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最強剣士の血風伝  作者:
三章
33/61

クーデターの予兆

 リオは1人で家への帰途についていると、貴族街にて兄のヴァルター・フォン・ドラッヘと義父のマルクス・メレンドルフと出会うこととなる。


「やあ、ミハエル。元気かい?」

「兄上。大丈夫なのですか?今は特に忙しいでしょうに、出歩いていても構わないのですか?」

「構わぬよ。ミハエル・フォン・ドラッヘと会う以上に重要な仕事など無いだろう」

「ミハエル…ですか」

「ミハエルが、幼い頃のリオに戻りたがっているのは知っていても、残念ながら時勢はそれを許してくれないのだから」

 リオは幼き日にミハエルの名を継いでいたのだが、当人はその名を放棄したがっていた。名誉というよりは重荷に近いものだし、なによりミハエルは赤い瞳が示すように記憶に無い母親はファルケンの血を引いている。

 周りからの圧力も大きかった。

「ウチの婿養子に入ってリオに戻るという野望は中々果たされないねぇ」

「籍は入れても未だにミハエルですから。リオと呼んでくれるのは妻と私がミハエルと知らない友人だけです」

 義父はリオを労わるように声を掛け、リオもまた溜息をつくように答える。

「友人か?」

「ええ、何と言えばいいでしょうか、弟とそのガールフレンド、と形容するのが良いでしょうか」

「弟?」

「赤い瞳に赤い髪をしたユーリという少年です。年は私より二つほどしたといった所でしょうか?」

 リオの言葉にヴァルターは言葉を失う。

 ユーリというのはリュミエール帝国統合直後にファルケンの人間に殺されたと思われるリオの実の弟である。

 ヴァルターにとっても従弟に当たる少年だ。

「なるほど。どんな奴だ。今度、つれて来い」

「まさか。私が貴族であるという事さえ明かしていないのですから。ちょっと顔見知りになって一緒に遊び場で伝、顔を合わせる程度の友人ですし」

「間諜かも知れぬし気をつけろよ」

「あの抜けっぷりで間諜はないでしょうね」

 リオはユーリの天然振りを思い出し、苦笑と共に肩を竦める。

「さて、まあ、世間話をしに来たわけではないんだ。メレンドルフの屋敷に行こうか」

 ヴァルターに促されてリオは頷き、メレンドルフ邸へと向かう。



 リオは義父の家であり、自分の滞在している屋敷でもあるメレンドルフ邸へと入る。

 リオとの間に生まれた息子マティアスをつれて迎えるのは妻マルガリータであった。

「大きくなったな。ウチの息子より賢そうだ」

 マティアスの顔を覗き込むヴァルターは真面目な顔でぼやく。

「よく言いますね。生まれた当初は親ばか爆発させてたじゃないですか」

「無論、ウチの子の方がかわいいのは当然だが」

「いえいえ、そんな。ウチの子の方が可愛いと思いますよ」

 ヴァルターとリオはそんな事を言い合う。

「どこの親も、自分の子が一番かわいいのは当然ですよ」

 マルガリータは次期ドラッヘ当主と自身の夫を宥めるように仲裁する。



 マルクス、ヴァルター、リオの3人は屋敷の奥にある声の漏れにくい応接室へと入る。貴族ともなると密談もあるので、こういった部屋も持っていたりする。

「それで、どのような用件でしょう?」

 リオは真面目な顔で義父とヴァルターのほうを見る。

「本家の方で大きい動きがあった。政権に対するクーデター案が出された」

 ヴァルターの言葉にリオは激しく顔をゆがめる。

「そんな無茶な。祖父上は何をお考えになっているのか?」

「ファルケン家復権まで時間の問題となっている。それを阻止する為の手段として…どさくさに紛れてウルリヒとライナーを討つと」

 ヴァルターの淡々とした言葉に、リオは絶句する。

「本気…ですか?」

「無論、クーデターを起こすのは我々ではない。我々は企んでいる元オッタル辺境伯の寄り子の貴族家の筆頭でありながら、以前の反乱に参加して無かったヴィーゼル伯爵に情報を流すだけだ」

「こんなクーデターが成功すると本気で思っているなら、ヴィーゼル伯爵はよほどのバカですよ?」

 リオは頭痛を抑えるかのように右手でコメカミを押さえて訊ねる。

「そのよほどのバカなのだろう。ちなみに…レーヴェ家も一枚かんでいる」

「は?そもそもレーヴェ家は現政権ですよ!?何で現政権が、現政権を覆すんですか?」

 自分で自分の足を引っ張るようなものである。

「単純に言えばお家騒動だろうな。リオは知らぬだろうが、レーヴェ家は長男のクラウスと次男のヨハンの間で家臣が真っ二つに割れている」


 話を辿れば、ヨハン・フォン・レーヴェが現公爵であるのだが、レーヴェ家はヘルムートに指名されたのでヨハンを立てているものの、長男であるクラウスの派閥も同程度の規模があったのであまり面白くないらしい。ヘルムートが生きている間にヨハン態勢を磐石にする予定が、ヘルムートの死によってお家騒動が再燃してしまったという事だ。


 クラウスとヨハンの確執についてをヴァルターは事細かに説明する。

「母親の家柄、能力に関してはクラウスの方が上。だが指名したのはヨハンであった…か。確かにヘルムートは余計な事をしたな」

「無論、派閥の大きさはヨハンの方が上だったらしい。人を惹きつける能力があるのか、元々ヨハンの方が勢力は大きく、それをヘルムートが買っていたのだろう」

「今の政権で、最も揺らぎつつあるのがレーヴェ家だ。レーヴェ家同士の争いとなれば、公爵のお家騒動でおさまる。クーデターを起こしてクラウスが現政権を手にし、ヴィーゼル伯爵を引き上げて大きく空いたオッタル領を任せて辺境伯に任じる。オッタル領を押さえ込んだのは確かにレーヴェ家だった」

「そのどさくさに紛れてライナーとウルリヒを殺す。まだ婚約者という状況だから、帝国の圧力は低いはずだろうと」

「そうなのでしょうか?ウルリヒと皇女殿下は学内の恋愛にて婚約まで話を進めたのでしょう?皇女殿下の怒りを買えば、我が国は……」

「我々が極秘裏に彼らを持ち上げる分には何も問題はないという事だ。もしも咎められても、現政権のレーヴェ家の公爵閣下の弟殿に逆らえなかったと言えばいい」

「ドラッヘは結果がどうなろうと丸儲けですか」

 呆れた話である。

「ウルリヒ暗殺は誰が?下手をすると帝国を敵に回す嫌な仕事だ」

「…ファルケン系貴族アンファング男爵」

「!」

 リオは想定外にも、さらなる内側からの反乱に驚きを隠せなかった。

「アンファング男爵は南西部の王国軍を代々仕切っている将軍の家で、ファルケン家の分家から出来ています。ですが、戦争では南西部ではなく中央の防備に呼び出された挙句、南西部の被害の責任を押し付けられ賠償金を払わされている状況にある。もはや本家であろうと許せない、というのが本音だろう」

「あの戦争において仕方なかろう。何故、中央のレーヴェ家はそこら辺を渋ったのでしょう?」

「あれは一方的な防衛戦争で、儲けがほとんど無いのだから仕方ない。レーヴェ家はオッタル領やプフェールト領から莫大な金額を要求しても彼らに払える金はほとんどなかったのだ」

 ヴァルターは溜息をつく。

「……聞きたくは無いのですが、私は何をしろと?」

「そうだな。私も言いたくは無かったが。後方撹乱に参加し、クーデターを成功するように極秘裏に重要人物を抹殺せよとの事だ。公にされている立場としての宮廷魔導士ミハエル・フォン・ドラッヘとしてではなく、かつてドラッヘ領において最強を誇った槍の使い手として出張り、素顔を隠せとのご命令だ」

「暗殺者ですか」

 王杖メルクリウスを手にした時のミハエル・フォン・ドラッヘはただの魔導士である。しかし、元々ドラッヘ家でメルクリウスを頂く前は、リオ・フォン・ドラッヘとして最強の槍術使いであった。槍を持ったときのミハエルを見た人間は少ない。ドラッヘ家においてもモンスターの大軍を屠ったなど、絶大な武勇は聞くが、どのような内容だったかは余り知られていないのだ。

「ですが直という訳でもないでしょう?」

「月末…を考えている」

「随分と先ですね」

 この世界は360日で1年、春の月、夏の月、秋の月、冬の月の4つの月で区切られている。1日が新月、46日が満月といった所で、現在は満月にさえなってない月中頃である。つまり、まだまだ半月以上も先の話である。

「月末の東部視察を狙うようで、その助けを我々が行なう。矢面に立たせる訳には行かないから、ミハエル・フォン・ドラッヘの影武者は立てる」

「……そうですか」

「私はマリガリータと、幼い頃より見てきた君が幸せであれば、私の身などくれてやる。無論、私も元トライデントの一員として参加する」

「無茶はしないでくださいよ。お義父さん」

 リオは心配するように義父を見る。


 クーデター計画は着々と進んで行く。

 リオはこの国がどこへ進むのか、不安に思いつつも、自身はただの武力であって何も出来ないことを理解している為に、ただそれが良い方向へ進むと願いながら戦うしかなかった。




 秋の月も半ば、いつものようにリオはユーリとリズの2人と共に新しい定食屋を見つけてそこで食事をしていた。リオの手元には真っ赤な花束が置いてあった。

「何、その毒々しい色の花は」

 ユーリはジトとリオの持つ花を見る。

「ん?嫁へのプレゼント、みたいな?」

「何故に疑問系?」

「4つか5つかな、毎年この季節はこの花をプレゼントしているのが恒例なんだ。お互いに好きな花だからね」

「赤い葉っぱに見えなくもないが?」

 ユーリはその大輪の赤い花を見て目を細める。

「プルチェリーマ、東部地方の冬の月に咲く花で、花言葉は清純。そう、まるで私のように…」

「「は?」」

 説明を始めるリズだが、2人の男はこの女は何を言っているのだと言わんばかりに冷たい視線を送る。

「え?嘘じゃないわよ?」

「お前が清純と言うところがあからさまにおかしいと言いたかったんだ。決して花の名前は疑ってはいない」

「失礼な。未だ男性経験の無いピッチピッチの身なのに」

「男性経験が無いのにビッチビッチだって?」

 ゴッ

 リズの拳がユーリの腹に突き刺さる。

「おお、幻の右が炸裂」

 素晴らしい抉られる音がして、リオは感心したように小さく拍手していた。ユーリは腹を抱えて悶絶していた。

「で、その花は嫁にプレゼントと。でも、随分と珍しい花ね」

「私が住んでた領の人間にしては目が真赤だったからね。幼い頃、周りの子供に虐められたものさ。そんな折、嫁がプルチェリーマの花のように綺麗な目だねと誉めてくれてね。彼女はこの花が大好きなんだと説明してくれたんだ。まあ、馴れ初めの話なんだけどね」

「「ごちそうさまです」」

 ユーリとリズはまだ食べてないのに食後みたいな事を言う。そんな2人にのろけてごめんねとリオは苦笑する。

「なるほど。そうか、………俺は9歳までボッチだったからよく分からないが、幼馴染がいたのか」

「どことなく虐められるより寂しい男が私の隣にいるんだけど」

「似たような目の色をしているのだから、似たようなエピソードがあっても良いのに」

「ユーリにも赤い瞳のエピソードって何かあるの?」

 リズはユーリを見て訊ねる。

「そうだねぇ。10歳の日かな、農民に『血みたいな真っ赤な色だべ。きっと良い殺し屋になれるべ』と誉められた記憶が」

「誉められてないよ、それ!」

「嫌な話を聞いたよ。同じ色をしているだけに」

 ユーリのぼやきにリズはすぐさま突っ込み、リオは引き攣って呻く。

「で、今は何の仕事に着いたんだい?まさか殺し屋になったわけではないでしょう?」

「仕事?」

 リオの突然の質問にユーリは目を丸くする。

「そういえば、2人って何の仕事してるのかなって」

 リオはそこでふと気づいた疑問を二人に尋ねてみる。よく一緒に遊んでる割には二人とも何の仕事をしているのか全く聞いてなかった。

「そうだね。情報屋、的な?」

「何故に疑問系?」

 ユーリは疑問系ながら滑らかに答えるので、リオは先にユーリが言った言葉をそのまま返す。

 そうなの?という驚愕の表情をするリズがいた。リオは(この2人、全然互いの事を知らないのか?)と言う更なる疑問を持つ。

「単純に言えば、私は町をぶらっと歩いて、とある貴族様に街の情報を渡して、小遣いを貰う程度の雑用かな?」

「まあ、そういえなくもないわね」

 リズは複雑そうな顔で理解を示す。

「ふうん。貴族…って仕えている先は………言えないよね」

 言えなくても予想はつく。紅玉を思わせる赤い瞳はファルケン家の血筋が入っている証だ。ファルケンの血が入っている平民ならば、ファルケン系貴族に仕えているのは予測がつく。

「情報屋かぁ」

 リオは苦笑気味にぼやく。隠密や草と呼ばれるような存在がある。まさかこのボケボケの友人がそれとは思えない。

「まあ、定食屋の情報とか、くだらない情報もあれば、よく行く遊び場だって、貴族の子弟が何人くらい来てるのかとか、遊びながら報告してる感じだし。他にもスラムの人員がどこら辺にいるかとか、とにかくこのシュバルツバルト全域を調査している感じかな。ついでに隠れている悪人なんかを捕らえたりとか」

「それってある意味で情報屋にさえなってないんじゃ…」

「まあ、……賭博で生計を立てていたどこぞの女狐よりはよほど真面目な仕事だと思うけど」

「くっ………確かにしょぼい収入の低いどこぞの怪しげな労働者のほうが、賭博で生計を立てて大金を持っている私よりも遥かに真っ当だ」

「でも経済格差は随分なんだね」

「!」

 ユーリはガックリ肩を落とし、恨めしげにリズを睨んでいた。

「ま、まあ、ウチのお館様はとても懐の深い方だから」

「でも、ユーリは貴族にお小遣いもらって遊び歩いている、無役の家事手伝いと大差ないのよね」

「それを言うな!」

 結局、ユーリはリズに弄られているだけのお仕事なのだろうとリオは結論付ける。

「君達は本当に仲が良いよね」

「どこを見たらそういう言葉が出るのか分からない」

「さてと、私はこれから義父や妻に会う予定なんだ。忙しいからまた今度」

 リオは花束を手にして立とうとする。

「義父?ああ、奥さんの父親」

 ユーリは首をかしげ、そしてその存在に思い当たったように頷く。

「まあ、私は早くから両親を失っていて、ずっと義父母に育てられてきたんだ。だから実の父親みたいなものだね」

「ああ、そういう人なら私にとっても、ウチのお館様がそれだな」

 ユーリは思い出すようにリオに話す。

「そうなのかい?」

「9歳に家族が亡くなってしまって、それからずっとお館様に面倒を見てもらっていた。私は幼い頃から父がいなかったから、父親同然のように思っていた」

「つまり、貴族のお館様に胡坐を掻いて、無職をしているのかい?いかんな、今度職でも紹介しようか?」

「凄い、誤解を受けた!?」

 リオは悲しそうな瞳で、ユーリの肩を強く掴む。ユーリも自分の言っている事を察して激しく引き攣る。

 リズだけはゲラゲラと大笑いしていた。

「はあ、ユーリの将来が心配だよ。いつまでもお兄ちゃんが見ていられるわけじゃないんだから、ちゃんと自立するんだよ」

「誰がお兄ちゃんだ、誰が」

 リオは冗談めかしてユーリに言い、ユーリも肩を竦めてそれに軽く返す。

「そんなんだから、悪い女に食い逃げ犯を押し付けられちゃうのよ」

「押し付けたの、お前じゃないか!」

 だが、流石のユーリもリズの言葉には激しく反応する事になる。




 こんな平穏は長くは続かない。クーデターが始まれば王都は本格的に戦に巻き込まれる。ファルケンの貴族に仕えているのであれば、ユーリも今のように生きて行く事は厳しいだろとリオは感じていた。情報屋をするにはユーリはあまりにも素直すぎる。

 自分の亡き弟に面影を見る少年が、クーデターによって職を失いこの街から姿を消すのは時間の問題のようにも感じており、リオはそれを教えてあげることさえ出来ない我が身を嘆いていた。


 季節は晩秋へと差し掛かります。

 この地方は、日本の暦でいうと11月ごろでしょうか?高地なので寒くなるのも早いです。話は少ししか進んでませんが、季節は随分と進んでます。

 本作に出てきたプルチェリーマの花は、こちらの世界では何という花かと言いますと、ポインセチアとなります。なぜ、ポインセチアとそのまま使わなかったかというと、この花の名前は初代メキシコ行使ポインセット氏の名前から付いた為です。この世界にポインセット氏はいませんので。プリチェリーマは本作と現実(ラテン語で花の正式名称)ともに美しいという意味を持ちます。

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