さよなら
ユーリは真っ赤に染まる左わき腹を気にする様子も無く、再びハインリヒの邸宅への帰途に着く。
「ユーリ。……いつ、気付いたの?リオがミハエルで……自分の兄だったって」
「殺し合いを初めて、互いの顔を見たとき」
「……」
「ドラッヘ家には私の兄がいるのは知っていた。エドガー兄上に聞いた事があったからな。ミハエル・フォン・ドラッヘがリオだという事を知った時点で、何もかもが辻褄いった気がしたよ。リオが私の兄で、そしてゲルハルト・フォン・ファルケンは最初からミハエルが私の兄だった事を知っていたのだろう。もしも……もしもエドガー兄上が同じ状況になったとき、私に似た敵を殺せるとは思えないからな。ヴィルヘルムの儀とは、つまり、そういう事だったのだ」
家族を殺せる覚悟を持てという意思が最初からあったのだと。
リズは、あまりにも残酷な運命に翻弄されているユーリを哀れに感じる。自分が歩いてきた人生以上に、それは厳しく辛いものだった。
だが、だからこそ、リズは気づいてしまう。リオを殺した時に、ヴィルヘルム・フォン・ファルケンは死んでしまったのだろうと。ヴィルヘルム・フォン・ファルケンならば、マルガリータの刃を受ける筈が無かった。咄嗟にそれを返り討ちにしてしまう。それがヴィルヘルムという男なのだ。
「リズ、頼みがある」
「頼み?」
振り向きもせず、ユーリは雪の中を歩き続けながら、リズに問いかける。
「オリバーはまだ未熟だ。あの子を支えてやって欲しい。ディオニスは優秀だが、政治に関しては素人だ。君ならどうにかなるだろう?」
ユーリは漠然とリズに頼みを申し込む。
リズもまた理論的な部分で言えば誰よりも頭はいいだろう。パワーゲームや軍略といった貴族的な才能を強く持って生まれていた。ケーニヒ王族の血筋とは何かしら才能を持って生まれるが、リズは女王に相応しい才能を持って生まれていたから、その頼みは妥当なものだと分かる。
実際の経験値は無いが、そういう部分でオズバルドの息子オリバーを支える事もできるだろう。
「………ねえ、ユーリは……、ユーリはどうするのよ」
だがそんな事はどうでもよかった。リズは今にも消えていなくなりそうな友人の事が心配だったからだ。
「私か。私は………きっとどこかで戦い続けて、朽ち果てるのだろうな。ヘルムートを殺し、ミハエルを殺し、ファルケンは第四皇女との婚約によって、思惑通りに公国の主権を握り、そして私はもうヴィルヘルムである必要等無いのだから」
ファルケン家に刻まれた呪いは見事に成就した。だからヴィルヘルムはいらないのだとユーリは判断する。
「どこかで朽ちるまでヴィルヘルムとして戦って死ぬのが、私の運命なのだとしたら受け入れるしかないだろう。そして、この地にはもはや争いの種は必要ない
」
ハインリヒ邸に辿り着くと、真っ赤に左腹を染めたユーリを見てディオニスが大慌てで、治療に当たる事になる。そしていつものようにいくつかの小言を6つも歳の低い弟分に言われる事になる。この小言も最後だと思って、ユーリは不服を言わずに受け入れる。
そんな中、ファルケン家の人間達がゾロゾロと現れる。
赤い貴族の服装をしており、喪に服しているようには見えなかった。軍人達も、さしも彼らは何をしに来たのかと問い詰めたかったが、さすがにファルケン本家の人間がそこにいるので何も文句が言えない様子だった。
中央に立ってふんぞり返っているのはウルリヒ・フォン・ファルケンである。彼はファルケン公爵家の紋章冠を頭に戴き、多くの家臣を引き連れてやってきていた。
「ウルリヒ様。ここは父オズバルドの葬儀の場となっております。一体、どのようなご用件でしょうか?」
オリバーはトルーデや他の貴族に促されて、この場の当主として前に出る。
「ふん、貴様ら如き、田舎領主に用はない。それと、私はファルケン家の領主である!偉そうな口を使うな、このガキが!」
ウリリヒは馬鹿にするように鼻で笑い、更にはふんぞり返ってオリバーを叱責する。
オリバーはいつもならば頭に来て殴りかかってしまう所だが、ここで大きい態度は取れないのを分かっている。そも、父ならばどうするかと考え、必死に怒りを噛み殺して恭順を示す。
「申し訳ございません。父より引き継いだばかりで…。私はファルケン公爵閣下のように優秀ではありませんので」
軍人達も流石に怒りを持つが、さすがに公爵を名乗る男を前に刃向かえるものでも無かった。軍人達もオリバーが必死に諌めているのを見て、自分達が怒る訳にも行くまいと冷静になる。
「ふん。さてと、ヴィルヘルム・フォン・ファルケン!」
ウルリヒは怒りの矛を収めて、そしてユーリのほうを睨みつける。勝ち誇った顔でユーリを見下す。
「ウルリヒ殿、ライナー様は一命をとりとめたとは聞いておりましたが」
「父上は一命をとりとめたが、文字も書けぬ程に四肢に痺れを残しておる。故に私が公爵位を受け継ぐこととなった。つまり私が公爵と言うわけだ。これまでは父上の顔を立てて、貴様風情に下手に出てやっていたが、今後はそうは行かぬ」
あれで下手に出てたつもりなのか?
あまりの言葉にユーリも呆れてしまう。そしてこの場は葬儀である。それをぶち壊しに来る神経も理解が出来なかった。ハインリヒ男爵はファルケン家を守るために戦って殉死したのだ。それを土足でぶち壊す神経が信じられなかった。
「ヴィルヘルム・フォン・ファルケン!先のクーデターで、貴様はアンファングと共謀していた疑惑がある!故に、公爵権限で、貴様を死刑に処する事が決定した!」
ユーリは流石にウルリヒの無茶な言い分に目を丸くする。だがウルリヒの周りにいる人間達は全くそれを疑う様子も無く頷いていた。
法律の観点からしても公爵にそんな権限は存在し無い筈だ。
「アンファングからお前を助けてやったのは私だったと思っていたが、さて、口が滑ったのか、それとも私の耳がおかしくなったのか、どちらか?」
ユーリは目の前のバカの相手をする気さえ起こらなかった。
「私の言葉が絶対なのだ!そうだろう?」
「はっ、ウルリヒ様は公国の大公となられるお方ですから当然です」
男達は頷きあう。
先のクーデターにおいて国家を守る為に奮闘して亡くなった臣民の葬儀を土足で踏みにじり、かつ、これまで気に入らなかった男が、自身の命の恩人であっても、権力を握ったから犯罪者として殺してしまおうという企みを隠さずに騙るクズがたくさん並んでいた。
「ったく、ライナー殿は結局バカ息子1人も教育できずに世に出してしまったのか」
ライナーも傲慢な男ではあったが、バカではなかった。傲慢な部分が似ているのだが、バカなのが息子なのである。それにライナー以上の権力を持っている状況に有頂天になっているのだろう事が容易に想像ついた。
ユーリは大きく溜息をつき、そして後ろを振り向く。
「リズ、ディオニス。オリバーを頼む。オリバー、2人はそれなりに領主経営の知識を持っている。きっと良い助けになるだろう。エメリ、トルーデ、これまでよくしてくれてありがとう。感謝する」
ユーリは頭を下げて5人に声を掛ける。
「それと、ここに来てくださった皆々様方。オリバーはまだ若い。至らぬことも多いだろう。根気よく見守り、時には助言を与えてやって欲しい。オズバルドさんの忘れ形見だ。どうやら私はもうこの場を去らねばならないようだから、残念ながらその仕事は出来そうにない」
ユーリは周りの弔問客に声を掛ける。その中でも特に軍人達は当然とばかりに頷いてくれる。オズバルドがどれほど慕われていたのか、そしてオリバーも父がどれだけ偉大な人間だったのかを心に刻むこととなる。
「ヴィルヘルム様、きっと父にも負けない良い領主になります」
深々とオリバーはユーリに頭を下げる。
「ははははっ、別れの言葉は済んだか!ならば、さっさと付いて来い!貴様は皆の前で張り付けて公開処刑で殺してやるからな!」
ゲラゲラと笑うウルリヒ。下卑た顔でそれに追随する男達。これからのケーニヒ公国の最高指導者に媚を売りたいのだろう。誰もがその言葉を否定せずにいた。
「さてと…ウルリヒ君」
ユーリは冷めた目でウルリヒを見る。
「あん?何だ、貴様!立場を分かっていないのか?あん?俺に逆らえばどうなるか理解がまだできていないのか!?ウルリヒ様だろうが!」
ウルリヒは怒鳴り散らす。
「ふざけた男だ!」
「今すぐ、私が殺して差し上げましょう」
「いやいや、私が」
周りの男達も阿呆揃いのようで口々にユーリを責め立てる。
ユーリは呆れたように大きく溜息を吐く。
「つまりウルリヒ君は偉くなったから、目の前にいるヴィルヘルム・フォン・ファルケンを処刑できるんだって言いだいんだろう?」
「バカにしているのか?」
「いやいや、勇者だなと思ってな。200メートル級ドラゴンを殺し、エドガーを殺し、ゲルハルトを殺し、先の戦争でファルケン領からプフェールト領まで続く4万以上の軍勢と100に渡る龍騎兵を単独で皆殺しにし、ベヘモスの首を切り飛ばし、ヘルムートを殺し、ミハエルを殺し、ドラッヘ家のトライデントをも打ち滅ぼしたヴィルヘルム・フォン・ファルケンに喧嘩を売るってワケだ。ろくに武装もせず、100人にも満たない人間達が一騎当千の殺人鬼を相手にするつもりで来たんだ。………私は君達が自殺志願者にしか見えなかったんだよ」
ユーリは次々と上げる不審死した人間の名を上げていく。いずれも裏ではヴィルヘルムが殺したといわれている名前であった。それを当人自身から自白しているのである。
その言葉にじんわりとウルリヒの額に汗が滲み、そして周りの男達は真剣にその真偽を頭の中で検証する。
前公爵のライナーは分かっているが公にしたくないから自分でその事実を抱えて隠していた。ユーリが本物の鬼神ヴィルヘルムならば、ユーリこそが公爵に相応しいと言う声が出てしまうからだ。そういう意味でもライナーは非常に政治家として優秀だった。
ユーリは黒いネクタイを解き、魔力を通して刃のように形作る。
そして右手で一閃。
ウルリヒを含め、ウルリヒに連れられてきた男達のズボンがバサバサと落ちていく。
「前に警告してやった積もりだがなぁ。おい、ウルリヒ。私のことは良いだろう。だがな、オズバルドさんは私の恩人だ。あの方は心の広い方だから、貴様のようなバカ貴族が葬式をぶち壊すくらい、笑って許してくれるだろう。だが、ハインリヒ領に何か問題を起こすような事をしてみろ。その時は…パンツの紐ではなく、貴様の首が飛ぶと思え。ケーニヒ公国だろうが、リュミエール帝国だろうが、俺は俺の敵になるものを皆殺しにしてやる」
ユーリは殺気を隠さずに、ウルリヒら全員を睨み据える。全員が一瞬ですくみ上り腰が抜けてしまう者さえ現れる始末だった。
「ひっ…う、うわああああっ」
1人が逃げ出し、続くように全員が逃げていく。腰が抜けた男たちは這いつくばるようにして必死に逃げていた。
「覚えてやがれ!」
という捨て台詞を残してウルリヒ公爵は走って逃げて行くのだった。
果たして彼は警告の意味を理解していたのか、ユーリは甚だ疑問に思う。
ユーリは大きく肩を落として
「すまなかったな、私の所為でバカが湧いたようで」
「いえ……ヴィルヘルム様の所為では……学校でもああいう人だというのは知ってましたし。第4皇女とろくでもない騒動を起こしては握りつぶしてるような人なので」
オリバーは学校での悪評をしっているので、諦めたように首を横に振る。
「私はさっさと去った方が良いのだろう。葬儀が終わるまでと思ったが…まあ、挨拶も終わったしな。これでさる事にするよ。私は…オリバーの事は信頼しているから安心して出ていけるから」
ヴィルヘルムはオリバーの肩を叩いて作り笑いを浮かべる。オリバーは兄代わりだった男の去り際に涙があふれてくるのを感じて慌ててそれをぬぐう。
「さてと、そんじゃ、さよなら」
ユーリは葬儀へ背を向けると、そのまま後を見ずに手を振ってハインリヒ邸を出て行く。
全員がそれを見送ることになる。
「ユーリ!………死んじゃ駄目だよ!私もそれまできっと生きてるから!ちゃんと私達のいる場所に帰ってくるんだよ!」
リズは慟哭するように叫び、苦々しく約束を取り付けようとする。
彼女もまたリュミエールに素性を知られたら殺される立場でありながら、身分を隠していき続けてきた。その結果としてずっと自分を守ってくれたお付の兵士が死に、そして父も死んだ。死ぬべきなのは自分であると分かっていながら自殺する事が出来なかった。
リズは分かっていた。何故、ハインリヒ邸に世話になって、ユーリと一緒にいたのか。それは単純に似た境遇のユーリと一緒にいるのが心地よかったからだ。
死ぬべきは自分と思いながらも死を選ばず多くの人間を殺してきた立場で、そしてユーリは殺した数が圧倒的に多い。どこかでユーリを見て安心する自分がいたからだ。
それに安堵しているさもしい自分がやはり嫌いだった。
だが、この穏やかな青年は自分より死ぬのはもっと我慢がならなかった。
こうして、ヘルムート、ミハエル、ヴィルヘルムという三大公爵家より現れた勇名はヘルムートとミハエルの死という結果となって歴史に刻まれる。
だが、ヴィルヘルムによって殺されたという記述は後に残されることは無かったという。
第3章はこれにて終了です。
さて、散らかされたケーニヒはと言えば、指導者たちが片っ端から殉職と引退を余儀なくされてます。
元々、ファルケン家は第4皇女と婚姻して復興し、ケーニヒは帝国の庇護下になって問題が解決するだろう…という所なのですが。
さて、新たに公爵となって国の頂点に立つ予定の男は、調子に乗って国と家に忠義を尽くした貴族の葬儀を台無しにして、自分の気に入らない男を無茶な理由で殺そうとします。こんな男の下で果たして復興が成るのでしょうか?
大きい疑問を残したまま鬼神はしばし国を離れます。




