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最強剣士の血風伝  作者:
三章
34/61

秋の日

 晩秋に入ると、高地であるシュバルツバルトは雪がちらついてくる。

「冷えてきましたね」

 リズはハインリヒ邸の暖炉の前でお茶を飲みながら、オズバルドと向かい合っていた。

「すいません、お引止めしてしまって」

 オズバルドに呼び止められて、互いにテーブルの対面に座って話し合っていた。

「いえ、こちらは居候の身ですから」

「………お聞きして無かったのですが、リーゼロッテ様は王宮に戻りたいとは思わないのですか?」

「まさか。元々王都のレーヴェ邸で暮らしてましたし、こうして生きながらえているだけでも御の字です。ユーリが邪魔しなければ、私は父に殺されるつもりでしたから」

「……そうですか」

 リズの言葉にオズバルドは頷く。

「ユーリ様も同じようなことを仰ってました。ヴィルヘルムの儀で殺されるつもりだったと。怖くて逃げて、振った剣が兄達の命を奪ってしまったと」

 オズバルドは声を小さくしてユーリの事を思い出すように話す。

「そんなこと、言いそうにないけど」

「9歳の頃に引き取りました。あの頃は、ほとんど廃人でしたね。少しは私の家族たちとも話せるようになって、家族の死で泣いたのは我々が1年経ってファルケン家の墓参りに行った頃です。以来、少しは心を開いてくれるようになりましたが…」

「……まあ……何となく察してはいるわ」

 リズは逃亡したものの、ユーリがヴィルヘルムとしてヘルムートと戦った姿を見ていた。命尽きるまで鬼神として戦い続けた怪物は、ほとんど無意識に殺人鬼に成り果てていた。

「正直に言いますと、ウルリヒ殿が皇女殿下と結婚し、ファルケン家が磐石となったら、ユーリ様は出て行くのでしょう。私は不安でたまりません。あの方はまだ自分を許せてませんから」

「面倒くさい奴ね」

 リズは呆れるようにぼやく。

 そう口にしながらもリズもまた自身にも当てはまるからこそこれ以上は口にできなかった。最初から自分が死んでいれば、自分を助けるために亡くなった忠臣達は死なずに済んだのだから。

「ふふふふ、そうです。面倒くさい奴なんです」

 だが、オズバルドも遠慮なく口にする。そして不意に話を変える。

「そして面倒な話ですが、もしもユーリ様がここを出る事になったら一緒について行ってもらえないでしょうか…という提案なんです。無論、出て行けと思っている訳ではありませんよ?」

「一緒って」

「夫婦になっては?と」


 ………


 ちょっとの沈黙の後、ハアと盛大にリズは溜息をつく。

「まるで貴族のような物言いね」

「一応は貴族の末席にいるので」

「キャラじゃないのだけど」

 そういうのはもっとお堅い貴族の言葉である。リズはオズバルドがそのような提案をするとも思っていなかったので肩を竦める。

「家格的にはつりあいましょう。王家の血を引くレーヴェ公爵令嬢ならば、ドラッヘ公爵とファルケン公爵の血を引くユーリ様ですから」

「戦前であれば女王の婿になれるわね。無論、戦前であれば、私の継承権は末席なのだけれど」

 ハハハハとリズは笑い飛ばす。

「まあ、貧乏男爵家みたいな地方貴族は横のつながりもなく、正妻であっても貴族以外を迎えても問題ないのが我が国の情勢なので、そんな事を私が言うのはおこがましいでしょう。ただ…ユーリ様はリーゼロッテ様に心を開いているご様子でしたので押し付けがましいとは思いましたがそのようなご提案を」

「…無理よ。私もユーリも。自分が大っ嫌いな人間だもの。だからどこかでシンパシーを感じているのでしょうね。そしてだからこそ…私達は互いに滅ぶ未来しか考えられない。ユーリの先を考えるならエメリの方が良いのでは?どうせ家格なんて関係ないのでしょう?ユーリは爵位を捨てたのだし」

「エメリがユーリ様に思いを寄せているというのは察してます。ユーリ様はよき兄として彼女を妹分として可愛がってました。ですが、ユーリ様の持つ闇はエメリでは支えられないでしょう」

「……」

 オズバルドの指摘は的を射ている。

 エメリは良い子だが、平和な領の平穏を支える使用人でしかない。普通の家庭に入って普通に生きていく事なら出来るだろうが、殺人鬼として育てられた怪物の嫁にはなれないだろう。

「エメリは私にとって娘同然ですから、尚更……ですね」

「そうですか」

「考えて置いてくださいませんでしょうか?」

「…ま、考えるのはただだからね、どこに転ぼうと」

 リズはクスリと笑う。

「まあ、でも…ユーリは変われそうな気はするけど」

「変われそうですか?」

「友達が出来たのよ」

「それは…良い傾向ですね」

 オズバルドは言われてみると友達と言う存在をユーリは作って無かった事に気付く。



 リズは曇天の空の下、ハインリヒ邸にある芝生の上で胡坐をかいて座っているユーリの方へと向かう。

「雨が降りそうよ。中に入ったらどう?」

「雨?王家は天気予知でもできるのか?」

「まさか、過去にそういう先祖がいたと言う話は聞かないわね。空を見たらどう?」

 ユーリはリズに言われて空を仰ぐ。まだ昼だというのに、随分と暗くなっていた。

「ああ、言われてみれば」

「ボケッとしているからよ」

「そうだな。………懐かしいな」

「懐かしい?」

「兄上を殺した日もこんな空だった。向こうは山だから天気の代わりが早くてな。殺し合いが始まった頃は青かったような気がするのだが」

 空を眺め何となくぼやく。

「天気の事なんて気にしてたの?」

「ははは、どうかな。ただ空を仰いでいたからかも知れぬ。最後はずっと雨が降ってた。自分の涙なのか雨なのかよくわからんかった」

 淡々と抑揚もなく話す。

「そうして…ヴィルヘルムになった訳か。噂には聞いてたけどね。まあ、その頃には私も親を殺されて護衛の騎士と2人で逃亡していたから人様を構っていられる余裕も無かったけど」

「随分な人生だな」

「そうよ。ただね、マーレには悪いと思ってるわ。王家に忠誠を誓って私を守っていたけれど、私は何も報え無いのだから。私を生かしてどうなるの、あなたはどうして私を命掛けで守ろうとするの?ずっと思ってたけど聞けなかった。聞けないうちに彼女は死んだわ」

「……何で私にそれを話す?」

「貴方が言い出したのよ?…彼女が死んだ日も、こんな空だったのよ。犯罪者として首をさらされ、雨が降って野ざらしにされても、私は何食わぬ顔でそこから去ったわ。白状な女でしょう」

「命を掛けて守った相手が、自分の首を守る為に敵に見つかって殺されてはあの世で浮かばれまい。お前は精々生きる事だな。生憎とお前は私と違ってしぶとそうだ。………そう、まるでゴキブリのように」

「やり返してやろうと無理に下手な例えを出さなくてもいいけど」

 リズは笑い飛ばす。

「リズ、お前は何故私を助けた?一銭にもならぬし、逃げるには足手まといだった筈だ。父親の仇でもある男だ。いっそ止めでも刺せばよかったものを」

 ユーリはくるりとリズの方に向かって不思議そうに訊ねる。

「確かにそうだけど、………どうかしら、死にたかったのかもしれないわね」

「死にたい?」

「そうね、例えばヴィルヘルム・フォン・ファルケンならば、私を使ってくれると思ったんじゃない?ヘルムートを殺してその娘を確保してレーヴェ家の隠し事を暴きたて、私の首を取れば情勢はとっくに変わっていたはずよ」

「そもそも私は帝国自体が気に食わないし、レーヴェも気に食わない。戦争などなければ民は普通のくっていけるのに、何故戦争が起こす?」

「まー、我らがケーニヒ公国は計画的に物を動かすから順調に発展したけど、他国は無計画だからね」

 他国は無計画と非難するリズの言葉に、ユーリは疑問を持ち眉根に皺を寄せる。

「食料は決められた畑の面積しか無いのだから、国が手に入る食料は上限が決まる。だけど豊かな生活を欲する富裕層は、小麦を作らせず、魔石や鉄、木材、嗜好品となる食材など様々な資源を手に入れようとする。それらを手にしようと人を働かせる為に新しい町を作る。人口も街も増やすけど、食料は増えない。そのバランスが崩れると一気に崩壊する」

「そういえば鉱山などの周りにある土地は、麦が取れない場所もあると聞いたな。どうやって生きているのか不思議ではあったが」

 ユーリは言われてみて納得する。

「他国と貿易して食料を手にするというのもあるんだけど、金は払いたくないし、自分の生活レベルも落としたくない。だから、新しい農地を作るという方向性に向かないし、他国に多額の関税を掛けて貿易もしたくない。だから、他国から奪ってしまおうと考えて戦争に発展させる。つまり戦争を仕掛ける国家の大半は、単純に食いはぐれた盗賊と同じなのよ」

「……呆れてものも言えないな」

 ケーニヒはましな国家なのだろうとユーリは感じる。少なくともこれまで育った田舎の農村で、苦しいながらも植えた事は無い。少なくとも農村の人々は会えばにこやかに挨拶をするし、今年もちゃんと暮らせてよかったと祭りもする。祖父も厳しい男だったが、領民には優しかった。だから皆、領主を尊敬していた。

「帝国くらいだと、中央はその最上級の位置にいて、割を食うのは小国ね。小国になるとまず国民が蜂起して小国の領主を打倒しようとする。そこで帝国政府が介入して反逆者を殺す。結果として飢えた人間は消える」

「!」

「新しく出来た農地に、活躍した貴族の嫡子以外の将軍などに賞与として土地を与えて、人を移動させる。そうやってダメになったら潰してやり直すを繰り返すわけ。ケーニヒは帝国に搾り取られる事で衰退している所よ。だからファルケン領はあまり良くないでしょう?かつては肥沃な土地として栄えていたのに、不作があれば滅びるようなレベルに落ちている筈だけど、これは税金がきついから」

 長々と説明するリズにユーリは同じ調子で肩を竦める。

「ウルリヒ次期公爵と第四皇女の婚約は、ケーニヒにとって救いになるわ。取り潰しを繰り返す土地にしないと約束させるようなものだもの。それを他家はファルケンがこの地の主導権を握る事になるから気に入らないと考えている貴族も多いでしょう。でも、これがつぶれたらケーニヒそのものが緩やかな衰退を迎えさせるでしょうね」

「……その意味を理解している領地は?」

 政治論を語るリズだが、ユーリも思った以上にウルリヒの婚約がファルケン家だけでなく、公国そのものに対して重大だった事に気付く。

「ほとんどないと思う。ヘルムートが生きていればあるいは。あの人は天才だからね。三大公爵家はケーニヒ王族後が頻繁に入っているのは知っているでしょう?ヘルムートはレーヴェ公爵家とケーニヒ王家の両方の才能を継いだ一種の傑物だもの。あの…何でも遊んでしまう性格さえなければ」

「はた迷惑なジジイだったな」

 ユーリもヘルムートを思い出して大きく溜息をつく。ヘルムートは大事を放り投げてヴィルヘルムとの決闘を優先したバカ野郎であると思っていると、それに対するようにリズは話を続ける。

「でも、バカではない。現公爵であるヨハンお兄様には話していると思うわ。ヨハンお兄様は優秀ではないけど他者の話を耳にしてしっかり判断できる人だから。逆にクラウス兄様は自身が優秀だと強い自負を持っているから、他人の声に耳を傾けられず、視野が狭い」

「能があるなら、クラウスでも構わないのでは?」

「1人の武力でどうにかしてしまう軍事の怪物ヴィルヘルムならばともかく、政治は数多の声に耳を傾けなければ反勢力を潰すだけになって国なんて一瞬で潰れるわよ」

「なるほど」

 戦争は勝てばよいが、政治は勝てば良いというものでもない。そこが複雑な所である。

「ファルケン家のライナー卿は文官としてなら一流でしょうね。武官の才が無いけど、ヨハン兄様はそこら辺のバランスに優れているから、まあウルリヒと皇女殿下を立てて、ライナー卿とヨハン兄様でコントロールすればどうにかなるけど……不穏分子が残りすぎる。クラウス兄様は非常に頑なで父上がいたから文句も言えなかった。それが消えたらどうなるか、予測もつかない」

「反乱の兆しありって事か?」

 寒々としてきた空気に身を震えさせる。ユーリもいい加減に部屋に入ろうと、リズに促し、リズもそれに頷いて2人は屋敷の方へと歩き出す。

「あと数年あればヨハン兄様も勢力を掌握できたでしょうけど、ヘルムートがいない以上、クラウス兄様の反乱はいつか必ず起こると思うわ」

 遠回しに、上手く回るだろう部分をお前が潰したのだと言われた様で、ユーリも困ってしまう。無論、その責任は取らねばならないとも思っている。

「……それはオズバルドさんに?」

「ちょこちょこ話してるし、そういう話もしているわ。彼もファルケンの為にはウルリヒとライナーの2名は生命線であることは重々承知している。だから、領地に戻らず彼らの護衛も兼ねて王都に滞在しているのだし」

「勝負は皇女殿下とウルリヒが結婚するまでか。学校を卒業すれば直にそうなるだろうし」

 2人は傷ついた者同士、身を寄せ合うようにハインリヒ邸へと入る。運命が異なれば、もしかしたら女王と騎士として国の繁栄を導いたかもしれない二人だが、共にただの平民となり下がり、優しい貴族に保護されている身の上でもある。


 そして時は流れていき、秋の月も終わりが近付いてくる。

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