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最強剣士の血風伝  作者:
序章
6/61

ヴィルヘルム三世

 エドガーはヘルマンが追ってこない事を確認して気配を探る。

 人には全て魔力がある。魔力を消して動く事も出来るが、ここは戦場であり、戦場でそんな器用な事を出来るのは密偵や暗殺者といった人間達くらいである。そして殺し合っている人間であれば誰もが魔力を使うので、察知する事は容易い。

 エドガーはそこではじめて気づく。物凄い速度でとっくに自分から離れていくヘルマンの気配に。

(何故逃げる?……まさか…ユーリを2人で仕留めてから2人掛かりで来るつもりか?)

 強者を人数を掛けて倒すのは定石だ。

 戦力比較をすれば攻撃力だけならヘルマンが少し上、その直下にエドガー、やや劣ってディルク。手数ならディルクが少しだけ上で、エドガーが武器の違いで手数がわずかに少なく、大振りのヘルマンが大きく劣る。

 1対1ならエドガーはヘルマンが相手なら手数で押し切って攻撃さえさせないし、ディルクが相手なら手数に物を言わせた攻撃を力で叩き伏せて軽く討ち取れる。だが2対1なら彼らも戦い方によっては勝機が出るだろう。

 彼らもまた、エドガー相手なら1対1は戦場を工夫しないと厳しいのは良く分かっているし、勝てたとしても慢心創痍で戦わなかった方と戦うのは明らかに厳しい。最初から2人は、邪魔なユーリを排除した後に、エドガーを2人で討ち取り、その後に戦う事を考えていたはずだ。

 エドガーはそれに思い至り、慌てて2人の去った方向に視線を向ける。


 走って追いかけるが、既に手遅れだった。

 袋小路に詰められたユーリはどうやっても逃げ道がなく、ヘルマンの大爆撃を正面から受ける寸前だった。

 この戦いが始まる事は想定していた。ユーリがここに呼ばれた時点で、既に心の整理をつけようとしていたし、つけたつもりだった。最悪自分が弟3人を殺すべきだとさえ思っていた。


 だがエドガーは見てしまった。凄まじいヘルマンの繰り出した一撃は、間違い無く自分の一撃に匹敵する破壊力を有していた。

 ユーリはそれを『切り裂いた』のだ。

 右手で持つ長刀で縦に一閃、ヘルマンの繰り出した攻撃によって生み出された破壊はユーリの背後にあった岩壁を吹き飛ばし丘1つが崩壊して行く。

 だが、ユーリとそのユーリの背負った立った1メートル程度の背後の丘だけは一切の傷を受けずに残っていたのだ。

 ユーリは自分の身を守る事で必死だったのだろう。ヘルマンの放った攻撃を切り裂く、それが、どのよな結果をもたらすか。

 切り裂いた一撃は、ヘルマンを切り裂き、そしてその余波でディルクさえも絶命していた。


「あ……あああっ!ヘルマン兄上!ディルク兄上!」

 目の前で倒れるヘルマンは肩から腰まで真っ二つに切り裂かれており、岩盤に叩きつけられたディルクは頭がつぶれていた。

「ひっ」

 ユーリは恐怖する。自分のやってしまった出来事に。兄の返り血で濡れた手に。顔を青ざめさせてガタガタと体を震わせる。取り返しのつかない事をしてしまったのだ。


 そんなユーリはジャリッと地面を踏む音が聞こえて顔を上げ慌ててそちらのほうを見る。

「え、エドガー兄上。ど、どうしよう、僕…。こ、こんな積りじゃ…」

 真っ青な顔をしたユーリを見てエドガーはユーリに同情する。

「ユーリ。構えろ」

「え?」

「そのままだと…死ぬぞ」

 エドガーは、自分のしでかした事に恐怖し呆然と立ち尽くすユーリに、刃を向ける。

 一瞬でユーリの懐に入って刃を一閃させる。

 ギイイイイイイイイイイイッ

 刃と刃がこすれあう金切り音が鳴り響き、ユーリは大きく吹き飛ばされる。

「さすがだな、ユーリ。ヘルマンとディルクを無傷で切り落せる技量、確かに…ヴィルヘルムを継ぐに相応しい才覚を持っている」

「な、何を…エドガー兄上。おかしいよ!何で僕達が殺しあわなければならないの!?やだよ!いつもの優しい兄上に戻ってよ!」

 ユーリは涙を流して兄へ訴える。

「分かっていないようだな、ユーリ」

「何が!?」

「ファルケン家はもはや絶望的、レーヴェによってケーニヒ王国を帝国に売られ、最後まで帝国に敵対した我が父上は落とし前として首を差し出し、ファルケン家の始末をつけた。日増しに続く傘下の離反、もはや二大公爵とまで言われるようになり、国税を国家より強いられ、もしも我らの領内で不作が起これば即時滅びるといわれている惨状。誰かが立たねばならぬ。今のファルケンではレーヴェやドラッヘと戦争をするといっても皆が尻込みをするだろう。だがヴィルヘルムの名があれば情勢は大きく変わる。そして…家族を殺させて生み出されたヴィルヘルムの称号は雷鳴の様に響き渡り、多くの家を味方に付けるだろう」

「そ、そんなの知らないよぉ!僕は…皆で……ひっ…うううっ……仲良く出来ないの…」

「俺かお前、いずれかが死なねば、我らは民をも殺して死ぬ定めだ。誰もが結局死ぬならば、無辜の民だけでも救わねばならない。ユーリ、剣を取れ。ファルケン家の人間として生まれたのならば、最後は剣士として死ね!」

「嫌だ…やだよう。うえええええええ」

 泣きながらもユーリは剣を握る。

 その姿を見てエドガーは頷く。泣いて突っ立っているが、一切の隙を持たない。

 誰に稽古をつけてもらっていたわけではない。基礎を叩き込まれた後、日課の素振りだけを鍛錬とし、この山々を駆け巡って生きてきた子だ。だが一撃の威力、背後からの攻撃をかわす魔力感知力と集中力、そして自然体で生み出される防御姿勢。

 エドガーは可愛がっていた自分の弟が、よもやこれほどの剣士に育っていた等夢にも思っていなかった。

(ああ…この優しすぎる天才児の先を、俺は見る事が出来ないのか…)

 エドガーは覚悟を決めて剣を構える。

「良いな、殺すぞ」

「兄上!」

 泣きじゃくるユーリ。

 エドガーはお構い無しに疾風の如き速度でユーリに迫り、空を切り裂く一撃を穿つ。

「魔煌剣・啄木鳥」

 ユーリはそれを横に避ける。頬から血が流れる。

 その一撃でユーリは察する。兄が本気で殺しに着ているという事実に。

 何故、どうして、自分達が殺しあう意味がどこにあるのか、それさえも分かっていないユーリはただ逃げるしか出来なかった。

 だが剣士として完成の域に達しているエドガーは次々とファルケン家に伝わる魔煌剣の極致の数々でユーリを追い詰める。

 ユーリは再び背後に巨大な岩を背負う事になる。

 それはまるでチェスのような読みから導き出された戦闘における解答を示すかのような、巧みの技だった。

「もう逃がさない。覚悟を決めろ」

「……ううう」

 ユーリから悲しさから流れる涙は大量に溢れる。涙でぼやけていても、目の前に殺気を帯びた優しかった兄が目の前に立っているのは分かる。そして言われたとおり、逃げ場はない。

「ユーリ!」

「ひっ」

 鋭い刃が心臓を貫く。


 ユーリは自分の手に流れる大量の熱い血を感じて、ハッと我に返って気付く事になる。

 右手に持つ兄とお揃いの長刀が、兄の心臓を貫いているという事実に。

「う、うあああっ」

 エドガーは口から吐血し、ユーリの上にのしかかかる。

「そ、それで…良い…………。かはっ……愛して‥…るよ…ユーリ……。この……剣を……わ、……すれる…な……」

 エドガーはユーリに対して、最後まで笑顔を作り、頭を撫でる。そして、そのまま力を失い、物言わぬ死体へと冷たくなっていく。

「あ……う、うああああああああああああああああああああああっ」

 ユーリは悲鳴を上げる。



 山小屋で一人座っていたゲルハルトは、山小屋の外で雨が降り出した事に気付く。

「遅いな」

 1人呟く。

 ゲルハルトは誰が勝ってもおかしくないと考えていた。

 エドガーは間違い無く完成された天才剣士である。だがあまりにも甘すぎる。敵に温情を掛けてしまう優しさは、ファルケン家の剣士にとって致命的だ。斬る、突く、薙ぐというような戦闘術を伝えてきたファルケン家は、常に一撃必殺を求められる。殺さずに倒さなければならない相手というのは一番苦手としている。故に、親や子であっても敵であれば殺すと決めなければ決して勝てるものではない。ヴィルヘルム継承の儀とは、エドガーのような天才を怪物にする為に作り出した儀式である。

 だが一撃の威力であればヘルマンが頭1つ出る。戦場において容赦なくその威力で道を切り開ける旗頭となるには相応しい才気があるだろう。エドガーに勝てる程の柔軟さと知略が使えるなら、ヴィルヘルムの名を冠する事で、カリスマ性と能力が未来を切り開くだけの足がかりとなるだろう。

 ディルクは知略が回るが武においては兄達に一歩遅れを取るかもしれないが、2人を討ち取れるほどの力量があるなら任せても構わないと思う。実力は劣るが、すくなくともディルクが自身を越えられると判断したからこそ今回のヴィルヘルム継承の儀へ踏み切ったのだ。この厳しい状況を立ち回れるだけの狡猾さが、ディルクには有ったからだ。

 最悪な状況は、エドガーが二人を殺し、可愛がっていた一番下の弟を殺せず自害する事だ。だがそうなったらファルケン家は終わりだという事はエドガーも理解していた筈である。そこまでバカではないとゲルハルトは信じていた。


 すると外から足音が聞こえてくる。重い足取り、そして山小屋の入り口が開かれる。

 ゲルハルトはその人物が一瞬誰か分からなかった。

 返り血によって体中を赤く染め、死んだような瞳をした、小さな少年。だがその瞳の奥には間違い無く鬼神ヴィルヘルムの片鱗が宿っていた。

「……まさか……こういう結果になるとはな」

 エドガーがしくじったかとも感じる。しかし尋常じゃない返り血は間違い無く兄弟を己の手で殺してきた証拠である事を示している。

 ゲルハルトは家宝でもあるかつてケーニヒ王国より賜った王剣シグムントを手にして立ち上がる。

「何で…こんな事を…」

 うわ言の様に呟くユーリに対して、ゲルハルトはその答えを返さない。

「今後のことは全て使用人達に伝えてある。この儀が終わったら、それに従い山を降りろ。無論、この儀が終わって生きていたらの話だが」

「祖父上様!お答え下さい!」

「今、話をした所で、お前には理解できなかろう。だが、いずれ分かる時が来る。死ぬなよ、ユーリ!」

「!」

 ゲルハルトは王剣シグムント、反りのある片刃の刀は斬る事に特化した剣である。刃紋の美しさは芸術品としても名高く、アダマンタイトの棍棒で叩かれても刃毀れ1つしなかったという逸話がある名刀である。

 祖父は王剣構えてユーリと立ち会う。

「これから見せる我がファルケン家の奥義、魔煌剣・隼。それを見極めて見せろ!」

「!」

 ユーリから引き攣った表情が見える。

 だがもはやゲルハルトも止まらない。踏み込みと同時に白刃がユーリの首元へと鋭く迫る。

「!」

 ゲルハルトはユーリが何も出来ずに首を落とした、そう感じた瞬間、目の前からユーリが消えて、山小屋の天井が視界に入る。視線を動かすと右手に持っていた王剣シグムントと自分の体が真っ二つになっている事が分かる。

 もはやユーリは何も出来ずに死んだ、ファルケン家はこれで潰えたのだと確信した。にも関わらず、ユーリが何をしたかも分からないまま、自分と王剣シグムントの両方を切り落されるとは、思いもして無かった。

「ガハッ…」

 ゲルハルトは息をしようにも息ができず口から血を吐く。ゲルハルト自身、生きている方が不思議な状態だった。

 死んだと思った相手に斬り殺され、相手は無傷だったのだ。まさに鬼神に相応しい実力を孫は示したのだ。

「そ、祖父上様!」

 だが斬った当人は慌てている。それ程までに無意識に体を動かしてしまうのだろう。目に涙を溢れさせる少年は、心こそ不完全であるが中身は誰よりも鬼神の片鱗を持っていたのだろう。

 ゲルハルトは死を目前にして歓喜する。遂にヴィルヘルム3世が生み出されたのだ。しかも史上最高の才能と思われたエドガーをも殺した少年は、ファルケンの象徴たるシグムントをも切り落したのだ。もはや何も心配はする必要がない。

「まさ…に……鳳凰……よ……。よくぞ……なし…とげ…た………」

 これまで、一度として褒めた事のないユーリを誉めてやろうと、死を間際に伝えようとする。そして伝わったかは分からないほど、目の前は暗くなり音も聞こえなくなる。

 小屋の外では豪雨が降り出し、雷が遠くに落ちる。

 ゲルハルトには、それがユーリの涙や泣き声なのかさえも分からず、途切れゆく意識を手放し、人生の幕を閉じることとなった。。


 この日、大陸史上最強と呼ばれる事になるヴィルヘルム・フォン・ファルケン3世が誕生したのであった。

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