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最強剣士の血風伝  作者:
四章
51/61

レーヴェ公爵家の兄弟

 レーヴェ公爵領ミニアツルガーデンの都市郊外にあるレーヴェ家の離宮にて、かつて公爵だったヨハン・フォン・レーヴェは修行の日々を送っていた。

 基本、三大公爵家は武門の家である為、ヴィルヘルムらファルケン家が辺境に子供を置いて修行をさせるように、ヨハンもまた幼い頃は郊外にある離宮で暮らしていた。そして、齢20を超えた彼は、爵位を兄クラウスへ返上する事になり、再びその離宮に戻ってきていた。



 森林に囲まれた小高い山々の中、離宮より少しはなれた場所で、巨木の前にヨハンは立つ。

 巨木に拳を当てて力を込める。

「ふっ」

 震動が伝わり巨木はへし折れて行く。

 震拳、これはレーヴェ家に伝わる秘術で、触れるものを魔力の激しい震動によって分子崩壊させるという強力な必殺技である。

 かつて、これを食らった人間は体中の骨を砕かれて絶命したとも言われており、生き延びても2度と立つ事さえ出来なかったという。

「まだ、父上の領域には到達できぬか」

 ヨハンは倒れた巨木を眺めて溜息を吐く。ヨハンが20歳を越えて未だに修行を続けているのは目標があるからでもある。亡き父を超える事、これは父親への憧れでもあった。自身が不甲斐ないばかりに公爵の座を蹴落とされ、それでも父親に届くものが存在するとすれば、それは武門の男として武を極める事しかないという思いがあったからでもある。

 それだけにヘルムートの死は余りにも早すぎた。未だ仇の存在さえもつかめていない。噂ではヴィルヘルム・フォン・ファルケンに殺されたという話があるのだが、そのヴィルヘルムという存在はどこにいるのかという問いに対して、ファルケン家からの返答はヴィルヘルムは既に廃嫡しているとだけしか返って来ない。彼が殺したと言うのはほぼ事実であると言われているが、それを証拠して出せるものが何も無いのだ。



 ヨハンは修行を終えて、離宮の小さな屋敷へと戻る。

「ヨハン様!」

 屋敷の前に立っていた男が、ヨハンを見て駆け寄ってくる。ヨハンはそれがかつての部下である事に気付く。

「何だ?」

「本家のほうから連絡です。至急、中央へ出頭せよと」

「は?……俺はもう用無しの筈だろう?この田舎で何が出来ると思ってるんだ?」

「それがクラウス公爵閣下の命令でして」

「……今更、何の用があるというのだ?そもそも都市の中に入ることを禁じたのはあのバカだろうが。おかげで妻子にも会えていない状況だ。まさか入った瞬間、規約違反だと切りかかってこないだろうな」

 ヨハンは肩を大きく落とし、そしてジトとかつての部下を睨む。勿論、彼は慌てて首を横に振るのだが。

「父上の仇が見つかったから討って来いというのであれば、喜んで行く積もりだが。そもそも、私は中央がどうなっているのか、何の情報も持っていないのだぞ?」




 馬車に乗ってヨハンは急遽ミニアツルガーデンにある公爵城へと向かう事になる。郊外と言ってもかなり離れており、馬車で出発し、農村をいくつか経由して2日で辿り着く程の遠距離である。


 だがヨハンは街の惨状に目を丸くしていた。晩秋にあった内乱から半年を過ぎるが、未だに復興がされていない様子で、栄えていた街が目も当てられないほどに人がいない。

「都市を移したのか?」

 馬車に揺られながら街の外を見るが人の気配が本当に少なかった。

「いえ、ここは人が去っていっただけです。あれから内乱鎮圧で男達は多く戦場に行ってますし」

「なるほど。……公爵閣下は何をやっているんだ?戦争などやっているヒマは無さそうに見えるがな」

「…」

 城の付近に近付いてやっと人の多く住む場所に辿り着くが、活気はない。かつて賑わった町並の姿は変わり果てていた。ヨハンはさすがに1年も経っていないのにここまで変わる事がありえるのかと驚いていた。

 そもそも自分は優秀ではないから、多く臣下と話し合って事を進めていた。父親のように自分で勝手に物事を推し進め、臣下の言葉に即決即断でどんどん物事を裁くような器用な真似はできなかったからだ。

 その点で言えばクラウスは父親に近い才覚はあったと認識していたが……。

「これではそこらの伯爵領のほうがよほど栄えているのではないか?」

「さすがにそのようなことは…」



 ヨハンはかつて自分が領主をしていた城の中に入って行く。

 執務室にはクラウスが座っていた。かつては父が座っていた場所で、いつも自分が報告を持って行く場所であった。更に言えば、去年はそこに自分が座り、父が横のソファーでゴロゴロして暇そうにしていたのも懐かしい話である。

「お呼びでしょうか?兄上」

「来たか、ヨハン。貴様に仕事が出来た。やってもらいたい」

「仕事ですか?………随分と切羽詰っているのでしょうか?」

 爵位を奪い、郊外に謹慎させていた弟を今更担ぎ上げる理由はそれしか思い浮かばなかった。

「……使ってやるだけありがたく思って欲しいがな」

「このまま隠居して暮らすのも悪くないとは思ってますが。よく考えたら、父に無理やり公爵を継がされましたが、別になりたいとも思っていなかったし、なっても大変な思いをして多くの人を苦しめただけですから。父上が何も言わなければ、私は兄上が継ぐものだとずっと思ってもいたのは事実ですよ?」

 自分の口にしてみて、そういえば何で公爵なんてやってたんだろう、とヨハン自身も結構さっぱりしていた事に気付いてしまう。元々、父の背中を追っていたのは武術に関してであって、公爵としてどうにかしたいとは思った事が無かった。敢えて、まだ心残りがあるのであれば父の仇を討ちたいと言う事だろう。無論、あの怪物を殺すような怪物に自分が勝てるなどとは到底思っていないが。

「ふん。どこまで本気だか」

「疑うなら使わねば良いでしょう?」

「本来であれば私が出たいところだが、公爵で有る私が泥仕事をするわけには行かない。故に、代わりに貴様が出ろという事だ」

「それほどまでに…レーヴェの一騎当千の猛者を出さねば倒せぬような相手がいるのですか?」

 ヨハンは首をひねる。

「そうなる」

「父の仇ではなく?」

「あれは……ある程度想定はついているが、その人物の所在が不明だ。取り合えず、作戦に関しては今の情勢から説明しよう」

 所在不明というと、やはり父の仇はヴィルヘルムで間違いはなさそうである。



 それはそれとして、クラウスはこれまでの詳細を説明し始める。

 大公の政治に腹を立てた南部が反乱を起こした。その際に、アームズ帝国を呼び込んで、南部平原にて中央との交戦を行なっている。現状は五分五分か、むしろ分が悪い。

 敵とこちらの戦力差は15万対5万で、こちらの方が遥かに勢力は大きいが、上手くすかされているとの事。


「5万で15万と渡り合っていると?まさか、アームズ帝国はあのジェイムズ総督が出てきているという訳では?」

「いや、……ライオネル・ランカスターだ」

「へえ…」

 ニヤリとヨハンは唇を吊り上げて笑う。強者を求める事に関しては、父親譲りと言ったところだろう。ライオネル・ランカスターといえば16年前の戦争でも活躍しており、化物のような逸話が転がっている将軍である。


 過去にリュミエールの七星を3人殺している。

 龍騎兵部隊で無いのは龍より強いからである。

 過去の戦争でファルケンが王家の助けに行けなかったのは、この男が南部に陣取った為だとも言われている。

 ゲルハルトがこの男との戦いを避けていたという噂も残っている。

 噂ではアームズ帝国からベヘモスを追い払ったとさえ言われている。


 どこからどこまでが真実か怪しい噂話が転がっていた。

「だが、あの国はここに楔を打てればどうでもいい。さして兵力をよこしてはいなかったからな。どうせ南部の大半はもはや信用も出来ない。奪い返すのは無理だろう。ファルケンなんぞくれてやる。だが問題はこっち側の貴族を揺るがす存在がいると言う事実だ」

「こっち側の貴族を揺るがす存在?」

「ケーニヒ王族を名乗る存在が、ロートブルクにいるらしい。お前にはそれを殺してもらいたい」

「なるほど」

 ヨハンはクラウスの言葉の意図を理解する。

 つまり、後々、クラウスが王族を名乗るものを殺すと周りの反発が大きい。だから殺すのは別の人間であるべき、そういう事なのだと納得する。

 こうしてこの男はレーヴェ領を手に入れたのだから。

「王族殺しか。まだ残っていたのか、単に騙っているだけか。実際にどうなのでしょう?女王を殺した父の子なのですから、私とてその程度で怖気づきはしませんが」

 ヨハンは事実を確かめようとするのだが、クラウスは首を横に振る。

「分からぬ。その父が生きていない所為で状況がつかめていないのだ。あの人は掴んでいたはずだ。過去に王族を極秘裏に追い回していた経緯がある。殺された日も王族を探して、返り討ちにあったようだ。何もかも墓の中に持っていかれてしまっているからな」

 クラウスは忌々しそうに父を思い出す。

 実際に、クラウスは父親であるヘルムートとはかなり折り合いが悪かった。それはヘルムートがクラウスを認めなかったからという事もあるだろう。何もかも弟より勝る自分が、何故弟よりも認められないのだという父親への怒りを確かにもっていた。

「……分かりました。まあライオネル・ランカスターを倒し、王族の首を持ち帰れば良いのでしょう?」

「名はリーゼロッテ・シュテルンブルク=ケーニヒ、女だからと言って情を湧かすなよ。貴様は甘すぎる」

「王を騙る不敬な女等に情を湧かすほど、甘いつもりはないのですが」

 ヨハンは複雑そうな表情で返す。

「ほう?」

「それに……かのランカスターと殺し合えて、その女の手元に父上の仇がいる可能性もあるなら、それこそ、私の望み足りえるでしょう」

「失敗するなよ。もはや手駒は少ない。こちらとしてはリュミエールの援軍を待たずして潰したいのだから」

 クラウスに送り出されたヨハンは、クラウスらの手の者達と同行して戦場へと移動する事になる。一介の戦闘者へと戻って。




 ヨハンは20人の部下と共にシュバルツバルト経由で極秘行動をする事になる。目標はロートブルクにいる指導者の暗殺である。

 現在、大公軍5万と帝国の西部討伐軍10万は、シュバルツバルト南西部に足止めを食らっていた。ロートブルクに集結している王国復興軍2万とアームズ帝国3万は見事に均衡状態を保っていた。


 ヨハンはシュバルツバルトより更に西から流れている大河の上流へ歩いていた。余り使われない川沿いの茂みの中を移動する事で、自分達の行動をばれないようにする。ロートブルクへは遠回りになるが、20人程度ならば茂みに隠れて敵に気付かれにくいことも含めての行動である。

 川はどんどん急流になって行き、進む場所も高地へと変わっていく。元来、ここら辺は非常に窪地が多い荒地で、雨季に入るとあちこちに沼が出来たり川が出来たりして非常に厄介な場所であるが、現在は丁度境目の時期で草木が茂り、窪地がよく分かるような地形になっていた。



 一行がロートブルクとシュバルツバルトの中間地帯に差しあたった場所で、丁度、遠方では争いが行なわれていた。


 左手のシュバルツバルト方面が大公軍、右手のロートブルク方面が復興軍だろう。

 武装はほぼ同じだが大公軍は魔導砲を持っているように見える。人数は大公軍側が6000ほどで、復興軍は3000ほど、倍の人数比はありそうだ。当然のように復興軍は勝ち目がないと分かっているのか、撤退をする姿が見て取れる。


(ここの野戦場ではもはや手に負えないという事か?)

 元々3倍の人数が大公軍にあると聞いている。3倍の人数を引っ繰り返すような軍の質でもあるかと思えば、あまりにもあっさりした様子にヨハンも目を細めてその様子を眺めていた。


 草木の覆い茂った窪地があちこちに見えるが、丁度平地になっている部分で衝突をしたようだった。大公軍は隊列を崩さずに前進して、魔導銃部隊を前方に配置して進軍を続ける。

 復興軍は隊を見事に2つに分けて1500程度ずつで一直線に東の方へ逃げる集団と南の方へ逃げる集団に分かれる。

 これではどちらか一方に食いつかれたら皆殺しにしてくださいとでも言っているようなものだった。

 復興軍には魔導砲はないようだが、大公軍には魔導砲が存在し、ゴンゴンと炎を上げて逃げる復興軍を追い立てる。むしろ質でも大公軍の方が上を行くのが明らかであった。

 大公軍はそのままロートブルク方面へである東へと構わず進軍を開始し、南に逃げた集団は警戒しつつも追うような事はせずに確実に前方の敵を仕留めに向かう。南の方へ逃げた部隊が丘の方へ逃げて行ったので、何か策を持っているように見えた可能性もある。

 とはいえ、復興軍はまるで敗走するように逃げ、大公軍は背後から襲いかかる。後方でしんがりを務める復興軍は巨大な波に飲まれるかのように次々と虐殺されていく。


 ヨハンはそれを眺めて、実は自分が出なくても戦いの趨勢は決まるのでは、そう思った矢先に異変が起こる。

 魔導砲を持っているわけでもない復興軍がどこからか、大公軍の中央に巨大な爆裂を見舞わせる。次々と起こる爆発、次いで大公軍の中央に巨大な穴が出来て一気に地面に落ちて行く。6000の兵の半数以上が見事に、爆発と巨大な落とし穴によって奈落へと落ちて行く。

 南へ逃げた復興軍が引き返し、突如現れた落とし穴という名の崖を背後にした大公軍3000は隊列を乱したまま復興軍に挟み撃ちにされる事になる。

 人数差は互角だが、既に大公軍は手も足も出せずに殲滅されていく。1000ほどの後方にいた大公軍は前方で孤立無援となった仲間を見捨てて逃げていく。


 ヨハンも傍目で見ていて気付くのだが、これは落とし穴ではなく、天然の窪地の上に木枠によって旧仕上げの足場を作ったのだろう。季節で言えば夏の後半は雨季があり窪地には沼が出来るので、そんな作業をやれる時間がどこに存在したか予測もつかないが、見事にやりおおせたのだろう。

 普段の行軍だったら怪しいわなだと気付くだろうが、明らかに逃げている連中の後を追って通り過ぎる場所なので、自分の足場が危険だった事に気付かなかった。

 しんがりの人間達を最初から見事に見殺しにする事を前提にしたトラップだったともいえる。


(まさかこの窪地の覆い地帯で、そういう罠を他にもたくさん作っていたとしたらここから攻めれなくなるだろう…。今は草木が多い茂っていて、どこにあるか判断し辛い状況にある。この季節限定のトラップだ)

 雨季が終わり、草木の背が高く丘の上から常に場所を把握しながら進まないと非常に危険な事になるのが目に見えている。


 こんな罠を幾重にも南部に張り巡らしているとすれば迂闊に攻めれないのだろう。ロートブルク陥落まで、時間をかければかけるほど罠が増えて、敵を鎮圧できなくなる。15万の大軍んが小競り合いで簡単に殲滅されている状況が目に見え、復興軍の巧みさがはっきりと分からされる事となる。


 ヨハンの背後を歩く同僚達も同様に復興軍の上手さに戦慄しているようだった。

「急ごう」

「はっ」



 この戦いが続けば続くほどケーニヒは地獄になる。

 既に帝国より10万もの軍隊が来ており、彼らの兵糧を賄う必要が出ていた。

 さらに多くの帝国からの援軍が来れば、彼らの食い扶持を渡さなければならない。ケーニヒ大公国は間違い無く食料が奪われて、今度は大公国そのものが立ち行き行かなくなる。ケーニヒにはそんな大軍を養えるような国力は存在しないのだ。長引けば長引くほど首が絞まっていく。

 アームズ帝国は恐らく、ケーニヒそのものを滅ぼすために、滅び行く復興軍のバックアップをしていたのだと理解せざるを得ない。


(こんな事になる前に、どっちかが譲歩せねばならないのだ。クラウス、何故、こんなバカな事に手を貸す。大公を武力で包囲して説得するのが最も正しい方法だろう!)


 ヨハンは呆れるように溜息をつく。

 ケーニヒを救うには、リュミエールの庇護の下で立て直さねばならない以上、大公を殺すわけには行かない。


(良い案が無いな……。父上を補佐した部下達がいれば、また別の案もあるだろうが、彼らも私の失脚に付き合う形で権力を剥奪されている。結局、南部を見殺しにするしかないという事か?だが……既に北部のドラッヘが無く、南部を棄てたら………あ?) 


 ヨハンは考えながら、そこで重大な事実に気付くのだった。もはやこの国は滅んでいると言って差し支えないのではないかと。

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