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最強剣士の血風伝  作者:
四章
42/61

決死の戦争

 ヴィルヘルムはイェンスと共に物見櫓にのぼり、望遠鏡を使って敵軍の状況を確認していた。

「5万といった所か」

「想定の3分の1ですか」

「わが軍の100倍だがな」

「普通に彼らが通り過ぎるだけで町が滅びますね。彼らを養う兵糧さえないですから」

「どこかに派兵するついでに寄りました的な所か?」

 ヴィルヘルムの言葉にイェンスは暫く考え込む。

「そういえば…」

「?」

「西部で内乱があったという話を聞きましたね」

「西部?」

 ヴィルヘルムはその言葉に眉根に皺を寄せる。

 さすがにヴィルヘルムはケーニヒで内乱が起こるかとは思えなかった。大体冬を超えれば兆しはある。そもそも昨年にアームズ帝国10万を撃滅し、内部の反乱しそうな相手を滅ぼしている。

 西部というと、ケーニヒ北部にあるリヒト共和国も西部なので、どことは確定できなかった。

「西部出兵の分隊がウチによったのが真実かもしれませんね」

「どっちにしても戦争にならんな」

「貴方がいてもですか?」

「私が相手に打撃を与えている間に、この街そのものが落ちるだろ」

 それこそ敵の大将首を落とすために走って一直線に斬り飛ばし続けても、先にヴィルヘルムの手の届かない軍勢が500の軍を踏みつぶし、町へ進行して蹂躙するのは目に見えている。

「同感です」

 ヴィルヘルムと同様にイェンスもまた溜息を吐く。

「時間稼ぎと行きましょう」

 なので、気持ちを切り替えてイェンスは提案する。

「時間稼ぎ?」

「はい。戦争は負けました。我々はできるだけ多くの人間を逃がすべくここに陣を張ります。首謀者の私が死んでも、彼らは進軍を止めないでしょう。なので……できるだけ撹乱して欲しいのです。相手の貴族を殺さないという縛りを抜きにしたらどうなりますか?」

「さあな。対人戦闘の経験値は高くないんだ。以前、蟻の行列をプチプチ4万近く潰した事はあるが、あれは1対100を400回繰り返した程度だからな。1対5万なんぞ経験がないぞ?」

 ヴィルヘルムは肩を竦め、そのまま櫓からジャンプして降りる。イェンスは櫓の梯子を使って降りていく。



 ヴィルヘルムはイェンスと共に教会へと向かう。

 教会、というのはケーニヒ王国には存在しないが、このリュミエールには精霊信仰というものが存在する。そもそも魔法というものは精霊の恩恵であるとも言われており、アルツ王国などにも聖堂を代表して存在していた場所だ。

「イェンス兄!」

「ねえ、帝国が僕らを襲ってきてるって本当?」

 顔は似ていないが、イェンスを見ると駆け寄ってくる少女と少年がいた。年齢は12歳程の茶色い髪をした器用の良い少女と10歳ほどのまだあどけなさの残す小柄な少年だった。

「残念ながらそのような状況です」

 肩を竦めてどうとでもないような顔でイェンスは口にする。

「大丈夫なの?」

 少女はイェンスを見上げて訊ねる。

「あまり大丈夫ではありません。なので、非戦闘員の皆様には今すぐこの領の外に逃亡してもらいたいと思います。治安は悪いですが、南西のアインブルクは混乱中で移民が入ろうが分からないような状況ですので」

 イェンスの言葉は正しい。

 実際にアインブルクにいたヴィルヘルムは状況を確認している。正しく彼の頭の中にも入っていたようだ。他の領主では、下手をすると領民全員を軍隊に売り飛ばされる恐れがあるが、アインブルクのある旧アルツ王国領ならば容易に入れるだろう。

「イェンス兄は?一緒に来るんだよね?」

 少年は泣きそうな表情でイェンスを見上げて訊ねる。

「勿論です。ですが一戦交えて時間を稼ぐ必要がありますので貴方達は先に逃げてください。直に追いつきますので」

「……また、たくさん死んじゃうの?」

「……そうならないように努力しますよ」

 イェンスは2人の頭を撫でる。普段の腹に何かありそうな指揮官の顔、戦いの事を話すときのやる気の無さそうな顔と使い分けているが、この2人を見る時は優しいお兄さんの顔をしていた。

「あの、…傭兵さんですよね。鬼の名前をしてるとっても強い人だと聞きました。イェンス兄をよろしくお願いします」

 申し訳なさそうな顔で少女は頭を下げる。

「善処する」

 ヴィルヘルムもさすがに生きて返すとは言い辛かった。

 その言葉に、少女のほうが若干年上で察しが良いようで、かなり分の悪い戦場なのだと理解をしてしまう。

「メリーナ。貴女の所為じゃありません。いずれ誰かが起こしたことです。気に病んではいけませんよ」

「でも…」

「エドガー。貴方は弟ですが、男ですから。私が追いつくまで、貴方がお姉ちゃんを守るんですよ」

「う、うん!頑張るよ、イェンス兄!」

 むんと少年は両拳を握り締める。イェンスは2人の頭を撫でて励まし、その場にいる避難している全員に南西へ逃亡するように声を掛ける。



 大慌てで非戦闘員達を逃がしている間に夜がやってきて朝が明ける。さすがに大軍勢なので行軍が遅い。

 イェンスはヴィルヘルムと共に軍の集っている場所へと向かう。

 そのまま戦争へ突入する事となるだろう。

「そういえば、あの子達はお前の妹や弟じゃないだろう?」

「ああ、隣の家に住んでる姉弟です。……彼女が伯爵の館に連れ去られそうになったので、私が農民達を蜂起させて戦ったのです。だから彼女はこの戦争が自分の所為だと思っているようで」

「なるほど。だが、そんな些事が原因ではあるまい。伯爵殺しが一番の原因だ」

「部下を統率できなかった指揮官が罪を償うのは仕方ない事です。もはや、彼らが、逞しく生きて行ってくれる事をただ祈るだけですよ」

 イェンスは陰鬱な表情で大きく溜息をつく。

「罪があるとしたら腐った伯爵と、それを放置した帝国だろう。無辜の民を守る為にただ立ち上がったバカが罪などを勝手に背負う必要等あるまい。そも、ここの農民の頭が悪いのは、そういう教育を農民に施させなかった帝国なのだから」

「励ましてくれるんですか?」

「さあな」

 ままならない戦場の理不尽を感じていただけでもある。

 この理不尽な場所と比べれば、豊かなケーニヒにいた自分はどこかで引き返す事が出来たのではないかとも思ってしまう。

 何せ、自身の家族をも皆殺しにしてしまような男が、最も罪深いのだから。

「だが…こんな地獄で、鬼と出会ってしまった男だからな。何か1つくらい願いをかなえてやろう」

「確かに、地獄で鬼に出会う日が来るとは思いませんでしたね」

 イェンスは眼鏡を持ち上げながらヴィルヘルムを見上げる。

「でしたら……周りの事を気にせず思い切り暴れて、敵の大将首を取ってきてくれないでしょうか?」

「ほう?」

「悔しいじゃないですか、私だけが地獄に行くのは。私が死んでも尚、敵の指揮官を一緒に連れて来てはくれないでしょうか?」

 真顔でイェンスが口にする。

 出会ってから長い時間を過ごした訳ではない。陰険そうで正論を吐く現実主義者という印象の青年が、人間らしいことを口にしたので、さすがのヴィルヘルムもキョトンとしてしまう。

「なるほど。ではそうしよう。先に地獄に行ってくれるならもう少し住みよい場所にしておいてくれ。私もいずれは行く予定の場所なんでな」

「天国よりましな場所にしておきますよ」

「はははっならばやりがいもあるな。人手をたくさん送ってやろう」




 既に街の北東部に500の軍隊が集っていた。敵陣は地平の奥に組まれており、この街よりも広く陣形が組まれているのではないかと思えるほどで、しかも地平の奥は人が途切れる様子が全く見えなかった。

「皆さん!これからの作戦を伝えます!敵軍は5万!こちらは500!実に100倍の敵です」

 イェンスの言葉に全員が声を失う。恐ろしい数なのは目視でも分かるが、そこまで違うとは思っていなかったようだ。ざわめきが起こる。

「これまで戦ってくださってありがとうございました。われらの意地はいずれ帝国の農民達の希望となるでしょう!ですが、これからの戦いは、南西部に逃げる同胞達の時間稼ぎとなります。降伏はありません!全員に死んでもらいます!」

 イェンスの言葉に、軍隊の全員が凍りつく。士気が上がるはずもない。

「ですが、逃亡中の2千人あまりの女子供老人達では行軍する彼らに追いつかれて死んでしまうでしょう。彼らは5万、我等が領土の人員よりも遥に多い人間の投入をしている理由は簡単、見せしめです!ここで朽ちた者の死体は帝国に徹底して辱められるでしょう!それでも……それでも家族を、友を、愛する人達を生かすために、1分1秒でも長く足止めする覚悟のある人は私と共に戦ってください!これは全員が死ぬ為の戦いです!強制はしません!逃げる事も危険です!ここで足止めできなければ、逃亡中の同胞と一緒に殺されるのですから!」

 イェンスは大きい声で死出の同行者を集う。全員の中に陰鬱な空気が流れる。

「各自で決めても、仲間と相談しても構いません!戦争はこれより10分後!逃げたとて恥じることなどありません!家族と共に逃げて家族を守るのも1つの考え方です!戻ってこなくても構いません!いるものだけで戦うだけです!」


 そして1人2人と抜けていく。相談して消える者、何も言わず去っていく者、500人集った兵士だが、100人程度にまでいなくなってしまう。

「人望のない指揮官ですね、ハハハハ」

「烏合の衆で、生きる為に反乱をしているんだ。一緒に死ねと言われて死ぬやつがいるか」

「全くです。ですが……誰にも死んでほしくないのは事実なので、どこで死ぬかまで強制する積もりはありません」

 イェンスは首を横に振り、そして残った約100人の兵士を見る。

「イェンス様!お供します!」

「人数がいないなら、俺が1人で500人殺してやらあ!」

「家族を助ける為だ」

「ずっと1人でオレラを守ってくれたイェンス様を1人で殺させやしねえ!」

 イェンスを心から慕っていた農民達が息をまく。だが、この人数でも足止めには厳しいだろう。

「基本戦術は防衛です。攻撃されたら、引きます。長い時間、街の手前で足止めするようにします。いいですね?あくまでも死ぬまで戦ってここで戦争を終わりにします!我々がどれだけ奮闘するかが肝になります!最後に一花さかしましょう!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」

 100人の軍隊が声を上げる。


 大将として馬に乗るイェンス、それを守るように立つのが農民兵。既に落とし穴や馬の足をひっか変える網などの罠を十分に仕掛けてある戦場で100人が5万の軍勢とぶつかる。

 こうして決死の戦争が始まったのだった。

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