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最強剣士の血風伝  作者:
序章
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ドラゴンスレイヤーとなったユーリ

 素振りの日課…実はファルケン家においては当然のように行なわれる。

 己の腕に自信を持つ傲慢なヘルマン、攻撃よりも守備に重きを置くディルクにおいてもそれは行なわれている。

 エドガーは道場で2人が素振りをしているのを一瞥してから、別邸の庭に出て体をほぐす。

 祖父がどういう思惑を持っているのか、それはエドガーにとっても不明である。しかし、何を言おうと、それは実行されることは明白だった。

 そもそも、領地状況が芳しくない事も分かっている。衰退して久しく、もってあと10年といった所だろう、ドラッヘ公爵家やレーヴェ公爵家は政治的主導権を軍事力で勝ち取って、ファルケン勢力を落とそうと日々重圧を欠け、王家より分配される地方領主への金額を減らし、また積極的に小さい小競り合いでは軍隊を派兵させて領地を疲弊させている。

 祖父ゲルハルトはヴィルヘルムの名を冠した1人の公爵を生み出して、レーヴェやドラッヘを武力をちらつかせて反抗するつもりなのだろう。だが、それ程までに追い込まれているのは事実だ。別にヴィルヘルムの名を冠したからといって強くなる訳ではないが、相手への威圧やファルケン家の統率という面では間違い無く無類の機能を発揮するだろう。ヴィルヘルムの名を継ぐ事には、エドガーも了承するしかなかった。

 だが、明日、ヴィルヘルム3世継承の儀を行なうと言っていた。

 まだ誰がヴィルヘルム3世を継承するかもわかっていないのにである。鬼神と恐れられたヴィルヘルムは、肉親であろうと立ちふさがれば殺すほどの殺気を持たせる、いわば肉親殺しは一切の甘さを捨てさせる儀式のようなものだ。そして祖父は、最悪、弟2人を殺させる可能性がある。…その覚悟を今日中に固めておけ、そういう風に言われたようにも感じていた。

 決して仲が良い訳じゃないが、仮にも血を分けた兄弟である。殺したくないという思いは強い。そんな悩みを抱えて庭を歩いていると、西の山奥から凄まじい数の鳥が飛んで逃げていく姿が確認される。まるで何か凶悪なものから必死に逃げるように。

 エドガーはこの光景を12年前にも見た事があった。

「まさか…」

 呟くと同時にエドガーはかつて聞いた龍の咆哮が遥か西方より響くのを耳にする。

 そっちの咆哮はユーリが修行にいっている。

 多くの人間が思い浮かべるドラゴンと言うと、帝国が使っている龍騎兵に使役されるドラゴンで、それはワイヴァーンと呼ばれる体長10メートル程度の小さなドラゴンである。

 だが西方の山脈より10年に1度ほど現れて災厄を齎す龍は実に100メートルを悠に越す巨龍である。空を舞いマグマのような灼熱の炎を吐く。鱗に刃は決して通らず、羽ばたき1つ、咆哮1つで山野を鳴動させる死の象徴でもある。

 ドラゴンスレイヤーと呼ばれたエドガーはあの巨龍に勝てたのも運が良かったからだと理解している。必死に逃げ回り弱点を調べ、首をどうにか落として動きを止めたのだ。今の自分ならもうすこし上手く立ち回って実力で勝利する事も出来るだろうが、再び戦いたいとは決して思わない、悪夢に出てくるレベルのモンスターである。

「ユーリ!」

 弟が迂闊な場所に行ってなければ良いとしか思わず、慌てて外へと駆け出した。風を切り裂いて森の中をすり抜けるように一直線に走り、山道を無視していつもの修行場へ辿り着く。

 だが弟の姿は見えなかった。ここに居ないという事は西の山にもぐっている可能性がある。

 エドガーは、ユーリの持つ魔力を必死に探って、ユーリのいる方向にメドを立てる。そこはドラゴンの咆哮が聞こえた場所だ。そして同時にその咆哮が爆発し、山脈の上のほうで凄まじい炎が上がっていた。

 弟を心配し、エドガーは必死に山の麓の方へと駆け抜ける。

「死ぬなよ…ユーリ」

 祈る様に口にして右手に刃を持ってドラゴンとの戦いを覚悟して炎上する山を登っていく。



 肌が焼けそうな程の熱気、むせるような血の臭い、巨大かつ膨大な数の破壊痕が残されていた。

 足元は水浸しになっているが、周りが煙や炎に覆われていて、視界は非常に悪く、どうなっているか確認が出来ない状況にあった。

「兄上…兄上~。ふえー…兄上だ~」

 そんな中、エドガーが歩いていると進行方向から、泣きじゃくったユーリが駆け寄ってくる。

「ユーリ。無事だったか。良かった。怪我は?」

「痛かったけど…」

 ユーリは頭から真っ赤に染まっているが、強い獣のようなにおいが放っており、どうやら返り血であって自分の流した血ではないようだ。

 エドガーはユーリが走れたのを見てので、思ったよりも無事だったので心から安堵する。

「そ、そうだ。それよりも……」

 だが、同時にドラゴンをどうにかしなければならないという事に思い出す。

 エドガーは慌てつつも、周りを見渡す。だがドラゴンの姿はまるで見えない。気配さえも存在していなかった。

 だがドラゴンは巨大で膨大な魔力と生命力を有している。どこにいても見上げれば見つかるはずだ。だがその巨大な存在はどこにも存在しなかった。

(思い過ごしか?しかしあれだけの破壊の痕跡を作れるような猛獣がドラゴン以外に存在するはずが…)

 エドガーは泣いている弟の頭を撫でながら周りを見渡し、背筋に冷たい戦慄を走らせてとある事実に気付く。

 既に自分が立っている場所が、ドラゴンの死骸に囲まれているのだと。200メートルはあろうかと言う巨大なドラゴンの体は、脳天から尾までが綺麗に真っ二つにされて、鮮血の道が出来上がっていた。つまりエドガーの両脇にある壁は、岩壁ではなくドラゴンの肉塊であったのだ。ドラゴンの死骸はまるで鋭利な刃物で切り裂いたかのような痕で、綺麗に体の断面が残っている。

 何故こんな事になっているのか、理解できなかった。

 ドラゴンが反撃したり動かないとしても、ここまで見事な切り口で切ることは出来ないだろう。ファルケン公爵家史上最高の傑作とさえ言われた自身の腕を持ってしても出来ない芸当だ。

「何が起こったんだ、ユーリ」

「わかんない。いきなりドラゴンが空に現れて、いきなり食べられそうになったから斬ったの」

 涙を拭きながらユーリは起こった事をそのまま話す。

 誰よりも可愛いと思っていた弟が、まるで得体の知れない何かのように感じ、エドガーは泣きじゃくる弟の言葉に耳を疑い絶句する。

 斬った。

 弟はそう言ったのだ。

「ドラゴンは多分、卵を守りたかっただけなのに、僕、逃げても全然許してくれなくて…ドラゴンを殺しちゃったよぉ…」

 泣いていた理由は痛かったからでも怖かったからでもない。ドラゴンを殺した事が悲しかったから泣いていたのだ。あまりにも優しすぎる弟、ファルケン家には向いていない、だから守らねばとずっと思っていた。

 だが…エドガーは初めて気付いてしまう。


 ユーリの剣は、ファルケン家で誰よりも才に恵まれていたのだと。

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