最悪の戦術
シュバルツバルトを見渡す巨大な黒いビル。ケーニヒを象徴する大建造物であるシュバルツタワーの上層に、大公ウルリヒ・フォン・ファルケンは玉座を構え、帝国皇女コンスタンツェを侍らしていた。
「大変です、ウルリヒ様!敵襲です!」
「敵襲だと?」
慌ててやってきた家臣に対してウルリヒは顔を顰める。
「そんなくだらない事を、私に報告しに来たのか?敵襲を撃退した報を寄越せ。我が臣民ならば無能を晒すな」
ウルリヒは報告する家臣に対して冷たい視線を向け、呆れた様子の口調で相手を罵る。横にいるコンスタンツェは報告している家臣をまるで虫けらを見るような目で見下ろしていた。
「ロートブルク―シュバルツバルト間の軌道列車より強襲し駅を大破。敵はそのまま街道を使ってシュバルツタワーへ一直線に進軍しているとの事です」
「親衛隊で取り囲んで滅ぼせ。精々送れても数千の兵隊だろうが。このシュバルツバルトには我が軍だけでも5万、リュミエール軍もついに全軍が到着して20万といるのだ。今夜は盛大に舞踏会にて我等の進軍を祝おうと言う日に、下らぬ問題を起こさせるな」
「し、親衛隊5000は…全滅しました」
「?」
その報告にウルリヒは怪訝そうな顔をする。聞き間違いと思ったからだ。
「襲撃からどれほど経ったと言うのだ。軍勢の数は?」
「その…襲撃から1時間ほど、敵の数は…その………3人です」
「いい加減な事を…」
「いい加減ではありません。その内の一人は…ヴィルヘルムです」
「!」
ウルリヒは引き攣りながら立ち上がる。
ウルリヒにとって最も苦手意識の強い相手である。
本家に生まれただけで最初から爵位を手にしていた男だ。ただ刃を振るだけしか能のないクズである。自分の方が遥かに優れているにも関わらず悉く邪魔をしてきた相手でもある。
だが帝国に認められ大公に叙されたのは自分だ。
もはや爵位も無ければ貴族でもないただの人斬りだ。ウルリヒにとってただの路傍の石に過ぎなくなった筈の男だ。それが再び自分に刃向かう等許せなかった。
「くっ…そんなに俺のモノがほしいとでもいうのか、あのクズは。クソッ!クソッ!クソッ!殺せ!何としてもヴィルヘルムを殺せ!我が軍を全て使っても構わぬ!」
ウルリヒは怒鳴り散らすように叫ぶ。自分の持つすべての権力を持ってあの斬る事以外に何も持たない邪魔者を殺さなければならない。そう判断した。そうでなければこの大公国は滅んでしまう。
「そ、それが…既に敗走している状況でして…」
「は?」
「既に被害は悠に1万を越えており、シュバルツタワーの近くまで来ております!もはや止められる状況にありません!」
家臣の報告は既にかなり厳しい状況になっている事を示していた。
急転直下の問題に、ウルリヒは怒りに赤く染めていた顔を、一気に青ざめさせる。
「な、何故、早く報告しなかった!」
「そ、その敵を滅ぼしてからでなければ報告できないと思い……。しかしもうリュミエール軍が軍艦のある本陣へ撤退しており……さすがにこれはシュバルツタワーを奪われると判断し、大公閣下もリュミエール軍のいる本陣へ移動するようにご進言を…」
「くっ……」
ウルリヒはギリッと歯をきしませて家臣を睨む。
シュバルツタワーは元々城砦という訳でもないので攻められると非常に弱い。到達されてからでは手遅れだった。
「ウルリヒ様。問題ありませんわ。我が帝国軍の軍艦は一隻に3桁の砲門を備えてある最強の戦力です。それに大陸最強であられる七星の叔父様もいらっしゃいます。ここは一度リュミエール軍の軍艦へと本陣を移しては?」
コンスタンツェの言葉にウルリヒも頷く。
「よし、本陣を変える。…しかし…このまま奴らを進ませるのも癪に障るな。シュバルツタワーにある広域破壊魔導砲で奴ら諸共焼き払え」
「!」
ウルリヒの恐ろしい発言に家臣は一気に青褪める。
「で、ですが閣下。それでは我が軍も一緒に…それにまだ避難していない民が…」
「そんなもの、無能な鈍間共が悪いのだ。大公たる私に手間を取らせたのだぞ?死して償うのが当然ではないか」
「さすがはウルリヒ様だわ。とても良いお考えね。どうせロートブルク側はもう役に立たないのでしょう?ならば焼き払ってしまっても問題ないわ。どうせ民はまだたくさんいるのです。1割や2割滅んだ所でどうにでもなりますわ」
「さあ、さっさと取り掛かれ!」
ウルリヒは玉座を立つと、コンスタンツェをエスコートしてその場を去る。
取り残された家臣は、あまりの策に恐怖で震えるが、指示された事をしなければ殺されると思い、その作業へと取り掛からせる事にする。
ウルリヒは馬車に乗ってリュミエール軍の駐留している港へと向かう。
ウルリヒとコンスタンツェは大臣を務めるコンラディン・ルートヴィヒ子爵を連れて、アドルフ・D・グリュンタール・ゴルドブルクの停泊している船へとやって来ていた。
「奇襲があったらしいね」
アドルフは事情を聞いてウルリヒらを船に迎え入れる。
「申し訳ない。ケーニヒはどうも無能が多くて困る。一々、私に指示を仰がねば何も出来ぬクズばかりだ。挙句、報告を遅らせて内部中枢付近まで侵入を許す始末。全く持って度し難い連中です」
「無能に足を引っ張られる気持ちはよく分かるよ。私も常に困らされているからね」
無能無能と蔑む彼らは決して気付いていない。
自分達の高圧さによって報告し難い状況を作り後手後手に回っているのだ。
良い報告以外に聞きたくないという態度を出してしまえば、部下は良い報告になるようギリギリまで頑張る為、最後で失敗すれば最悪の報告になる。度が過ぎれば、悪いものさえ良いものとして虚偽の報告をするようになる。
そもそも彼らは部下を有能にするべく教育も施していないのに、無能が有能になる筈も無い。畑とて肥料や水を与えねば種から芽が出たり良い実を付けたりしないのと同じ事である。
「で、こちらで叩くかい?」
「あくまでも保険としてですね。やつらを殲滅する手は打ってありますが、そこから逃れる可能性もありましょう。ゴキブリのようにしぶとい奴でして」
ウルリヒは淡々と説明する。
「敵は何者だい?」
「例のヴィルヘルム…ですよ」
「ほう……それは是非とも生きてこちらに来てもらいたいものだね。何せ七星序列2位のエベルハルトを殺した勇名を持つ。ここで私が奴を殺し、私こそが名実共に序列1位である事を証明しておきたいからね」
アドルフは好戦的な笑みを浮かべて、戦場と化して燃えるシュバルツバルトの中央を睨みつける。
そして次の瞬間、彼らの目の前、南の方角は凄まじい光によって覆い潰されていく。遅れてこの世の崩壊を思わせるような轟音が鳴り響く。一瞬にしてシュバルツバルトの南側が業火に包まれたのだった。
空をも赤く染める炎が立ち上り多くの悲鳴が聞こえてくる。
ウルリヒはこれで今度こそヴィルヘルムは終わったのだと確信していた。
彼らは知らなかった。この破壊によって斜線上の都市だけではなく、斜線付近の町に炎がついて、その巨大な炎がシュバルツバルトそのものを襲う、未だかつて無い未曾有の大火事へと発展するという事実を。
彼らはその事実に気付く事無く、次なる変化に驚愕する事になる。
黒い巨大なモノリスのようにそびえるシュバルツタワーに対して、斜めに閃光が走ったのだ。次の瞬間、巨大なモノリスは斜めにずれて、そのまま倒壊していく。
この日、世界最長の建造物であるシュバルツタワーが音を立てて滅び落ちて行くのだった。
厳しく高圧な大公は、自分の態度が自分の首を絞めてしまうという一例です。部下は無能なのではなく、良い部下になろうと頑張りすぎて、逆に悪いことになるのです。まあ、いずれにせよ1人によって万の軍勢が負けるなんて思うはずもないですが。
社会に出ると習う「ほうれんそう」はとても大事ですが、自分が「ほうれんそう」を出来るのでは十分ではなく、相手に「ほうれんそう」をされやすいように振る舞う事が、出来る人になる秘訣じゃないかと思います。多分、自分はそれができてません(笑)




