ベヘモス
会戦から10日が経つ。
レーヴェ軍は東側から攻め込んできたオッタル辺境伯領軍を撃退していた。
「ヨハン様。敵、オッタル領方面へ撤退を始めます!」
レーヴェ軍を指揮する将軍は総指揮官として周りに指示を出しているヨハン・フォン・レーヴェに報告する。
「戦線をあまり延ばすのはまずいだろう。我々はこれから中立やオッタル側を融通した貴族達に国家反逆罪としてオッタル討伐命令を出す」
ヨハンの言葉に将軍の一人は眉根に皺を寄せる。
「オッタル側を融通した連中にもですか?」
「ああ、父上ならその者らも殺す所だが、そこで血を流す必要もあるまい。オッタルの首を持ってくれば多少の罰で許してやる。逆らうならば一族郎党皆殺しになるまでお前らの領に攻め込むぞとでも脅してやれば、もうこっち側の戦争は終わりだ」
「なるほど。ではそのように手配しましょう」
将軍は納得したように首を縦に振る。レーヴェ派の将軍はヘルムートに心酔しており荒事が大好きな部分もあり、物足りなくはあるが、ヨハンの提案には合理的な部分を感じて了承する。
将軍業は戦バカでは勤まらない仕事である。
「中央の戦線はどうなっている?」
「ヘルムート様とミハエル・フォン・ドラッヘの連合軍によってプフェールト領を完全に包囲しており、こちらの勝利は寸前です。ただカーティス領で動きがあるとの事で油断は出来ないかと」
ヨハンは将軍の言葉に少し悩むが首を横に振る。
「まあ、父上が参戦している以上万一もあるまい」
「無論でしょう」
将軍も頷く。
「首都では大きい問題は出ていないようだし、残る問題は西部侵攻した連中か」
「そちらですが、情報が遅く、敵もこちらも情報が錯綜していたようですが、どうもファルケンは一度奪われたアイゼンシュバートを奪還したようです。そのまま東部に進撃し、既にバルツァー子爵一族を全員を滅ぼし、遺体を公国に送ったと」
「ほう、それはまた想定外だな。まさかファルケンにそんな力がまだ残っていたとは」
「はっ……信じられない状況ですが、確かにバルツァー子爵の首だったと聞いております。ファルケン公爵領軍はアイゼンシュバートの防備を固め、もはや敵は侵略不可能になっているようです。行軍中の3~4万ほどの部隊はプフェールト領とファルケン領の間を移動中で再度アイゼンシュバート攻略に出るか、それともプフェールト領へ引き返すか、予測がつかめない状況になってるとの事です」
「落ちぶれても三大公爵家と言う事か」
現在のファルケン家の衰退は誰もが知っている。それでも簡単に負けるほど落ちぶれてはいなかったのだろうと納得するしか無かった。
プフェールト侯爵領城塞都市グアステはレーヴェ&ドラッヘ混合軍に包囲されていた。
アームズ帝国軍は6万の軍勢の内の2万を失い、更には東部と西部での敗退の報を聞いて、プフェールト侯爵領を通過し、やって来た残りの4万の軍隊は、アームズ帝国ウエストエンド騎士国領カーティスへと逃げていた。
公国のレーヴェ・ドラッヘ混合軍は既にプフェールト領を進軍しており、逃亡するプフェールト侯爵を確保していた。
馬車の中でロープで簀巻きにされているプフェールト侯爵を見下ろすのはヘルムート・フォン・レーヴェである。
「はあ、つまらん。どうせならもう少し粘って最後まで抵抗して欲しかったがな」
ヘルムートはかなりガッカリした様子だった。
「無駄に兵を殺されるよりはマシではないですか」
「長く戦争が響けば財政に響きます」
副官達はヘルムートを宥める。
「閣下はまだ暴れたり無いのですか?」
「無論だ。最後はこんなクズを捕まえるだけの簡単な仕事だぞ。7年前、ゲルハルトが亡くなって以来、碌な事が無い。奴は良かった。弱肉強食をよく知る猛禽の如き気配は見事だった。エドガーにそれを植えつけようとしたのだろう、失敗して一族で滅びおって。せめてヴィルヘルムの一人作ってから死んで欲しかったわ」
ヘルムートは大きく溜息をつく。この男は基本的に戦闘狂である。いかれていると言っても過言ではない。
「同じ公国貴族と戦いたいなど反逆罪ともとられますよ」
「それはつまらぬな。そも、俺はゲルハルトと殺し合いたいから帝国側に付いたというのに」
そんな理由だったのかい!?
全員が目を白黒させて、己のかつての主君を見る。
「ヨハンは人遣いが上手いし、オッタルの方は適当にあしらうだろう。敵軍3万が行く当てもなくしてるようだが、西は防御を整えて、どこにもいけない以上そのまま南へ撤退するだろう。もはや勝利は確定している」
「西側が一度アイゼンシュバートを落とされても持ちこたえるとは思いませんでしたね」
「本家は軟弱に廃れたが、元々、やつらは戦闘狂の部下をしていた将軍が揃ってる。本腰でやればそれなりにやるだろう。オズバルド・ハインリヒ男爵などはヴィルヘルムの技を継承しているだけあって、中々楽しめたしな。くくくくく」
ヘルムートは笑う。王国があった頃、強者同士はけがをしない程度の手合わせ程度ならば、訓練と称して行われてきたので、ヘルムートは早々に公爵になりながらも多くの武門の猛者と手合わせをしていたのだ。
遥か遠くでゾクッと背筋を冷たくさせるオズバルドがいたが、理由は誰にも分からなかったという。
そんな中、引き返そうとしているヘルムートらは、プフェールト城塞都市グアスタの南方より、地鳴りが響いている事に気付く。
ズウウウウウウン
ズウウウウウウン
ズウウウウウウン
「何だ、この音は」
ヘルムートは地震ではないと感じ取り、確保していたプフェールト侯爵に尋ね、猿轡を外してやる。
「はっははははっ!帝国は俺を見捨てたか。だが…これでお前らも終わりだ。あんな兵器に人間が勝てる筈が無い!あいつらはいかれている!お前らも道連れだ!ざまあみろ!くははははははははっ!」
プフェールトは気がふれた様に笑う。
ヘルムートはそれが何なのか兵士達に調査させに行こうとする。だがそれは調査するまでも無く直に判明する。地平の奥、南部の高地より巨大な地竜が姿を現したからだ。
「な、何だ、あの龍は」
「あんな巨大な生物、見たこと無いぞ!」
「終わりだ…わが国は滅びる…」
兵士達は恐怖に駆られる。
プフェールト領の民もその姿を見て慌てて避難に走り出す。軍も混乱を来たす。
「あんな良い武器があるなら最初から投入すればよいのに」
ヘルムートは楽しそうにぼやく。
「中央山脈に稀に発見されるという、生きる天災!300メートル級地竜<ベヘモス>」
誰かが呟く言葉に全員は深刻な色を見せる。
300メートル級と言うと、300メートルほどある高地の上に、さらにもう一段生み出されたような巨体である。四足歩行をした角とカギツメを持つ巨大なトカゲにもみえるドラゴンは城塞都市の城壁を軽く踏み潰せるような巨体で現れた。
通常100メートル級ドラゴンを倒すには1000の軍勢が必要といわれる。300メートル級ならばその3倍で済むかと言われればそれは違う。横に三倍、上に三倍、奥行きに三倍、つまり27倍の労力が必要と言う事になる。
だがそれはあくまでも推定である。攻撃を効かせる手段が無いのだから戦ってはならないというのが真実である。だがこの1000年で中央山脈でベヘモスを観測された事は10回、そのいずれもがベヘモスによって国そのものが滅んでいる。
生きる天災とはリュミエール方面の異名で、アームズ帝国では『国喰らい』と呼ばれている。
「あんな巨大な生物をどうやって誘導させたんだ?」
「………例えば大量の人間が王都に向かって逃亡したら、それを追いかけて移動する…など。つまり退却は奴等の狙いという可能性がある。いっそこの場の全軍を殺させて放置が良いかもしれん」
しれっとヘルムートはとんでもない提案をし、軍隊の全員が絶句する。
「そんな事が出来ますか!」
副官達が怒鳴り、ヘルムートはからからと笑う。
「冗談だ。だが逃げられまい。要塞都市グアステを背後にして布陣を引いて総がかりでやるしかなかろう」
ヘルムートは淡々と指示を出す。
ヘルムートとミハエルの二人が並んで前方へと歩いて向かう。その背後には2万のレーヴェとドラッヘの混成軍。かつて、ヘルムート、ミハエル、ヴィルヘルムという三大公爵でも武勇に優れた者のみが継いだ名の人間は同じ時代に立った事がない。
リュミエールとの戦乱の終わったこの時代に、ヘルムートとミハエルの両者が並ぶという事は奇蹟に等しい。兵士達は自分達がまさに御伽噺の一小節に組み込まれたような錯覚を感じる。
英雄の名を継ぐ二人が並んで戦場に立ち、誰もが戦った事さえないような生きる天災ベヘモスと戦おうというのだから。
歩く度に地震がおきて、多くの兵士達はその震動だけで足場が不安定で歩けなくなる。責める事さえ敵わず、逃げられる雰囲気さえない。
「魔導師部隊!全力火力で敵を撃つ!」
ヴァルター・フォン・ドラッヘが大きい声で周りに指示を出し、宮廷魔導師部隊は魔法を唱え始める。ミハエルが既に魔法の呪文を唱えている中、第1陣の攻撃がベヘモスへ始める。
凄まじい魔法の雨霰がベヘモスへと遅いかかる。
複数の魔導士達によって混成された大規模複合魔法の連続。
それに合わせて魔導砲の一斉射撃。
もしもこれを都市に向けたら一瞬で都市は壊滅するだろう大規模攻撃に騎馬隊や重装甲歩兵達は息を呑んでその様子を眺める。
凄まじい煙と砂塵によってベヘモスの姿が見えなくなる。これならば或いはと思う一同だったが、ベヘモスの足音は全く消える事はなく、その巨大な震動はさらに大きいものとなる。
煙と砂塵の奥から長い首を伸ばして姿を現す。さらに口から凄まじい炎が渦巻く。
「来るぞ!」
ヘルムートが王盾を構えて防御障壁を展開する。
「穿て!零槍!」
ミハエルは魔法によって巨大な氷の槍を生み出してドラゴンの頭ほどもある巨大な槍を射出する。
だが、ドラゴンから吐かれる炎は一瞬にして槍を蒸発させ、大地をマグマに変えて、防御をぶち壊し、軍隊を吹き飛ばし、その余波背後の城壁を一気に破壊する。
たったの一撃で2万の軍隊はほぼ壊滅状態となっていた。
「ふむ、味方を見捨てておけば良かったな…」
さすがのヘルムートもぼろぼろになって大地に肩膝をついていた。ヘルムートは自分だけ守って戦えというなら勝てる相手だとは思っている。だが背後の万の軍勢を守りながら戦うとなるとかなり厳しい。
ミハエルもまた、魔法障壁によって直撃を食らわずに済んだのだが、背後で倒れているドラッヘ軍の状況に青褪めさせていた。従兄のヴァルターは前方で防御姿勢だったため、かなり状態は好ましくない。仲間を救えなかった事実、死にかけた従兄の姿に心が砕けそうになっていた。
目の前のベヘモスにとって万の軍勢も城塞都市も障害にさえなっていなかった。
歩く速度を緩めず、大地を揺るがしながら、ただただ前進する。目の前に自分が作ったマグマ溜まりに足を突っ込んでもまるでダメージ1つ受ける様子もなく、ただただ進む。
全員に絶望が広がる中、ミハエルら魔導師やヘルムートは西方より巨大な魔力を感じる。
国内最高の魔力を持つミハエルに匹敵する強力な魔力が丘の上にまるで凝縮されるように集っており、死角となって見えないがそこから底冷えするような殺気がベヘモスに向けられていた。
「何者…?」
ヘルムートは半眼で立ち上がりながら丘の奥を見ようとするが見えない。
刹那、閃光が迸る。
ベヘモスの長い首に閃光がすれ違い、大気が同時に分断される。
目の前の巨大怪獣がまるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、轟音を立ててつぶれていく。
誰もが唖然としていた。何が起こったか分からなかった。
だが理解できるものは1つ、丘の上にいた何者かがベヘモスの首を光の刃で切り落としたという事だけだった。




