれば…国は大きく動いてしまいます」

「クラウスか…」

 ヘルムートは自分の退任が一番周りに影響を与えるにも関わらず、クラウスが納得しないと言う点に対して引っ掛かりを持つ。

 レーヴェ家における爵位継承権は、公爵の指名によるもので、実力順であり年齢は関係ないという点がある。長男のクラウスと次男のヨハンが後継者候補となる。

「現在、勢力的には五分といった所です。ヘルムート様が直接継ぐように言い渡せば、確かに傾きましょうが…クラウス様はどう思うか…。再考をした方が…」

 黒服の男は再考を促す、つまりクラウスの方がわずかだが優勢であると言えるだろう。

 だがヘルムートからすれば、長男のクラウスと次男のヨハンでは圧倒的にヨハンの方が上という判断をしている。

「貴様はどう判断している?クラウスとヨハンを」

「クラウス様は武力において比類なく、文においても理解を持ち、少々我が強くは有りますが、後継者5名の中では最も能力が高いかと。ヨハン様は武力においてはレーヴェ家に恥じるものはありませんが、クラウス様には敵いませんし、文においては才は低く、それに統治者として下々に甘い所があります」

「そうだな」

「閣下は分かっていて、ヨハン様を推すと?」

「では聞こう。どっちかの陣営が消えた時、どっちの陣営の治世がもっとも栄え、強くなるか?」

「…………ヨハン様です。ですが、それはヨハン様が文武官筆頭キルマイヤー家とケールフェルト家の言う事を聞き過ぎるきらいがあり、彼らがヨハン様を推すからです。それは実力ではありません」

「愚物が我を通して国を破壊するか、愚物が賢者の傀儡となり国を豊かにするか、お前は前者のほうが良いと思っているのか?」

「!」

 ヘルムートの問答に、黒服の男はハッとする。

「確かにヨハンは頼りなかろう。だが、ヨハンは自身の才のない事をよく知っている。だから他人の話も聞くし、引くときは引ける。対してクラウスはダメだ。あいつは頭が固く、周りを省みず、自身の無能に気付いていない。幾度となく口にしていたが、あのバカは変わろうともせず自身の愚鈍さを愚鈍とさえ思っていない。レーヴェ家に生まれた以上誰かが継がねばならない。ならばせめてまともなほうを選ぶのは現当主としての義務だと思うがな」

「なるほど、さすがはヘルムート様です」

 ヘルムートは基本的に空気を読まない。読めないのではなく読まないのである。家の風潮、国家の風潮、家の制度、過去のしがらみ、伝統や歴史をあっさりと無視する男である。

 実際には家の風潮で言えばクラウスになるだろうという空気が出来ているが、それもあっさり無視している。

 だからこそそれが自身の家を生かすのに最良なら、自身の妻も殺すし、王族も殺す。

 だが、それが気に入らない人間、理解できない人間が多く、最適な答えを何の説明もなく他に命令するから、他の人間達は非常に困惑する。


 それから数日後、正式にヘルムート・フォン・レーヴェからヨハン・フォン・レーヴェが次の後継者として指名され、ヨハンは本格的にヘルムートから仕事の多くを引き継がされる事になる。

 だがヘルムートはミハエル・フォン・ドラッヘの名を継いだ人間が現れた事に対して、大きい危機感も感じ取っている。


 ドラッヘ家の英雄ミハエル

 レーヴェ家の英雄レーヴェ

 ファルケン家の英雄ヴィルヘルム


 いずれもこの名を継いだ人間が現れた時代、どの家でも覇権を手にしている。その名を汚す事は各家でも許されず、2世、3世とその名を継ぐ際には、相応の実力と必勝の構えで望む。

 その為、ケーニヒ王国建国から1000年、同じ時代にその名を持った人間がぶつかり合った事がない。

 ヘルムートはどうしてもドラッヘ家が中途な実力者にその名を継がせたとは思えない。自身に張り合う為に、ドラッヘ家がその名を与える程、ドラッヘ家のギュンター・フォン・ドラッヘという老人はバカでもないし、ミハエルの名は軽くない。

 つまり、ドラッヘ家は自信を持ってヘルムートを殺せるほどの才覚があると認めた人間が現れたと喧伝しているのだ。


 ヘルムートは最悪の事態を考える。だが、心の底ではミハエル・フォン・ドラッヘを求めていた。常に最強である事が当然だったヘルムートにとって、自身と肩を並べるほどの猛者がいる可能性があるのであれば、是非とも戦いたいと思うのは当然の帰結だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ