再戦、ベヘモス
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エーアデ伯爵領ムルデ町の東部で行なわれた100対5万の戦争から実に10日が経っていた。
ヴィルヘルムはリュミエール帝国を横切る大河を越えた南側に渡っていた。帝国領としてはもっとも大きいといわれているフンメル大公領へとたどり着いていたのだった。フンメル大公領はリュミエール帝国とアームズ帝国を隔てる領地であり、東西に大きく国境線として走っている中央山脈に隣接している土地でもある。
まだ夏場で、寒くなるのは嫌だからと南へ向かったものの、まだまだ暑さは厳しい。むしろ暑さで死ぬのではとも思ったりする程だった。
平原を越えると随分と水気が少なく喉も渇く。
南へと続く街道を歩いていったその先、それなりに大きい町へとたどり着いた頃には手持ちの水がほとんどなくなっていた。
腹も減り喉も乾いているので、水と食事を求めて、簡素でよいからと食事処を探す。
そんな折、街の中では、多くの人々が武器を持って集っている姿を見かける。ならず者というよりは傭兵といった雰囲気で、鎧の姿の人間が歩く、独特の金属が触れ合うガチャガチャした音があちらこちらで聞こえ、街全体が殺伐とした雰囲気がある。
関係の無い大衆もまた、何か忙しそうに駆け回っているようだった。
ヴィルヘルムは大衆食堂に入るのだが、そこには誰も人が少なかった。奥にいる亭主は引越しの準備でもあるのか荷物を纏めていた。
「亭主、今日のお勧めで」
ヴィルヘルムは頼むと亭主の男は重い腰を上げて「あいよー」と返事だけをして厨房へと向かう。
暫くして食事を出してくれるのだが、スープとパンとサラダという非常に簡素なもので、値段は非常に安いものだった。
「町はあわただしいけど何かあったのか?」
「ああ、あんたは旅の人か?ここは潰れるからな。食ったらさっさと出て行ったほうがいいぞ」
大衆食堂の亭主はぞんざいな口調で、再び荷物を纏め始める。
「……どういう事だ?」
ヴィルヘルムはパンをスープにつけてムシャムシャと食べ、口の休んだ合間に質問をする。
「南の方から国喰らいが現れたらしい」
「国喰らい?」
「巨大な地竜だ。体長は下手な山よりでかいくらいだ。火を吐けば山が燃え、歩くだけで地震が起こる」
「あー、あれか。去年、西部で見たな」
ヴィルヘルムはケーニヒで切り落とした妙にでかいドラゴンを思い出す。通りすがりに首を叩き落した程度なのであまり興味は無かった。
「どうもアームズ帝国はあれを追い出す方法を発見したようでな。中央山脈東部でも国喰らいがこっちに現れた。最初は我が国を攻めているのかと思ったがどうにも違うようだってのが大公様のお話だ」
「で、対応できないから逃げましょうって?」
「ああ。東に出た国喰らいを討伐するのに、拡散魔導砲を全て払いだして1万人の兵士が死んでどうにか勝利した。西部の戦争で西部討伐軍全軍を出していてこちらにまわして貰えないそうだ。帝国は田舎に行っている皇族の方が民よりも大事だそうだ。ははっ」
定食屋の亭主は鼻で笑い、帝国に毒づく。
「西部で戦争?」
「ああ、ケーニヒででかい反乱があって、ケーニヒ南部の大貴族がアームズ帝国と手を結んで戦争をおっぱじめたらしい。アードラーだとかハービヒトだとかが中心になってるらしい」
アードラーは鷲、ハービヒトは鷹、いずれも猛禽を意味する名であるが、そのような名前はケーニヒ貴族にはいなかったと認識している。猛禽の意味をする貴族の名といえば、自身の実家であるファルケン家が有名だ。
「それを言うならファルケンじゃ…って、ファルケンだと!?」
ヴィルヘルムは自分で突っ込みを入れて、自分で驚いていた。
「そうそう、それだ」
定食屋の亭主が頷く。
「マジか…?」
ヴィルヘルムは引き攣ってしまう。そもそもウルリヒが大公になり、ファルケン領はライナー・フォン・ファルケンの親戚でもあるベリンハルト・フォン・ファルケンというファルケン分家の下級貴族がファルケン公爵にさせて貰っている。そのベリンハルトが反旗を翻すとは思いづらい。何かの勘違いだと思いたいところだ。
「ああ、そもそも、その所為で軍隊が来てくれないんだからな。しかも皇帝陛下は北部で赤鬼がでてるだとか意味が分からない事まで言ってるし」
肩を竦める定食屋の主人に、まさか自分が皇帝陛下に赤鬼扱いされているとは思ってもいなかったようで、グッタリと肩を落とす。
「あ、赤鬼」
ヴィルヘルムはつい反芻してしまい、それを質問捉えられたようだった。
「ああ、あんたみたいな赤髪の剣士らしいんだ。北部の伯爵領で農民達の蜂起が起こったそうなのだが、そこに赤鬼が現れて皆殺しにしたとか。帝国最強とも噂されていた帝国最大の英雄称号『七星』の序列2位エベルハルト様がたったの100人の軍隊の鎮圧に出て殺されたらしい」
店主の語りに対して、ヴィルヘルムはそんな名前の男もいたような気がしたが、有象無象との差異がよく分からなかったのでほとんど印象に無かった。
「しかも聞いて驚くな。赤鬼は帝国の数万兵の命を奪って、北の荒野は見渡すが限り地平の奥まで死体を積み上げたとか。まあ、敗北した帝国が尾ひれを付けて誤魔化してるってのが真実だと思うがな」
どうやら噂は順当に世界に駆け回っているようだった。こういう噂は得てして、尾ひれがついてしまうものだ。
だが、過去の噂話を聞くに、ヴィルヘルムが自身のしでかした噂を聞く限りでは尾ひれがついた事はない。無論、真実が語られているのに、誰が聞いても尾ひれがついているように言われてしまうからなのだが。
「だが、赤鬼はその前にも反乱軍を謳って無辜の民を虐殺する盗賊を根絶やしにし、今回も弱い農民達を助ける為に万の軍勢を皆殺しにしたと言う。民衆の間では、帝国が民を蔑ろにすると現れる正義の味方なんじゃないかって話があるほどだ」
ヴィルヘルムは陰鬱な気持ちになって話を聞いていた。少しでもその弱き者達の命を救う為に戦って、そこで朽ちる事を望んでいるだけである。農民達数百や数千の1人でも多くを救う為に、万の軍勢の命を奪う等、正義には程遠い話だ。その農民達に地獄を見せる事で、帝国はより多くの人々の食い扶持を作って平和を保とうとしているのだから。
「西からこちらに来るまで、そういう土地ばかり見ていたが、帝国はどうなっているんだ」
「戦争ばかりだが、功績を持つ人間に与える領地もなく、騎士へと叙勲するが騎士も増えすぎて、農民が少ないのさ。飯も造ってないのにただ飯ぐらいがいたら、生きていける筈がないだろう?」
「金でも報酬で渡せばいいが、金を渡す為には金を稼ぐ為に税収を増やす。もはや泥沼に入りこんでいるのか、リュミエールは」
「俺みたいな平民でも知ってる話だぜ。大公様は帝国に干渉されないように上手く政治をまわしているから良いが、小さい領地は地獄だって噂だ。まともな領主が上にいればそうそう地獄にならないだろうが…次の地獄はケーニヒだともっぱらの噂よ」
カカと笑う亭主の言葉にヴィルヘルムは溜息を漏らす。
戻るつもりは無かったが、様子くらいは見に行っても良いかもしれないと感じる。
勿論、それは南方に現れたという国喰らい、ケーニヒの言う所のベヘモスを倒してからの話だ。
ヴィルヘルムは店を出ると、適当に肩に下げられそうな皮袋を購入し、非常食を買い漁ってそれらを突っ込む。宿できっちりと砥石を使って刃を元の切れ味に戻すのも忘れない。
そのまま南方、国喰らいがいると耳にした場所へと向かう事とする。ヴィルヘルムからすればこの怪物と戦うほうが万倍も気楽だ。
人と戦う事は、その戦いの如何によって政治的バランスを崩させて、その場で弱者を勝たせても、より弱者が踏み躙られていく世界が出来てしまう恐れがある。
今回もそうだ。農民達の反乱を許す事で、より領主達は農民達が反乱しないように、戦う意思さえ持てないようなやり方に変える可能性がある。そうなれば、この国中が地獄になる可能性も存在する。変な前例を作ったために、勝てない戦いに農民達が希望を持って戦い、更なる地獄を招く可能性もある。
残念ながら、ヴィルヘルムにはそれを変えるような頭はない。自分の行いの善悪さえも分からず、目に入る虐げられる者達の手助け程度しかできないのだ。
「リズみたいなに頭の良い人間がいれば、少しはマシなのだろうがな」
ぼやいた独り言は実に半年以上もその名前さえ思い出そうとしなかった存在である。自分と同じく生きる為に人を犠牲にしてきた女、リーゼロッテ。異なるのは、ヴィルヘルムの方が能動的に人を殺しているという点だ。彼女は逃げる課程で被害を出しているだけなので、自分ほどの罪はない。だが、彼女といると、自分だけが世界に迷惑を掛けている訳ではないと安心できた。
3日も南へ歩いていると、やがて立ち寄る村にも人はいなくなっていた。
南にある山脈からベヘモスが襲撃してくるのであれば、南の方から民は街道を北へと逃げる。南へと向かえば自然と人は減ってくる。
ヴィルヘルムはベヘモスの居場所が近いと感じる。
火事場泥棒ではないが、腹が減っては戦は出来ず、人のいなくなった町では食事が購入できないので、適当な家に捨て置かれた食物を漁り、相応に見合った金銭を置くという程度で食事を済ます。そしてその日は、家畜のいた家なのだろう、藁がたくさんあったので、それを下に敷いて寝る事にしていた。夏場なので寒さに困る事もなかった。
南へ向かって、4日目の朝、地震によって目が覚める。
「ふああ……。そういえばどうやって殺すかな。前は背後から近寄って首をざっくりだったが、今は体が悪いからあんな大技使ったら2度と起き上がれなくなるかもしれないしな。ディオニスもいないもんなぁ」
ぼやきつつ、ディオニスがそんな話を聞いたら怒りそうだなぁとも思う。大怪我することを前提な戦場に行かないで下さいと。戦場はそもそも死ぬ事さえ前提にした場所のはずだが。
ヴィルヘルムはふとそこで気付いてしまう。
死ぬつもりの戦場で、何で生き残る事を考えて剣を振っているのだと。
「阿呆らしい。そうだな。何で今まで後先考えて戦ってんだ」
それは自分が倒れる事で救おうとした人間達がたくさん死ぬからである。だがその事実さえ気づいてはいないようだった。
ヴィルヘルムは歩く先には大量の傭兵や私兵団、軍隊があつまっていた。
山が動いていると錯覚するような、巨大なドラゴンが畑だった場所を踏み荒らし、歩く課程で集落を踏み潰す。近くにあった山に生えている木々を食おうとして、山のごと噛み砕く。
まさに生きる天災、国喰らい、様々な呼び名がついたドラゴンの王である。数十年に一度中央山脈付近で目撃され、偶然国が滅ぼされる程度のドラゴンだとは聞いていたが、人生で2度も見る事になるとは思いもしなかった。
ベヘモスの射程範囲外で、戦うつもりがあるのかないのか、数千にも上る傭兵や軍隊が集っていた。戦うなら進めば良いし、逃げるなら引いて町に退避を呼びかけるべきだろうが、既にヴィルヘルムのいた場所は人がいなかった。ならば戦うのではないのかと思うのだが。
ヴィルヘルムはそんな人混みの中を掻き分けるように進む。
「おい、旅人。前が見えてないのか?」
「国喰らいだ。命が欲しければ逃げたほうが懸命だ」
そんなことを言う鎧甲冑に身を包んだ男達。鎧甲冑は重くするだけで意味のない装備にも見える。ベヘモスの攻撃はかするだけで鎧甲冑が壊れるし、炎を食らえば燃え溶ける。何も知らずに戦いにやってきたのだろうかとヴィルヘルムは不審げに彼らを見渡す。
「あなた方は何をしにここへ?」
「い、いや……」
「あんな化物だとは…」
ベヘモスは遠方で炎を吐くと家畜のいる牧場が一瞬でマグマ溜まりに変わり、家畜の死骸さえも残らなかった。そして気まぐれに麦畑に首を突っ込みにばくりと一口で麦を食らうが、それだけで畑が巨大な穴となる。
でかいドラゴン討伐という気分で集ったものの、実物を見て尻込み、戦いを強制させる上官がいる訳でもないので集ったものの戦う気にもなれず、安全な場所へ退避しているのだろう。
遠い場所にいるが、残念ながら、ベヘモスの一歩は大きく。人間が全力で走ってもベヘモスが休み休み一歩踏み出すだけで追い抜いてしまう。
「戦うにしても逃げるにしても甲冑は無駄だろう」
ヴィルヘルムはアドバイスをしながら、その人混みを掻き分けてついにはその一団を抜け、たった1人で歩いていく。周りの傭兵達はその姿に気付いて何だ何だと見ていた。
「自殺志願者か!?」
「引き返すんだ!」
ヴィルヘルムの背後から大きい声が響くのだが、ヴィルヘルムは関係なく淡々と前へと歩いていく。
「下から見ると、前に見た以上にでかく見えるな。どうやって殺したんだろうなぁ、私は」
ヴィルヘルムは自分の事ながら、たまに、こいつはちょっと頭がおかしいのではないか、と思う事がある。既に傭兵達とはかなりの距離を取っており、彼らの持つ弓でも届かない距離にいた。
ヴィルヘルムはバチッとベヘモスと目が合う。正確にはベヘモスの視界に自分が入ったというのが正しいだろう。人間が蚊や蟻と目が合うなどありえないからだ。体格差はそれほどの差がある。
ベヘモスが口に炎を溜めるのを感じる。
「そう、焦るなよ。こっちは怪我人なのだから」
長刀を抜いて、ベヘモスを見上げる。ベヘモスの莫大な炎の渦が口から吐かれて、ヴィルヘルムのいる付近一帯を消し飛ばそうとしてくる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
魔煌剣・大鷹で炎を切り裂く。だがベヘモスの炎は更に強まり勢いを増していく。更に迫る炎に何度も魔煌剣を放ち続け、炎を避ける。
実に20発の魔煌剣・大鷹によって炎から身を守る。それでも暑さと疲れで汗がジンワリと滲む。自分の回りはマグマと化していて、地獄のような様相となっていた。
あれの攻撃を受けて、背後の軍隊の大半を失ったと言えど、全滅させずにすませたヘルムートやミハエルという傑物がそれほどの能力を持っていた事が、今になって理解される。
何せ、ヴィルヘルムの周りは足の踏み場もない程度にマグマ溜まりと化していて、どうやって帰れば良いのか悩むほどだ。炎によって息苦しささえある。
「次やられたら死ぬか。攻撃ではなく自分の周りの環境が既に人間の生きる環境じゃない。……倒すなら射程はもう少し縮めたいな」
と思うのだが、ベヘモスは地鳴りを起こすような一歩で、まんまと首を自分の射程の中に突っ込んでくる。
「所詮は知能の低いドラゴンか」
ヴィルヘルムは長刀を腰に差した鞘に収め、魔力を鞘、左手に集中させる。ヴィルヘルムの編み出した奥義の源とも言うべき剣撃の発射台を鞘と左手によって構成させる。次いで、右腕に魔力を集中させ莫大な魔力を剣の刃へと集中させる。
ベヘモスがさらに前へ行こうとする前に、ヴィルヘルムは魔力によって強化された絶大な身体能力で一気にベヘモスへと飛びかかり、大気を蹴りながら、黄金に輝く光の刃を斜めに抜き撃つ。
魔煌剣・金烏
世界が壊れるような音が鳴り響き、衝撃が付近一帯に波のように広がり、爆風が吹き荒れる。
次いで、300メートル以上の巨体は、斜めに撫で切られてゆっくりと空中から倒れていく。元々、この巨体を支えるにはダイヤモンドのように堅固な骨に加えて、莫大な体内魔力によって支えられていた。その為、斬り殺された瞬間に自重を支える事もできなくなり崩れ落ちていくのであった。
ヴィルヘルムは倒れたベヘモスを確認すると、仕事は終わったとばかりに歩いてきた道を引き返す。
体中が軋んでいて、死ぬほど痛いのだが、そういう痛みには慣れている。歩けないほどに体が厳しいのだが、そこは魔力で体を支える事にする。ここでそのまま寝るには非常に生活環境が酷すぎた。まだマグマがグツグツ行っている場所もあるのだから。
ヴィルヘルムは自身の体に魔力を流して、自分の体を魔力によって操ってきた道を引き返す。
これでは自重を魔力で支えているベヘモスと大差ないと自嘲してしまう。
途中、ポカーンと見ていた傭兵達はヴィルヘルムが近付くと、まるでやくざ者が道を歩いていると目を合わせないようにして道を明けるかのように、ザッと道を広げてヴィルヘルムが去っていくのを見送るのであった。
傭兵達は崩れ落ちているベヘモスを見て、去っていったヴィルヘルムの背中を交互に見て、まるで何かの冗談だったかのようにさえ感じる。
「赤鬼だ」
誰かの声が妙に響いた。
リュミエール帝国西部において200年前にありえない逸話を持つ赤鬼の伝説が存在した。赤鬼ヴィルヘルムは有名な話だ。子供の頃に親にその怖い物語として読み聞かされる。
去っていく赤い髪の青年がそうなんだと誰もが感じてしまう。刃向かう事さえできない災害としか思えないような巨大なドラゴンを一刀の下にひれ伏させる等、人間の所業ではない。
「そ、そういえば…ここに来る途中に聞いたぞ。北で赤鬼が帝国兵5万とあのエベルハルト様をも1人で殺したと」
「じゃあ、あれが噂の……」
「200年前の御伽噺じゃないのか?」
「だけど最近復活したって…」
「赤鬼ヴィルヘルム」
その噂は、流浪の傭兵達によって世界中へと駆け巡る事になる。
この辺りから、ヴィルヘルムは自分の名を名乗らなくても、強すぎる赤髪の剣士なので、勝手にヴィルヘルムなのだと相手が思う様になってしまうのだが、これは当人の意図したものでは全くない。
年末年始の休みに入って書けるチャンスと思いきや、実家に帰れば忙しく、投稿するネット環境が弱く、普段以上に全く書けない状況でした。ストックがほとんどないのが悔やまれる…。




