表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強剣士の血風伝  作者:
四章
55/61

アームズ帝国軍、撤退宣言

 アイゼンシュバートでは、今後についての会議が行なわれていた。

 1万の軍隊を退けた直後、そこで大きい問題が発覚したからだ。

 リーゼロッテが想定していたよりも10日も早く、リュミエールの援軍が到着した事を耳にしたからだ。


「想定より10日早かった。どうなっているのですか?」

 たずねてくるのはファルケン家の公爵となった反乱の主導者ベリンハルトである。元々自分で始めた戦争なのだから私に聞くなよ、そんな思いに駆られるがリズは溜息を1つ吐いて周りを見渡す。


 会議に参加しているメンバーはアームズ帝国軍からはライオネル・ランカスターら獣人の将軍達と、そして南部の貴族や将軍達。

「想定より早くというのはあくまでも陸地での行軍速度で、と言ったはずよ。船を使って大河を登ればその速度は圧倒的に異なるわ。こっちに推定200の大型船で5万の兵を先行して運ぶなんて、想定の中でも最悪のケースだったとしか言えないわ。そんな軍艦が余っていたとは思えない。アームズ帝国は東部で戦をやめたとでも言うの?」

 リズはジロリとライオネルを睨みつける。

 ライオネルは、リズがそれを理解していたという事実に少し感心しつつも、長年にわたってリュミエールと戦争を続けていた人間として、思い当たる事を口にする。

「いや、主力は向こうだ。船を見ないと分からないが、もしかしたら奴ら、東の共和国と停戦した可能性がある」

「つまり東部制圧の船をこっちに回していると?でも、それじゃ時間的に合わない」

「東部の停戦がなった後、浮いている中央の船を回した可能性はあるだろう」

 リズは何か隠していないかとライオネルを見るが、ライオネルからはそのような様子は見られなかった。恐らくライオネル自身も想定外だったのだろう、将軍としての予測できるリュミエールの出方を提示していた。

「中央で余っている軍隊を集めて、船をこっちに持って行く。東と停戦と同時に中央の船を一気にこちらに回して冬の前に決着をつける…か。北部の対パーチェ連邦王国の軍隊はこの季節は遊んでしまうから中央に戻ってる。北か中央のどちらかが来るという事か。いや、西部討伐軍の行軍中にこちらに辿り着いていない残りの5万という事もあるか」

 リズは考えながらぼやく。想定外ではあったが、船さえあればいくらでもできると推測が立つ。

「後者はない。恐らく中央の防衛軍だろう。七星の序列1位を見かけたという話が斥候よりあがっている。七星序列一位は皇族の人間らしいからな。後者がない…というのは我々の中にも中央山脈を越えて斥候をする特殊な種族がいるのだがな、そいつらによるとフンメル大公領の北部に鬼が出たらしい」

「はあ?」

 鬼なんて迷信である事は既に知られている。或いは鬼族や蛮族と呼ばれるゴブリンのような種族がいるが、それは西部の山脈の奥地に住んでおり、そうそう山から降りてくることはない。

「赤鬼ヴィルヘルム…この地ゆかりの鬼だったと記憶しているが、それが現れ5万の軍勢を半壊させ、引き返す羽目になったらしい。どこまで本当かは知らないが、将軍も七星の序列2位も殺されたとか。七星の序列2位は我がアームズ帝国も幾度となく苦渋を味あわせた男だから、今回来ると聞いて是非とも手合わせしたかった所だが…」

 ライオネルは耳にした情報を問うてくる。恐らく彼もまた、握っていないこちらの情報をつかむべく揺らしにかかっているのだろう。

「!」

 リズはその話を聞いて苦笑する。ディオニスに呼び戻しに行かせたヴィルヘルムは、随分と近くにいた事実を察する。

 だがそれは夏の半ばくらいだったはず、すでに秋の半ばを越えている。実に60日以上が経過した。その後、どこまで行ってしまっているかはわからない。こちらに引き返せる状況にあるのかだけが気になる。ディオニスを行かせたが、あくまでも通常の敵の到着を想定した日数だ。

 10日も早いと知っていれば別の手を打った。

「まあ、済んだ事は良い。残念ながらさすがに我が軍も25万も相手に出来る程の軍勢をここに引き連れてはいない。我らは全滅するわけにも行かないのでな。クロフォード大公領の城塞都市バリアターフへと引かせてもらう」

 ライオネルは淡々と撤退案を出す。

「!」

 その場にいる全員が驚いたように立ち上がる。

「そ、そんなこと、許されませんぞ!」

「我々との協定は!?」

 南部の貴族や将軍達は慌てるように訴える。

 驚いた事に、彼らは本当に獣人族がロートブルクにおいてケーニヒ王国の正当性を認めて、一緒に戦ってくれると思っていたらしい。これまで、それらしく仄めかして来たが誰も本気にして無かったようだ。

 リズからすればおめでたいと笑って捨てるレベルだ。だが、そのおめでたさの所為で、既に家族とも呼べる大事な人達を人質に取られている。

「我々とてアームズ帝国軍の人間だ。25万の軍勢を前に滅ぼされるわけには行かぬ。故に我らは一度軍を立て直さねばならない。バリアターフより帝国の援軍を待ち再び進軍する事を約束しよう」

「そんな頃には我々は滅びてしまう!」

 ベリンハルトは声を荒げてライオネルへと訴える。

「5万対25万が2万対25万に変わるだけ、大差なかろう」

 ライオネルの言葉に対して、全員が絶望的な空気へと変わる。

 最後まで一緒に戦うはずも無いのだ。気付くべきだが、その事実を考えないようにしていたとしか今となっては思えなかった。

「その為に、これまでロートブルク周辺の防備を作ってきました。収穫が終わってますし、税収免除で領民の全員をこのファルケン領の防衛網の中に集結させます。すべての穀物を持ってこさせて1年の領内篭城をします。良いですか?アームズ帝国は一度戻るだけです。シュバルツバルトの穀物の半分がこちらにあるのですから、守りきれば兵の多い相手が先に腹を減らして倒れます」

「し、しかし」

「農民達も戦ってもらうしかないでしょう?侵略を許せば待つのは地獄ですから。元々いたロートブルク防衛壁の中にいる農民は継続して農業を、移民や南部から流れてきた農民達は戦に出てもらいます。相手がどんな甘い言葉を口にしようと、数日後には翻して搾取される事を知っている彼らも死に物狂いで戦うでしょう。次回、アームズ帝国が来た際に借金をしてでも食料を購入します。多少従属せざるを得ないでしょうが、リュミエールと違い現在のアームズ皇帝は愚物ではないので、滅ぼすまで搾取はしないでしょうから」

 リズの言葉に全員が黙ってしまう。

 この局面も読んで、ちゃんと準備をしていたのだと口にすることで、ようやく南部貴族や将軍たちも少しだけ落ち着きを取り戻す。だがそれは机上の空論でもある。

「25万の正規軍に対して、農民風情が勝てるとでも?」

「軍の5割以上は戦闘員というよりも後方支援です。農民だろうと出来ますよ。それに………農民を足して我らは2万から10万へ増加させます。さらに敵軍は20万に減ります」

「は?」

 何故、25万が20万に減るか、誰も理解が出来なかった。

「昨日、旧プフェールト領を大公軍は占領したそうです。アームズ帝国の退路は、地獄となったウエストエンド経由ではなく、プフェールト侯爵領経由でしょう?どうぞ、ご自由に3万の軍勢で5万のリュミエールと戦いあそばし下さいませ」

 リズの言葉に、今度はライオネルが驚く番だった。

「き、貴様……」

 ライオネルはよもや撤退経路が敵にふさがれていた事実を、今初めて聞いて、驚き大きく慌てる。

「私はこの反乱で死ぬことが確定しているわ。でも1人で死んであげない」

 ニヤリとリズが笑い、ライオネルは歯噛みする。

 2人は睨みあい、そしてライオネルは先に溜息を吐いて椅子に座る。

「くっ……ハハハハッ!参った参った。なるほど、そう来たか。全く、容易い仕事だったはずだがな、ジェイムズなんかよりよほど悪辣な女だ。さすが1000年王国ケーニヒの女王家の女だ。ただの小娘だと侮っていたのが裏目に出たか」

「私としては楽でしたけどね。頭のいい人が相手だったので。……バカは簡単に皆を巻き込んで破滅するような事をする。だけど貴方はより利を取れるほうを選んでくれる。私は散々こき使われたのですから、5万の軍勢くらい蹴散らすか、もう少しこの篭城に付き合ってもらわないとこちらとしても困るんですよ」

 リズはライオネルを睨みつけて口にする。

「で、俺達に何をさせる積もりだ、女狐」

 ライオネルは頭を切り替えてリズを見る。

「但し、やってもらう事は簡単です。プフェールト領を焼き払い5万を潰して下さい。完膚なきまでにぶち壊してください。こちらは5000だけ帯同し、一般市民の保護をします。あそこを敵の拠点にされると困りますから。貴方達獣人族は個々の自由が強すぎて勝手をされがちなのでこっちも言ったこと以上にやられて困るので、そのお目付け役程度に思ってくれれば幸いです」

「何もかもお見通しか。プフェールト領をつぶすまでは良いだろう、付き合ってやる」

 ライオネルは獰猛な笑みを浮かべるて首肯する。

「し、しかしプフェールト領を潰す等…」

「残念ながら大公軍が既に潰してますから、現時点で手遅れです」

 リズがあっさりと言い切ってしまい、その場の貴族達、特に南部から合流した人間達は顔を真っ青にさせる。

 リズはテーブルに広げられている地図の上に、リュミエール軍を示す星印のついた駒をシュバルツバルトとプフェールト領の上に置く。プフェールト領には5つの駒、シュバルツバルトには15万の兵力を示す為に15個の駒、さらに移動中と思われる5万の兵力はレーヴェ領あたりにたどり着いている事を予測して5つをレーヴェ領に並べる。


「北の窪地地帯、北東部の平原、そして東部の高地において、東部にだけはプフェールトという巨大な拠点が出来ていて、我々としても今後の防衛に差し障りがあります。我々としては対シュバルツバルトのみに絞って戦わなければ今後の防衛戦争においても厳しくなりましょう。つまり、3万の正規軍を失うという痛手を無視すれば、アームズ帝国軍とは戦略的に未だ一緒に歩めるという事です」

 リズは分かりやすく状況を見せて、アームズ帝国軍をフォローする。

 貴族達は黙ってしまう。

「彼らは別に、今ここで我々を滅ぼすという案もあるのを忘れないで下さい」

「!」

 リズの言葉に全員が絶句する。

 ライオネルもそういう脅しが存在するのを最初から持っていたが、最終手段と考えていた。リズがそれに気づかない筈もないので、自分から使う事は無かった。ケーニヒの南部住民を懐柔した方が、この領土を手にしやすいからだ。

「我々が3万の援軍を失うのは規定事項です。ですがその3万で敵の拠点を滅ぼし、5万を消してくれるのですから御の字でしょう?反論はありますか?」

 リズの淡々とした説明に貴族達も軍人達も文句は出なかった。

 ライオネルがその気になればここを支配する事は容易い。そこにうまみが無いからやらないだけだ。邪魔をするなら蹴散らすといわれても仕方ない。

「というよりも色々と手がある中で、我々が譲歩できる範囲を困らないように進めたんだろう?この最終局面を読んだ上で、全て」

「ご名答です」

 ライオネルは武人であり強さこそを尊ぶ。だが目の前の女王の血族に一定の敬意と理解を示す。天才的な軍略を持つ若い女が間違い無くこの場で最も優れた指揮官なのは理解しているからだ。

「だが、どこで手を切り離すか分からない女と共に行動するつもりはない。人質は同行させる」

「……分かりました」

 リズは諦めるように了承する。

 実力は信頼しているが、その矛先は決してライオネルに向いていないわけではない。プフェールト崩壊という情報さえも罠である可能性はあるのだ。自分達を囮に使って、もっと多くの敵を滅ぼさせようとする可能性もある。それをずっと見てきたからこそ信用なんて出来るはずもなかった。


 もはやこのメンバーは全員が疑心暗鬼になっている。何せ互いが互いに剣を突きつけているような状況だった。

 南部貴族や軍人達は蜂起したもののリュミエール帝国軍が凄まじい人数になってきて、もはやアームズ帝国の軍事力とリーゼロッテ・シュテルンブルク=ケーニヒという旗頭にして知略に長けた軍師に縋るしかなくなっていた。

 リズは人質を取られていて協力せざるを得ない状況にあった。だが、そこから抜け出す為にただの神輿になる事を良しとせず、主導権を手にしようとしていた。何よりもアームズ帝国が一方的に主導権を手にしている状況から抜け出す必要があったからだ。

 アームズ帝国はただ安全にケーニヒをかき混ぜられれば良い。そして出来れば次にケーニヒを支配する時に力をかけずに手に入るような形を作りたい。領民が喜んで侵略を受け入れるなら楽でよいからリズの手に乗っているが、攻め滅ぼして無人の荒野を開拓しても一向に構わないのだ。


 アームズ帝国軍が最初からこの段階で投げ出す事を分かっていたリズは、自身の力を使って味方を増やしていた。アームズ帝国軍が撤退する際に、オリバー達を解放するように貴族達を手元に置きたかったが、残念ながらそれはかなわなかった。力を見せすぎて、女王が逃げればまずいという危機感まで抱かせてしまったからだ。もしもオリバー達を解放したら、リズが逃げるのではないかと言う懸念を持たれてしまっている。

 戦って負けた際に、彼らが解放される可能性があるかと言う点に関して、保険をいくつか作っている。

 牢屋に入れている理由は、実は自軍が総崩れした際に、敵が彼らを襲われないようにする配慮だ。さらに自分の味方をしてくれる囚人としてリュミエール側の公爵を確保できた。彼が解放された際にオリバー達を庇ってくれるはずである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ