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最強剣士の血風伝  作者:
四章
47/61

ハインリヒ領のこれまで

 サブタイトル通り、時は遡り、ディオニスがヴィルヘルムと出会う前のハインリヒ領の状況です。

 時は遡って東暦192年春の月、つまりユーリがケーニヒ公国を去り、冬の月が終わって、雪解けが始まりだした新年の頃である。

 春になると同時に、ウルリヒ・フォン・ファルケンとコンスタンツェ・A・グリュンタール・ゴルドブルクと結婚をし、ウルリヒは大公に任じられ、正式にケーニヒ公国はケーニヒ大公国となった。




 ハインリヒ領は山奥なので、まだ雪解けが始まってはいなかったが、日差しは随分とあったかくなってきた頃である。

「羊を飼う?ですか?」

 そんな折にリズがオリバー、ディオニス、それに加えて男爵領の名主達を集めて薀蓄を語りだしていた。

「お祝いに加えて、結婚税とか訳分からない物をとられて厳しい財政なのは分かるけど、先々の投資だと思って飼って欲しいと思うんだけど」

「家畜を導入すると?」

 オリバーは首を傾げる。

「冬の畑と休耕地のサイクルを取っていたと思うけど、冬に麦、夏にイモを育てます」

 リズは皆の前で細い杖で黒板を叩いて説明をする。

「アンタ、農家を知らないから、簡単に言うけどな。そんな事をしたら作物は育たないんだよ」

 名主が呆れるように口にする。

「無論、知っている。そこでこうする。冬に麦を作った後、家畜の食用になるカブを作る。カブっていうのは遥か東部にある根菜食物で、白くてまるい人参みたいなものね。家畜に食わせて、肥料にする。そして次にイモを育てる。そしてイモを収穫した後に牧草を育てる。家畜は舎飼いする。このカブっていうのが、痩せた土地でも育てる事が出来る優れた作物なのよ。これで休耕が必要なく、家畜に必要な多く飼料作物を得る事が出来る。これは、アームズ帝国の北東部で行なわれている農法で、休耕期間が一切無くし、収穫高を増す事が出来るものなのよ」

「おおお」

 リズの言葉にオリバーは声を上げるのだが、名主達は随分と心配そうな顔をしている。

「勿論、農業は失敗が多い。最初から成功するとは思えない。そこで移民達に耕させている土地で作って、ノウハウを確保してから全体的に進める。来年の春に小麦が上手く取れたら、大々的に変ればいいでしょ?だから皆で工夫をしていきましょう。他所の畑とかウチの畑とか関係なく、将来皆で自分の畑が良くなる為に」

 なるほどと全員が納得する。いきなり全面的に変えて失敗したときの事を考えた農家たちもそれには大賛成だった。

「そんな金があったかな?」

 オリバーは不安そうにすると、そこにトルーデがやって来る。

「お館様。オズバルド様は1~2年くらいなら不作で乗り切れる程度の財産を蓄えていたので、そちらで購入したらどうでしょう?」

「なるほど。購入する宛ては…」

「ウエストエンドの難民が増えていて、家畜とか飼う余裕が減っているらしいから、そっちから買うと良いかも。戦争さえしてなければ基本的には貿易は出来るはず。多少税金を掛けられるけど、リヒト共和国から購入するよりも時間も輸送費も割安だから。カブはフンメル大公領から種を大量に購入しましょう」

 頭の中でドカドカと案を出してそれを動かす方法を提案するリズに、全員がその頭の良さに唸る。

「ま、オズバルドさんにはお世話になったし、ユーリにも頼まれたからね。移民が多く来て、領主初年度から地獄のような状況だけど、皆で力を合わせましょ」

「よし、じゃあ準備するかぁ」

「糸紡ぎの機械も買わなきゃね」

「収穫前の暇な内に工房で作ってもらうべ」

 農民たちも動き始める。



 そんなこんなで動き出したハインリヒ領の新体制。

 家畜が出来て、羊の毛を得る事で女達もの仕事が出来、忙しい中でも活気が出てきていた。

 また、リズやディオニスが子供達に算術や文字や勉強を教える事で、領主や名主しかまともに把握して無かった領の事情を、正確に理解できる知識を教え込んでいた。移民が増えていくが、領は貯財と新しい収益によってどうにかギリギリを堪えていた。




 春の日差しが暖かくなる頃、オリバーは時間があれば剣を振って修行をしていた。

 父親の残していったもの、ヴィルヘルムが残していったものを思い出すように1つずつ剣を振って修行をする。

「領主なのに、剣を振ってるの?」

 そんな折、通りかかったディオニスがオリバーに訊ねる。

「もう、武門の人は残ってないし、ファルケンに剣術を教えることは無いだろうけど、父上は仰ってたから。これほどの技術を誰にも知られる事なく消えて行くのは惜しいと。ヴィルヘルム様からはずっと剣を習っていた。父がヴィルヘルム様に伝え、ヴィルヘルム様は私に伝えてくれたのに、私がそれを使えないのでは申し訳が立たない」

「別に、そんなことを気にする人達じゃないとは思うけどね」

「そんな事を気にする人達じゃないとしてもだよ」

「むう」

 ディオニスは、どこか子供っぽかったオリバーが学校から戻り、急に大人っぽくなったので少し物足りなく感じていた。二人は基本的にヴィルヘルムを介しての友人であり、2人でよく話しをしたりするような仲ではなかったが、ディオニスはオリバーが歳上だけど自分よりもどこか子供っぽくて優越感を持っていた。しかし、いつの間にか自分よりも大人になっていたからだ。

 ディオニスは結局の所、何も出来ないでいる自分に対して腹を立てていた。領主として頑張り、大人びていくオリバーに嫉妬しているのだと理解している。もしも、あのクーデターの時に、ヴィルヘルムのようなフットワークがあったなら、オズバルドを救えたかもしれない。そしてこっちに戻って来たが、現状としてはただの飯を食うだけの役立たずになっている。子供達に算術や文字を教えるくらいしか出来ないでいた。たまに怪我人が出たら駆けつけて怪我を治す、本当にその程度しか出来ないのだと自分に呆れていた。

「お前も剣をやるか?教えてやるぞ」

「僕が?以前、僕が木刀の素振りをやって見せたらヴィルヘルム様は何と言ったと思う?武器を持たないほうが長生きするだろうってね」

「あはははは」

 無駄に武器を持って反抗するくらいなら、無手で投降するほうがよほどマシだろうという意味だ。

「まあ、……ディオニスは回復魔法があるからな。ライナー様を含め、多くの人を救ったそうじゃないか」

「でも、救いたい人を救えなかった」

 ディオニスの言葉にオリバーは肩を竦める。

「言っても詮無き事だよ。ただなぁ……父上は死んでまで命懸けで救ってやったってのに、何だかんだと税だのといって金を取っていく連中を見ていて腹が立つのは俺だけだろうか?」

「……冬にシュバルツバルトをリズさんと偵察した際に、誰かの耳に届いたら国家反逆罪で死刑にされる程度の暴言を吐いてましたけど、リズさん」

「だよなぁ」

 そこら辺は皆気持ちが同じだった。少しくらい心尽くしをするべきだろう。しなくても無茶な要求をするのはおかしい。難民問題は無視して、結婚祝いを贈っているにも関わらず結婚増税とかわけの分からない税金を付け足された。

「これまで中央に押し付けられていた他所より大きかったファルケン系貴族への税金は緩和されるんじゃ無かったのか?増えてるじゃないか」

「冬場に王都へ視察にいった時に聞いた情報では、ライナー卿はロートブルクに戻っているみたいで、主権は既にウルリヒ殿の手の内にあるようです。でも、どうにも中央がおかしいみたい。ただ…大公夫婦が結構な散財をしているって噂はあったね。元々、ウルリヒもかなり貢いでいたみたいだし」

「そもそもウルリヒ大公の散財の多さは昔から有名だったよ。剣だって装飾過多で実用性はないし、学校でも威張り散らしていたし」

 オリバーは呆れるようにぼやく。学年は違えど、同じ学校にはいたので噂はたくさん入ってくる。ウルリヒは仮にも上級生で最優秀生徒として有名だったからだ。オリバーは剣術は優れていたが勉強の方は今一だった。

「ライナー卿はシュバルツバルトに出て、ウルリヒへ諫言するらしいと聞いているので、またリズさんと一緒に偵察に行ってきます」

「偵察って…分かるのか?」

「それがですねぇ。あの人、シュバルツバルトの隠された情報網とか抜け道とか凄い知ってるんですよ。何で色々と詳しいのだろうと思ってたんだけど、どうも王族の持つあれやこれやを継承していたみたいです」

「……アームズ帝国やパーチェ連邦王国、ソレイユ共和国みたいな他国の情報が簡単に出してきたと思えば、最近の事情まで明るいから、何でだろうかとは思っていたけど、そういう訳か」

 オリバーは少し納得した様子で頷く。




 それから数日後、リズとディオニスは2人でシュバルツバルトに行っていた。

 情報を集める為にである。

 2人はシュバルツバルトの商店街を歩くのだが、以前やってきたときよりも随分と静かになっていた。活気が欠けているという所だろうか。

「前に来た時は凄い活気があったように思ったのですけど、二度目に来ると違うのでしょうか?」

「いや、活気が無いし、人が減ってる。私は長くここに潜伏してたけど、ここのメインストリートで閉店した店が並んでいるのは初めて見た。閉店すれば直に次の店が入って準備をしているようなのに、もうずいぶん長く放置されている状況よ。これ、かなり変な事よ」

 リズは完全に放棄されてしまっているメインストリートの店のいくつを見て驚きを隠せないでいた。

「じゃあ、僕が何となく感じたのは間違いでないと?」

「……私達が思っている以上に、国の危機なのかも知れない」

 リズは青い顔で街を見渡す。

 2人は歩いていると、オープンカフェの前に軽装の騎士のような格好をした男達が街を見渡していた。貴族だと察してさっさと2人はその場を去ろうとするのだが、予想を超えて向こうから声を掛けてくる。

「おお……もしかして君はハインリヒ殿の所の子じゃないか?」

 声をかけてくるのはなんとライナー・フォン・ファルケン、渦中の男であった。

「!」

 ディオニスは顔を歪ませてライナーを見上げる。リズもこんな大人物がこんな所でお茶をしているとも思わず、しかも呼び止められるとも思っていなかったので想定外に驚いていた。

「ど、どうも、ごきげんよう。ライナー・フォン・ファルケン閣下」

 ディオニスはオープンカフェのテラスの前でお辞儀をして、リズも同様に頭を下げる。

「畏まる事はない。君は命の恩人だろう。あれから礼も言わずに済まなかったね」

 ライナーはゆっくりと杖を使って立ち上がり、ヨロヨロと頭を下げる。かつて恰幅のよく、公爵として威厳に満ちていた男が、まだ40代という年齢にもかかわらず、随分と弱弱しい姿を見せていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「大半があの毒で殺されて、私は君のお陰でこうして生きている。それを思えば安いものだよ…」

 ハハハハと弱々しく笑うライナーの姿は、話しに聞く野心高い公爵とは思えない姿だった。

「そちらは?」

「えと、今、ハインリヒ領で新しい農業を指南している学者でリズと申します」

 とっさにディオニスは思いついた嘘を平気で述べる。

「はい。本日はこちらに用があって、ハインリヒ男爵様のお遣いを」

 リズも恭しく頭を垂れてスカートを軽く妻も上げる。

「ほう………」

 ライナーはジロリとリズを見る。かつてファルケン家の公爵であり、戦時中もファルケンの代表として政治を行なっていた男である。さすがに凝視されてリズは冷たい汗をダラダラ流す。

「まあ、……今更か」

 ライナーはボソリと呟く。

「オズバルド・ハインリヒには何も報えなかった。ファルケンの公爵として支えてくれた者達へ報う事もできず引退した我が身の不甲斐なさを悔やむばかりだ。恩を仇で返す積もりもない。リズ殿とやら。ハインリヒ領を頼むよ」

「は、はい」

「ディオニス君はもしかしたら私の事をヴィルヘルムに聞いていただろう。だが、別に私は彼を嫌っているわけではない。戦の無い国に本家は必要ないのだ。あれは余計な災いを呼ぶ。リュミエールの庇護下にある我々には過ぎたる産物だ。あんな武力をミハエルと並べてヘルムートが手にして見ろ。リュミエールに反旗を翻そうとしかねない」

「!」

 ライナーは独白するように口にする。その言葉は想定外だが、リズの知る父親ならばありえない未来ではないだろう。無論、そんな事よりもあの男と戦う事に楽しみを見出すほうが先だったようだが。

「だからヴィルヘルム様を…」

 ディオニスはライナーという男が本当の政治家なのだと理解する。しかも純粋に、自分の周りを守る為に国を支える為政者なのだと。

「ヴィルヘルムは去ったのか?」

「はい。クーデターの犯人の1人だと大公閣下が言い出しまして」

「あのバカは貴族をなんだと思っている。確かに帝国皇女殿下をものにしたのはあれの手柄だが、簡単に結婚までこぎつけるわけが無かろう。われらファルケンは帝国との交渉、他領へ気付かれないような配慮、皇女やウルリヒの命を狙う者共から護衛、徹底した敵の排除をし続けてきたのは、我々を押すファルケンの臣下だというに…全て自分が偉く大公になったらこれまで支えてきたもの共など知らぬと来たものだ。それどころかこれまで以上に尽くせなど傲慢に過ぎる。大公になった恩恵をもらう為に投資と考えて彼らはギリギリを頑張って支えたというのに」

 ライナーは頭を抱えて息子の事を愚痴り出す。

「やはり……おかしいとは思ってましたが、そういう状況なのですか?」

 リズはハインリヒ領への恩赦が全く無い事に疑問を持っていた。ハインリヒはクーデターで殉職している。その見返りくらいはあっても良かった筈だ。だがそれどころかさらにむしりとろうとしてくる様子が見られる。

「お恥ずかしい限りです。何度となく口を酸っぱくして教えてきたつもりが……」

 ライナーは首を横に振って呻く。

 リズはライナーがここにいる理由を何となく察する。これまで多くの不満を抑えて、ウルリヒを大公へ導き国家の主権を手にしてこれまでの厳しい状況から逃れようとしていた。だがこれまで支えてきた家臣たちには、事が成った後に何の見返りも寄越さない状況に、周りから多くのクレームを受けて上京してきたといった所なのだろう。

 引退させられたにも関わらず不憫な男だとディオニスも察する。

「では、これから大公様に?」

「ああ」

 ライナーは頷く。

「そうですか。よろしくお願い致します。僕達はこれからお使いがあるのでこの辺で。失礼致します」

「呼び止めて悪かったね。そうそうあと…リズ殿と仰ったかな?」

 ライナーはそこで最後に一言付け加えるようにさり気無くリズに声をかける。

「はい?」

「さすがにその髪と瞳は目立つ。サングラスなり帽子なりした方が良いでしょう、私のような古い政治家はさすがに、殿下のような存在には気付いてしまう」

「!?」

 ライナーはそう言って頭を下げ、リズを見送る。


 リズは青い顔でディオニスと並びながら街を歩く。

「まさか……一目で分かるとは…。っていうか、オズバルドさん話してたのかな?」

「まさか。誠実で腹芸の利く人じゃないし、そこまでライナー卿と懇意にもしてませんよ」

 ディオニスは首を横に振る。

「でも………。ああ、あの人はファルケン領を支えた公爵で、お祖母ちゃんや私の親族を知ってるのか。迂闊だった」

 リズは大きく肩を落とす。

 とはいえ、ディオニスは耳にしていたライナーとは全く違い印象を受けたので少しだけ驚いていた。

「引退して丸くなったのでしょうか?」

「というか、ファルケン系貴族が匿っていた以上、自分の首が絞まるからだと思うけど……」

「まあ、ヴィルヘルム様は一番の政敵だったから、睨まれていたのもあるんでしょうね。どちらかと言えば、真っ当な普通の貴族って印象ですね。むしろ、悪印象が上塗りされたのは息子がアレだから、親もああいう系だと勘違いした節があります」

 ディオニスはヴィルヘルムの敵だった男である以前に、息子の悪印象があまりにも大きすぎて、父親も同じなのだと勝手に解釈していた。魔法で治した時は、全くそういう部分を見れる状態でも無かったのもある。

「確かにねぇ。いわれて見れば、あの最悪な状況を立て直し、正統な血筋のヴィルヘルム公爵を退けた政治家なんだから、バカな訳が無いのよね」

「まあ、でも……これで大公ウルリヒも改めてくれれば万々歳ですねね」

 ディオニスは頷く。


 だが翌朝、2人が宿泊していた宿にて、とんでもない情報が新聞の号外にて齎される事になる。ライナー元公爵がウルリヒ大公に斬り殺されたという情報である。2人にとって、ハインリヒ領にとっても、もはや絶望的な情報であった。




 2人は直に首都シュバルツバルトから引き返して、ハインリヒ領へと戻る事とする。

「ライナー卿が殺された?ウルリヒ大公に?」

 オリバーは唖然として訊ね返す。

「王都の新聞では出回ってます。ウルリヒは大公である自分に諫言する事は父親と言えど言語道断であると腰の刃で切り伏せた、と……。実際、僕らもライナー卿と出会って、ウルリヒが全くファルケンへの見返りを払って無かった事に抗議しに行く事を聞いてましたし」

 ディオニスの報告にオリバーは頭を抱える。

「何を考えているんだ、あの男は…」

「ファルケンの家は家族殺しが流行ってるのかしら?」

 リズの冗談めかした言葉に、オリバーは沈痛な顔で俯く。

「……自分の家族を邪魔だという理由で斬った人はいません。ファルケン家史上初の椿事です」

 オリバーは主家がそこまでバカではないと訴える。そもそもオリバーは家族を切り殺し塞ぎ込んでいたヴィルヘルムの姿を見ている。ウルリヒとヴィルヘルムを一緒にされたくもなかった。

「優秀だと煽てて育てられながらも、何もかも好きに出来なかった男が、権力を握って暴走。ありがちな話ね」

 リズは肩を竦める。

「自分の父親をも邪魔ものなら殺すようなのが大公です。もう、誰も彼らに文句も言えないでしょう」

 ディオニスの言葉はまさに大公の強権を絶大なものにしたと断じる。

「はあ………。一体、この国はどこに向かってるんだ…」

「自分達だけはしっかりしておかないとね」

 リズは励ますように声をかける。




 だが夏になると同時に、南部で内乱が起こる。無計画な増税通達をする大公に対して、ついに現在のファルケン家や圧政に苦しむ南東部の貴族たちを同時に怒りの声を上げた。

「ウチにも進軍してくる?どこの?」

 オリバーは忙しく執務室で仕事をしている中、領地を守る兵士からの報告を聞いて目を丸くする。全く侵略価値がない上に、背後からの攻撃さえ恐れるに足らないハインリヒ領へ進軍するとは思っていなかったからだ。

「村の入口に白旗を立てて無条件降伏を!領民達は森の奥へ逃がして!」

 オリバーは周りに指示を出す。

 ディオニスは住民に避難を促しに走る。

 トルーデ、エメリ、リズの3人は屋敷の金品を纏めていた。そんな中、騎馬で20人ほどの部隊が領主邸を取り囲むようにやってきていた。速すぎる相手の行動に対して、完全に逃げ遅れていた。

 仕方なくオリバーが家の中から出て行って対応に当たる事となる。

「何の用でしょうか?」

「オリバー・ハインリヒだな」

 騎馬の隊長らしき男が騎馬に乗ったままオリバーを見下ろして尋ねる。

「いかにも」

「ご同行を願いたい」

「それはこの内乱に手を貸せと?ですが、残念ながら見てのとおりの田舎で移民ばかりで日々の暮らしで一杯一杯です。戦いに手を貸すなど、とても無理です。ただでさえ暴利な税で喘いでいる。それは周りの領のすべてが存じていると思います。特に我が領は移民が多く、風前の灯です」

「そうか?残念ながら南部の領はほとんどが壊滅している。まだ維持している貴殿らは余裕がありそうだな」

「軍を出す余裕がおありな貴方達より裕福なわけが無いでしょう?」

 オリバーは引かない。

 領主となった今、民を守ることこそが、亡き父への手向けとなるからだ。

「なら、死んだ後に勝手にさせてもらう!」


 騎馬の男はオリバーに刃を抜いて襲いかかる。オリバーは慌てて攻撃を避け、剣を抜く。

 騎馬の集団が集ってきてオリバーを取り囲む。

 オリバーは必死に相手の攻撃をかわしながら槍を刃で受けて己の身を守る。いくら猛者たちに鍛えられたといえど、シュバルツバルト高等学校に通っていた15歳の子供が現役の軍人に勝てるはずも無かった。父とて猛者と呼ばれるようになったのは大人になって戦場を駆け回ってからだ。ヴィルヘルムは例外でもある。


 とはいえ、騎馬部隊は数人掛かりで子供を取り囲んでいるにも関わらず、相手をしとめられない状況は余りにも恥ずかしいものだった。

「貴様ら、何をしている!子供1人に手間取りおって!」

 大きい声が響き渡る。

 その声の主を見て、オリバーは絶句する。南部の反乱なのに、何故ここに獣人がいるのかと。

 獣人…ライオンのような姿をした男は、アームズ帝国領の人間である事を示している。巨躯を持ち、背中には自身の体よりも巨大な大剣を持っていて、跨る馬はさらに巨大だった。まるで伝説の巨人族をも思わせる存在だった。

「売国奴か…」

 再度、オリバーは周りの騎馬兵達に視線を送る。

「売国奴ではない!我々こそが真なるケーニヒ王国の民である。あのようなリュミエールに尾を振るウルリヒのようなクズとは違う!」

 騎馬兵の1人が怒鳴りつけるが、オリバーは彼らがアームズ帝国の支援を受けている事が明白であり、ケーニヒ王国民だろうと売国奴でしかないはずだった。

「隊長!捕えました!」

 するとオリバーの背後から声が上がる。

 オリバーが振り向くと、そこにはエメリ、トルーデ、リズの3人が兵士達に刃を突きつけられて現れる。

「…くっ」

 オリバーは苦虫を噛み潰すように顔をゆがめて騎馬兵達を見る。どうやら上手く誘き出されてしまったと気付く。

 すると獣人の男はニヤリと笑ってリズの顔を見る。

「はははっ……よく似ている。良かったじゃないか、お前ら。これで売国奴でもなくなった訳だ、ケーニヒ王国臣民よ。この娘は間違い無くリーゼロッテ・フォン・レーヴェ、ケーニヒ王族の血を引く女だ」

 獣人の男はリズをみて大笑いする。

 何でそれをと口に出しそうになるのだが、その言葉を必死で飲み込むのはオリバーたちである。この事実は誰にも伝えていなかった。

「俺はアームズ帝国西征大将軍を20年やっている。この俺が、ケーニヒ王族の顔を忘れる等ありえぬ。レーヴェ家に生れ落ちた筈の娘の死体がまだ発見されていないからな。どこかに生きていると睨んでいた。前回の戦争でもそれを調べていた。それらしい影は無かったが、ハインリヒ領は何故か潰れずに生き残っていると聞き、変わった農業を展開しているらしい話を聞いた。ケーニヒ王族の情報網は大陸に広がり、代々親から受け継ぐと聞いている。まさかと思ったが、やはりこの女で違いない」

 獣人の男はカカカッと笑う。

 西征大将軍と聞き、さすがのリズも顔をゆがめる。アームズ帝国には東西に国境があり、中央大将軍、西征大将軍、東征大将軍の3人の大将軍がいる。いずれも凄まじい強さを持ち、軍略に優れた男達だと聞いていた。

「さあ、何のことかしら?私はオズバルド卿に請われてやってきた旅の学士よ?」

 リズはそ知らぬ顔でそっぽ向く。

「それならそれでも構うまい。貴様が何であれ、リーゼロッテだと皆に言い張り王国復興と言えば良いだけの事だ」

「そんな事を言ったって嘘だと直にばれるわ」

 あたかも当人で無いように首を横に振る。

「いや、ばれない。民は嘘でも希望を欲してるからさ。この南部を見たか?俺達が占領するまでも無く、むしろ喜んで領土を明け渡したぞ?この領はまだマシだから気付いていないだろう。凍死者で冬を越えられない村、食を失い村人全員が野盗になった村、それも出来ず飢え死んだ村、訴え出たかつての公爵が殺されて、南部はもはやリュミエールを見限った。だから、嘘だと思っていても希望に縋る。その嘘が本物ならば尚更だ」

「………」

 まさかそこまで酷い状況だとは思ってもいなかったので、オリバー達も互いに見合ってどうするべきか悩んでしまう。

 リズは歯噛みして選択に迷っている。

「恩人を捧げて、逃げるほどハインリヒはアホウじゃないんだよ!」

 オリバーは騎馬隊の間をすり抜ける様に飛び込み、獣人の男に切りかかる。


 魔煌剣・啄木鳥


 超高速の突きの連撃を放つ。

 鈍い金属のぶつかり合う音が鳴り響く。巨石を一撃で穴を開ける豪剣の連撃を、目の前の巨体の獣人は巨大なバスタードをハインリヒの片手剣による攻撃を同じ速度で防御したのだ。こんな大技をできるような人間を、オリバーはヴィルヘルム以外に見た事が無かった。

「そこそこやるようだな。だが、腰抜けのゲルハルトと比べれば、貴様の剣等重さも早さも足りぬわ」

 侮るように獣人の男はオリバーよりも遥かに巨大なバスタードを握りなおして振りかぶる。


 オリバーにはそれが死のイメージしか浮かばないほどの圧倒的な差を感じる。こんな恐ろしい殺気や剣術を見た事が無かった。ヴィルヘルムより上の存在がいると感じたのはこれが初めてだったかもしれない。


「やめなさい!」

 大きい声が響き渡る。その言葉に獣人の男はオリバー頭に下そうとした刃を止める。

「やめろとは?」

「従うわ。私も、これ以上、世話になった恩人を見捨てるつもりはない。分かったからその刃を放しなさい。オリバー君を殺されたら、私はオズバルドさんに顔向けが出来ないし、その場で舌をかんで死んでやる」

「良い選択だ」

 獣人の男は鷹揚に頷き、オリバーへ剣を落とさずにそのまま背の鞘にしまう。

「まさか、こんな辺境で、アームズ帝国の三大将軍の1人ライオネル・ランカスター卿に出会えるとは思わなかったわ」

 リズは恨みがましく獣人の男を睨む。

「俺とてこんな辺境に来る予定等無かったが…ジェイムズの奴が、弟の仇にいずれ会えるというので出張ってやっただけの事。こんな所を崩したところでリュミエールが取れないことなど誰もが知っているのだから」

 ライオネルと呼ばれた男はふんと鼻で笑って、南部の軍人達に指示を出して去っていく。

 ケーニヒ大公国になって、本格的に衰退していく様子をお送りします。

 ディオニスは住民たちを避難させるために屋敷を離れていたので、人質に取られる事が無かったんですね。

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