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最強剣士の血風伝  作者:
四章
61/61

エピローグ

 お読みいただいた皆様、誠にありがとうございました。

 次の話で最終話と書いていて、新しく書いて投稿しようとしていたところ、何やら投稿に失敗し、いつの間にかこの話で完結済みになっておりました(汗)

 なのでエピローグをこの話で追加させていただきます。話増やせなくなってましたので…。

 東暦192年冬の月、戦争が終わり、まさに国家の立て直しに忙しい時期となっていた。国の貯蔵庫には想定以上の食料が残っており、一斉に食料を出して、餓死者の出そうな危険な場所を中心に配給する事で国難を逃れようとしていた。もはや貴族や民とは関係無しに女王の号令の下で国家が一丸となって貧困を救おうとしていたのだった。

 またハインリヒ領を救った輪栽式農法を全国的に広め、それが可能な地盤のある場所ではフンメル大公国やリヒト共和国ドラッヘ領との密輸貿易によって家畜や必要な苗や種を取り寄せていた。


 新しい国の名はケーニヒ共和国。実に20年で王国、公国、大公国、共和国と4度も国家体制を入れ替えている。王国復興軍を謳っておきながら、女王が共和制の宣言をしてしまったためである。


 貴族もこれまでは位付けされていたが、今回の戦争では肩書きだけの女王と、領地の失った貴族という非常に曖昧な集団が、生き残る為に反旗を翻していたので、国自身が大きい変革を余儀なくされる事となった。

 何せ貴族の中には自領に戻っても、人がいない土地となっているケースもあり、新しい土地を主張しようにも土地は余れど人がいないのである。難民を引き連れて自領へ戻る領主もいたが、そういったケースは少なかった。


 ベリンハルト・フォン・ファルケンとヨハン・フォン・レーヴェの2人が南部のファルケン領周辺と東部のレーヴェ領周辺の貴族と民が納得行くように管理区分けをする事になる。幸運にも元宮廷魔導士長のヴァルター・フォン・ドラッヘが王国復興軍側で活躍してくれたので、シュバルツバルト周辺の整理は彼が中心になって実施する。


 細かく統治地域を細分化し、中央、南部、東部に派閥が出来てしまうが、独裁政治にならぬよう合議制を採用した。その為の共和国宣言でもある。

 女王からすればその更に上のステップとして大陸東部の民主制への移行を考えていたが、残念ながらもケーニヒは民に政治するような力がないので、大陸東部の近代政治に近づく改革をいくつか真似る事で将来的な民主制への道筋を作る事にした。




 直にでもケーニヒを離れようと考えていたヴィルヘルムだったのだが、世の中そうは行かなかった。


 国際会議場を後にするヴィルヘルムには、ファルケン系貴族達はこぞってついてくる。現在、シュバルツバルトの国際会議場が現在の宮廷代わりとなっており、つまり戦後処理をヴィルヘルムもまた手伝う羽目になっていた。何せ、これまで政治に使っていたシュバルツタワーは誰かの所為で崩壊してしまい、特定の人物による高度な建築技術によって設計されていた事から、現在の技術では修復する見込みが全かった無いからだ。

「待って下さい、ヴィルヘルム様。お願いします。南部をまとめられるのはもはや貴方だけです」

 貴族達は縋るようにヴィルヘルムに訴える。

「面倒くさい事を押し付けるな!ベリンハルトがいるだろうが!」

「南東部の民はベリンハルト卿に見捨てられていたと怒ってますが、プフェールト領をを2度も救った英雄の言葉ならば、彼らも従います!」

「バカいうな!2度目は私が滅ぼしてるわ!」

 1度目はプフェールトまで遠足をしただけ、2度目は民を救ったが都市は滅ぼしている。だが、それでも、貴族として権威を握ってもらえるように説得する貴族達と、それを拒絶するヴィルヘルムの姿がそこにあった。つい最近までは、いかにヴィルヘルムを追い落とすかに必死だった癖に、偉い変わりようでもある。


 ヴィルヘルムはやっとファルケン系貴族達を撒いて逃げる事に成功する。

 だが、その先には、ヴァルターとヨハンの2人がいた。2人とも貴族らしい格好であり、ヴィルヘルムのようなネクタイとジャケット以外はか適当な格好とは大きく異なる。

 丁度、国際会議場を出て中央街道へ向かう並木道で鉢合わせた所である。

「随分と大変そうだな」

 声を掛けてくるのはヴァルターである。

「冗談じゃない。私は斬る以外に何も出来ぬというのに、あいつらは何をやらせたいのだ」

「仕方ないだろう。単身で悪政を敷く大公とそのバックにいたリュミエール軍を滅ぼした英雄様だぞ。1人で10万を斬り殺すとか、200年前の初代ヴィルヘルムを遥かに超えている。自身が王を宣言したって民はついて行くさ」

 ヴァルターの言葉にヴィルヘルムも流石に今回はちょっとやりすぎたと反省していた。文句も出てこない。

「私は実家が危ないからちょっと戻っただけで、それが終わればまた旅に出る予定だったんだ。領地なんて持てるはずがないだろう」

「ちょっと戻ってリュミエール軍を潰すとか、もはや人間の域を超えたな」

 ヨハンは同情する様に口にする。確かに紆余曲折はあったが、実際にその通りなのでヴィルヘルムも頭を抱えるしかなかった。

 だが、ヴィルヘルムもバカではなく、このまま自分の事をネタにされると一方的に二人の弄る対象とされそうなので、話題を変えるべくヴァルターの方を見る。

「ヴァルターは何故ここにいる。お前、他国人だろう?」

 ドラッヘ家は既にリュミエール帝国傘下リヒト共和国の領地となっている。つまり、ヴァルターはケーニヒ共和国臣民では無い。

「ああ、中央の統治体制が安定するまで色々と助けて欲しいと頼まれてな。元宮廷魔導士長としては見過ごせぬ。それに、こっちで貴族になるというのも1つの手だ。妻子も呼べるし」

「ああ、就職活動か」

 ヴァルターの返答にヴィルヘルムは納得する。

「就職活動してない無職に言われたかないな」

「ぐっ」

 戦闘と違って、凄まじい切れ味のカウンターを喰らい、ヴィルヘルムは絶句する。

「そういえば、お前の連れのディオニスとかいったか?アイツも大変そうだな」

 ヴァルターは思い出したように口にする。


 ヴィルヘルムが港においてリュミエール軍を壊滅させた事で、リュミエール軍本体が壊滅した。だが、やって来ていたリュミエール軍の人数は非常に多い。リュミエール軍の残党は王国復興軍よりも多かった。ヴィルヘルムは駆け回って町中の残党を処分し、南部平原へ逃げる残党を王国復興軍が見事に挟撃して完全に鎮圧した。

 だが、その際にシュバルツバルト内や王国復興軍は大きい被害を出している。

 怪我人を多数出したシュバルツバルトで、王国復興軍にリズと共に帯同してきていたディオニスは、怪我人を助ける為に奔走する羽目になったのだ。ディオニスの治癒魔法というのは、実の所、旧アルツ王国では王族なら誰もが身につけるものなのだが、この国では破格の魔法である。ケーニヒにある治癒魔法は傷の縫合、簡易的に骨を繋ぎ止めるという損傷に対するものであり、複雑骨折や内臓損傷のような大怪我に関しては治す手立てが無い。

 その致命傷を悉く治して、命を救い続けて回ったディオニスは、いつしか聖者様などと民に崇められるようになってしまった。


 つまり、ディオニスは街中で崇められ、外を歩くのも一苦労となっていた。

「まあ、奴は奴で、『僕は英雄でも女王でもないのに~』とか屁垂れた事言ってたけど」

「戦うだけのお前と違って、あの能力は平和な場所でも需要があるからな」

「無職にならないように弟子にでもなるか…」

 ヴィルヘルムは本気でディオニスの弟子になる事を検討してしまう。実際、ヴィルヘルムのいくつかの治癒魔法はディオニスに教わっている。そのせいで勝てた戦いだってあった。

 無論、ディオニスは断固拒否するだろうが。

「で、貴様はレーヴェ家に戻ったと?」

 ヴィルヘルムはヨハンを一瞥する。

「当主も幹部があの戦いで消滅してしまった。どちらにしても私が立つしかなかった。レーヴェ家も今更リュミエール側には立てないからな。女王がレーヴェ家の血を引いていることが判明しているし。私が戻ったら皆で喜んで迎え入れたぞ。混乱を収める人間がいなかったからな」

「どこもかしこも戦後処理と今後の事で忙しいさ。その職務から逃げる男が1人」

「うっさいわ。大体、私はケーニヒを出た人間だぞ。今更頼るな!」

「それは我々も同じだ」

 ヨハンもヴァルターも領や家の都合で爵位を捨てる羽目になった人間だった。今更再び貴族なんてという思いはあるが、多くの人間が彼らの能力やカリスマを必要としている。

「ま、武門の人間といえど所帯を持てば少しは落ち着くだろう。リオだって昔はやんちゃだったからな」

「そういうもんかねぇ」

 ヴィルヘルムは溜息をついて肩を落とす。やんちゃなリオの姿があまり想像できないのだが、たしかにミハエルの若き日の武勇伝は自分に匹敵しうる結構なものを耳にした事があった。


 そんな3人の密談に、リズがディオニスを連れてやってくる。

「何やってんの、男3人揃って」

「ん?久し振りに見るな、そのラフな格好。どうした。女王様ごっこは終わったのか?」

 リズはここ最近ずっと女王らしいドレス姿だったが、街を歩く時のような普段のラフなスタイルに戻っていた。女王のドレスを着ていないとそこらの娘と大きく変わらないようにも見える。

 ヴィルヘルムも一昨年までは一緒に並んで歩いていた姿なのだが、かなりその格好を見ていなかったので少しだけ懐かしかった。

「やっと休暇が取れたのよ。それに私はあの格好は好きじゃないし。ほら、女王スタイルって、結構胸が強調されたりしていて、ユーリの視線がいやらしいから」

 リズは胸元を隠して恥ずかしがるような様子をわざとらしく見せる。また、相変わらず、リズはヴィルヘルムの事をユーリと呼ぶのである。

「そんな露骨な視線を向けた覚えはないぞ!そもそも誇る程の膨らみなんぞ無いだろうが!」

「貴様、人の妹を何て目で見ているんだ!」

 ヴィルヘルムは断固として抗議するのだが、ヨハンがヴィルヘルムの発言を無視して、妹に不埒な視線を向ける男に対して抗議してくる。

「あのセクハラ女の妄言だ!このシスコン!」

 対してヴィルヘルムもヨハンのシスコン発言には慣れたものですぐさま反論する。

 ちなみに『露骨な視線を向けた覚えが無い』という時点で、視線を向けていた事は確かなのだろう、とヴァルターは察していた。実際、豊満とは呼べなくても、スタイルそのものは非常に良い。ヴァルターとて妻子がいても、若く美しい女王の姿は目に毒で、男として気持ちは分かると頷いていた。自身もまた視線を向けてしまった人間の一人だ。

 実際、このシュバルツバルトにやってきた女王が簡単に民によって迎え入れ、非常に高い人気を誇ったが、その人気の3割くらいは見目の良さであるといっても過言ではない。民なんてそんなものである。


「これだからフラフラと無職で所帯も持たない童貞の石潰しは」

 ヨハンは呆れるように肩を竦めて、ヤレヤレと首を捻ってみせる。怒って見せておいて、いきなり冷静になってヴィルヘルムを小馬鹿にする態度を取る。

「何だろう、無性に腹が立つぞ、お前の兄は」

 ヴィルヘルムはヨハンを指差して訴える。

「あー、でもお兄様は奥さんの尻に敷かれてるから。この1年で色々ありすぎて、奥さんに平謝りだったらしいよ。その前、超愚痴られたもの。お義姉さんも大変よね」

「無駄に意気投合していましたよね、リズさん。でも僕もそれを聞いていて、奥さんが大変そうなのは分かりました。酷い夫だと思いましたもん」

「お兄様の奥さんは、一応私の幼馴染の姉的存在だったから。随分懐かしかったたけど、ブランクを感じなかったわね。昔からお兄様はお義姉様には頭が上がらなかったのよ」

「なるほど」

 リズとディオニスがうんうんと頷いて口にする。

「ぐっ」

「そこで即座に文句が出てこない辺り、昔から妻の尻に敷かれている事が明らかだという事だな」

 ヴァルターはバカにする様に笑う。

 ヨハンは形勢が悪いと見て話題をそらそうと考え込む。リズには短期間で膨大な弱点を掴まれている。家族ならではと言えるだろう。特に、この妹は口先の達者さは幼い頃より身にしみて理解していた。6歳児の幼女があの傲慢な父を口先でやりこんだ実績がある。勝てるはずが無い。

「くっ…、女に救いを求めるとかどれだけ駄目な男なのだ」

 悔しそうにヨハンは、矛先をヴィルヘルムへ向けて睨みつける。

「別に救いなんぞ求めてない。シスコンで恐妻家のヨハンね。ディオニス、メモって置け」

「大丈夫ですよー。既にメモをしてる情報です。でも、こっちはして無かったので。無職で所帯を持たない童貞で石潰しのヴィルヘルムっと…」

 メモ帳を取り出して、ディオニスは余計な事を記述する。

「それはメモら無くてよい!」

 ヴィルヘルムはいきなり仲間に後から刺された気分で、ディオニスの行動に待ったを掛ける。基本、ディオニスはヴィルヘルムの味方ではなくヴィルヘルムを弄る側の人間である。そこをヴィルヘルムも失念していたのだった。本当にディオニスはメモしているのだから恐ろしい。

 リズはメモを取っているディオニスの手帳を覗き込み、

「あ、でもディオニス。『童貞で』は斜線引いておいて。もう違うし」

 と指摘する。

「はあ、そうなんですか。ところで童貞って何ですか?」

 いたいけなローティーンの少年にはまだ謎の言葉であった。

「……何故、その男が違うとリズが知ってる?」

 ヨハンは不思議そうに首をひねる。

「「あ」」

 ほぼ同時にヴィルヘルムとリズはうっかりという表情で、そして同時に2人でヨハンから視線をそらす。

 ヨハンは、何があったのかを即座に察して、コメカミに血管を痙攣させてヴィルヘルムを睨む。

「終戦直後で、色々と緊張が解けて、若い男女が2人でいれば、まあねぇ」

 リズは視線をそらしたまま弁解を始める。

「ま、まあ、私も健全な男子だからな。1晩の過ちもあろう」

 刹那、ヨハンの拳が唸りを上げてヴィルヘルムの顔面へと飛び込んでくる。咄嗟にヴィルヘルムは首を振って拳を避ける。大気が振動する音が伝わる。

 かわしきれずヴィルヘルムの頬にうっすらと血が滲む。


「お、お前!今、マジで殺す気だっただろ!いきなりレーヴェ家の奥義使うな、バカ!」

 ヨハンの放った殺意ある拳に、流石のヴィルヘルムも攻撃してきた相手に対して頬をさすりながら怒鳴って文句を言う。かつてヘルムートによって体の骨を砕かれた奥義震拳が自分の頭のあった場所を通り過ぎれば怒りもしたくなる。

「殺してやるわ、この無職の女のヒモが。人の妹を、しかも女王に手を出すとは!恥を知れ!」

「誰がヒモだ!良いだろう、親子そろって墓の下に埋めてやるわ」

 ヴィルヘルムはネクタイを外して魔力を通す。するとネクタイは鋭い刃へと変貌を遂げる。魔煌剣は魔力を通す事でどのようなものさえも鋭利な刃に変える。ヴィルヘルムは柔らかい布であろうと魔力さえ通せばどんな金属であろうと切り裂く刃へと変える能力がファルケン家より伝えられているのだ。

 睨み合う2人は緊迫した空気が流れるのだが、

「こいつらバカか…!凄いくだらない事で喧嘩してやがる…。大人げなさ過ぎる」

 そんな2人を指差して、ヴァルターは肩を震わして嘲笑っていた。


「魔法以外使えぬ虚弱児が」

「はっ…良いなぁ。戦いなど出来ない小物は楽で」


 ヴィルヘルムとヨハンはヴァルターを一瞥して蔑む様に鼻で笑う。

 その挑発を受けて、ヴァルターは笑顔を凍らせて唇の端をヒクつかせる。

「良いぜ。やってやろうじゃねえか。『我、天地開闢より生まれし4元素を支配するもの。我がヴァルター・フォン・ドラッヘの名において命じる。天に輝きし太陽より熱く燃える者、万物の母なる大地を統べる者、大陸より広がる海原を包み込む者…』」

 国際会議場を出てすぐの街道、都市部のど真ん中で、ヴァルターは大火球を天上より叩き落すような戦略級破壊魔法の呪文を詠唱し始める。

 慌てて避難を開始するリズとディオニスは、一番大人げない人物が誰かは敢えて指摘はしなかった。

 ファルケン、レーヴェ、ドラッヘの元三大公爵家の現存する武門の代表が同時に睨みあい拳を握り合う。

 今、凄く低レベルな戦いが幕を切って落とされた。 

 いうまでもなく、即座に2人の男が峰打ちで倒されて、自身の家臣に介抱される羽目になるのだが。




 そんな穏やかな日常とも終わりを告げて、春が訪れた頃、ヴィルヘルムとディオニスは、女王の乗る軌道列車に帯同して、ロートブルク経由でハインリヒ領にやって来ていた。

 リズはというと、ほとんどヴィルヘルムやディオニスと一緒にいる時間はとれなくなっていた。女王として忙しい為である。

 今回はロートブルクの視察ついでに、休暇も兼ねてハインリヒ領へと戻ったのだ。そうでなければ2人と同行するのは厳しい。


 公務での移動なので、リズは簡素ながらも女性政治家風のシックなスーツスタイルに身を包んでいた。対してディオニスとヴィルヘルムは護衛として帯同しているが、普段のラフな村人風な格好で、ヴィルヘルムは腰に長刀を差しただけだった。


 あの戦争で、ヴィルヘルムが軌道列車を破壊し、その駅も広域破壊魔導砲により見事に消失してしまっていた。ただし、シュバルツバルトにある軌道列車の駅は、行き先別に3駅が存在し、消え去ったのはロートブルク行きの駅だけだった。ドラッヘ領は他国になってしまい、ケーニヒとリュミエールは交戦状態に入っている為、ドラッヘ領と国交を持っていない状況にある。そこでドラッヘ領へ向かう軌道列車をロートブルク行きへ移し変えたのだ。駅の位置を中央より遠い場所に新しく作る事で、ロートブルク‐シュバルツバルト間の軌道列車は再び開通をしたのだった。


 ハインリヒ領フーンシュタットは賑わいを見せている。移民難民を多く引き受け、農地の開拓をした為である。のどかな農村にある唯一の集落という場所は、一変して町と呼べる程度には成長を見せていた。もはや以前行ったどこかの伯爵領より人の賑わいが大きいかもしれない。

 ヴィルヘルムと名乗るようになってから長らく世話になったハインリッヒ領の領主の館はあの頃と変わりなく、だが少しだけ見栄えが綺麗になっていた。

「ヴィルヘルム様、リーゼロッテ様、ディオニス様、お帰りなさいませ」

 使用人のトルーデが出迎えてくれる。

「うん、ただいま、トルーデ。オリバーとエメリは?」

「お館様ならば執務室でお仕事です。エメリはその手伝いですね。あの子も仕事を覚える頃ですし」

「そうか。子供は成長が早いからなぁ」

「ヴィルヘルム様もですよ」

「うぐ」

 トルーデの指摘にヴィルヘルムも引き攣ってしまう。年配のトルーデからすればヴィルヘルムも手間のかかる子供みたいなものであった。実際、トルーデは亡きオズバルドからしても母親みたいな存在ではあった。

 次いで奥から領主であるオリバーと使用人のエメリが迎える。

「お帰りなさい、ヴィルヘルム様」

 オリバーとエメリは、葬式以来、ヴィルヘルムとはまともに話も出来て無かったので、とても嬉しそうに迎えてくれた。

「ただいま。悪いな、仕事中だったろ?」

「職業無職の剣士を態々出迎える事もないのよ?そっちは貴族様なんだから」

 ヴィルヘルムとリズは笑って2人に返す。

「女王様が言いますか?」

 オリバーも複雑そうな顔でリズを見る。

「くっ…オリバー君がどんどん僕より背が大きくなっていく。会う度に差が付いて行く」

 ディオニスは迎えるオリバーが随分と背が大きくなっている事に気付いて悔しそうにする。

「オズバルドさんも背丈は大きかったからなぁ。もう私よりも大きいんじゃないか?」

 ヴィルヘルムは自分以上に背の伸びたオリバーを見て右手で頭の上に手を置いて笑う。

「図体だけ大きくなっても…。そちらは英雄に、女王様に、……あと聖者様?」

 オリバーは首を横に振り、ヴィルヘルム、リズと見て、最後にディオニスを見て疑問形で締めくくる。

「やーめーてー、何でそんな事になってんの!?僕、ただ仕事してただけだから!誰だよ、人に変な称号つけたの!?」

 ディオニスにとって聖者様という称号はかなり恥ずかしいものらしかった。当人は聖人君子でもなく、ただ仕事として人助けをしていただけだからだ。

「元々アルツの聖王子様なんだから諦めろ。お前はきっとそういう星の下で生まれたのだ」

「そうそう、私もユーリも別に好きでこの立場に生まれた訳じゃないんだし」

「くっ……僕はヴィルヘルム様にコキ使われただけなのに」

 変わらぬ3人の姿にオリバー達もまた少しだけホッとしていた。時間は短かったが、3人共戦争を機に国に名を轟かせてしまい、忙しそうにしていたからだ。家族みたいなものだった人達が、遠い存在のようにも感じていた。

 無論、ディオニスには若干の同情はあったが。




 リビングで一同が会して座っていた。エメリとトルーデはいつものように給仕をしている。

「はい、お館様。お茶です」

「ありがとう、エメリ」

 エメリが最後にオリバーにお茶を出し、オリバーがお茶を取ろうとすると少しだけ手が触れ合う。

「あ、ご、ごめんなさい」

「わ、私の方こそ」

 2人は顔を赤らめて手を引っ込める。

(何だろう、この初々しいカップル的な風景)

 ディオニスは冷めた目で2人を見ていた。今まではそんな空気は無かったのだが、戦争が終わって以来、こんな感じである。

「オリバーに報告しておこうと思ってな。また、私はケーニヒを出ようと思っている。今度はもう戻る事はないとも。リュミエールよりも東へ向かう積もりだ」

「とすると、ソレイユ共和国の方へ?」

「ああ。ケーニヒにいても役に立たぬからな。リズがケーニヒにいれば問題なかろう。ケーニヒ同様に私の力でさらに酷い状況になった場所もある。リュミエールの首都シュロスを経由して東へと向かう積もりだ。そもそも戦争の激戦区は3大国が最も近いルグランメール湖周辺だろう?そこまで行ってみようかと思っている」

「そうですかぁ。寂しくなりますね」

「まあ、あまりろくでもない事はしないでくださいね」

 ショボンとするエメリとかなりダイレクトに助言するトルーデ。相変わらず手厳しいねとヴィルヘルムは年長のトルーデに苦笑して返す。

「……では、最後とは思いませんが、次の機会があるか分かりませんので、一戦手合わせ願えませんでしょうか」

 オリバーは幼い頃よりヴィルヘルムに剣術で挑み続けてきた。常に目標であり、剣術の師匠といえば父に次ぐ存在がヴィルヘルムだった。

 オリバーは小さい頃よりずっとヴィルヘルムに手合わせを続けてきた唯一の人物でもある。

 そしてヴィルヘルムもまた、その名を継いでからハインリヒ家での修行は非常に懐かしい思い出でもあった。

「よかろう」




 ハインリヒ邸から再びシュバルツバルトへと一行は戻る。

 ヴィルヘルムとディオニスは国際会議場までリズを送り届けると、そこで別れる事となる。

 女王姿に戻ったリズは休暇も終わってしまい、げんなりとした顔で旧国際会議場へと戻る羽目になる。

「かったるい」

 と女王が愚痴っていた。

「かったるくても仕方ないだろう、女王なんだから」

 ヴィルヘルムはリズとディオニスの2人と並んで歩きながら、リズに励ましにならない言葉を掛ける。

「分かってはいるんだけどね。女王として国を立て直して行かないといけないからさ。共和制にしても仕事が減るわけじゃないし」

 リズとしても、女王としてやらねばならないことが多くあり、戦争が終わってもリュミエール帝国やアームズ帝国の脅威が去った訳ではなく、食料事情の建て直しを含めて非常に大きい問題を抱えてしまう。

「これからずっとそれを背負うのも大変だな」

「まあ、最後は自分で選んだ事だし。それより、まだ、腫れは引かないようね。ディオニス君は治してあげないの?」

 リズはヴィルヘルムの頬を見て訊ねる。ヴィルヘルムの頬骨辺りが少し赤くなっていた。

「魔法に頼るのは良くないからな。この程度を治す必要はない」

 ヴィルヘルムは魔法による治癒をあまりすると良くないと首を横に振る。

「見事に1本取られちゃいましたね」

 ディオニスが思い出すようにヴィルヘルムに訊ねる。

「ふむ。何だかんだとそれなりに強くなっていたのを見て安心した。まあ、あれは1本とは呼べないがな」

 オリバーとの手合わせは20本ほど行なわれ、一度だけオリバーの木刀が頬骨を掠ったのだ。今まで一度たりとも当てた事さえ無かったので、オリバーは非常に喜んでいた。無論、その手合わせもヴィルヘルムが勝ってはいたのだが。そもそも頬骨をかすったくらいで殺し合いは終わらない。

「「負け惜しみ?」」

「負けてないぞ!……これだから素人は…」

 ディオニスとリズは同時に訊ねてくるので、思わずヴィルヘルムは声を大にして否定してしまう。当人もこれでは本当に負け惜しみをしているみたいに聞こえて、少しだけ嫌になる。


 そんな一行の前に、女王を守る兵士達がぞろぞろと現れる。

「お迎えに参りました」

「お勤めお疲れ様です」

 恭しく畏まる兵士達。

「ご苦労様です」

 リズは女王らしく迎えに来た兵士達を労う。ヴィルヘルムとディオニスもそこで足を止める。

「それじゃあまたな。今度はいつになるか分からないが」

「ご達者で」

 ヴィルヘルムとディオニスはこの国を出る事にしている。ヴィルヘルムは軽い感じで、ディオニスは深々とお辞儀をして、リズに別れの挨拶をする。今度こそ、今生の別れになるだろうとはヴィルヘルムもディオニスも思っているが、あえてそれは口にはしなかった。

 ヴィルヘルムもディオニスも家を捨てた身であるが、リズは国のために女王になった。共和制を導入したとはいえ、簡単に放り出せる立場に無かったのは確かだ。

「またね、2人とも」

 リズは笑って手を振り、2人が去るのを見送る。


 こうして、ケーニヒにおける1つの時代は終わりを告げ、新しい時代へと生まれ変わるのであった。




 ハインリヒ領からシュバルツバルトに戻ってから数日後、ヴィルヘルムとディオニスの2人は、シュバルツバルトから出ている船へと乗る。

 船で大河を下り、リュミエールの方へと向かう事となる。

 リュミエールとケーニヒは停戦もしていないのだが、大河を挟んだ北側のドラッヘ領は隣接しており、貿易などもしている事から、ケーニヒにはリヒトの客船なども普通に乗り入れしていた。

 その為、リヒト共和国から出ているの船がケーニヒに寄り、リュミエールへと移動する事で、かなり簡単にリュミエール領内へと入ることが出来るようになっていた。本数は少ないが移動手段がないという状況でもなかった。


 ヴィルヘルムとディオニスの乗る船は、大きい帆を張って、東へと川を下っていく。2人はシュバルツバルトの町並が遠ざかっていくのを眺めていた。

 ヴィルヘルム自身が切り落したシュバルツタワーの残骸がビル群の中央にはっきりと見えるのは非常に痛ましかった。

「もう戻る事はないんですか?」

 ディオニスにとっては第2の故郷ともいうべき場所を後にしており、名残惜しそうにしていた。

「…どうかな。結局、ケーニヒだって救えたのかどうかは分からぬ。むしろ更なる悲劇に続く火種を作っただけにも感じている。とはいえ、もう、あの国はリズがどうにかするだろうし、私のような武力は必要ないだろう。むしろリュミエールにもアームズにも睨まれる可能性がある。無駄に争いを呼びかねない存在だ」

「だから故郷を捨てるんですか?」

「捨てるつもりはない。また何かあれば飛んで戻るさ。家族が暮らす国だからな。ただ、もう何もないと確信している」

 ヴィルヘルムは崩壊した建造物も水平線の奥に消えて確認して、温かい海風に当たりながら微笑む。

「だからって死ぬまで戦うなんて阿呆な真似はどうかと思いますよ」

「その阿呆についてくるバカ従者もどうかと思うぞ?」

「そこは、僕が必要かと思いまして」

「必要とは?」

「ヴィルヘルム様は僕と出会った頃から、弱者が強者に虐げられている姿を見れば、相手が誰であろうと首を突っ込んでどうにかしようとしちゃう人ですから。僕みたいな足手まといがいないと、きっと自分のやる事に歯止めが利かなくなるんじゃないんですか?」

 ディオニスの言葉に、ヴィルヘルムは目を丸くし、そして苦笑を漏らす。

 ヴィルヘルムは自分でもあまり気づいてはいなかった。弱者が強者に蹂躙されている姿を見ては、ついつい手を貸してきていた。ディオニスと出会った時も、小さい子供を殺す為に大群が聖堂に押し寄せて殺そうとしているのを、見ていられなかったからだ。

 自分の本質的な部分を、自分以上に従者は良く知っていたようで、言われてみれば自分はそんなことばかりやっていたと気付いてしまう。だが、何も考えないでそういう事ばかりをしていたから、ケーニヒが傾いた。そして何度同じ人生を歩いたとしても、同じようにしかならないような気がしてしまう。

「やり過ぎないように気をつけるしかないのだろうな。結局、私の所為で良くも悪くも政治が傾くという自覚くらいは持ったほうが良いのだから」

 ヴィルヘルムは多くの失敗を振り返ってぼやく。

「まあ、そうなりそうならちゃんと引き返させてあげるから大丈夫よ」

 いつもの親しい女性の声が背後からして、

「そうだな。リズがいてくれれば、その点は安心……ん?」

 安心したように頷く。


 だが、そこでヴィルヘルムとディオニスは互いに顔を見合わせて、慌てて背後を振り返る。

 ベストにシャツにスカートといったどこにでもいそうな町娘の格好をした金髪に黄金の瞳を持つ美しい女性がそこにいた。その女性はどこからどう見ても、昨年の冬に即位したケーニヒ共和国の女王であった。

「「何でここに!?」」

 2人は同時に声を合わせて問いただす。


「何でここにとはご挨拶ね。ユーリが誘ったんじゃない。死に場所を教えろって。そして私はちゃんとこう答えたでしょ?死ぬまで、見届けてあげるって」

 リズは悪戯が成功したように口元を吊り上げて笑う。

「だ、だが、女王が国を出るなんて…」

「そ、そうですよ!」

 ヴィルヘルムもディオニスも絶対に居る筈の無い人物が居たのでビックリしていた。居る筈が無いというよりは、ここに居てはダメだろう、そういう人物である。

「あら、だからずっと忙しかったのよ?ユーリが国を出る前に、女王のやる仕事を全て終わらせる必要があったからね」

 リズは肩を竦めて簡潔に答える。

「そういうのは…事前に言えよ」

「嫌よ。そのビックリする顔が見たかったんだから」

 リズは嬉しそうに笑って答える。

「性格悪い女だ」

「ホントにビックリですよ」

 どっと疲れたように、ヴィルヘルムとディオニスは船の縁に背中をつけて座り込む。

 だが、2人は去った後のケーニヒが非常に不安になる。そもそもリズが居るから安心してケーニヒを跡にしたつもりだった。その安心の理由がここにいてはおちおち去ることも出来ない。

「それに三大公爵家が残ってるからね。お兄様やヴァルター様やベリンハルト様の3名がどうにかやって行くでしょう。一応、ウチの兄は、あの暴君に統治者としてもっともマシな人物として公爵の地位を渡された人だからね。上手くやれると信じているわ」

 リズはケーニヒの政治に関しては問題ない事を説明する。そうやって前回は最高権力者の突然の逝去により国は迷走していたのだ。

 ヴィルヘルムは本当に大丈夫なのかと不安ではあった。

「それに外でケーニヒの為にやっておきたい仕事もあるし」

「…そんなものもあるのか?」

「あるのよ。だから、アルツ経由でリュミエール帝国の首都シュロスってところかなぁ。夏の収穫期前にはシュロスに着きたい所ね。収穫早々に再侵攻もありうるから」

 リズは淡々といつもの口調で説明する。

「リュミエールはまだ懲りてないのか?」

 あれほどの大敗を喫して戦う気になるリュミエールは少々度を越えていた。簡単に言えば勝利に対する利益が見合わない。

「リュミエールの皇帝がちょっと問題ある人物でね。そもそもあの国は血筋で皇帝も決まる国だから、皇帝は好き放題やって、国民は皇帝の言いなりになっているのよ。国土の利益より皇帝としてのプライドを優先しているって訳」

 リズはざっくりとリュミエールの説明をする。

「だが、言ってしまえばどこの国も最高権力者の言いなりじゃないのか?」

「まさか。ケーニヒの女王はいつだって三大公爵を立ててきたわよ。アームズ帝国やパーチェ連邦王国はいくつかの王位継承権のある国の代表が、選挙で皇帝や王になるから、好き勝手やったら最高権力者に選ばれないのよ。リュミエールだけは血筋で強権を持って生まれてしまう状況にあるの。だから私はロートブルクをアームズ帝国側に引き入れさせようとしていたのよ。誰かの所為で無駄になったけど」

「誰かが殺されそうな状況でもなければ良かったんだがな」

 悔しいのでヴィルヘルムもやり返す。


 大体、いつもリズの危機に直面しての出会いばかりだった。助けてやったのにいつも酷い仕返しを食らっていた筈だ。たまにはそこら辺を突いてやらないとこの女は反省しないとヴィルヘルムも強く口にする。

「まあ、ユーリが死ぬその日まで、一生隣で弄り続けてあげるわよ。ユーリも私が近くにいれば私がピンチにならないでしょう?」

「あははははは」

 リズの言葉に大笑いするのはディオニスである。

 ヴィルヘルムは複雑そうな顔で肩を落とす。これから船出をしようというのに、死ぬまで弄られ事が続く未来に嘆きたくなってきたところである。気付けば自身の従者もそういう属性である。

 早く死ねると良いな、などと本当に思っていた。

「それに……ユーリだって一児の父親になるのだから、そう簡単に死ねなくなるわよ」

 リズは笑ってヴィルヘルムの肩を叩く。

「はいはい、どうせ私は簡単に死ねるような人間じゃ…………………は?」


 ヴィルヘルムは言葉の意味を理解できず一瞬凍りつく。

 ディオニスも言葉の意味を理解できず不思議そうに小首を傾げる。


「ねえ、ユーリ」

「何だ?」

「まさか、祭りの間にアレだけの事をやっておいて、何も出来ないとか、本気で思っていたわけじゃないよね?」

「……」

 リズの指摘に対して、ヴィルヘルムはダラダラと冷たい汗を流す。


「?…でもお2人って、何て言いますか…そんなに一緒にいましたっけ?」


 ディオニスは不思議そうにヴィルヘルムとリズを見上げる。ディオニスは戦中戦後、ほとんど二人のどちらかと一緒にいた。リュミエール残党軍との戦いではケーニヒ王国復興軍に帯同し、リズの近くにいた。オリバーらハインリヒ私兵軍の手当てをしながら、リズの従者みたいな事をしていたのだ。そこで、女だてらにレーヴェ軍3000を率いてきたヨハンの妻イェシカと合流した。

 リュミエール軍を撃退後、凱旋式があり、シュバルツバルトは王国復興軍を快く迎え入れた。シュバルツバルトは悪政を敷く大公と、我が物顔で駐留するリュミエール軍が滅び、10日ほど昼夜関係なくパーティが開かれていたが、ディオニスにとってはその10日間がまさに地獄のような衛生兵としての仕事で駆けずり回った。その後、リズもヴィルヘルムもそれぞれで戦後処理で忙しく、ディオニスはヴィルヘルムと同行していたのだが、リズとそんなに一緒にいる機会はなかったと認識している。


 ディオニスは首をひねって考えている中、ヴィルヘルムは一気に陰鬱な顔になる。

「大陸西部最大の殺人鬼に子供ができようとは……」

 実のところ、子供を残すつもりなんて、一切考えて無かった。幼い頃から誓っていたことがある。ヴィルヘルムを生み出すような血筋は、自分を最後にしなければならないと。その為、ファルケン公爵家を継ぐつもりも最初から無かった。自身を最後の武門の子として、幕引きする気でいたのだ。

 オズバルドはそのヴィルヘルムの考えを察していたようで、ファルケンの剣術は素晴らしいもので、失われてはならない。残すべきだと口にしていた。

 だから、オリバーにすべてを教えてきたし、見せてきたのだ。奥義である隼、己だけしか身に着けることのできなかった鳳凰や金烏をも惜しげなく見せていたし、それをするに必要な理屈も伝えてきた。長く修練を積めば、きっと身につくだろうと信じて。


「そんな陰鬱な顔をしないの。これまで惨々殺してきたのだもの。1人くらいつくっておかないと割りに合わないじゃない。殺す事しかできなかった男が、やっと何かを生み出す事が出来たのだから、喜んでくれないと」

 リズの言葉は、ヴィルヘルムがこれまで抱いてきたわだかまりや胸の痞えを取れるような一言だった。

 何もかも殺してきた殺人鬼が、子を生み出す。

 それは、ヴィルヘルムがこれまで持っていた死へ向かうしかなかった、暗い未来に対して、夜明けより差し込む光となる。

 二人は見つめあう。春の雪解けとともに、ヴィルヘルムにあったわだかまりも解けていくかのように感じる。


 だが納得のいかない人物がここに1人。

「なるほど。つまり…戦後、祭りの裏側で僕が犠牲者を救う為に死に物狂いで駆け回って、知らないうちに聖者扱いされてしまうほど頑張ってた時ですか。僕が血を吐きそうな程、必死にお仕事していたころに、それはもう2人だけの凄い祭りをしていたと」

 ディオニスはやっと理解する。自分の目の届かない場所に2人が一緒にいられたタイミングが、どんなときか。一番自分が仕事をして、周りから聖者様と崇められる羽目になるほど頑張っていた時だ。

 苦しいけど、ヴィルヘルム様の為、リズさんの為にと頑張っていたのだ。

 その間、2人は何やらすごく楽しんでいたようだ。


 ヴィルヘルムとリズはこめかみに汗を流して、ディオニスから目をそらす。

 そう、凱旋式のあの日、作戦は大成功し、想定以上の食料が残っていたことから国が救われた事に安堵していた。外は祭りで盛り上がり、2人の男女は夜であっても外から聞こえてくる民の喜びの声をバックミュージックに、高揚感に任せて共に時を過ごした。2人が我に返ったのは祭りの中頃であった。

 この件は、2人が我に返った後で、グッタリしたディオニスを見かけて、少なくともディオニスの前では仕事で忙しかった素振りをしようと決めていたはずだ。


「いえ、女王陛下と英雄様のする事ですから、僕のようなしがない聖者もどきがが毎日魔力を枯渇して、寿命を削るような思いで、倒れた民を魔法で救い続けていた間、何をしようと構わないのでしょうね。ええ、僕はこれっぽちも怒ってませんよ?」

 ディオニスは凄く納得いかない顔で、ブツブツと文句を垂れ流していた。 「ま、まあ、ディオニス。後で肉丼を驕ってやるから」

 ヴィルヘルムはポンポンとディオニスの肩を叩く。

「僕は肉さえ食べてれば満足するヴィルヘルム様とは違いますよ!」

「じゃあ、アルツに着いたら娼館驕ってあげるから」

 怒っているディオニスを励ますように、今度はリズが肩を叩いて励ます。

「それ、僕みたいな子供に、女の人が言う台詞じゃないですよね!?」

 一時とは言え、一国の女王になった者とは思えない発言だった。

「もう、何でケーニヒの外に出る必要があったのか分からなくなってきませんか?」

 ディオニスはかなり投げやりにうめく。ヴィルヘルムは肩を竦めて、リズは首を横に振る。

「さすがに、英雄と女王の、しかも王族と三大公爵家の血を引いた子供なんて生まれたら、折角の共和制が崩れるわよ。私達に独裁する気が全く無くてもね」

 リズの言葉にディオニスも言われてみればと理解する。結局、ディオニスは新婚さんみたいになってしまった2人の従者として付き添うしかないようだった。

「で、ユーリは何をしたいの?」

「まずはアルツだな。まあ、状況を説明すると…」

 ヴィルヘルムはアルツの状況を説明する事になる。


 どたばたしながらも、どこか楽しげに、しかし行くあてもない旅が始まる。

 こうして3人は大陸中央の方へと向かっていく。それは少しだけ希望があり、破滅を望んで出て行った頃とは違う、春の日差しの穏やかな、新しい船出となっていた。




 それから、暫くして大陸はは大きく変わる事になる。

 春も半ば、アルツ地方における北部の治安が、とある3人の旅人によって開拓され、大きく改善する事となったという。そんなアルツ北部の開拓村には、流れ着いた旧エーアデ伯爵領の農民達がいたらしい。かつて命を賭して農民達を救った青年指導者の銅像がその弟分や妹分達によって建てられたとか。

 夏になるとリュミエール帝国がケーニヒ共和国へと進軍するために、軍隊の再編成を始めていた。しかし、その最中に、皇帝は急死し、戦争反対派だった第4皇子が皇帝へと即位する事になる。そして、ケーニヒへ停戦協定と講和条約の準備をした使者を送り出す事となった。皇帝が逝去した日、帝城の護衛兵が何者かに皆殺しにされたという噂が町中にささやかれたというが、それを見たものは誰もいなかったという。


 それから数年後、アームズ帝国、リュミエール帝国、ソレイユ共和国の国境となっているルグランメール湖において、200年にわたり続けられた戦争は、とある女性軍師と赤鬼によって終止符が打たれることになった。

 このルグランメール湖の最終戦争は無血戦争と名付けられ、歴史に偉大な1ページを残す事となった。


 しかし、これはまた別の話として語り継がれることになる。


 時間軸が一気に飛びます。

 戦後処理でバタバタしてますが、すでに主要キャラが顔を合わせることが少なくなっているので。

 今思うと、ディオニスは、もう少し焦点を当てておきたかった人材です。

 彼の能力はヴィルヘルムとはベクトルが真逆で、主人から離れている場所でないと能力が発揮できないというジレンマ。何せ主人の斬った相手を治すことができないのだから。



 これにて最強剣士の血風伝は完結します。

 端的に言えば、これ以降、血風伝とは呼べない戦いになるからです。そして作者の能力では、知的なリーゼロッテ陛下の華麗なる知略によって世界が平和になっていくという、パワーゲームの数々を書けるほどの能力がないからですが。


 これまで、読んで頂いた方々、誠にありがとうございました。

 特に感想を下さった皆様方には感謝です。良い点、悪い点、一言でも色々と勉強になってます。自分の意図したとおりに伝わっているのか、伝わっていないのか、生の声が聞けるのはとても参考になります。悪い点などで指摘のあった、私の誤った文体の問題に関しても、実はしっかり認識しています。直そうと思っても、直せてないという事があります。何せ、会社の報告書で、上司に同じ指摘を何度か喰らってますので(笑)。文章力はどこでも必要なので、小説に関わらず、向上心をもって取り組むつもりです。


 さて、本作はそれこそ過去に書いた作品の別設定で書いていたもの、と後書きあたりで触れてましたが、第4章以降は完全に異なる結末へと移行してます。それは設定を変えたからに他なりません。

 本来の設定であればケーニヒ国内ですべて完結する話ですが、貴族という設定にした為に戦う口実がなくなり、そのためにリュミエールやアームズという外敵を作ることで国内のいざこざを作り出して、口実を作ってました。

 しかし、第3章で私は気付いてしまったのです。

 元々、第4章は三大公爵家のぶつかり合いを、外に出ていたヴィルヘルムが納めに戻って来るというのが元の流れだったので。ファルケンは厳しい状況の中、リズを上に立たせて他家を叩くという話だったのですが、三章の終わりはファルケンが主権を握って、めでたしめでたし?


 もうケーニヒで戦う理由がなくなってないか?あったとしてもリズを立たせて戦う展開が思い浮かばない。ヴィルヘルムが戻る理由がない。

 やべーよー、どうするよー、もう書けなくないかー?


 そんな事を考えながら第4章におけるヴィルヘルムの寄り道を書き続けてました。年末には完全にネタ切れ。公にする前なら、過去に戻って書き直すのですが、公開している以上、2章あたりから書き直すとかありえないですし。

 ドン詰まる事は想定していたので、適当な伏線、つまりケーニヒがウルリヒやクラウスによって窮地になりそうという感じの伏線は張っておきましたが、それをどうやって発展させるかは全く考えてませんでした。


 年末最後に投稿した、「終わりなき戦いの日々」というサブタイを付けておきながら、本当に書くのをやめて、終わり無くなるのではないかという疑惑が発生したほどです(笑)


 とはいえ、予想以上にブックマークがついて、感想もいただき、昔ならばこの段階でやめて、別の物語に移動してしまうのですが、やめるわけにはいくまい、という精神で一生懸命、再度アイデアを練りました。

 

 そこで作者を救ったのはウルリヒでした。

 元々、彼はヴィルヘルムが外に出ていく口実を作る為に生み出した、本作におけるただの背景でした。モブキャラです。元々、設定におけるファルケン家のラスボスはライナーでしたから。物語の進行上、ライナーもまたドラッヘやレーヴェに虐げられる側の立場で、ヴィルヘルムとは共闘できる人材でした。変更した設定が悉く裏目に出始めてきました。そこで、最後の敵になれそうな、クラウス、ウルリヒ、ライナー、コンスタンツェの深掘りをさらに開始した際に、案外簡単に、ウルリヒはラスボスへと昇進してくれたのです。勝手にキャラが動くとはこの事だと思いました。


 そして最終決戦でのシュバルツバルト襲撃ではみんなで勝手に動いてくれました。何せ初期設定に全くなかったものが、大活躍してくれたのです。


 リュミエール帝国は戦後日本におけるアメリカ的な立場で、背景として存在するだけの国家でした。リズが女王家の一員でありながら逃亡しているという設定を作る為の舞台背景に過ぎません。

 アームズ帝国もヴィルヘルム、ヘルムート、ミハエルの戦うシーンを作る為に産みだされたものです。それ以降、関わらせる積もりさえなかったのです。

 広域破壊魔導砲は、ヘルムートらの力を示す為に作られたものです。

 軌道列車やシュバルツタワーは、歴代女王の圧倒的な科学力を示す為に作られたただのオブジェです。


 そして第4章、ヴィルヘルムはこれらを斬ってしまいます。自分でもびっくりです。お前、それ斬ったらあかんやろーっという突っ込みをしながら書いてました。

 ウルリヒの暴走も実は作者が意図したものではありません。追い詰められた彼が思いついた「広域破壊魔導砲でヴィルヘルムを殲滅する」という案も、書いてた中で勝手に出て来てしまっただけです。やりすぎだ、と思って書き直そうとしましたが、そのまま決行しちゃいました(笑)。第4章の主役は、作者的にはウルリヒです。戦後処理の状況を規定範囲内の収まったのも彼のおかげです。


 それではまた別の機会でお会い出来たら幸いです。

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