兄弟の戦い
翌日、ユーリは別邸から離れた修行場、いつも通っている沢にやってきていた。
祖父ゲルハルト、兄のエドガー、ヘルマン、ディルクの4人もいる。それぞれ腰掛け程度の岩に座っており、ユーリも適当な岩を拾って椅子代わりにしてエドガーの隣に座る。
「さて、これよりヴィルヘルム3世継承の儀を始める」
よく理解してないユーリはポカーンとしていた。エドガーは強く唇を引き締める。
「ヴィルヘルム・フォン・ファルケンの名を継ぐには誰が相手でも斬る覚悟をもっていなければならない。かつて、ヴィルヘルム公は国を売った家族派閥全てを殺し、愛する妹が人質にとられながらも王家を守る為に敵を滅ぼしたという。鬼神が如き精神と実力を持たねばならない。ヴィルヘルム2世は襲名の儀の時に奥義継承と同時に自身の父を討ち殺しヴィルヘルムを名乗り始めたという。それはつまり、何者でも斬れると言う覚悟を持つ事が、どんな敵をも斬れると言う事に他ならないという事だ」
ゲルハルトの言葉にユーリは意味が理解できず首をかしげる。だが兄弟達は理解したようでごくりと息を飲む。
そこでゲルハルトは立ち上がる。
「私はこの沢の上にある山小屋で待つ。3人殺して俺の下に来た奴がヴィルヘルムを名乗れ」
………
「ほえ?」
間抜けな声を上げるのはユーリ。自分はこの話に全く関係ないと思っていたからだ。悲しい事が起こることは予感していたが、自分が当事者となる。
「むむむむむ、無理です!」
「祖父上様!ユーリはまだ10歳、戦える年齢では有りません。何よりその心構えもないのにこのような戦いに巻き込むなんて」
ユーリは慌てて首を横に振る。エドガーも同様にユーリはこのヴィルヘルム継承の儀には関わらせたくは無いようだった。
「それだ」
ゲルハルトは腰の刃を抜いてゲルハルトの首元に突きつけて口にする。
「え?」
「貴様のその甘さがこれまでそのヴィルヘルムの名を継げなかった要因だ。覚悟がたらぬ」
ゲルハルトの言葉にヘルマンもディルクもフッとエドガーを鼻で笑う。
「で、ですが…。……ユーリには才があります。ですが、まだ幼すぎます。あと数年待てばヴィルヘルムの名に相応しい力を示せるでしょう」
「才がある事は知っている。鍛えればエドガーに劣らぬ剣士になれたろう。だが人を殺せぬような惰弱な子供を待つほど、我がファルケン家は甘くない。そう育てたのは貴様だぞ、エドガー!責任を持って貴様が始末をつけろ」
「!」
ゲルハルトはエドガーの考え等全てお見通しだったという顔で言い切る。
「ヘルマン、ディルク、お前達がエドガーを殺せるほどの腕を示せるなら、ヴィルヘルムの名を喜んで与えよう。無論、最終試練として私と死合う必要はあるがな。やれるな」
「はっ…当然」
「ファルケン家最強が誰であるか、祖父上様にお見せし、安心してあの世へ送って差し上げましょう」
にやりと笑うヘルマンとディルクの2人は、それぞれ巨大なバスタードと槍を握る。
「お1つだけお聞かせ下さい、祖父上」
「何だ?」
「そもそも…ヴィルヘルムを名乗る意味がありますでしょうか?我らファルケンは女王陛下の血筋より別れ、守り刀としてファルケンを名乗り外威を打ち払ってきました。ですが、今、女王陛下はおらず、守るべき者は我々と敵対していた皇帝です。本末転倒、家の衰退こそ我らが女王陛下に尽くした証として享受すべきであり恥じる事等ありません。確かに領政は厳しいでしょうが我々がいる限り戦争の心配はありません」
エドガーの言葉にはユーリも同じ感想を持っており、うんうんと追従する。
「そうだ。今後、我が領土は我々さえも必要なくなるだろう。王を失い、公爵家もただの称号であり地に落ちる。プフェールト領やオッタル領が帝国と内通すれば軽く領地は吹き飛ぶ程度には脆弱な兵力だ。我々がいればと言うが、時代が必要なくなれば我々も消える。もはやその流れは止められぬ」
「ならば…」
「最後のファルケンの武門として、手にすべき証がある。謀反を起こした奴らに鉄槌を下し、リュミエールが誤まればその世を正し、滅亡の最後までファルケンがあったというその証明をし、戦う意思を示さねばならぬ。これは滅び行く一族への手向けだ」
「……」
ユーリにはその意味を全く理解できなかった。兄達は全員が理解して深刻な表情でうなずくようではあったが。
エドガーは祖父への説得する言葉を捜し、ユーリは何で自分がこんな状況になってしまったかさえ理解も出来ていなかった。
「では始めよ。私は丘の上の山小屋で待つ」
ゲルハルトは立ち上がると一っ飛びで、川辺の切り立った岩場を登り、山小屋のある方へと去っていく。
その瞬間、鋭利な槍がユーリへと向けられる。
「いけない、ユーリ!避けろ!」
エドガーは慌てて叫ぶと、ユーリも慌てて飛びのく。
だがエドガーの首を狙うバスタードが一閃されて、エドガーもあわてて後ろに飛ぶ。
「甘いぜ、兄上。これから殺す相手に助言をするとはな。やはり兄上にヴィルヘルムの名は重いだろう。いや、ファルケン家あるまじき甘さだ。以前から兄上はファルケン家の跡継ぎに相応しくないと思っていた。俺が代わりに継ごうじゃないか。丁度良い機会だ。そうだろう、兄上!死んでもらう!」
ヘルマンはエドガーへ襲い掛かる。
「くっ」
エドガーの振り回す魔法の込められた大剣から放たれる力によって、凄まじい爆撃が振り回す度に炸裂する。川辺に転がる岩石は砕かれ大地には次々とクレーターが生み出される。
さすがにエドガーも弟達の本気を片手間で受けられるほどの技能はないだろう。エドガーは剣を抜いて逃げる。
そして同時にユーリが既にディルクに狙われていた。
ディルクは槍を持ってユーリを襲う。
「さっさと死ね!」
「うわっ…や、やめてよ、やめてよディルク兄上!僕は戦うなんて無理だよ!」
「黙れ!兄上はさすがにてこずりそうだからな。ヘルマン兄上と2人掛かりで殺しておくためにも、さっさとお前を殺す!」
「ひっ」
ディルクは槍を頭上で回転させ、その勢いを使って横に一閃、鋭い薙ぎをユーリはジャンプして攻撃をかわす。切り裂かれた薙ぎは空気を切り裂き背後の岩を真っ二つに切り裂く。
「空に逃げたな!バカが!」
ディルクは槍を構えて宙に逃げたユーリに魔法によって炎の纏った突きの連撃を放ってくる。
ユーリは背負っていた剣を手にして、攻撃を全て受け流す。
「なっ…」
「うわわわっ」
ユーリは着地するなり背を向けて逃げる。
「ちっ…逃がすかよ」
ディルクは走って追いかける。次々と魔力の込めた遠距離攻撃を放ってくるが、ユーリは振り向かずにかわしながら逃げる。そもファルケン家の攻撃の真骨頂とは魔力を使った遠距離攻撃ではなく武器に魔力を集中させた直接攻撃である。
だがユーリが逃げた先には何故かヘルマンがいた。
「!?」
「何をやってる、ディルク。さっさと殺せと言っただろう」
「悪い、逃げられちまった」
前にヘルマン、後にディルクという状況になり、ユーリは困り果ててしまう。
「エドガー兄上は?」
「大きいのぶっ放して大きく距離を取らせた。暫く来ない。今の内に邪魔者は排除する」
ヘルマンは大剣を握り一気にユーリに切りかかる。
大上段からの一撃、ユーリは受け流そうにも攻撃が重くて受け流せず、横に飛ぶ。だがそこにあわせたようにヘルマンの槍による連撃が飛び込んでくる。
ユーリはそれを避けながら、2人から挟み撃ちにならないように横に大きく跳んで距離を取る。
だが、追い撃つようにヘルマンはバスタードに凄まじい魔力を集中させてユーリへと迫る。
その攻撃は受けきれない事をユーリは直感で知る。
避けてもその余波で死ぬ。
攻撃を溜めさせてはいけない。だが、ディルクの槍の連撃の前に下がってかわすしか出来ず、ディルクの後で攻撃を溜めてユーリを狙うヘルマンの邪魔をするような余裕は存在しなかった。
ユーリは必死に逃げるがその先は行き止まりだった。慌てて走って逃げていたので、熟知していた地形であるにも関わらず、行き止まりの道を走っていたことさえ気付いていなかったのだ。背後には大きい岩崖、ディルクが後に下がると同時にヘルマンが凄まじい威力の大剣を上から振りかぶる。
ドラゴンの一撃など目ではない。
ユーリは生きる術を一瞬で模索する。大きく距離を取って逃げる隙間はなく、攻撃を避けてもその余波で殺せる威力を有した最強の一撃。前に踏み込んで避けようとすればディルクが槍で狙っている。音速で飛んでくる槍の突撃は前に飛べば間違い無く自分の心臓を貫くだろう。
ヘルマンより繰り出された大上段から放たれた大剣に込められた最高威力の爆撃は、ユーリをの背後にあった岩崖さえも木っ端微塵に吹き飛ばした。




