ファルケン家の一族
リュミエール帝国下ケーニヒ王国ファルケン領の田舎町エンゲルハルトにファルケン本家の人間が集っていた。
先日、領主を甥のライナーに引き継がせてきたゲルハルト・フォン・ファルケン。齢73になる老人であるが、180センチ以上ある肉体は筋肉質で未だ軍人として現役で戦える剣士である。
そのゲルハルトの孫4名も、この地にやって来ている。末っ子でもあるユーリはずらりと並んで食事をする兄達を見上げる。
長男のエドガーは母親似とも言われていて貴族らしい美しさをもった男で、細身ながらもしっかりとした筋肉質の体は無駄を全て削ぎ落としたような理想的な剣士の姿といえるだろう。
次男のヘルマンは髪をそり落としたスキンヘッドの巨漢で、縦横ともに兄弟の中では一番で、肥満気味であるが腕力は群を抜く。エドガーのように長剣を使うのではなくバスタードと呼ばれる大剣を自在に扱う強靱な戦士である。
三男のディルクは短い髪を上に立てているひょろ長い男で、手足が長く背はヘルマンより少し低め、しかし手足の長さはヘルマン以上に長い。槍の名手と呼ばれ、戦うものを近づかせない狡猾さを持つ戦士である。
いずれも帝立シュバルツバルト高等学校騎士課程を首席で卒業した、国家でも名高い武門の頂点に立つ人間である。
ユーリは食事をしていると、正面に座る兄エドガーと眼が合うと、エドガーは自身の頬を指差して何かを訴えかけてくる。何かと思ってユーリは自身の頬を触れてみるとハムの欠片がついていた。恥ずかしそうにそれを布巾で拭って再び食事を始める。
そんな中、上座に座る祖父ゲルハルトがおもむろに口を開く。
「食事をしながらで良いから聞け」
ゲルハルトが口にするのだが、全員は食事を止めて視線を祖父へ向ける。
「我らがファルケン家は売国奴であるドラッヘ公爵家とレーヴェ公爵家を誅し、国家を正す事を、正式に決定した」
以前のような小競り合いでなく、本格的な内乱を行うという事を意味しており、全員が口を閉ざす。使用人たちはファルケン家に古くから仕える家なので、それを耳にしても何も変わらぬ様子で主の食事をする場の直近くで待機していた。
「あの屁理屈ライナーがよくもまあそれを許したものだな」
「俺らが奴らと潰しあえば、自分が正式にファルケン家の当主になれるとでも考えているんだろう?」
「それこそありえないだろう。奴は出来損ないだ。万の軍勢を用意しようが、われらがファルケンの直系には敵わぬ事を知っているはずだがな。それとも書類に埋もれすぎて頭がいかれたとか?」
ヘルマンとディルクは軽口を叩いて政治を行なっているライナー・ファン・ファルケンを嘲笑う。とはいえ、彼らがいるからこそファルケンという神輿を担ぐ人間達が纏まっているのだ。武力だけでは世界は回らない。
「そこで、近々、我らはヴィルヘルム3世を正式決定するため、ヴィルヘルム継承の儀を行なおうと思っている」
祖父の言葉に対して、事情を知らないユーリ以外の孫達は大きく反応して祖父のほうを見る。前もって聞いていたエドガーもまた同様である。
継承の儀を行なう。
つまり故事通り、祖父は自身を殺させてヴィルヘルムを継承させるつもりなのだとユーリ以外の全員が理解する。
ガンッ
大きく食卓のテーブルをたたくのはヘルマンだった。壊れない程度には力加減をしたのだろう。拳一撃で巨大なオークを殴り殺した腕で叩けば間違い無くテーブルが抜けてしまうからだ。
「待ってくれ、祖父上様。それは兄貴が家を継ぐって事か。まだそれは決まって無かった筈だろう!」
「ヘルマン兄貴の言う通りだ。俺はどっちの兄貴にも勝てる自信はある。だが戦場に出た事の無い俺やヘルマン兄貴を祖父上様はヴィルヘルムとは認めぬだろう?」
「なるほど。お前らはヴィルヘルム・ファン・ファルケンの名を継ぐに相応しい実力があると言っているのだな?」
「当然だ」
ゲルハルトは悩ましそうに考え、それに対してヘルマンとディルクの2人は自身こそがヴィルヘルムの名に相応しいと訴える。
彼らは幼い頃は共に修行もしたが、それぞれの武器が異なる為に、技の師匠も異なり、そして学校でもほとんど顔を合わせていなかったので兄弟といえど実力は測れないものだった。故に互いにまだ上下関係が出来ていなかったとも言える。
分かっているのは長兄のエドガーはヴィルヘルムの名を継ぐに相応しい実績を持っているという事。そしてヘルマンとディルクの2人は、誰にも負けた事の無い無双の武力が、長兄に劣るものではないという絶対の自負を持っていることだった。
自分には関係ないこととしてユーリは食事を続ける。
「ならば明日、誰にするかを決めた後に儀をそのまま執り行う。準備をしておくと良い」
そんな祖父の言葉に、エドガーは困ったように顔をゆがめる。
そもそも祖父こそ生まれた時代が戦乱の世で無かった為に、ヴィルヘルムの名を継がなかったが、実力はヴィルヘルム3世を名乗るに相応しい腕を持っていた。齢70を越えた今でも、その実力はケーニヒ王国では無双なのではないかと思われるほどの腕を持つ。そんな祖父が本気でヴィルヘルム3世継承の儀を行なうとしているのだから、正気の沙汰ではない。
「兄上、それでは僕はまた修行に行って来ます」
エドガーは険しい顔をしていたが、弟のユーリがパタパタと犬のようについてきて、お出かけの報告をしてくるので、笑顔で頷く。
エドガーにとって、追い詰められたファルケン公爵家の状況と、家族さえも敵となりえる状況は地獄のようでもあった。その中でも懐いてくれているユーリは唯一心を許せる家族でもある。
「いってきまーす」
ブンブンと手を振って背中に自分の体には不似合いな大きい剣を背負って屋敷を出て行く。