恐怖のスタンガン
ヴィルヘルムは少しのお金を持って、ハインリヒ邸を出ていた。
いつものように見回りをして、手持ちの金額を使って食事をして夕方には帰るというのが日課である。ハインリヒ邸に住む人間の中で一番偉い筈なのに、財布は従者のディオニスに握られていて、出掛ける際にも小遣いを渡されただけしか使えないのである。
正直厳しかった。
ヴィルヘルムはおおよそシュバルツバルトの状況を把握できたので、翌日からは普通の仕事に戻ろうかなとか思っていた。普通の仕事、つまり治安維持活動なのだが、言ってしまえば他派閥の調査である。
「今日は使った事のない店に行くか~。新規店舗の開拓はヴィルヘルムの使命だ」
そんな使命はないが、ヴィルヘルムは素朴な雰囲気だが、賑わいの見せる店に入る。
「いらっしゃい!」
店員が大きい声をかけてくる。
中は非常に混み合っている。小さなテーブルが4つとカウンター席があり、テーブル席はほとんど埋まっていた。
「カウンター席でもよろしいでしょうか?」
店員の男が1つだけ開いている席を差すので、ヴィルヘルムは頷き指し示されたカウンター席へと向かう。
カウンター席にはメニュー表が置いてあるのだが、ヴィルヘルムはどうも珍しい食事のようで眉根に皺を寄せてメニュー表と睨めっこする羽目になる。気候も随分と暑くなってきたので、出来れば涼しいものがいいなぁとか考えながらメニュー表に涼しくなるような食べ物があるか調べていた。
「ウニ丼?何だ、この聞いた事ない食材……そもそも丼ってなんだ?」
丼…周りを見ると、見慣れない大きい器に挽いてない麦のようなものに食材が乗っている。
どうやらこの大きい器の上に食材を乗せるのが丼と言うのだろう。
「じゃあ、この……う…………シュバルツバルト丼ってのお願いします」
ヴィルヘルムはウニ丼という謎の食材に興味を持ったのだが、残念ながら手持ちの金額に対してウニ丼の値段があまりに高く、安価なシュバルツバルト丼というよく分からない食事をお願いする。
「かしこまりましたー」
店員は注文を聞くとカウンターの奥へ声を掛ける。
珍しい食事に心を躍らせていたヴィルヘルムだったが、そこで隣の女性が黄金の様に輝く魚の卵巣のようなものが白い穀物の上に乗っている丼を受け取っていた。
女性は、それに黒い液体を掛けてから、食事を口にする。
「ん~、やっぱりウニ丼は最高」
女性は口元をほころばせて嬉しそうにウニ丼をほおばっていた。
「!」
あれがウニ丼なのか!?
ヴィルヘルムはその謎の食材を羨ましそうに眺めていると、そこで、とある事実に気付く。そのウニ丼を口にしていた女がどこかで見たことある事に。誰だったかと考えていき、そこでとある人物と合致する。
謎のビリビリする魔法のような何かでかつて自身を戦闘不能にした謎の女である。当時は暗くて顔立ちや輪郭がなんとなく分かったが、よくよく見ると、金髪にライトブラウンの瞳というケーニヒ王族などを代表して純粋なケーニヒ国民らしい美女であった。
「き、貴様、あの時のビリビリ女!」
「ん?……!?」
ジトとヴィルヘルムは女を睨むと、女はハッと気づいてヴィルヘルムを見る。見て、だけど食欲に負けたらしく、女は再び自分のウニ丼を食べ始める。
元々、斬る以外に何のとりえもない、人間よりもモンスターと関わりの多いヴィルヘルムとしてもどうすればよく分からなかった。
暫くしてシュバルツバルト丼が出される。
ヴィルヘルムはそれを見て目を輝かす。シュバルツバルト名物の厚切りベーコン、それに卵とチーズを絡めた丼であった。
「はふはふ。これは美味しい。この丼の白い穀物は何だ?麦じゃないぞ。麦と違って独特の薫りがするが、これはこれで……はふはふ」
ヴィルヘルムは今日の食事は大当たりだったと感動していた。
「貴方、ファルケン家の人間ね?一体、ファルケンが私に何の用なの?」
ヴィルヘルムはもはや丼の虜になっていたのだが、女は食べ終わったようで今になって何かを訴えてくる。正直、対応するのが面倒くさくなっていた。
「五月蝿い。お前のビリビリよりも今はこの丼が大事だ」
「え、えー」
「この白い穀物は何だ?こんな食べ方は初めてだ。大豆や麦でないなら…」
ヴィルヘルムは手を止めずハフハフと食べながら口にする。
「それはアルツ地方の主食である米よ。水捌けの良い土地で水田という水に埋没した畑で作られる穀物。元々ソレイユ方面の穀物で、アルツ王国の領主が麦に合わない土地にソレイユから……」
「あ、アルツだと………くっ…バカな。私はこんなのをアルツでは見なかった。いや、あの時は戦争だったし…ディオニスはこれをまさか毎日食っていたとでも言うのか?そういえば会った頃、パンは固くて嫌いだとかぼやいていたが…パンが嫌いならどうやって食っているのかと思ったが、まさかこんな食物があったなど…」
ヴィルヘルムは愕然とする、まさか自分の従者がこの味を知っていたとしたら、許しがたい大罪である。
「えと、そんな事より、私の問いに答えてほしいのだけれど?」
「ぬ?」
ヴィルヘルムは目をそらし、そして口にする。
「……………イヤ、ワタシハファルケンジャナクテ、ヘイミンの『ユーリ』デスヨ?」
ヴィルヘルムの言葉に、女は大きく溜息をつく。
「それ偽名のつもり?」
女は呆れる様にジトとヴィルヘルムを見る。
ヴィルヘルムは何故目の前の女が自分をファルケン家の人間と知っているのだろうかと悩む。
腰の刀を差しているのはファルケンかと思われてしまうが、どう考えても自分は平民以外の何者にも見えない。
無論、ここまできれいな赤い瞳をしているのはファルケン家の人間以外にありえないのだが。
「良いわ、腹を割って話しましょう。ファルケンは私達に興味はない筈。それが何で私を…」
「?………私も貴様のような通り魔には興味はない」
「とっ……だ、誰が通り魔だーっ」
女は黄金の髪をかき乱して呻く。
だが、ヴィルヘルムの認識としては通り魔以外に何かあるとは思っていない。いきなり助けてやったのに、ビリビリで戦闘不能にした謎の女という認識である。何か意味ありげで訳有りな顔をしている女のようだが、素性を知らないので腹を割って話すもそれが本音なのである。
「違うのか?」
「だ、だったら何でファルケン家の貴族様なんていう存在が、この私の前に2度も現れるのよ!」
「?………自意識過剰な女だな。世の中、そこまでお前に注目はしてないぞ。大体、何でお前のような小娘に、ファルファル言われなければならんのだ。私はユーリと呼ばれるほうが好きなのに」
そんな理由で幼名を偽名にしていた男である。
女も微妙な表情でヴィルヘルムを見ていた。
「まさか偶然だと言い張る気?」
まさか、とは口にしたが、
「?………まさか、………あれか。オズバルドさんが言っていた。『女が、適当な出会いを口実に公爵家と近づく輩がいて、出会いを運命だとか言い張って貞操を狙う悪女がいる』と。貴様、悪女だな?」
「ななななななっ誰がそんな色ボケ娘だ!私だってアンタみたいなポケポケした男に興味ないわよ!」
「じゃあ、何だよ、人の前に現れて。私は丼でいそがしいのだ。ウニ丼を食ってるお前なんて知らぬ」
プイッと子供みたいにそっぽ向くヴィルヘルム。
「それは私のセリフなのに!それは私のセリフなのに!」
女も女で悔しそうに苦悶して頭を抱える。
互いに天敵のように接しているが、中身は完全に子供のけんかである。当人たちにとっては自身の存在意義(?)に関わる問題だったりするが。
「はっ…しょせんはありふれたシュバルツバルト丼などを食ってるのはファルケンの田舎者ね」
「なっ…た、確かにウニ丼は興味があったが、シュバルツバルト丼は我が国の名産ベーコンが使われているんだぞ!1000年の昔、王が切り開いた黒き森の木々より作られたスモークウッドによって…」
「そんな上等なベーコンじゃないし」
「………美味しければ何でも良いんだもん」
ヴィルヘルムは拗ねた様子で丼を食べていた。確実に理解したのは目の前の女が、いじめっ子であるという点だ。戦場において一騎当千の怪物は私生活では基本的に子供のころから成長がないのである。従者であり友人でもあるのが年下のディオニスという時点で底が知れていた。
「まさか、貴方、本当に私が誰か知らないというの?」
「自己紹介もしないで知る筈もない。だが、私を虐め、しかもビリビリ攻撃をする怪しげな術を使う女だという事だけは分かった。まあ、2度と会うこともあるまい。こんな偶然を3度もある筈がないからな。それに次はあのようなだまし討ちは食らわぬし」
2度と会う事もない。
ヴィルヘルムの言葉は単純に、こんな偶然は二度とないだろう、という意味だった。
だが、女は警戒していた。彼女の情報網より確認した限り、ファルケンの剣士たる者が『2度と会う事がない』という言葉を発したのである。曲解するのも仕方がない。貴様とは2度と会うことなどないなんて言葉を、万の軍勢を殺した殺人鬼の末裔から聞けば、逃げたくもなるものだ。
女は黒い謎の棒を取り出す。
だがヴィルヘルムに突きつけようと動かす瞬間、ヴィルヘルムは腰の長刀の柄で女の腕を抑える様に置いてあった。
「2度も食らうかバカめ」
「くっ」
女は顔を歪ませて死を覚悟する。ボケボケしている男だと思って少し侮っていた。
「大体、なんなんだ、その杖は。見たことない材質だな」
さすがにヴィルヘルムも分かっていれば2度も食らわない。そもそもこの黒い物質は魔石から魔力が流れているが、当人に使う資質が無さそうだったので大した威力じゃないと判断してしまった。だから食らってしまったのだ。杖そのものが謎の魔法装置だと分かっていれば食らうはずがない。
すかさずヴィルヘルムは女から黒い杖を奪う。
「あのビリビリ、まるで雷を食らったような痺れだった。一体、この黒い杖のどこにそんな力が…」
「さすがに雷ほどの電気は通さないわ」
「デンキ?」
初耳の言葉にヴィルヘルムは不思議そうに首をひねる。
「雷を発するモンスターがいるでしょう?その雷を電気と呼ぶのだけれど、そのスタンガンという名の黒い杖は魔石を動力に電気を生み出すのよ」
「雷召喚などは物語なんかで聞いたことはあるが、電気魔法は聞いた事がないな。しかし、確かに……あれは言われてみれば雷…つまり電気なのだろう。昔、山で素振りをしていたら雷が落ちて死に掛けた事があったあれによく似ていた」
(この人、何で生きているのだろう?)
女はヴィルヘルムの変人伝説の1つを聞かされて、純粋におかしい人間がいると首を傾げる。
「兄上のように雷を切れるようになるまでは、祖父上や兄上のいない時に雷雲の下で素振りは禁じられたものだ」
「ファルケン家が物理的におかしい…」
女は、ファルケン家が雷を切るのが当たり前な一族と知り、さらに引き攣ってしまう。
「ふうむ。何だかこのちっぽけな黒い杖が何気に凄い何かがあるのか。これは電気が飛ぶのか?」
「飛ばないわよ。電気は基本的に空気の中を移動しにくいの。電気は金属に通りやすい。だから雷雲の下で刀の素振りなんてするから落ちやすくなるのよ。あと、距離の近い場所で電気は通じやすくなるから、背の高い建物は空から距離が近いから、雷が落ちやすい」
「何と、そんな事が。ふーん、凄いんだな」
「それに、そのスタンガンは雷ほど強い電気は出ないから、大気中に放出する程のものでもないわ。精々その2つの金属片を押し当てて電気を流すだけよ」
「なるほど、金属片に体を押し当てる事で体の中に電気を流すのだな。……そんな危険なものを人に撃つなよ」
ぞっとした顔でヴィルヘルムは女を睨みながら、金属片側を手にして女に返そうと黒い杖を差し出す。
「返すの?」
「は?俺は盗人じゃないぞ?」
不思議そうに首を傾げるヴィルヘルムに、女は唖然とする。
ヴィルヘルムは礼儀正しく、返す際に攻撃する側を向けずに持ち手側を向けて女へ差し出すのだが、返してもらう時に女はチャンスと感じ取り、受け取る際にスイッチとなるボタンを押す。
「ぽちっと」
ピシャッ
「!?」
完全に油断していたヴィルヘルム、再度、凄まじい電撃を食らって体を痺れさせカウンターテーブルに頭を突っ伏して倒れる。
女は黒い杖を懐に入れると慌てて逃げ出す。
ヴィルヘルムは涙目で、痺れる体に鞭を打って、どうにかこうにか体を起こす。
「ひ、酷い目にあった。しかし、今回は前回の復習でどうにかダメージを最低限に抑えられた…」
涙目でヴィルヘルムは起き上がるが、背後に店員が立っていた。
「アンタ、さっきの客の知り合いだろう?一緒に話していたようだし。金払わないで出ていっちまったんだよ。お勘定変わりに頼むよ」
「はい?」
慌てて逃げていった女、どうやら勘定を払わなかったらしい。その為、ヴィルヘルムは何故か、女のウニ丼の料金まで請求される羽目になるのであった。
だが、うに丼を持ち金で払えないからシュバルツバルト丼を頼んだのだ。うに丼の分まで請求されて払える筈が無かった。
「……ええと……さ、皿洗いの手伝いとかで罷りならんだろうか…」
こうして、ヴィルヘルム・フォン・ファルケンは二度目の敗北と人生初の臨時アルバイトを体験することとなったのだった。
「くそう、あの女、次に会ったら絶対にうに丼料金を請求してやる」
2度と会いたくないと思った相手であったが、金の請求をしなければ気がすまない、まさに天敵を認定することとなった。
一応、彼女がヒロインなのですが登場機会が非常に少ないです。
元々、私が学生時代に趣味で書いていた作品のサイドストーリーを、舞台設定を変えて、再構成した作品です。そのため、サイドストーリーではなく新規作品となると世界観やそれぞれの能力の説明を必要としてしまいます。
そのため、3万文字目くらいには出てきて、彼女を巡って(恋愛絡みではなく、食い逃げ費用の借金を取り立てる為に)、ヴィルヘルムはとある人物と決闘へ突入する予定でした。当時はもう少し彼女を中心にした物語だったのですが、世界観を変えた事で、良くも悪くもヴィルヘルムをどれだけ描けるかという話に変わっている状況にあります。




