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最強剣士の血風伝  作者:
二章
25/61

逃亡劇

今回はヒロイン逃亡劇です。

 リーゼロッテ・シュテルンブルク=ケーニヒは定食屋を出ると、走って日頃使っている場所の逆方向を走り、そして群衆に紛れてその姿を消す。

(危なかった。まさかあの男と、また会う羽目になるとは。ファルケン家の人間がその前の戦争では明らかにされてないけど、情報を精査すれば南西部で多大な活躍をした事は明らか。あんな親を殺せるようないかれた奴なんて相手に出来ない。くっ…………去年、マーレが殺されてから、段々、私の行動も制限がつき始めてきた。もう、この国にいるには厳しいのかもしれない)

 リーゼロッテは爪をかみながら悔しそうにする。

 だが、そこでハタと気づく。

(そういえば……勘定を払うのを忘れていたわね…後で払いに行きたいけど、あそこを張られる可能性もある。行きつけだったけど、さすがにあの店にはもういけないわね。お金、どうやって払いにいこう……)


 今現在、その勘定を立て替える為に皿洗いや便所掃除等をしてヴィルヘルムがこき使われているのだが、それはリーゼロッテには知る由も無かった。



 リーゼロッテは逃げた方とは、全く逆側の貧民街へと入る。

 これはヴィルヘルムが逃げた方を探させない為の手段である。

 彼ら公爵家でも特に武に優れた一族は、ある程度相手の魔力を察知できる。逃げた方向を追跡されれば非常に厄介である。察知できない場所や察知しても分からないくらい群集、つまり大通りに紛れて、そこから引き返して逆の方向へと向かったのだった。

 貧民街でもリーゼロッテが住んでいる場所は、隠れ住むにはうってつけの場所である。

 この区画は、建築したものの、不況の荒波や、所有者の事故など、様々な理由で使い道が浮いて放棄されたビジネスビル群予定区画であった。

 周りが貧民街となってしまい治安が悪いものの、水の供給も下水道も完備されている。

 特に、現在住んでいる場所は旧スラムで、数年前にスラムの人間狩りを政府が敢行した実績がある場所なので、ほとんど人がいない。弱い独り身の女が生きていく為、膨大な情報を集めて安全な場所を確保して、あちこちを転々と渡り住んでいた。


 夜もすっかり更けた頃、リーゼロッテは人気の無い寂れた廃棄ビルの3階までの階段をゆっくりと歩く。ここら辺一帯は5~6階建てのビルが多く並んでいるオフィスビルの成れの果てである。所有者が失敗を続けてガランと空いてしまったような場所なので、造りは非常に良いものの誰も存在しない。そんな理由もあって、リーゼロッテはそこを逃亡場所として使っていた。

 一番良い所は、周りに人がいないことと、たくさん似たような建物があるので身を隠すのにうってつけだという事だろう。無論、こういう場所を狙う人間も多いので後から人が来たりすると移動する羽目になるのだが。

 そんなたくさんあるビルの1つにある、小さな旧応接室と思われる部屋に布団を置いて雨露を避けて、ひっそりと暮らしていたのだ。


 だが、この日は入口の引き戸のドアの前に置いてあった小石の位置がずれている事に気付く。誰かがあけたのか、リーゼロッテはそういう疑念を持つ。

 危険と察すればそのまま去るしかない。リーゼロッテは疑念を感じるが、足音を立てないようにして、足早にそこから離れようとする。

 だが、引き返した所で、自分が上がってきた階段から1人の男がゆっくりと歩いてやってくる。

 よく知っている男だった。

「……な、何でここに…」

「我が手下は無能ばかりでな。先日、ヨハンがお前に良く似た女を見たと言っていたので、この街にいると判断した。どこに隠れるか予測しただけだ」

 淡々と話す男、2メートル近い巨躯をした筋肉隆々の男で、リーゼロッテにとっては実の父であり、自身の命を狙う最悪の存在でもある。

 ヘルムート・フォン・レーヴェ、公爵を退いて尚も国内最高権力者がそこにいた。

「……お兄様とお会いした段階で逃げておくべきでしたね」

「そういう意味では、ヨハンにお前が王女だった事を教えていなくて正解だったな。下手するとお前を匿ってしまう可能性もある。甘い奴だ」

 ヘルムートは溜息をつく。

「それを先に仰ってくださっていたのであれば、お兄様を頼らせていただいたのに残念です」

「余計な人間に、王女を生かしていたなどと知られてはまずいのだ」

 面倒くさそうな顔でぼやくヘルムートの姿は、幼い頃よりリーゼロッテが見てきた父そのものである。

「それに、あいつに会って直に逃げたら街の出入りに顔を見られる。お前はそこで追いつかれてしまうから、簡単には逃げたりしないだろう。戦闘力の無いお前では、貴族の街道の移動の後に帯同させてもらうか、あるいは軌道列車でしか逃げられぬ。それは足のつくマネだ。実際、軌道列車で移動記録があったからな。カモフラージュしたと直に察した。我が部下どもは阿呆だからそのままドラッヘ領まで慌てて探しにいっていたが」

「さすがですね」

 リーゼロッテは目の前にいる肉親の機転のよさにほとほと呆れる。血を分けた父親に命を狙われているという事実には若干の理不尽も感じているが。

 ヘルムートという男は圧倒的な武勇で勇名だが、それ以上に凄いのは天才的な頭脳である。レーヴェ家は公爵家なので、当然の様に王族の血が流れているが、この男は間違い無く王族側に近い頭のめぐりをしていた。

「さて、リズ。遺言はあるか?」

「あ、死亡は決定なんですね」

「面倒ごとは起こさない主義なのでな。せめて痛みを感じさせずに殺してやる。ちょっと位なら、愚痴や怨嗟の声も聞いてやるぞ。これでも父親として責任は感じているんでな」

「そこでだから命を助けてやろうとかは無いんですね」

「お前とて、この国の為には、自分がどうなったほうが良いかは分かっているのだろう?」

「…そんなもの、言われなくても分かってるわ。でも、お母様やマーレは私の為に死んだのよ。私は私が死ぬべきだと分かっていても、今日のこの日まで生きてきた。だから……まだ死ねないのよ!」

 リーゼロッテは駆け出して、ガラスを割ってビルの3階から飛び降りる。

「!」



 さすがに想定外の行動にヘルムートも驚いて動けなかった。リーゼロッテは頭は良いが、基本的に運動は出来ない。王族とレーヴェ公爵家の子であるが、レーヴェ公爵家ではなく王族の血を強く引いていた為か、レーヴェ家に伝わる武術を少しは教えたが空っきしだった。魔法も苦手で、戦う術を持たなかったはずだ。

 三階から飛び降りて無事な筈が無い。

 ヘルムートは外を見ると、向かいのビルの窓は開いていて、何故か大きなクッションのようなものが敷いてあった。

 ヘルムートは追いかけようと、リーゼロッテが跳んだ窓に足を掛けるのだが、そこで足を止める。嫌な予感がよぎったからだ。

 刹那、リーゼロッテの飛び込んだ隣のビルがいきなり爆発して炎に包まれる。

 ヘルムートは飛ぶのをやめたのは正解だったといわざるを得ないだろう。まさかこの状況でも逃げ道を確保していたというのは驚きでもある。さすがは天才の血族の正統後継者であった女だった。

「抜かりない。いつぞやの戦争よりはよほど楽しめそうだな。童心に返り、最期に娘と鬼ごっこも悪くなかろう」

 ニヤリと唇を吊り上げて、スピードを上げてリーゼロッテを追いかける。



 リーゼロッテは逃げるものの、身体能力が怪物染みたレーヴェ家の男に勝てるとは思っていない。つまり、戦闘不能にして逃げるのは必須なのだ。

 リーゼロッテはあらゆる抜け道を駆使して、ビルからビルへと飛び移り、階段を上る。

 だが、ヘルムートは壁も床も天井さえも砕いて一直線に追ってくる。ある意味でホラーである。

「はあはあはあ…」

 リーゼロッテは流石に疲れて息切れをする。10分ほどビルの中を全力で駆け回っていたのだから。だがヘルムートは追い詰めたとばかりにゆっくりと歩いてくる。一切の息切れも無く。

 リーゼロッテが逃げた先は、5階建てのビルの2階、床はあちこちが捲れて穴が空いており、その上はごみが散乱しており、藁や針金、剥がれた壁紙などが落ちている。

 リーゼロッテの背後は壁で逃げ場も無く、目の前からはヘルムート・フォン・ファルケンが詰め寄ってくる。

「もう終わりか?」

 もはや逃げ道もないと察したヘルムートは少し呆気なかったのか残念そうな顔をしていた。こういう所は昔から何も変わってない。

「ええ」

 リーゼロッテはそこで床を強く足で叩く。

 叩いた瞬間、ヘルムートの足元にあった藁が点火し、むき出しになっていた針金の束に一気に電撃が走り、ヘルムートの体を凄まじい電撃が流れる。

 バチバチバチバチバチッ

 凄まじい電撃がヘルムートの体を襲う。


 だがヘルムートは何事も無かったかのようにさらに前へと出る。

「!?」

「その電気遊びは効かんよ。人体を知り尽くしたレーヴェ家の防御能力はこの程度でマヒは……………」

 ヘルムートは自信満々に口にしてレーヴェ家の防御能力を喧伝しようとしたが、暫し自分でも少しだけチリッとした程度の痺れた感触を感じる。

「いや、言い直そう。ヘルムート・フォン・fレーヴェの防御能力はこの程度でマヒはしない」

 よくよく考えれば、今の電撃を耐えられそうな部下が誰一人いない事実に気付いてしまった。

「そういう意味では…私が追いかけてくるなんて本来であればありえない。ありえない状況で、の逆点劇。ふむ、追い詰められた振りしてのその逆転手はさすがマグダレナの娘といえるだろうな。私でなければ逃げられただろう」

「でも、私も…ヘルムート・フォン・レーヴェじゃなくても、このくらい耐える怪物がいるかなってちょっとだけ思ってたのよ」

 夜の暗がりになっている上に、ゴミばかりで分かりにくい足元は何が落ちているかもよくわからない。だが、リーゼロッテはゴミのように存在する場所の中から、針金と思われる何かの間に右手で持っている黒い杖『スタンガン』のボタンを押して、針金に電撃を流す。

 すると火花が散り、導火線が走る。そして続く様にビルのどこかで凄まじい轟音が鳴り響き、建物全体が激しく震える。

 連続した爆発音、それに伴う震動、ヘルムートは足場を踏ん張って次の対策を練ろうとしている所で天井を貫いて、崩壊した上の階の瓦礫が一気に上空より流れ込んでくる。

「!」



 そして、リーゼロッテとヘルムートとの間に亀裂が入り、地面から炎が吹き、そしてヘルムートの頭上に凄まじい瓦礫が降り注ぐ。

 轟音と爆発が連鎖し、ビルが崩壊して崩れ落ちていた。


 リーゼロッテの建っている場所以外のすべてが。


 建物が崩壊した事によって舞い上がる砂埃、その崩壊した建物。

 だが、その中から、ヘルムートは汚れた服を叩いて、何も無かったかのような涼しい顔で現れる。

「中々、面白いな。爆発に指向性を持たせ、壊れるタイミングを操作する事で自分の立つ場所以外を全て破壊する…計算したのか?」

「瓦礫に埋もれている間に逃げる予定だったのですけど……何事もないように立っているお父様が一番怖いです」

 よくよく見ればヘルムートは左腕に小手のような盾を装備していた。それで頭上の瓦礫から守ったのだろうか。リーゼロッテは半ば呆れてしまう。無くてもダメージなんて食らって無かっただろうが、ほとんどダメージを受けていないのは、左腕にある盾、レーヴェ家に伝わる王盾コンホヴォル。こんな所に持ってきて良いものでは無いのだが、どうやらヘルムートは、本当に万全の状態で、リーゼロッテを殺しにきたことだけを察する。

 リーゼロッテも観念して、崩れた瓦礫を伝って地面に降りる。

「苦しいのは好きじゃありませんので」

「…」

 ヘルムートは頷き、右手に魔力を集中させようとする。



 だがそんな時、とんだ場違いな声が聞こえてくる。

「いた!こんな所に!貴様!そこの女!金返しやがれ!」

 しょんぼり涙目で歩いていた青年は、リーゼロッテを見るなり指差して怒って近付いてくるのであった。

「は?」

「?」

 リーゼロッテは目を丸くして、この日、定食屋でまんまとスタンガンによって仕留めたファルケン家の人間と思しき青年へ視線を向け、そしてヘルムートもまた面倒くさいのが現れたという顔で、青年へと視線を向ける。


 ある意味でケーニヒ王族というのはこの世界において『天才』というキーワードと共に、チート能力があると考えていいでしょう。この世界は別に異世界転生とかなく、他のファンタジーのように我々地球と同じような順序で発展をしていません。そしてこの電磁気技術はケーニヒ王族の研究室の機密情報です。

 例えば軌道列車を代表して、地球では蒸気機関車→電車→リニアモーターカーという形で進化を遂げますが、ケーニヒ王族は蒸気機関よりも先に電磁気魔法の存在を発明し、いきなりリニアモーターカーを軌道列車として作ってしまってます。

 魔法社会なのに、魔法のない地球と同じように技術が発展するのはおかしかろうという事で所々に作者の遊び心が入ってます。

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