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最強剣士の血風伝  作者:
三章
37/61

宿命の殺し合い

 ユーリは西城門の敵を皆殺しにした後、裏門からの部隊が来ていると知り、慌ててそちらへと走っていた。遠くで戦闘が行なわれている音が聞こえている。

 城壁の上に登って、何が起こっているのか確認し、そのまま走って現場へと向かっていた。

 そんな中、1人の槍術使いが自分のよく知る騎士と戦っているのが目に見える。

(オズバルドさんが来ているならまだ持ち堪えられる…早くいかないと)

 城壁を走って遠く裏門で争いの起こっている場所へと向かっている。そこで激変が起こった。

 魔法、しかも高位の風魔法で防衛布陣が一瞬で血の雨を降らして倒れ伏せた。

「え?」

 目の前で何が起こったのか、ユーリは一瞬理解できなかった。

 一番先頭に立って、守るように剣を振った男は血塗れになって、ぐちゃりと地面に倒れ臥す。

「オズバルドさん!」

 ユーリは必死に叫び走る。

 敵軍は城門をこじ開けて一気に進軍を開始する。

「うああああああああああああああああっ!」

 ユーリは手遅れと知りながらも必死に走って城門の前で倒れたオズバルドの元へと走る。

「防衛の奴らだ!」

「たった一人でいい度胸だ」

「こいつも殺せ」

 進軍する敵はユーリに気づいて刃を向けるが、ユーリは埃でも払うように長刀を振ると、眼前で邪魔していた人間達が全て体が真っ二つに分断される。

「邪魔だ!どけ!どけええっ!」

 刃を一閃、敵を悉く斬り殺し、ユーリは城門で倒れているオズバルドに駆け寄る。

「オズバルドさん!オズバルドさん!」




 オズバルドは顔に当たる冷たい水滴を感じて遠くなる意識から引き戻される。体は冷たく動かす事も出来ない。ただ、目の前には息子の様に可愛がっていた青年が、涙を流して声を掛けていた。彼がハインリヒ邸に来てからはずっと廃人のようにボーっとしていた。こんなに泣いているのを見たのはそれから1年経った最初の墓参りの日だった。兄や祖父達に謝り続けていた。

 以来、少しずつだが感情を取り戻してきて、息子にとっては兄のように接してくれた。そして息子たちと共に過ごした楽しかった思い出が、走馬灯が駆け抜けるようによぎる。

 泣きじゃくる青年の紅玉のような瞳を見て、オズバルドは気づいてはいけない事に気づいてしまった。

 15年前、エドガー・フォン・ファルケンはドラッヘ家へ報復に出向き、ドラッヘ家の次期当主を亡き者にして赤子であるユーリを連れ帰った。ユーリには2つ年上の兄もいたという。そして、それから10年近くが経ったある日、素性は詳しく語られていないがドラッヘ家に新たなるミハエル・フォン・ドラッヘという天才魔導士が誕生した。ドラッヘ家には珍しい赤い瞳をしており、ユーリよりも2つほど歳上という程度の非常に若い襲名だったと聞く。

 対峙したミハエルの瞳もまた紅玉のように赤かった。

「ゆ………り…。……た、………たたかっては…いけ………ない…」

 ユーリは決してミハイルと戦ってはいけない。

 オズバルドはただそれだけを伝えたかった。心優しい青年がこれ以上傷ついていくのを見てられなかった。声にならないが、それでも必死に声を出そうと搾り出し、そしてオズバルドは意識を手放した。




 ユーリは慟哭し、9歳の日より保護者として父のように接してくれた男の死に涙を流し続けていた。

 だが戦場となったこの市街では泣くのを待つほど敵はやさしくはない。

「進め!」

「城門は開いたぞ!」

「全て蹴散らせ!城内の要人を駆逐しろ!」

 数百にわたる軍勢が更に裏門へとやってくる。いずれもレーヴェ公爵家とヴィーゼル伯爵家の紋が入った盾を持った軍勢だった。


 ユーリは涙を拭くと、オズバルドを抱えて戦いで踏みつけられたりしないように城壁に優しく横たわらせる。

 そして体を起こして迫り来る軍勢を視界に入れる。

 左腰に下げた長刀に右手をかけ、一閃。

 目の前にいた軍勢のすべてが下半身から血を拭いて、上半身だけが崩れ落ちる。

「どけ」

 ユーリの中にある鬼神ヴィルヘルムは再び目を覚ます。かつてない怒りと悲しみと共に、あけてはいけない扉が今開かれてしまった。ユーリは走り出し、逃走した槍を持つ男達を追跡する。




 逃走するドラッヘ公爵の手の者たちは背後からの追跡者に気づく。

「何者かが追ってくる」

「お義父さん、私が…」

「これ以上はまずい。私が追手を止める」

「ですが…」

「ミハエル様。君に何かあれば、いや、ここに加わっている事が発覚すれば、メレンドルフ家などどうでもよいが、ウチのマルガリータを未亡人にさせてしまう」

 マルクスは渋い顔で言う。それはマルクス本人が倒れても同様のはずだ。だが、ミハエルの方が顔が売れてしまっている事実は否めない。マルクスも元はドラッヘ公爵家の誇る槍使い<トライデント>の一人だった。しかし、メレンドルフ家の家長であって、現状としてマルガリータは家を出てミハエル・フォン・ドラッヘの嫁となっている。

 将来、マルガリータは後継のいないにメレンドルフ家に戻る予定であるが、メレンドルフ家が反乱に加担したことがばれても、ドラッヘ家は素知らぬ顔で通せばまだ問題はない。勝手にやったことだ、お前たちの下っ端もそこにいたがどうなんだと逆に矛先を変えればいいだけだ。

 だが、本家のミハエルが加担したとなれば話は大きくなる。今回の反乱もクラウス・フォン・レーヴェが裏で糸を引いていても、絶対に彼が反乱を指示したことは触れないだろう。

「……すいません、お願いします」

 ミハエルは歯噛みしてマルクスから視線を外し、目を瞑り頭を下げる。



 マルクスは疾風の様に駆けて追ってくる相手を見て、その追手と戦う為に振り返る。

 ミハエルは義父の武運を祈り、父代わりとして育ててくれた男の背が無事である事を祈る。だがその背はいきなり下半身からずれて、血を吹いて大地に伏せる。

「!」

 義父はあっさりと物言わぬ死体となった。

「あ?」

 ミハエルも含め、逃亡中の4人全員が驚き足を止めてしまう。そして全員が槍を持って構える。背を向けたまま、敵の射程範囲に入られたら、その瞬間に殺されると本能が訴えたからだ。

 追ってきた男は1人、長刀を持ちファルケンの鎧と兜を被った一般護衛兵といった所だった。

「お義父さん!」

 ミハエルは激しく狼狽する。

「若様!素性を知られる!放っていくぞ!」

「それよりもまずあの追っ手を!」

 3人の槍を持った槍術使い達が構えるが、追手は通りすがりに3人を真っ二つにしてミハエルを追ってくる。

 だがミハエルはそれを見ても何とも思っていなかった。あるのはもはや怒りだけだった。


 幼き日、両親を失いずっと父のように可愛がってくれた義父の事を思い起こす。

 甘いという評価を受けて来たミハエル・フォン・ドラッヘはこの日初めて人間に本物の殺意を抱く。

「き、貴様………貴様ああああああああああああああああああああああっ!」

 槍を構えて追ってくる剣士に必殺の攻撃を仕掛ける。

 だが簡単に槍を落とされてしまう。そしてその首に必殺の斬撃が飛んでくる。

 ミハエルはその攻撃をかわす。そして大きく距離を取る。

(強い!)

 落ちぶれたファルケン家にこのような使い手がいるとは聞いてはいなかった。鎧と兜を着けた男は、細身で若く、知り合いの友人を髣髴させる体つきをしていた。いや、噂だけなら聞いていた。ファルケン家は謎の軍隊を持っていて、プフェールトからの侵攻を軽く屠ったと。情報ではかなり少人数で万の軍勢を滅ぼしたとも言われている。

「何者だ」

 ミハエルは腰から小さい杖を取り出す。取り出しながら

「敵に名乗る名など無いが、残念ながらその名乗る名を持っている。………我が名はヴィルヘルム・フォン・ファルケン。ヘルムート・フォン・レーヴェを殺した男だ。そして…オズバルド・ハインリヒの仇は……殺す」

 圧倒的な殺気、兜越しから覗く殺意に満ちた紅玉のような赤い瞳。

 だが、それに気圧される事無く、ミハエルは灼熱のように燃え盛る殺意に全てを塗り替えて、敵を殺すことだけを考える。ヴィルヘルム、その名を聞いて何もかもが腑に落ちる。そしてそれを殺す事だけに集中する。

 ミハエルは走って距離を取りながら、死んだ仲間も持っていた槍を拾い、構えを取る。逃げる等と言う選択肢は最初から無い。

『ミハエル・フォン・ドラッヘの名において命じる。天地の狭間に移ろう疾き者、我が声に耳を傾けたまえ。我が示したもう形は真空の刃、向かうべき場所は我が義父の命を奪いし怨敵の首なり!断空』

 呪文に己の意思を更に込め、魔法を強い威力へと昇華させる。続けざまに魔法の呪文を告げて魔方陣を描き始める。




 ユーリは遠方の敵からの魔法攻撃を刃で切り裂き己の身を守る。魔法の効果範囲が広く防御に徹する状況になってしまう。実際、ユーリは過去に魔法使いとの戦闘経験がほとんどない。

「うおおおおおおおおおおおおっ」

 真空の刃を切り落とせば、次は爆炎が渦となって襲ってくる。攻撃を仕掛けている好きに呪文を唱え魔方陣を描いて魔法を飛ばす。その無尽蔵な攻撃を相手が続ける為、ユーリは攻撃が届かない。

「な、舐めるなあああああああああああああああっ!」

 ユーリはは体の自由が利かなかろうと、怒りによって体に走る痛みを凌駕し、攻撃を切り裂き一気に敵へと切り込む。そして、鬼神ヴィルヘルムを名乗った以上敗北は許されない。

『我がミハエル・フォン・ドラッヘの名において命じる。天に輝きし太陽より熱く燃える者、大地へ堕ちし灼熱の光、我が声に耳を傾けたまえ。我が手に刃を導きたまえ!紅蓮』

 灼熱の刃がミハイルの手に生まれ、炎によってユーリの刃を焼き尽くす。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ」

 逆に今度はミハエルがユーリに襲い掛かる。

 互いの刃がぶつかり合う。互いの魔力と魔力が相克し爆発が起こる。

 2人の攻撃により、互いの兜が破壊され吹き飛ばされる。2人は構わず回転しながら、互いに作った爆心地から飛び退り、再び構える。

 憎しみに彩られた紅玉の瞳は、互いの顔を映し出す。そして2人は憎しみを向けている敵が、どこの誰か、この時、初めて気づく。

 ヴィルヘルムとミハエルではない。

 ユーリとリオという2人の青年だった。だが、目の前で失われた命を忘れたわけではない。そして怒りと憎しみによって燃え上がった炎を互いに消すことは出来なかった。

「貴様が!義父さんを殺した!故に!」

「貴様がオズバルドさんを殺した!だから!」

「「貴様は殺す!」」

 互いの刃を打ち付け合い、衝撃波によって周りの屋敷が爆発して吹き飛ぶ。


 野獣と化した2人の怪物は、ここが住宅街であるなどお構い無しに、刃を振るい互いの首を狙う。


 2人の熱とは逆に、冬の始まりを告げる雪が空から舞い降りてくる。

 炎の刃でユーリと打ち合いながら、呪文を唱えて魔法で遠距離からも攻撃してくる。

「零槍」

 上空よりユーリを叩き潰すような巨大な氷の槍が堕ちて来るが、ユーリはそれを魔煌剣・燕で切り落とす。魔煌剣・燕は二段構えで、上段からの一閃と返しの一閃の2連撃。返す刀でリオという親友の首を狙う。

 だがその攻撃をリオは炎の刃で受け止める。

 リオは魔煌剣以上の炎の刃を魔法によって作り上げる技能と、元々トライデント出身である戦闘術を持っており、圧倒的に強かった。

 今代のミハエルの名を継いだリオは甘さゆえに弱いと評されたが、怒りと憎しみによって親友をただ殺す事に特化した戦闘者へと変貌を遂げていた。もはやそこに甘さも何も存在して無かった。


「はあ…はあ…はあ…」

 ユーリは肩で息をして、体がほとんど自由に動かない事を感じる。ディオニスは戦えないという見立てを出したのは正しい。魔力を体に流して身体能力を向上させる技能があるが、今はもはや魔力で体を動かしているのであって、体は動いていないのだ。

 その為、消耗が著しい。

 短期戦に持ち込みたいが、敵の能力は予想の遥か上を行く。


 ユーリは疲れて息を吐くのだが、相手は息を吐く暇も与えない。時間があれば次々と呪文を唱えて、魔方陣を展開させてくる。

 次に飛んでくるのは雷の槍、避けている隙に真空の刃を纏った嵐、強引に切り落とす事でその場を凌ぐが、防戦一方になってきている。


 戦いで言えば、ユーリはリオに対して圧倒的に相性が悪いのは知っていた。この国において戦術上、ファルケン家はドラッヘ家に弱いというのは常識でもある。刃の届かぬ場所から延々と攻撃を仕掛けてくる相手が敵なのだ。

 だがユーリは刃が届かないという訳ではない。10メートルに満たない間合いでの立会いで、一方的に攻撃をされているだけだ。ユーリの刃は300メートル級ドラゴンの首を落とし、200メートル級ドラゴンを真っ二つにした。たかだか目視できる距離等射程圏の外とは言えない。問題は、肉体的な衰えが大きい。一撃位なら放てるだろうが、それで勝負が決まらなかった場合、体が壊れて、敗北は必至だった。

 だが、このままではそれもできなくなり、詰む事も考えられる。

(幼い頃から…何も進歩の無い男だ)

 敵を殺すのに、我が身可愛さに一歩を踏み込めない。

 リオは距離を取り、魔方陣を描き呪文を唱える。

『我、天地開闢より生まれし4元素を支配するもの。我がミハエル・フォン・ドラッヘの名において命じる。天に輝きし太陽より熱く燃える者、万物の母なる大地を統べる者、大陸より広がる海原を包み込む者、天地の狭間に移ろう疾き者。我、声に耳を傾けたまえ。我が示したもう形は太陽、向かうべき場所は大地!』

 最悪の魔法が完成する。空に太陽にも見間違う巨大な火球が浮かび上がる。

『落陽!』

 空から逃げようもない巨大な炎が空から落ちてくる。


「もう、終わりにしよう」

 ユーリは目を閉じ、左手で鞘を支え、右手で柄を握る。

 刃を一閃、業火を切り裂く。


 魔煌剣・金烏


 最強威力の一撃で、最大火力の魔法を切り伏せる。同時に体が壊れる音が響く。だが、そこで倒れるわけにはいかない。

 敵はまだ切り裂いた業火の奥に存在するのだから。


 ユーリは体に魔力を流して、体を無理やり動かす。そして、疾風の如く駆け抜ける。

「おおおおおおおおおおおおおっ」

「うおおおおおおおおおおおおっ」

 リオの炎の刃とユーリの光の刃が交差する。


 ユーリは振り向きリオを見る。

「!」

 ユーリは手を差し伸べようとし、そしてそれが意味の無い事と分かる。

 リオは体を切り裂かれ大量の鮮血を流し、そのまま事切れて、大地へと倒れる。

 戦いの果て、残ったのは友の亡骸だけしかなかった。

「くそ…………くそっ!くそおおおおおおおおおおおっ!あああああああああああああああああああああああああああっ」

 ユーリは己の長刀を大地に叩き付け、友の亡骸の前に許しを請うように蹲って嘆く。


 業火に燃え盛る戦場に、白い雪が舞い降りる。

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