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最強剣士の血風伝  作者:
二章
27/61

鬼神

 ヴィルヘルムはため息をつく。思い起こせばこの日は散々だった。


 夜も更けつつある中、仕方なく働く羽目になり、そこで散々な嫌がらせをされて、大の男がメソメソしながら街を歩いていた。

 食い逃げ犯人の知り合いと勘違いされて、金が払えないから皿洗いにトイレ掃除とこき使われた。冤罪だと訴えたい。

 あの食い逃げ犯の魔力の感覚は覚えた、次に近付いたら絶対に捕まえて、せめてうに丼の金はむしりとってやると悪役みたいな事を考えていたが、食い逃げの冤罪を店に押し付けられたのだから仕方ない。正統な代価といえるだろう。慰謝料をつけても罰は当たらない筈だ。

 ヴィルヘルムは人のいない貧民街を経由して、首都のハインリヒ邸へと向かう。ここに来てから随分と経ち、愛着のある家でもある。

 そんな時、人気のない建物が次々と爆発し、火が吹き荒れる。

 何かまずい事が起きているのかと思い駆けつけてみたのだが、そこには食い逃げ女がでかい大男に今にも殺されようとしていた。

 とりあえず女から金を返してもらう前に死なれたら困るなぁという程度に声を掛けたら、何故か大男は『ヘルムート・フォン・レーヴェ』を名乗り、襲い掛かってくるのであった。



「はあ、ったく、どんな日だよ、全く」

 襲い掛かってくるヘルムートの攻撃をヴィルヘルムは全て避ける。隙あらば斬る所だが、中々隙が見えない。

 刹那、間合いに入るヘルムートを斬りおとそうとするが、フェイントを掛けられ空振った挙句、懐に入られ、拳を受ける。

「!」

 体に破壊が侵食するような波動を感じて、ヴィルヘルムは大きく背後に跳び退る。

 打撃自体は死ぬようなものでは無かった。触れた程度だったのだが、危険な何かを感じて慌てて下がったのだ。

「なるほど、さすがはファルケンの悪魔共を退けた人間だ。ギリギリだったな」

「…!」

 ヴィルヘルムは激しい心臓の鼓動を聞き、そして大量に吐血した。

 拳自体の衝撃は小さかったはずだ。しかし、その小さい衝撃がまるで心臓を直接殴ったようなダメージとなり、一気に強力なダメージを与えられた。

(一体、何をした!?)

 ヴィルヘルムは正面に立つ大男を見て絶句する。とはいえ、敵にそれを問うのは野暮というもの。


 レーヴェ家の奥義に震拳というものがある。触れた物を破壊させる技術で、懐に入った奴らを切り殺せ無かった場合、死ぬのは我々となる。


 ヴィルヘルムは、幼き日に祖父から教わった言葉が脳裏に過ぎる。

 一気に体から力が奪われる。まるで心臓を握りつぶされたかのようなダメージを感じていた。早鐘のように打つ心臓の音を聞き、自分の危機を察する。そして目の前の男、でかいだけではなく素早くて、そして強い。

 過去に相対した誰よりも圧倒的だった。

「貴様…ただの通り魔じゃないな」

 ヴィルヘルムの言葉にヘルムートは憮然とする。

「言っただろう、ヘルムート・フォン・レーヴェだと。だが……まあ、貴様は丁度よく自分の立ち位置に立てたのだ。行幸といえるだろう」

「あ?」

「そこの娘、名をリーゼロッテ・シュテルンブルク=ケーニヒという。ケーニヒ王族唯一の生き残りにして、我らレーヴェ家が帝国に隠していた存在だ。その娘を売れば、レーヴェを落とし、この国の覇権に一歩近付く。それだけの価値があるという事だ」

「なんだか聞きたくない事を聴いたような。つまり、ヘルムート・フォン・レーヴェはそこの食い逃げ女を殺す為に態々こんな貧民街まで足を運んだという事?そして…それを私に聞かせるという事は……つまり私を殺しますって事か。はあ、私は争い事を好まないのだが。食物となる命ならばともかく、無為に命を摘むのは趣味じゃない。元公爵ならば元公爵らしくしたらどうだ」

「南部でアームズ帝国4万の兵士を皆殺しにした男のセリフとは思えぬが?」

「ぬ?仕方ないだろう。私も殺したくはないが、奴ら、人の領地の降伏した住民さえも皆殺しにしてくれているのだ。向かってくる相手を皆殺しにするのは仕方ないだろう。1兵たりとも入れるわけには行かんのだから。領民を遇してくれるなら、別に領地を奪われても構わんのだがな。私は別段、ファルケン領の支配とか統治に興味もない」

 ヴィルヘルムは長々と言い訳する。意味のない殺しなどしたくないのだと訴えているのだが、説得力は低かった。

「まあ、…それでもよかろう。どちらにせよ、俺は今、貴様を殺すと断じたのだからな!」

 ヘルムートは屈み、舗装された道路に拳を付く。すると、道路は自壊していき、ヴィルヘルムの足元さえも破壊して崩していく。

「!」

 ヴィルヘルムは慌てて大きく跳び退る。

 だがその隙を狙ってヘルムートは攻撃に転じる。宙に浮いている状況ではヴィルヘルムも力を発揮する事が出来ない。ヴィルヘルムは魔力を足に集中させて空気を蹴り飛ばして逃げようとするのだが、ヘルムートはその先を読んだように壊れていない路面を蹴り、逃げる先へ一直線に襲い掛かってくる。

「くっ」

 ヴィルヘルムは刃を振るがその速度は通常の速度よりも遅く、ヘルムートはそれを見切ってさらに懐へと飛び込んでくる。再び宙を蹴って逃げようとするが、それよりもヘルムートは遥かに速い。

 ヴィルヘルムは魔力障壁を張るが、ヘルムートの拳はそれを簡単に砕いてヴィルヘルムの腹を殴る。

「ガハッ」

 そしてとどめとばかりに破壊の拳がヴィルヘルムの頭を襲う。だがヴィルヘルムは攻撃されようとも、振った刃を逆袈裟斬りから、刃を翻して袈裟斬りを放つ。

「つっ」

 ヘルムートは即座に距離を取る。

 ヴィルヘルムはそのままヘルムートに背を向けて脱兎の如く走り、この場から少し距離を取っていたリーゼロッテを脇に抱えて一気に逃亡する。



 距離を十分に取ると、リーゼロッテを降ろして、腰を下ろす。

「ぜえぜえ……ハッタリじゃなかったのか…」

 この期に及んでヴィルヘルムはヘルムートが偽者だと思っていた。

「貴方は何を考えてるの。ヘルムートを相手に戦うなんて…」

「は?喧嘩を売られたから買っただけだ。それとお前を置いて逃げたらお前が殺されるだろう。それは困るんだよ」

「……ファルケン家の使命…?それとも帝国に売り渡すとでも?」

「はあ?何だお前は。まさか…本気でウニ丼を踏み倒すつもりか!?」

「え、えー」

 真面目に怒っているヴィルヘルムに対して、リーゼロッテは呆れてしまう。

「後で請求するにしても請求する相手が死んだら困るだろうが!とにかくここであのオッサンと戦うから向こうにさっさと逃げろ。で、終わったら絶対に払ってもらうからな!」

 ヴィルヘルムは目を吊り上げて怒鳴りつける。

「わ、分かったわ…」

 リーゼロッテは頷いて、ヘルムートの追ってくるほうとは逆方向へ逃げる。

「ったく…これは随分と高くついたものだ」

 ヴィルヘルムはゴホゴホッと血を吐き、歩いて迫るヘルムートに視線を向ける。

「ほう、逃げないのか?」

「まーね」

「確か今代のヴィルヘルムはハインリヒ男爵の下で過ごしていたのだろう?最悪、そいつらを人質にいぶり出すかとも考えたが」

「はあ?お前は阿呆なのか?」

「?」

「確かにオズバルドさんやあの家には感謝しているし、家族だとも思っているが、人質になるとでも本気で思っていたとしたら…ヘルムート・フォン・レーヴェも底が知れたな」

「ほう、中々面白い事を言う」

「家族を斬り殺している俺に、人質とか利くわけないだろう。そしてだ、そも、王国に反旗を翻し帝国に尻尾を振っている弱者が、俺に勝てるとでも思っているとは笑止千万。俺はあの食い逃げ王女からうに丼の料金を立て替えさせねばならないから暇じゃないんだ」

「何、ならば……貴様の墓前にウニ丼の料金くらい俺が立て替えておいてやろう」

「それなら…安心してやり合えそうだな!」

 ヴィルヘルムは刃を一閃させる。

 ヘルムートはそれを避ける。ヘルムートの背後にあったビルが真っ二つに切れて崩れ落ちていく。

 ヘルムートは逆に、一気にヴィルヘルムの懐へ飛び込もうとするが、ヴィルヘルムは距離を取って接近を拒む。

 崩れゆくビルの裏手に回るヴィルヘルムだが、、崩れるビルを正面から破壊して一気にヴィルヘルムへと襲い掛かってくる。

 2人の怪物の前に巨大建造物等些細な障害にしかならない。だがこの些細な障害物が互いの隙を窺うのに必要なものとなっている。

 ヴィルヘルムは懐に入った物を全て切るが、きり損じたくない。その為、障害物ごと切り落とせるが、威力が弱まりヘルムートを切りそこなう恐れがある。

 対するヘルムートは一瞬の隙を付いてヴィルヘルムの懐へもぐりこんで致命傷を与えたいが、隙を突かねばあっさり殺される。

 今度はヘルムートがビルを叩いて自壊させ、崩れ落ちるビルによってヴィルヘルムへの攻撃とするが、ヴィルヘルムはそのビルの背後から隙を狙って襲ってくるヘルムートをしっかりと捕え、刃を一閃。

 崩れ落ちるビルごとヘルムートを切り落とそうとする。

 互いに譲らない破壊の権化同士の戦闘である。

 一瞬にして当たりの建造物は崩れて平らになっていったのだった。


 その中、ヘルムートは大地を破壊するようにけりつける。その衝撃は一気に路面を伝わり、ヴィルヘルムの足元が自壊して、ヴィルヘルムを巻き込むように土砂となって崩れていく。

「!」

 ちょうど足元が下水道を通っていたためである。舗装道路が崩壊して行き、ヴィルヘルムのバランスを崩させる。

 何もない場所であればおよそ負ける気はしないが、地形を利用した巧みな知略の数々に、ヴィルヘルムは翻弄され、ついには捉えられてしまう。

 ヴィルヘルムの懐に飛び込むヘルムートは、ヴィルヘルムの左手を掴む。

「捕えた!」

「!」

 ヘルムートはヴィルヘルムの左手を引っ張って、右の拳で止めを刺しに来る。

 殴られれば確実に破壊される。


 ヴィルヘルムは、ヘルムートが自身の左手を引っ張るより早く、自身の左腕を切り落とす。


 本来、ヘルムートを切り落としたかったが、宙に浮いて攻撃力が下がっていた事、ヘルムートの防御が固かった事、自分の手のほうが手前にあったことが理由である。

 自分の腕を平然と切り落として離脱するヴィルヘルムに、ヘルムートは驚き、そしてその一瞬の間が離脱を許してしまった。


(ああ、そうだ、俺はゲルハルト・フォン・ファルケンを越える怪物と戦っていたんだ…)


 ヘルムートは目の前の青年が自分の恐れた怪物をも凌駕した化物であった事実を改めて思い出す。未成年の、それこそ甘いミハエル・フォン・ドラッヘによく似た雰囲気を持ったただのガキである。だが中身は間違い無くファルケンの末裔なのだ。ゲルハルトを越えた鬼神なのだ。


(そもそも、何度勝利を確信した?何度逃げられた?この男は殺し合いを俺以上に理解している。当然だ……かつて俺がガキの頃、俺を軽くねじ伏せたあの剣神ゲルハルトを、齢9つで斬り殺した怪物だ。一歩間違えれば俺は死地にいる事をまだ理解して無かったと言うのか?)


 ヘルムートは目の前にいる少年が、かつて相対した剣神を超える化物なのだと改めて認識する。


 対するヴィルヘルムは腕を失い、痛い思いをしていた。

 ダメージの事ではない。片腕で勝てる相手ではないと察しているからだ。ヴィルヘルムは2つの切り札を持っている。幼き日に身につけた奥の手であり、それでドラゴンや祖父を斬り殺した。

 ファルケン家最大の破壊力を持つ魔煌剣・大鷹とファルケン家最高最速の切れ味を持つ奥義とされていた魔煌剣・隼。この2つだけならばヴィルヘルムは片手でも出せる。だがそれを越えるヴィルヘルムが編み出した魔煌剣・金烏と魔煌剣・鳳凰の2つはそうはいかない。居合として刃を放つ際に、左手は剣を発射させるための発射台なのだ。魔力が十全に流せる媒介で、魔力によって位置を固定できて、且つ手の様に自在に動かせるものが必要だった。手の変わりになる何か支えのようなものが無ければならない。


(いや、隼があれば十分だ)


 ヴィルヘルムを継ぐ際に祖父との勝負を強いられた。一撃必殺の隼を食らう前に斬り殺してみろ、それが祖父の出した課題で、殺し合いの場で祖父よりも早く強い意志で斬り殺さねばならない覚悟と、一見で隼を習得するセンスを問われていた。

 その問いに対して、ヴィルヘルムは恐らくは異なる回答を示した。

 本来の回答は同時かそれより早く隼をより速い隼で斬り殺す事だ。

 ヴィルヘルムの回答は自分が死ぬギリギリまで覚悟が決まらず、しかし、首元に届く前に始動して隼を遥かに超えた速度で斬り殺したという、模範解答とはかけ離れたものだ。

(祖父上、今日は模範解答しますよ)

 既に斬り殺す事に慣れてしまったその心は、もはやゲルハルトにも劣らない、鬼神の境地に達している。


 ヴィルヘルムは右手だけで刃を持ち、逃げるのをやめた。

 ヘルムートはヴィルヘルムの雰囲気が変わった事を察して、ヴィルヘルムの左腕を捨てて、両手でいつでもヴィルヘルムをあの世に送る為に構え、そして走り出す。

 ヘルムートは左手でビルを触れると、ビルに亀裂が入って崩れだす。

 ヴィルヘルムの立つ方向へ崩壊するビルが倒れる。

「小賢しい!」

 ヴィルヘルムは右手で一閃、魔煌剣・大鷹によって上段からビルを切り裂いてそのまま構わずヘルムートへ襲い掛かる。切り返しの刃を魔煌剣・隼に切り替えてヘルムートの首を奪いに行く。


 パキーンッ


 金属音が鳴り響く。ヘルムートの左拳によってヴィルヘルムの長刀が砕かれた音だった。

「くたばれ!」

 無防備になったヴィルヘルムの胸を穿つような右拳が直撃する。

 殴り飛ばされたヴィルヘルムはそのまま崩壊してくるビルの下へと倒れ押しつぶされる。


 勝負の世界は厳しく、この最後の瞬間、ヴィルヘルムはあまりにも正直に模範解答を出しすぎた。その回答は初見であれば確実に命を奪っただろう。

 だが、ヘルムートは少年時代に、ゲルハルトと一戦をし、魔煌剣・隼によって酷い怪我を負った経験が有る。

 即ち、初見でない刃はもはや模範解答とは呼べない。

 もしも万全のヴィルヘルムならば、かつてゲルハルトがヘルムートに隼を見せなければ、たれればを言えばきりが無い程に様々な幸運とも呼べる要因があった。


 今、この場で立っていたのはヘルムート・フォン・レーヴェだったという事実だけであった。

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