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最強剣士の血風伝  作者:
三章
30/61

ディオニスの昔語り

 ディオニスはヴィルヘルムの治療を終えて部屋を出る。

 するとそこにリズが待ち構えていた。

「お疲れ様。大丈夫なの、あのバカは」

 リズは心配したような表情で訊ねてくるので、口は悪いが気を使っているのだろうとディオニスは感じて少し笑顔を作る。

「あまり大丈夫じゃないですよ。僕もあんな大怪我した人は初めて見ましたから。峠は越えたし、死ぬことはないとは思いますが……もう戦う事は2度と出来ないと思います。そのくらいの怪我です」

「……そう」

「でも、まさか、ケーニヒ王族の生き残りとはちょっと驚きました」

 ディオニスはヴィルヘルムの怪我が深刻なのを誤魔化したいので、話をそらそうとする。

「ケーニヒ王族は一応、公爵家も血を継いでいるんだから、公爵家もケーニヒ王族の生き残りではあるのだけれどね」

 リズは肩を竦める。当時の戦争はケーニヒ王族を皆殺しにするための作戦だったとさえ言われていたことだ。近隣国だったアルツ王国民ならば尚更、その噂を耳にはしていただろう。

「私は君が生きていたことのほうが驚きなのだけれど。ディオニッソス殿下」

「僕はディオニス君ですよ?」

「皆、君の事を、薄っすら気づいているみたいだけど、随分スルーしていたみたいじゃない。大丈夫なの?」

 リズはディオニスを心配そうにするが、ディオニスは苦笑を見せる。

「この屋敷の人たちは優しすぎるんで、僕の所為で迷惑を掛けないかの方が不安になりますね。ハインリヒ男爵閣下はヴィルヘルム公の忠臣として、メリットとか関係なくヴィルヘルム様に従ってる人だし。分かっていても、当人が口にしない以上、知らない振りをしてくれる優しい人ですよ。リズ様も僕も外交カードとしてファルケン家に売る事はないとおもいます」

「確かにね。というか、私を救おうなんて何考えてるんだか…。あのバカもバカよね。切れ者なのか、それとも本当に何も考えてないのか…」

 リズはヴィルヘルムの寝ている部屋の方に視線を向ける。

「前者ですよ。あの人、意外に切れますから。ただ…欲が無いし、権力や名声とかに興味が無いんですよ。それと…割りきりが良すぎる所もありますね」

「?」

「信頼するし、隠し事も得意じゃない。従者に重要な事も簡単に教えちゃう程度に。この館の人たちはそれ以上にお人よしで優しいから、ヴィルヘルム様を裏切ることはないでしょう。そして裏切らない以上、ヴィルヘルム様はこのハインリヒ男爵閣下の敵を許さないでしょう。だから多分、安心して大丈夫ですよ」

 ディオニスはさらっとリズに安心するように伝える。

「そう…。じゃあ、逆に裏切ったら?」

「裏切ったら死んでるんじゃないですか?ヴィルヘルム・フォン・ファルケンって人は頭より先に敵を斬っちゃう人だから。きっとそれこそがファルケン本家に掛けられた呪いみたいなものなんでしょうね。家族を斬って鬼となす。ケーニヒ地方の故事を忠実に実行させられて、鬼になった人ですから」

 ディオニスの言葉に、リズはこれまで抱いていたいろんな物がしっくり来るのを感じる。そう、ヴィルヘルム本人はバカみたいに普通の少年だ。非常に甘い。だが平気で人を殺せるような一面があり、その姿は理解とは真逆の方向性がある。

「だから、まあ、政治的に利用しようとか、そういう下心のある人達じゃないから安心しても大丈夫だと思います」

 前からここにいるディオニスの言葉であり、リズは苦笑をせざるをえない。

「3年前、アルツ王国で王弟フレンツヒェンがアームズ帝国と内通して反リュミエール帝国を掲げて反旗を翻した際に、リュミエールは王弟一族を皆殺しにしたのは有名でしょう?その中でも、若干5歳で治癒魔法の天才として名を上げ、幼いながらも多くのリュミエールの要人を救った国王の末子ディオニッソス聖王子は、戦火の中で敵味方構わず救い続けた事で、帝国は敵をも救う反逆者として処分されたというのは有名よ」

「そんな話もありましたねぇ」

「特にリュミエール帝国でも有名な剣士ハンス・オーレンドルフ将軍が聖王子を館ごと焼き殺し、戦火の中で万の民を救った少年を殺した罪悪感で、戦争の中で自害したことは歌劇や絵本にもされている」

 リズの指摘は正しい。この地方では3年前に流行った物語である。吟遊詩人が謳い、多くの民が耳にし、聖王子の悲劇に涙したものだ。

「それ、嘘ですし」

 だが、ディオニスはあっさりと否定する。

「私の感動を返せ!」

 リズはどんな裏話があるのかと思っていたら、あっさり嘘宣言されて大きく嘆く。

 3年前、街が戦火に焼け落ちて、死に掛けた民を見捨てられなかった聖王子は死体かどうかも分からないけが人達を魔法で片っ端から救い続けた。だが救った人間達の中に裏切り者がいて、聖王子の居場所を帝国に密告した者がいた。聖王子は大聖堂へ追い詰められたが、オーレンドルフ将軍は聖堂を焼き払ったという。オーレンドルフ将軍は、出てきた死体があまりに幼く、そして多くの民が涙した事で自身の行いを悔いて自殺したという悲劇が存在している。

 結構人気な話なのでリズが知っていてもおかしくはない。

「正しくは、聖王子殿下は、大聖堂の怪我人達も魔法で助け続けていたんですけど、帝国軍に包囲されて炎に焼かれたんです。聖堂にいる怪我人達は反乱とは全く関係ないにも関わらず」

「……」

「通りすがりの山猿みたいな剣士が、聖堂を包囲していた数千の軍団を一瞬で皆殺しにして、燃え落ちる聖堂の中の生きてる人達を救い出したのです。で、救われた吟遊詩人の一人は歌を作って、聖王子は死んだものとしたのです。何せ聖堂を襲撃した兵士達は皆一様に死んでしまっているので、誰も状況が分からなかったのですから。そもそも帝国最強の将軍が、通りすがりの見知らぬ子供にあっさり斬り殺されたなんて話よりも、聖王子を殺した事で心を痛めて自害した方が、よほどつじつまがあうでしょう?」

「あ、呆れた真実ね」

「僕もまさか、いずればれる嘘だと思っていたら、嘘が事実の様になってしまったのですから、じゃあ、第二の人生でも歩くかなぁって感じで」

「軽いよ!軽すぎるよ!」

 リズとしてはもう少し悲壮な話を期待していた。特にそれがうれしいわけではないが、歌劇に感動して流した涙程度の話くらいは聞きたかった。

「オズバルドさんが死なないように影で隠れていた筈なのに、どさくさ紛れに人助けをすべく、帝国兵数千を皆殺しにしてしまうヴィルヘルム様は一番おかしいですけどね。あの人に計算とか下心とか期待するほうがバカですよ」

 そこでリズは気づく。ディオニスはリズが狙われている事、政治的に利用されているから逃亡しようと考えている事などを見透かして、自分の過去を話す事で、ここの家には敵がいないんだよという事を教えようとしていたのだ。

 当人からすれば悲しい傷痕を自ら見せるような話だ。

 目の前にいるディオニス少年が本当にディオニッソス聖王子と呼ばれていた少年なんだと、リズはここで理解する。そしてその聖王子が付き従うヴィルヘルムという名の自分と同じくらいの年齢の青年が信用できる人間なのだと理解する。

「ま、ウチの主人はバカなので、僕らがしっかりしてないと僕ら以上に主人が死にそうですけど」

「そりゃ大変ね」

「ただ……ヘルムート様というのは凄まじいんですね。噂には聞いてましたけど。かの帝国屈指の剣士オーレンドルフ将軍とその軍勢を鼻歌交じりに斬り殺しつくした化物と互角に戦うなんて」

 ヘルムートは、ファルケンと殺し合いたいからケーニヒに反旗を翻したとも口にした。全てでないにせよ、半分くらいは本気だろう。そしてファルケンの象徴とも言うべきヴィルヘルムの名を継いだ少年は、それだけの力を持っていたというのを感じ取る。

「君はこのままあのバカの付き人を続けるって訳?」

「んー、僕が成人するまでは。まあ、それまで生きてたらの話ですけど」

「シビアな…」

「でも、もう無茶できないんだし静かにしていて欲しいですね」

「そんなにまずいの?」

「…」

 ディオニスは何も言わずにその場を去る。これ以上は言わせないで欲しいという苦々しい表情をして。何せ、無茶を承知で戦場に立つような男だ。きっと普通なら戦えないような体でも、無理やり戦ってしまう事は容易に想像がつく。

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