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最強剣士の血風伝  作者:
三章
29/61

起床

 ヴィルヘルムが目を覚ますと、そこはよく知った天井だった。

 シュバルツバルトにあるハインリッヒ男爵邸で目覚めたヴィルヘルムは、体が全く動かない事に気付く。

「ヴィルヘルム様!」

 自分の従者の声を聞き、ヴィルヘルムは視線を動かす。

「ん……何故、生きてるんだ、私は」

「何故じゃないですよ!僕もぶっちゃけ、なんでこの物体は生きてるのだろうかか悩んだくらいに怪我してたけど!」

 ヴィルヘルムは自分の体が動かないのは怪我の所為だと理解し、素直に寝る。

「実は綺麗なお姉さんがこの家に運んでくれたんです」

「キレーナオネーサン?」

 すると部屋に人の気配がやってきて、歩いてヴィルヘルムの所へやってくる。

「や、ユーリ君」

 現れたのは、かつて食い逃げを押し付けた女であった。ヘルムートとの戦闘で彼女は逃げたはずだったと認識していた。

「ぬ、貴様………食い逃げ女」

「失礼ね。貴方が寝ている間に、ちゃんと店にお金を返してきたわよ」

「待て待て。お金を返す先は私だ、私」

「でも、向こうは受け取ってたわよ」

 不思議そうにする女の姿がそこにあった。

「代金分、私は働かされたのだ……がっ…」

 ヴィルヘルムは文句を言おうとするのだが、痛みで体を震わせ涙目で悶絶する。

「あら」

 哀れなヴィルヘルムに、女は同情した様子を見せる。

「ところで、知り合いなのですか?僕、初見でしたけど」

「うぐ」

「いやー、女っ気のないヴィル…じゃなくて、ユーリ様が女の人に連れられてくるだけで大事件なのに」

 アハハハハハと自身の従者の笑う声が聞こえ、ユーリはうんざりする。


「で、ディオニス。私の体はどうなんだ?」

 ため息をつきながら質問する。

「全身の骨がヒビだらけで、内臓もあちこちダメージを受けてるようでした。ダメージ大きすぎて通常の治癒魔法は逆効果です。暫く食事も無理ですね。この国の医療技術なら死んでましたよ。僕が従者で良かったですね」

「世話を掛けるな」

 ヴィルヘルムは目を瞑る。

 ヘルムート・フォン・レーヴェという怪物は手強かった。相討ち覚悟の戦いで初めて勝てた相手だった。自身の未熟さを痛感させられて、こうして生きているだけでも儲けものだった。

「じゃあ、僕、オズバルド様を呼んでくるねー」




 暫くしてオズバルドがやってくる。

「おおよそ、理解はしている積りではあるけど、まさかヘルムートを暗殺なんて…とんでもない事をしましたね」

 オズバルドの第一声にヴィルヘルムは目を丸くする。

「ヘルムート?やはり強いと思ったが、それほどの大物だったか」

「知らないでそこまで満身創痍になるまで戦っていたんですか?」

「……そこの女からお金を回収しようと探していたのに、見つけたと思えば何故かへんな中年に絡まれていて。通り魔だと思って排除しようと思ったのだが、予想以上に強くて。自称ヘルムートを名乗る変人なのかと思っていたが、どうやら本物だったのか」

 ヴィルヘルムは呆れるように溜息をつく。

「……途中で気付いてください」

 オズバルドも呆れる様に溜息をつく。勿論、途中で気づいてはいたのだが。

「ヘルムートが死んだとなると大事件だな」

「今は国葬中で、街中が喪に服しています。ヘルムートは謎の暗殺者に殺されたとの事で、さすがに交戦した…という事実は伏せてます。とはいえ、明らかに斬り殺されてますからファルケンは怪しまれてます。ライナー様にはヴィルヘルム様の状況を教えていますので予測はしてますが」

 オズバルドは厳しそうな表情で説明をする。

「だがな、あれは正当防衛だろう。私は通り魔を倒しただけだぞ?」

「そうもいきますまい。ファルケン家が国政を掌握しているならばともかく、今の状況ではその言い訳は通用しません」

「ふむ、」

「さすがにヘルムートは手強かったですか?」

「んー?そこまでは。最初から死んだつもりで戦っていればこのような怪我はしなかった」

 強かったかどうかといえば強かった。だがヘルムートが強いというより自分が弱いという印象が一番に残した戦いだった。自分の身の可愛さに保身に走った剣術を使い続けたために追い詰められたのであって、最初から保身に走らず戦っていれば簡単に勝てる相手だったと思われる。

「………」

「祖父上や兄上ならば、あの程度の手合いに遅れは取らぬだろう。対モンスター相手なら奴の方が上だが、対人戦闘ならばファルケン家はレーヴェ家に相性が良いというのは確かだった」

「その割には満身創痍ですが」

「死ぬつもりは無かったからな。たかが通り魔だと思っていた。最初からヘルムートと理解していればやり方ももう少しあっただろう。敵を見た目で侮り死に掛けるなど自業自得だ」

 ヴィルヘルムは自身を戒めるように口にするのだが、オズバルドからすれば、何故に筋肉に身を固めた2メートルの巨漢を相手に侮れるのだろうと、本気でヴィルヘルムの神経を疑いたい気分になっていた。

「それよりも……なんでその女がそこに?」

「酷い言いようね。貴方達の戦いの所為で住処を失い、死に掛けていたユーリ君をここまで拾ってきた命の恩人として、オズバルド男爵様がしばらく匿ってくださっているのよ」

 女は自分の胸に手を置いてえらそうに語る。

「なるほど」

 ヴィルヘルムは体を起こす。

「って、まだダメですよ、ヴィ…ユーリ様!」

 慌てて制止するのは再び部屋にやって来たディオニスである。

「ん、大丈夫。治った」

「治ってない、治ってないですよ!」

 ディオニスはピョコピョコ飛びながら、抗議する。

「それと……その格好で立たれてしまうと困ってしまうのだけれど。一応、乙女がいるのだから、その粗末なものを隠しなさい」

 呆れるように女は頭を抱えて溜息と一緒に、ヴィルヘルムの股間のほうを指差す。ヴィルヘルムは起き上がって自分の姿を見る。

 全裸だった。

「ぎゃあああああっ!」

 ちなみに、悲鳴を上げたのは男の方である。



 ヴィルヘルムが起きてからしばらくして食事時となる。

 食事をしている一同、食事を取れないほどに内臓を傷めたヴィルヘルムはディオニスに注射を打たれていた。

 基本的にオズバルドがいない時はヴィルヘルムは使用人たちと一緒に食べる。

 エメリは手によりを掛けたのですよ、とは言っていたがヴィルヘルムは食事が食べられないのでガッカリしていた。

「これが食事代わりなのか?」

「ええ。本来はゆっくり体に流し込みたいんですけど、そういう設備がないですから。ウチの実家にはあったんですけどね、国がなくなっちゃいましたから」

 半ば開き直った様子で語るディオニスに、少しだけ重い雰囲気が流れる。

「ふむ。…はっ、そうだ、ディオニス。お前の実家には丼なるものがあると聞いたのだが」

「丼?」

 不思議そうに首を傾げるディオニス。

 パンを食べている一同の中、女が口にする。

「米よ、米。医療国家アルツの主食は米でしょう?」

「あー、違いますよ」

 ディオニスはふるふると首を横にする。

「はっ、違うとは底が知れたな小娘」

 嘘を吐かれたというより、散々虐められていたので、ヴィルヘルムは揚げ足を取れて嬉しそうにする。

「確かに米はウチの主食でしたけど、アルツ米はサラサラしているので、炒め飯、リゾットやパエリアといった食事が主です。丼にする米はもちもちしてないといけないので、アルツ米ではなく、ソレイユの北部にある田園で取れる米ではないでしょうか」

 ディオニスが意外な博識を披露する。

「これはアルツニシキだったと思ったけど」

「……ああ、それは新しく開発してたお米ですね。ついに公に姿を現したか。確かにあのお米は丼に向いている。アルツニシキを知ってるなんて…一体どこのお姫様なんでしょう?」

「劇的に治癒魔法が効かせられない内臓損傷の際に、食事の代わりの点滴という直接体に栄養を取るなんて手法はアルツ王族の秘法なのに、それを知ってる君は、どこの王子様なのかの方が気になるのだけれど」

 2人はジトと互いに見合う。そもそも互いにそれを知っていること自体がおかしいのだが。

「大変そうだな、君達は」

 ヴィルヘルムは2人の出自を知ってしまっているので、あえて突っ込まずにいた。

 無責任な発言に2人は微妙な顔になる。

「あの、ヴィルヘ……じゃなくて、ユーリ様、その…こちらの方は…」

 オズオズと不安そうにエメリはヴィルヘルムに尋ねる。

「リーゼなんとかっていうケーニヒ王族の生き残りらしい。まー、暫く匿わせてやって。厄介そうなら追い出すから」

「お、王族!?」

 ギョッとする一同。初耳だったようで、エメリもトルーデもギョッとした表情で凍り付いてた。

「あらら、隠してたのにばらさないでよ」

 女はアハハハハと笑って突っ込む。

「別に隠す事でもなかろう」

「まあ、そうだけど。改めましてリーゼロッテ・フォン・レーヴェ、まあ、家を出たから、リーゼロッテ・シュテルンブルク=ケーニヒって言った方が良いのかな?でも、今までどおり、リズって呼んでね」

 リーゼロッテは笑顔でエメリとトルーデにも言う。

「そう呼ばれていたのか?」

「ええ。素性を公にされたこと、無かったもの。でも、お父様も酷いわよね。貴方と戦う口実を作る為に、わざと自分から私の正体を教えてしまうのだもの」

「どういう事だ?」

 ヴィルヘルムは不思議そうに首を傾げる。

「私は貴方の殺したヘルムートと王族の間から生まれた娘よ。きっとその内、寝首をかくから」

 リズは楽しそうに笑う。自身の父親を殺した男に対して笑って話しかけるあたりが、どこか壊れている印象を与える。

「だったら、あの場に放置して置けばよかったものを。きっとレーヴェ家は喜んで俺を断罪して殺しただろうに」

 ヴィルヘルムはリズが自分を殺そうなどと思っていないことを察して軽く流す。

「そうね。例えば…ウニ丼を食べようとしているその時にサクッと」

「お前は鬼か!?人が至福の瞬間に至ろうとするときを見計らうなんて!」

「鬼神ヴィルヘルムに鬼扱いとは光栄ね」

 文句を言い会うヴィルヘルムとリズの2人に、エメリは意外そうな表情をする。

「な、何だかお二人は仲がよろしそうですが…」

 だが2人は不思議そうな表情をする。

「この女の所為で酷い目にあったのだ。私は嫌いだが」

「この男は私の父を殺した仇よ?私も嫌いだけど」

 互いに指し示す。憎しみあっているようには見えない程に息のあった様子だった。

「お館様が知ったら、凄く困った顔をするでしょうね」

 トルーデは苦笑を見せる。

「ですが、リズ様のお陰でヴィルヘルム様が助かったのも事実。ヴィルヘルム様は幼き日よりオズバルド様の客人として共に過ごしてきた家族にも等しい方です。感謝してもしきれません」

 トルーデの言葉に、リズは感謝しろよとでも言いたげなドヤ顔でヴィルヘルムを見るのだから、ヴィルヘルムも感謝する気になれなかった。

「まあ、恩も何も、あのような化物と戦う羽目になったのはまさしくリズの所為なのだから、礼を言う必要も無いのだけど」

「あら、ヴィルヘルム様。いえ、ユーリ様。基本的に、敵対するものはとりあえず斬るのが貴方なのですから、戦う相手に対して、戦う理由は関係ないじゃないですか」

「うぐ」

 ヴィルヘルムは言葉を失う。彼は幼き日より周りにヴィルヘルムとして敬われてきた。当人が臆病な少年だったから、図に乗ったりする事も無かったが、厳しい事を言う相手がほとんどいなかった。但し、オズバルド・ハインリヒとこのトルーデはまさに父と母の役割を担っていたといっても過言ではなく、たまにこうして痛い腹を思いっきり探ってくる。

「しかも、公爵になるつもりもなくなった以上、立てる必要もないですし」

「悪かったね、ハインリヒ領に貢献できなくて。オズバルドさんにも申し訳なく思ってるよ。でもウルリヒの立場を考えれば必要な処置だと思っている。決して、公爵なんて面倒くさい、口実があればさっさと誰かに押し付けたいと思っていたわけじゃないからね」

 ヴィルヘルムは晴れ晴れとした表情で語る。

「そう思っていた人が丁度良く口実が出来たから押し付けたようにしか聞こえないから怖いですね」

 アハハハハハハとヴィルヘルムとトルーデは笑いあう。

「何だか、ユーリ君は、トルーデさんに頭が上がらない雰囲気なのだけれど」

「剣だけ振るう山猿として育った私が、貴族らしく振舞うようにしつけたのはトルーデだからね。祖父上様は武力で他家を下に敷いていたから、自分の振る舞いを気にした事がない剣神の権化だし」

 ヴィルヘルムは懐かしそうに口にする。

 リズは、それって自分の祖父が山猿だったと言いきっているのでは、という思いに駆られるがあえて口にはせずに微妙そうな顔をしていた。。

「あの、所でユーリ様はユーリ様と呼んだほうが良いんですよね?」

 とはエメリの言葉で、さっきから呼び名が錯綜していた。それにはヴィルヘルムも苦笑を見せる。

「うん。ヴィルヘルムの名は厄介だろう、色々と。ユーリと呼んで欲しい」

「面倒くさいなぁ」

 とぼやくのはディオニスである。ディオニスは出会った頃からヴィルヘルムだったので、ユーリと呼ぶ癖が全くないのである。無論、この場にいる全員がそのはずだが。

「そういう事を言うならば、ディオニスの事を今後は、ディオニソス・フレンツヒェン・フォン・ベルツ=シュタインブルク殿下とお呼びする事になるが」

「ゴホゴホッ……あはははは、ユーリ様はご冗談が酷い」

 ディオニスは咳込み慌てる。

 ディオニスも使用人たちはちょっとした厄介な立場にある人間であることは承知して、ヴィルヘルムが拾ってきた使用人として受け入れている。

 当然、今の言葉は聞かなかった事にしていた。

 こっそりアルツ王国の内乱に参加したヴィルヘルムが、そこから連れ帰った従者がディオニスである。孤児だという話なのだが、幼い割には英才教育を施されたとしか思えないような頭脳を持っていた。治癒魔法と医療技術に優れ、王侯貴族としての振る舞いが出来るのである。そして内乱で死んだとされる王族の中でも幼いながらも医療を極めたとされる聖王子ディオニッソスの名は結構有名だった。

「何でしょう、ユーリ様はなんだかとっても厄介事を拾う性質があるのでしょうか?」

「あら、今回拾ったのは私のほうよ。拾われたつもりはないんだから」

「確かに」

 リズとトルーデは仲良さそうに話し始める。

「何だかこの屋敷におけるヒエラルキーが日増しに下がっている気がする」

 ヴィルヘルムはうんざりとぼやく。

 自身の財布を握るディオニス、頭の上がらないオズバルドとトルーデ。オリバーは学校に通うために家にはおらず、だからと言って年少の少女であるエメリにだけ威張るのはさすがに格好悪い。そしてまた一人、厄介そうな女が現れたが、どうにも天敵の匂いがしており、最初から勝てる気がしなかった。

 評価、感想など、誠にありがとうございます。

 ヘルムートに関しては、予定通りの結末となったのですが、本作は良くも悪くも彼に振り回されたおかげでここまで繋がる事が出来ました。

 過去の後書きでも触れてますが、本作はかなり昔に書いた作品をベースに舞台や設定を大幅に変えておりますので、戦う理由を組み込むことが非常に難しかったのです。戦闘狂のヘルムートがいないと途中で話がかけずに終わっていたのではと思われる程に。


 さて、新展開ですが、これまでヴィルヘルムと名乗っていたのですが、再びユーリという呼び名に戻ります。

 ヴィルヘルム=ユーリという2つの名前がある所為で、読んでる方が非常に困惑しそうで、申し訳ありません。作者も一貫してその時々で使い分けているつもりですが、たまに本文で使い分けが錯綜していて、それを直し切れているか、かなり怪しいです。※あるいは使い分けが下手なのだけという噂もありますが。


 また、第3章に入りましたが、私的な事情により今週末は更新できそうにありませんので数日はお休みになると思います。

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