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最強剣士の血風伝  作者:
四章
41/61

赤鬼

ブクマ、評価、感想などなど、お読みくださりありがとうございます。

 リュミエール帝国エールアデ伯爵領は非常に肥沃な土地である。ただ農村ばかりで経済的には大きくない為、伯爵位で止まっている。領地の規模はファルケン領よりも遥に巨大であるが、都市の規模はロートブルクどころか田舎なハインリヒ男爵領と大差ないのだ。

 帝国がケーニヒと戦争をして中々倒せなかった事が理解できる。土地の規模や人口が多いから大量の人員を導入できる。全力で戦争をすれば勝てるが、隣国との国境を守っている彼らにとってはそんなことは出来ない。

 言ってしまえばケーニヒ王国に野心さえあれば、200年近いリュミエールの歴史の中で、その力関係はひっくり返っていてもおかしく無かったのかもしれない。その野心が無かったからこそ、現在のケーニヒは王国ではなく公国に成り下がり、リュミエールの傘下に納まっている。現在は大公国と名前を変えているようだが。


 ヴィルヘルムは伯爵領の都市にある規模の小さい商店街にある寂れた大衆食堂で食事を取っていた。先の戦いで、敵本陣を抜いて敵を撃退した功績で貰った小銭を使って…である。

「アンタ、鬼なんだってな」

 大衆食堂の亭主が尋ねてくる。

「鬼?」

「西に住む赤鬼ヴィルヘルムって有名じゃないか」

「こっちの地方ではそういう名前なのか…」

 さすがにヴィルヘルムもウンザリと頭を抱える。ディオニスから聞いた話もあったので薄々は感づいていたが。ご先祖様はどうやら鬼だったらしい。赤い髪に赤い瞳で赤鬼かぁ、と人並みな感想を抱いていた。

「別に鬼ではない。私はケーニヒ出身で、祖父が偉大なるヴィルヘルムにあやかって名付けたのだ。まさかこっちの地方では鬼の名前になっているとは初耳だったがな」

「ケーニヒって、とんでもない田舎なんだろう?われらが科学都市リュミエールは他国を遥に凌ぐ都会だからな」

「……」

 情報操作とはよく聞くが、恐らく操作されているのではなく、西の辺境といえばそういう風に感じ取られるのだろう。山奥の男爵領と都市の規模が変わらないとは流石に気まずくて口に出来ないが。

「ケーニヒには鬼が住んでるって本当かい?」

「鬼ねぇ。昔は住んでいたようだがね」

 今はここにいるよとも言えず困ってしまう。

「へえ。聞いた話じゃ、最近戦争があったそうじゃないか。ケーニヒ公国はアームズ帝国に負けそうになって、われらが帝国軍に助けてもらったらしいじゃないか」

「そりゃ、嘘だ。アームズ帝国はウエストエンドの騒乱鎮圧の為に10万の兵士を向かわせた振りをして、その10万をケーニヒに差し向けたんだ。帝国軍の救助なんて待ってる暇は無かったからな。自分達で掃討している。半月も掛からずに戦争が終わった位だ」

「そうなのか?」

「普通に考えればそんな短期間で帝国軍がケーニヒに辿り着けるはずもないだろう。帝国は何かと誇大広告するのが得意だから、変な噂が多い」

「ははははっ。確かに皇帝陛下も下々の事を一々気に掛けてるはずもないだろうからなぁ」

 呆れる様に大笑いする。

 だがヴィルヘルムは笑えない。盗賊と言っていた連中がただの反逆軍で、出張していないのにアームズ軍を自分達が鎮圧したとも言う。挙句がここの伯爵領の反乱鎮圧である。

 以前、アルツ王国での顛末もろくでもない話だった。帝国皇女は能ある者を統べるのが統治者であるというような事を語っていたが、ヴィルヘルムから見ると帝国は能有る者を貶める事で上に立つ様にしか見えなかった。そんなことに頭をよぎらせると、言われてみれば現在の大公は実にそういうタイプである。案外、そういう部分で気が合ったのかもしれないなどと不届きな事を考えてた。

「この領はやばそうだな」

「まあ、商店街は関係ないことを祈るがね。農民軍は領の城を占拠しちまってるし、やばいとなったらここも火に包まれるかもしれないなぁ。逃げるしかないのかねぇ」

「数年前にアルツは街が全て燃え落ちてたな。復旧はそこそこしているようだったが治安はかなり悪かった。案外、ここもそうなるのではないか?」

「そう思うかい?」

「そうならないように努力をしている人間もいるようだが、残念ながらほとんどの人間が理解していないようだ」

「……そろそろ河岸を変えたほうが良いのかもねぇ」

「折角の場所だ。売らずに一時的に避難をする程度が良いだろうな。危機を回避した時にこの場所が栄えていたら悔やむに悔やめぬだろう」

「違いない」

 店の亭主はゲラゲラ笑う。

 危機の回避は不可能だろう。だが、軍につぶされて、後にできる新しい町は栄える可能性がないわけじゃない。

 ヴィルヘルムは食事を済ますと勘定を置いて去ろうとする。

「アンタ、いつまでここにいる積もりだ?」

「ふむ。そうだな、ここの戦場で死ぬまでじゃないか?死ねなかったら、また違う戦場に行くのだろうな」

「ははははっ、何だ、アンタが赤鬼ヴィルヘルムじゃないか」

 店主の言葉に対して、ヴィルヘルムは肩を竦めて去っていく。



 ヴィルヘルムが大衆食堂から出ると、そこには眼鏡の青年、つまりイェンス・バイエルが立っていた。

「何だ、会議は終わったのか?」

「対して話す事のない会議ですからね。不安と不満を宥める会ですよ」

 肩を竦めるイェンス。

「お前は逃げないのか?」

「逃げる?まさか。農民軍に帯同する一般人たちは私の弟分や妹分もいますから。彼らを放って逃げるわけには行かないのでしょう。そもそも、代官が彼らに矛先を向けたから戦う事になったのですから」

「ほう?」

 それは初耳だとヴィルヘルムは口にする。

 横暴な代官を倒して、何度となく戦いが続き、勝ち続けているうちに帝国が出てきてしまった。本当に農民集団が戦場に出て軍隊を相手にしようとしているから、つい手を貸してしまったのが、元々の話だった。

 だが、深入りすればする程、この無計画な戦いに頭を痛める事になる。ヴィルヘルムとしては死地を求めて戦場に立っているのだから、計画性などどうでも良い話だが、自分が死んだ際に死ぬ大衆を思うと同情の余地が入る。

「で、アンタは指揮官となって、敵を悉く倒してきたという訳か」

「幼い頃から本が大好きで、名主の息子の癖に、博士だった大叔父の遺品の本を延々と読み漁るようなダメ息子だったんですよ。ですが伯爵が代替わりをして一気に領地はメチャクチャになった。代官は伯爵の言いなりのクズに代わり、農民は、伯爵や代官たちの奴隷にされた。器用の良い女は犯され、その悪癖は、それこそ下は10歳程度まで適用されていた鬼畜ですね」

「……それはたいそうなクズだな」

 反吐の出るような話だ。ヴィルヘルムは、イェンスが人間らしく吐き気のするような素振りを見せるので、よほどの事だろうと納得する。

「代官を吊るし上げて、何度となく伯爵と交渉をしようとしましたが、伯爵は聞く耳を持ってくれませんでした。何度も何度も軍隊を寄越し、いずれも我々は退け、連戦連勝を続け、他の農村も我々に合流を始めました。皆、似たような苦しみを持っていて、我々と手を組めば勝てるかもと思ったのでしょう。伯爵それでも戦いをやめなかった」

「貴族と言うのはプライドが高いからな。敵を知らずに出世した奴ほど、無駄にプライドが高く自分の敗北を認められない」

「私もね、伯爵の命だけは絶対に奪うなと言明し続けてきたんですよ。どんなクズだろうと、伯爵です。あれを殺してしまえば帝国は味方にならない」

「だろうな」

「正義の為だと刃を振りかざし、無知な農民達は堂々と伯爵を殺して歓喜して城から出てきたときには流石に頭を抱えました。私の人生は終わったのだと」

 イェンスは頭を抱える。ヴィルヘルムもそのときの情景が目に浮かぶようで同情をする。

「反乱で勝てる算段はあったと?」

「ええ。無知な伯爵を軽くひねる程度の軍略はありました。軍の人数とて精々3倍程度です。ですが…帝国軍は通常兵力で軽く10倍は出てきますから。一度目の帝国との戦いで出来すぎるくらい上手く相手を撤退させてしまって、ついには我が軍は調子に乗ってしまいました。とはいえ士気を下げるわけにも行きません。もう勝てないですよ、幸運は終わりました、なんて口が裂けてもいえる訳がないでしょう?」

「それを口にしたら指揮官ではないだろう」

 無論、白旗を揚げるという手もあるが、果たして帝国貴族を殺した大逆人に降伏が許されるかは定かでない。

「では、全員で他領に逃げるとか」

「無理ですね。自分の農地を棄てるような事が出来る人たちは少ない。それに帝国軍が来ても勝てると思ってますし、いずれ皇帝が自分達を認めてくれると勘違いしています」

「説明はしてないのか?」

「してますが、理解していません」

 イェンスは肩を竦める。あまりにも無知すぎる農民達とそれなりに知識を持つ名主の息子の間には大きい溝があった。

「不幸でしかないな」

「先日の戦いと今回の戦い、偶然、貴方が味方をしてくれなければこの領地の農民は皆死んでいたでしょう。法律に基づき係累皆殺しです」

「帝国はどこまで闘うと思う?」

 ヴィルヘルムは戦いの果てを確認する。戦争には必ずどこかで収める終着地点を設定する。指揮官のビジョンがどこにあるかは確認する必要があった。

「もう、私には制御できませんから。我が軍も、敵軍も。そして出来れば…無辜の民を逃がす程度に手は打つつもりですが、それが適うかどうかは分かりません。帝国にとってわれらの領地はそれこそ数多有る領地の1つでしかありませんし」

「だろうな。アームズ帝国も小領地や農村に関しては通りすがりに兵糧を手に入れるついでに滅ぼす程度の感覚だったからな。軍隊と言うのはそこまで人の命を……いや、人のことは言えないか」

 敵以外を殺さないとは言えど、敵を皆殺しにする自分のやり方もまたおかしいのだろうとヴィルヘルム自身にも葛藤はある。だからこそ、いけ好かない連中のやり方を否定できる立場で無いと気付く。

「そうですか?少なくとも貴方はこちらの意向に沿った戦いをしてくれてはいましたが?」

 ヴィルヘルムが自嘲している姿を見て、イェンスは何となく口にする。戦場では悪鬼のような所業を平然とやるが、どこか理知的で頭が良い青年だと評価をしているようだった。

「帝国の譲歩を引き出したいのだろう?戦いに勝ってもにらまれてしまっては意味がなかろう。だから貴族階級である敵の大将の首は取らず、下っ端だけを殺す事に心がけただけだ」

「あと半月早くここに来ていただければ私も悩まずに済んだのですが」

「そうか?私は自分の背中の方が怖い戦場などに立ちたくは無いがな」

 ヴィルヘルムとて不感症ではないので、自分がここの伯爵領の農民軍に嫌われていることくらいは気付いている。

「それにしても、一宿と食料分の賃金を貰ってない傭兵に対して、何でそんな目くじらを立てるのだ?」

「むしろ、一宿に食料の提供しかしてないのに、こんな戦場にいる事が不思議だからじゃないでしょうか?」

「安上がりでよかろう」

「まあ、高かったら雇えませんが、貧乏なのはご存知でしょうし。ですが……そんな安上がりな傭兵はいません。特に貴方の様な本物の鬼のような人間となると尚更です。何か魂胆があると警戒して当然だと思いますが?」

 イェンスは眼鏡を上げながらヴィルヘルムを見る。

「ふむ。だがな、私は幼少の頃から自力で生きてきたからな。雨露が凌げる場所を提供してもらえるだけでも十分なのだが。そもそも…命を掛けるような場所になんてまだたってもいない。あの程度、子供がじゃれた程度だろう?」

「…なるほど、帝国が本腰を入れてきた戦場であっても貴方にとってはお遊びですか。たしかにそれでは金銭を貰う事さえ吝かでしょうね」

 イェンスは苦笑してヴィルヘルムを見る。


 そんな2人は、話しながら軍の集合する場所へ移動する途中で、外回りの兵士が走ってやってくる。

「イェンス様!大変だ!これまでにない行軍で帝国軍がやって来た!」

「これまでにないとはどの程度ですか?」

 これまでは精々5千に届かない程度の軍勢で、こちらは500程度といった所だ。圧倒的不利を機転と知略でどうにか対応していた。最後はヴィルヘルムがかき混ぜてもくれた。それを超えるとなれば、もはや終わりだろう。

「大きい獅子の御旗をつけた軍団が、横にも縦にも広がっていて軍勢の数がわからねえって」

 外回りの兵士が行軍を確認するべく外に出ていた兵士から聞いた話をそのまま伝える。

「獅子の旗と言うと…帝国軍西部討伐軍…その数は…15万とも言われていますね」

「獅子は小動物を狩るにも全力を尽くすとは言いますが、小領の500の軍隊に対して、リュミエールがよもやそんな大軍を出すとは」

「恐らく…見せしめでしょうね。他領へこのような事が二度とないようにと。後は……まあ、他にも行く場所があるのでしょう」

「脆くも策は崩れ去ったな」

「伯爵を殺された時点で覚悟はしていますよ」

 イェンスは溜息をつく。軍を指揮して伯爵を討っておきながら、殺されたと表現する辺り、よっぽど伯爵の命だけは今後の交渉の為に生かすように口にしていたのだろう。だが農民達は彼を怒りに任せて殺してしまった。この時点でイェンスは詰んだと自覚しているようだった。


 ケーニヒの外に出たヴィルヘルムはリュミエール帝国の実情を目の当たりにしてもらうのが趣旨です。

 守るべきは小さい村、戦う相手はいくらでも軍隊を送り込んでこれる帝国。

 軍略上、絶対に勝てない戦争に身を投じます。

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