大河は赤く染まる
ブクマ、感想、評価、などなどありがとうございます。
ヴィルヘルム達がシュバルツタワーへ進む中、右手側よりついにクラウス・フォン・レーヴェの率いるレーヴェ軍がなだれ込んでくる。
レーヴェ軍の動きは全く聞いてなかった。恐らくは軌道列車で徐々に送り込んでいたのだろう。この危急時に兵を動かさざるを得なくなったと思われる。
「大体、何で、こんなに敵が多い。たかが3人に目くじら立てるな!」
ヴィルヘルムは近寄る敵を切り殺しながら訴える。
軌道列車による襲撃は最大で2000人近くが予測される。それに備えて待ち構えたが、想定以上に敵が止まらないので、大公軍は次々と動き出している。これはある意味でいえば大公の叱責を恐れた軍部の独断でもある。
ヴィルヘルムはもう少し楽にシュバルツタワーに到着して大公暗殺を出来ると考えていた。戦いはその後で、リュミエール帝国軍の指揮命令者を暗殺し、命令系統を崩壊させた後に、リズの率いる王国復興軍の奇襲と連動して戦う予定だった。
リズは、人数が多くてもばらばらになった帝国軍は烏合の衆に過ぎないので、散り散りに動く少数を切り離すように王国復興軍が動き、本隊を撤退に追い込むのが予定だったからだ。
広場で足止めを食らうヴィルヘルムとヨハンは背を預けあうようにして敵を倒していく。
ヴァルターは遠くのビルの上で先の状況を見ているようだが、そちらでも魔導銃や弓矢を持った兵士たちに包囲されていて動きは非常に少ない様子が見られた。
そんな中、広場の右手奥側からクラウス公爵が鎧に身を固めて軍隊を指揮しながらやって来る。そして彼はヴィルヘルムとヨハンを目撃する事となった。
「ヨハン、貴様、裏切ったな!」
クラウスは裏切った自身の弟に対して激しく罵る。
「裏切ったつもりはない。国家の為に最善を尽くす積もりだ。兄上のやり方ではこの国は滅びる!」
「国は我等貴族がいるからこそ成立するのだ!愚鈍で愚昧な貴様ら劣等種などいくら滅んでも問題はない!南部を見て、それさえも分からぬクズが偉そうに語るな!」
クラウスの解釈では南部は無能だから滅びたという事だろう。滅ぼしたのは自分達だったはずだ。ヨハンは歯を軋ませて引き攣らせる。
「力で何でも解決するようなやり方ではこの国はもはや立ち行かない。だから争いになっているのだろう!」
「…クズが…。貴様ら!あの裏切り者を殺せ!」
クラウスは怒鳴り散らして部下に指示を出す。ヨハンは自身の部下でもあった相手を見て陰鬱な表情となる。
ヴィルヘルムが刃を構えるのを見て、その間にヨハンは入る。
「あれは、俺の敵だ。手を出すな」
「貴様が滅びたら、思う存分斬り殺すからな」
「分かっている!」
ヨハンとしては自身の部下だった者達を、敵に回ったからとは言えヴィルヘルムに殺されたくはない。
散々、ヨハン自身がこの街で暴力の限りを尽くして侵攻をしていたとしても、やはりこれまで自分を支えてきた人間は殺したくはないのだ。
ヨハンとてそれが自身のエゴだというのは分かっている。ヴィルヘルムならば一瞬で彼らを肉塊へ変えるだろう。父親から甘いと指摘されていた部分だ。だが、それこそがヨハン・フォン・レーヴェでもあるのだ。
ヴィルヘルムはそこで足を止めるつもりもない。ヨハンがクラウスの方へ向かうので、それを無視してヴィルヘルムはシュバルツタワーの方へと向かう。
ヨハンは、ついにクラウスらレーヴェ私兵軍との戦闘となる。
ヨハンはこれまでクラウスに勝てたことがない。厳しい戦いなのはわかっていた。しかも、相手を殺さないように気をつけてしまっている。
そんなヨハンに対して重装歩兵や騎馬兵が襲い掛かる。
盾を構えて防御をしたまま列を乱さず進軍する重装歩兵だが、ヨハンは拳で盾を殴りつけて吹き飛ばし、隊列を乱した歩兵達を次々と殴り飛ばしていく。レーヴェ軍は剣を振り、槍を突きつけてくるが、それらをすべてかわしながら、すれ違いざまに拳を叩きつけて相手を気絶させていく。
だがその数は非常に多い。
ヨハンは、自ら鍛え上げた兵団をまさか自分が戦うとは思ってもいなかった。だが、実際、相手側も微妙にやりづらそうにしていた。去年まで主と仰いでいた相手に刃を向けなければならないからだ。彼らの心情も、厳しいクラウスよりも目の前の敵となったヨハンの方が好きだったからである。だが戦いをやめるわけにもいかないのだ。
ヨハンも戦っている中に既知の兵士がいて、何もせずに自分に殴られて倒れる相手を見てしまい、戦いたくないのに互いに戦わざる得ない状況なのだと理解する。
「兄上!考え直せ!このままではリュミエールに潰されるだけだ!このままでは南部もシュバルツバルトも、レーヴェ領も共倒れになるだろう!」
「弱者の言い分など聞くから共に倒れるのだ!強者は滅びぬ!」
その弱者が我らの繁栄を守ってきた事を何故理解できぬ!
そう叫ぼうとしたヨハンは次の瞬間、シュバルツタワーの屋上から凄まじい魔力を感じて慌てて空を仰ぐ。
シュバルツタワーの頂上に広域破壊魔導砲があり、強力な魔力を砲台に溜め込んでいて、今にもそれは火を吹こうとしていたのだ。
それに気づかずに、ヨハンへ襲ってくるのはクラウス率いるレーヴェ軍である。
「逃げろ!逃げろーっ!この場から直に去れ!」
ヨハンは慌てて叫び、最大防御障壁を自分の前に展開する。
「今更命乞いか!皆の者!その弱者を討ち取れ!」
クラウスは叫びながら、自らも進軍する。そして全員へヨハンを討ち取るように指示を出す。
ヨハンは思い出す。クラウスは昔から人の話を聞く男ではなかった。だからか、ヨハンの言葉や態度など決して見ていない。
ヨハンが遠くの強力な魔力がこちらに向いているのに気付けたのは偶然ではない。敵に囲まれている状況だから、あらゆる敵意を見逃さないようにしていた。対する相手はたった3人を気を付けていれば良いのだ。
だからか、相手は全く気付いていなかった。
刹那、世界は光に包まれ大地が揺らすような轟音が鳴り響く。
シュバルツタワー頂上より凄まじい熱量が都市南方に降り注ぐ。
ヴィルヘルムは先行して敵を斬りながら侵攻しており、常に大勢に取り囲まれていた。
その為、シュバルツタワー屋上にある広域破壊魔導砲に気付いたのは発射直前だった。
ヴァルターがさっきからこちらから離れつつも怒鳴って何かを伝えようとしていたので、五月蝿い奴だと無視を決め込んでいた。だが、どうやらその叫び声の理由はシュバルツタワーの屋上に設置された魔導砲のことだったらしい。
よくよく見れば敵の中にもそれを察して慌てて逃げている人間がちらほら散見された。てっきり自分に恐れて逃げ出していたのだと思っていたがそうではないらしい。
「この程度でヴィルヘルムを殺せると思ったら…大間違いだ!」
ヴィルヘルムは迫る敵の攻撃をかわしながら刃を鞘の中へとしまい魔力を練る。
広域破壊魔導砲が火を吹く。
ヴィルヘルムは鞘を左手で支え、強力な魔力を体内と刀身に練り、一気に斬撃を発射させる。
魔煌剣・金烏
最強最大威力を誇る魔煌剣は破壊をまき散らす光の嵐を真っ二つに切り裂き、己の身を守る。
凄まじい光と轟音が世界を破壊するかのように迫る。ヴィルヘルムの放った刃は時空さえも引き裂くように、魔導砲より吐き出された莫大な光の束を切断する。
シュバルツバルトの大地は抉られ、ヴィルヘルムのいた場所は一瞬にして荒野へと成り果てる。
ヴィルヘルムによる魔力の斬撃は自身の身を見事に守り切っていた。だが、それでも自分の周り数メートル程度、近くにいた兵士は灰となって風塵と化していた。
次いで、シュバルツタワーが斜めに筋が入り、ゆっくりと滑るように傾く。そして轟音を立ててシュバルツタワーは上層から崩れゆくように堕ちていく。
ヴィルヘルムの放たれた斬撃は広域破壊魔導砲のみならず、シュバルツタワーごと切り裂いていた。
「………まあ、良いか。今更、登ってあれ壊すのは面倒だし」
当人も意図していなかったが、広域破壊魔導砲の第2射を防ぐと言う意味では成功した。そうでもなければ自分も消滅していたし、第2射を防ぐこともできないだろう。
万事解決と頷く。シュバルツバルトの象徴たる巨塔は轟音を立てて滅んでいく。
ヴィルヘルムは刃を鞘に収める。体中に激しい痛みが生じる。ここで倒れるわけにもいかないので、魔力を流して体を支える。痛みに関してはやせ我慢でどうにかする。となりにディオニスがいたら間違いなくドクターストップだろう。
背後を見ると、満身創痍ながらも防御に成功したヨハンが自身の歩いてきた後方に見える。体中にやけどが見られるが、どうにか自分だけは守りきれたようだった。
そして見渡す限り地平の先まで、町と言う町がすべて消し飛んでいた。そして抉られた街の端は魔導砲の業火に包まれているのがわかる。荒野の周りは炎上し凄まじい黒煙を上げている。
「噂には聞いていたが、本当に凄まじいな。ベヘモスの炎に匹敵する破壊力だ。にしても…ウルリヒの奴、あんな兵器を街中でぶっ放すとか正気か?」
ヴィルヘルムは呆れるように現在進行形で崩れ落ちているシュバルツタワーの轟音を背にして、凄まじい被害を見渡していた。明らかに3人が乗り込んだよりも被害が著しい。
一体どれほどの兵士達が死んだか予測もつかない。
ヴァルターは射程外にいたようで、はるか遠くの炎上する方向から、魔法で空を飛びながら抉れた荒野へ戻ってくる。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫だが…」
ヴィルヘルムは後のほうで膝をついて、蹲っているヨハンを見る。
「家族や部下だった者達が目の前で亡くなったのだ。体は大丈夫であろうともはや使い物になるまい。捨て置け」
ヴィルヘルムもヨハンがあそこで足を止めて戦っていた理由はわかっている。かつての同胞をヴィルヘルムに殺されたくないからだ。だが、彼はその理由をすべて失ってしまった。
戦場においても甘さを残す男が、結局自分だけしか生き残れなかった状況には同情するが、そんな男の為に進みを止めるわけにはいかない。ヴィルヘルムはヨハンを背にして再び歩みを進める。
「おい、それは無いんじゃないか!?」
勝手についてきたのは自分達だが、あまりな言い方にヴァルターはつい声を荒げてしまう。
「ここは戦場だ。そのような感傷、9つの頃に捨てている」
失い悲しむべき家族を、自らの手で斬っている男はただただ先へと進む。
「…くそっ…とりあえずヨハンは私が回収する。大公達は南の港へ向かった!リュミエールの軍艦は凄まじい砲門を持っている。並みの港町なら船だけで滅ぼせるような代物だ!」
「全戦艦を滅ぼして、予定通り敵の指揮官をすべて切り殺す。そして残った奴らを悉く殲滅する。やつらが来なければ国が滅びる程では無かったと言うなら、やつらを滅ぼせばケーニヒは助かるという事だ。悪いがもはややつらが何をしでかすか、一刻たりとも猶予は与えられない事が良く分かった」
ヴィルヘルムは少なくとも一般人に被害を出さないように戦って来た。結果として多くを殺していたが、殺さないで済むならそれでよかった。これまでも、戦う事で被害を幾度となく出していたが、さすがにここまでの殺戮の限りをした事も、まして見た事は無い。
地形にしてシュバルツバルトの1割を越えるような大破壊である。火災の規模はわからないが、民間が避難をしていない地域が多くあった筈だ。この街の人口は50万人。その内の1割でも5万人ほど、非戦闘員5万もの大虐殺を、自国のトップが滅ぼすなど聞いたこともない話だった。
これまでヴィルヘルムも何万と人を殺してきたが、基本的に戦闘員であるし、戦時における敵対している軍であった。リズが言うように、相手はルール無視して勝つまで戦おうと言うのであれば、もはやこっちも容赦をするつもりも無かった。
街道は走り回って逃げる避難民で溢れていた。
広域破壊魔導砲による爆撃によって都市南方は凄まじい火事に見舞われているようで逃げるようにした人々ばかりだった。
大公軍も、もはやヴィルヘルムそっちのけで、剣と盾を捨て、重装歩兵は鎧を脱いで、火消しへと従事する為バケツをもって南部へと走っている。
ヴィルヘルムは走って港へと向かう。もう止めようとする人間は誰もいなかった。自身の体は魔煌剣の奥義中の奥義、金烏によって体は痛めている。だが、それを庇うような暇も無かった。
ヴィルヘルムが辿り着いた港は非常に大きい。
普段は漁港と貿易港として多くの漁船や商船が停留し、倉庫街や宿泊宿の多くある区画の間にある巨大なスペースには多くの漁師と商人たちが、商品のやり取りをすることでごった返している。
だが、この日、目の前に広がる風景は全く異なるものだった。大河に並ぶ船は水平線を覆い隠すようにそびえたつ軍艦群で、全ての軍艦に無数の大砲がとりついていた。軍艦の前には、漁師や商人ではなく、鈍色の甲冑に身を包んだ屈強な軍隊が並び立ち、騎馬に乗り、魔導銃を構え、隊列を組んで並んでいた。
ヴィルヘルムもさすがにうんざりする。たった1人にこれはやりすぎだろうと突っ込みたくもなるものだった。だが、リュミエール帝国軍も愚かではない。
夏の半ばに5万の軍勢を1人で滅ぼした赤い髪の鬼がいると知っていた。この軍隊の斥候の中には、その時の生き残りも存在している。情報は正しく伝わっており、そんな化物に容赦をするほど甘くはない。
ヴィルヘルムは大きく息を吸う。
「我が名はヴィルヘルム・フォン・ファルケン!このケーニヒの大地を守護する者である。我が国土を蹂躙せし国賊大公ウルリヒ、そしてそれを支えようとする悪逆非道の帝国軍人に告ぐ!貴様らは我が名において全員処刑する!逃亡するならよし!刃向かう者はすべて斬り殺す!投降の一切を許さぬ!生きてこの地に留まることを許さん!」
万の軍勢はたった一人の鬼を迎え撃とうと待機していた。当然、倉庫街の方にも存在していた兵士もおり、ヴィルヘルムは前方の軍艦と後方の部隊で挟み撃ちされる形となる。
ヴィルヘルムもまた逃げる場所を失うような形になる。
奥の方に停泊している一際巨大な軍艦に、この軍隊を束ねていると思しき男が現れる。黄金の鎧を身に纏うリュミエールの紋章の入った盾を持つ1人の剣士であった。
その男は美しい宝剣を天に掲げる。
「我が名はリュミエール帝国皇帝ディートリヒが15子、アドルフ・D・グリュンタール・ゴルドブルクである!栄えあるリュミエール帝国最強の称号を持つ七星序列1位の名において命じる!その我が国に対する逆賊を…」
偉そうに語っているアドルフだったが、ヴィルヘルムはとっくに皆殺しの宣戦布告をしている。敵の声を一々聞いてやる予定はなかった。死にたくなかったら、早く国から出て行けと言った筈である。
「長い」
長刀を一閃、魔煌剣・大鷹が炸裂する。自分の長い宣誓を棚に上げて、アドルフの言葉を最後まで聞くこともしない。
次の瞬間、アドルフは肩から胴に向かって斜めに切り落とされて、物言わぬ死体となって倒れる。同時に巨大な戦艦も斜めに切り落とされて、凄まじい轟音を上げて、一気に沈没していく。その斜線上にいた兵士たちは切り殺され、あるいは破壊の余波で吹き飛ばされる。
船の上に並んでいた屈強な兵士達は、鎧の重さの所為で、そのまま海の藻屑へと消えて行くのだった。
船の沈む音以外に誰も声を発することさえ出来ず沈黙が走る。
「さあ、戦端は切って落とされたぞ!ぼうとするな!逃げるなり死ぬなりしろ!」
ヴィルヘルムは文字通り切り開いた道を走る。怖気づいて動きの遅い軍隊を尻目に、開いた道を駆け抜けて、一番近くに停留してあった軍艦へと向かう。
魔力によって強化された身体能力によって高々と跳び、沈んでいく軍艦を蹴り飛ばし、さらに奥にある軍艦の甲板へと着地する。
船にいた兵士達は大慌てで武器をもって戦おうとするのだが、完全に腰が引けていた。だが、ヴィルヘルムは近くにいる軍人を次々と斬り殺していく。
悲鳴と鮮血が雨のように降り注ぐ。
「な、何をしている!奴は王子殿下を殺した逆賊だ!殺せ!殺すのだ!」
それを指揮しているだろう上官の声が響く。
ヴィルヘルムは軍艦の甲板において敵兵をことごとく斬り殺していたが、元の作戦は指揮命令系の破壊である。標的は自分から自分の居場所を教えてくれるのであった。
魔煌剣・大鷹、
ヴィルヘルムは命令を出していた上官と思しき男を、自分の乗っている船ごと切り落とす。それに伴い、船も破壊される。軋む音を立て、一気に船が傾き始める。
2つの船を瞬く間に崩壊させたヴィルヘルムは助走をつけて、沈みゆく船の甲板から、近くに停めてあった船へと飛び移る。たくさん船が配置してあるのが逆に幸運だった。そして、遠くの船にいたリュミエール軍は、ヴィルヘルムのいる船へと向かおうとする。ヴィルヘルムにとってその行為はむしろ獲物が近づいてくる行為に等しい。遠距離から魔導砲を撃たれる方が厄介だからだ。
やがて、それに気づいたのだろう、相手はヴィルヘルムを狙って魔導砲を撃ってくる。ヴィルヘルムの周りには自軍の兵士がいるにもかかわらずだ。
ヴィルヘルムの斬撃以上に、自滅によって次々と船が沈んでいく。
近付けば斬り殺され、魔導砲の攻撃をも刃で斬って身を守り、一緒に船も斬り落とす。
リュミエール軍人達も船に乗られては逃げるに逃げれず次々と斬り殺されていく。恐怖に混乱して鎧を付けているのに海に逃げてそのまま沈むものもいる。
ヴィルヘルムも、彼らとて好きで戦っている者達だけでないのは重々承知である。だが、彼らの存在そのものによってケーニヒの民は飢えて死に絶える。そして同じく好きで戦っていない者達をも殺していくのだ。
どうせ相手は軍人で、死ぬ覚悟くらいはして来ているのだろう。死の覚悟もしてない一般人を平気で殺す敵についているのだから、容赦する謂れはない。
運悪くヴィルヘルムと違う側に立ってしまった運命を呪うしか無いのである。
血と硝煙の臭いの混じった風が舞い、ケーニヒの大河は赤く染まっていく。
ヴィルヘルムを撃とうとして、魔導砲により自軍の船を撃沈させてしまう。または逆鱗に触れて船が真っ二つに切り落とされる。おおよそこの二つのケースで次々と船は炎に塗れて沈んで行き、リュミエール軍は滅んでいく。
船が半壊して、多くの地上に降りていた兵士たちは近くの船からヴィルヘルムのいる方へと向かおうとしている。普通の戦場ならば撤退できるが、そもそも彼らは、意図せず背水の陣で挑んでいた。無理やり船に乗せたとしても、ハコベ手300人程度の船に、今すぐ数万の軍隊が撤退する事は叶わない。
そんな中、ヴィルヘルムは視角の中に、逃げようとする船を見かける。
見逃すつもりで一瞥したが、その中にウルリヒ大公夫妻がいるのを目視する。逃げるものを一々斬る予定になかったが、その男を逃がす予定も当然無かった。
自分の乗っていた船の指揮官を船と一緒に切断してから、逃亡する船の間にあるもう1隻の船に飛び乗って、すれ違いざまに襲ってくる兵士たちを悉く切り捨てる。助走をして逃亡しようとする船に飛び移ろうとし、魔力によって強化された足で船を蹴って跳躍する。
逃亡船で警戒していた兵士たちは、ヴィルヘルムへ弓矢や砲弾を向けて撃ち込んでくる。
ヴィルヘルムは横薙ぎに刃を一閃して砲弾を切り裂き、弓兵らを飛ぶ斬撃によって一網打尽にする。
返り血で真っ赤染まったヴィルヘルムは鉄色にぎらつく刃を片手に、甲板を歩き、船の中にいたウルリヒの前に立つ。
「どこに行くんだ…ウルリヒ」
「なっ……そんな…」
悠然としていたウルリヒだが、まさかここまでこようとは思ってもおらず、慌てて立とうとするのだが、足をもつれさせて転んでしまう。
彼を守るべき兵士たちはすべて血だまりの中に沈んでいた。
「貴様はこの国のトップだろう。そのトップが逃げて戦が終わると思うか?」
ウルリヒは腰が抜けて立てなくなる。だが、それでも腰の煌びやかな宝刀を抜いて、震える手でヴィルヘルムへ刃を向ける。
「わ、私は大公だ!わ、私を手に掛けたらどうなると思ってる。て、ててて、帝国は貴様を許さぬ!そ、そーだ…この国の長を…」
「当にリュミエールの王子を斬ったのを見ただろう?今更大公風情を恐れると思っているのか?」
「だ、黙れ黙れ!わ、私はこの国の…一番偉くて…き、貴様らは私に従わねばならぬ!こ、この無能の…く、くせに!何で…この…このような暴挙を…。そ、そんなに私の爵位を奪いたいのか!ヴぃ、ヴィルヘルム!わ、私の邪魔ばかりをしやがって!そこまで私が憎いか!」
ガタガタ震えながらウルリヒは涙目で叫ぶ。
ヴィルヘルムはその言葉を聞いて首を傾げる。長刀を肩に置き、ウルリヒの言葉の意味を考えていると、隙ありとばかりに魔導銃を構えて攻撃してくる兵士がいたので、それを魔煌剣で剣撃を飛ばして真っ二つにしてから、再び長刀を肩の上に置く。
「言われてみれば、私はお前に何の恨みもないな。爵位にも興味はない。むしろさっさと捨てたかったくらいだ。そういう意味では、貴様が皇女と結婚し爵位継承を有利にしたのは、私が爵位を捨てる大義名分が出来て感謝はしている。愚か過ぎてぶん殴りたいとは何度も思ったが、殺そうと思うほど憎んだこともない」
ヴィルヘルムはウルリヒに問われて、言われてみればこれほど私怨のない相手はそこまでいないだろうと思ってしまう。
腹は立つがその程度だ。さすがにヴィルヘルムも腹が立つから殺すなどというような殺人鬼ではない。何せシュバルツバルトの飲食店で下っ端にトイレ掃除をやらされて、誰にも言えないような人間として下の下の扱いを受けたが、相手を切り殺すどころか平謝りする程度の男である。
思い返せば、私怨で斬ったのはミハエルを含むドラッヘ家の連中だけだっただろう。
そもそも、私怨で一番殺したいのは誰よりも自分自身なのだ。ヴィルヘルム・フォン・ファルケンという男は祖父、兄、親友を次々と惨殺している最悪な男だと当人は一番理解していた。
「だが、貴様の所為でこの国は滅びつつある。貴様を殺さねばもはや終わらぬ。リュミエール軍もただここを戦地に指示されて、たまたま来てしまっただけだろう。だが彼らも我が国土の食料を食いつぶす軍勢だ。残念ながら生かしてこの地には留める事も出来ない」
「バカをいうな!大公の私が悪いのではない!私の言葉は絶対だ!食料もまともに作れぬ無能共が悪いのだ!どいつもこいつも足を引っ張りおって!無能な弱者どもを殺して何が悪い!私は大公だ!かの帝国にこの国で最も高い発言権を認められた男だ!わ、私こそがこの国で何をしても許される存在なのだぞ!」
ウルリヒは必死になって喚き散らす。ヴィルヘルムはもはや聞くに堪えなかった。頭にくると言うよりは呆れてしまう。こんな男に国が滅ぼされたと思うと、心から嘆きたくなる。
この男に実権を取らせる為に必死に戦った人間がたくさんいた。ライナーもオズバルドも、そしてヴィルヘルムもその1人だった。だから責任がある。亡き同胞に代わって、この独裁者に止めを刺さねばならない。
「そうだな。…だから死ぬんだろ?無能な弱者が、いまここで」
「!」
「少しは弱者の気持ちでも理解しろ」
「やめ…っ」
ヴィルヘルムは問答無用に刃を振り下ろし、ウルリヒの首を切り落す。
鮮血をまき散らし、かつて大公であった男の亡骸は船の上に転がる。
「いやあああああああっ!」
悲鳴を上げる皇女コンスタンツェ。ヴィルヘルムはその声を聞いて視線を向ける。コンスタンツェについていた護衛の男達が魔導銃を手にしてヴィルヘルムへ銃口を向けていた。
「き、貴様…よくも……殺しなさい!あの痴れ者を!大公を殺した帝国への反逆者です!」
「最初からそう言ってんだろう」
ヴィルヘルルムは躊躇無く刃を横凪に一閃する。自身に魔導銃を向けている男達が引き金を指で引くよりも遥かに速く両断する。
皇女は自身の身を守る部下諸共その命を散らす事となる。
ヴィルヘルムとしては非常に後味が悪い。意図して女子供を斬る経験などほとんど無かった。一般人を奴隷として戦場に立たせたアルツの盗賊団との戦いでさえ、女子供は極力避けて敵の首魁を追っていた。無論、間接的に滅ぼした数は多いことを理解はしているが、自らの手で女子供を殺そうと思ったことはない。
こうして、シュバルツバルトにいた最高権力者たちは滅んだのであった。
ヴィルヘルムは周りの戦場を見渡すが、未だ彼らの戦意は衰えない。これでこの戦いが終わるわけではないからだ。
20万と言う大軍を残らずこの国から追い出さねばケーニヒは食糧難で滅びる恐れが残る。ヴィルヘルムは敵の中心地におり、未だに逃げない軍艦は全て駆逐し、残された港の軍隊は全て倒す必要がある。それをなすために、この地で死ぬまで戦うと決めてやって来ていた。
リュミエール軍は半数以上も残っている。丁度、折り返し地点である敵本陣を殲滅し、残った敵を逆方向へ追い立てる予定になっていた。
「さあ、私が死ぬまで付き合ってもらうぞ!リュミエール軍!」
東暦192年秋の月75日
ケーニヒ内戦は、王国復興軍によって、大公軍とリュミエール帝国軍が滅ぼされる事で幕を閉じた。
リュミエール帝国は大公軍に手を貸す為、25万の大軍を動員した。実に国軍の4分の1にあたる軍隊であった。
行軍途中にエーアデ伯爵領で5万が壊滅しケーニヒへの行軍を断念。旧プフェールト侯爵領で4万が壊滅。市街戦にて3万が全滅、大半は魔導砲被害と推定。大河とリュミエールに停泊中だった8万が壊滅。
ヴィルヘルム、ヴァルター、ヨハンに加え、クラウスを失ったレーヴェ軍は、ミニアツルガーデンから軌道列車でやって来て、ヨハンの下についた。彼らは王国復興軍と連動して、残ったリュミエール軍5万を挟撃して壊滅させた。生きて本国に戻れた帝国軍は3万にも満たなかったと記録される。
読んで頂きありがとうございます。やっと終戦です。
感想にてエドガーに関して触れていただき、全くその通りだと思いました。
実際、エドガーに関してはもっと掘り下げられれば、より序盤の悲壮な部分を描けたと思います。兄弟の仲の良い所とかもっと書きたかったですし。元より、ユーリよりもエドガーの方が主人公属性高いですから。
例えば、1章ではエドガー、3章ではミハエル、オズバルド、リズに対しての掘り下げが足りなかったと後悔しています。後の展開を知る作者としては描けば描くだけ辛くなっていくのですが(笑)
実際、話の分量が1章と3章、少ないんですよね。
作者の頭の中では、彼らを含めて主要キャラはピンで短編主役を張れる程度の背景を持ってます。というか、そうでないと矛盾が大量発生しそうなので。
それを如何に主人公の物語の中で表現できるか、あるいは読者に想像を膨らませるかが、物書きの技量ではないかと、実感しました。




