ヘルムートとミハエル
プフェールト侯爵、馬が乗られるには可哀想な横に大きい体格で、見栄えの良い鎧をつけ、騎馬に跨り戦場に立っていた。周りには多くの魔導師や軍人達が防衛の任についている。
その横にはアームズ帝国軍人の服を着た貴族、白い猫の耳をした猫人族の優男が、白い騎馬に乗って並んでいる。
「ついにシュバルツバルトは私の手の中に入るのだ。クククク、これまで散々煮え湯を飲まされたが、今日こそ最後の日だ。ヘルムート・フォン・レーヴェ!」
プフェールト侯爵は上機嫌で右手前方へと巨大な車に運ばれてくる大砲を見上げる。人間大ほどもありそうな巨大な魔石が円盤の上に四つ並び、その円盤の上には塔を倒したかのような巨大な大筒、運ぶのは搬送用の巨馬二十頭、魔導師たちがその周りに並び立ち、広域破壊魔導方の機動を行なっていた。
「野戦で被害を最小にとどめようとしていたのでしょう。あの都市にはリュミエールの皇女が滞在している。それが仇になったとも知らずに…」
帝国貴族はフッと鼻で笑う。
「しかしスコールズ殿。ここで勝利してもやつらはまだ首都防衛に広域破壊魔導砲を使ってくる可能性がある。それに関しては、どのように対処を?」
「撃てませんよ。その為に人手を方々に割かせて、この町の近い野戦に持って来させるように手を尽くしたのです、侯爵閣下。向こうが広域破壊魔導砲を撃てば自軍や近隣の町まで巻き込むような位置取りでの戦いにしたのです。都市まで兵隊が撤退する際には、『ケーニヒ公国は大貴族が武門であるが為に、大貴族を砲火で焼く真似はできない』のですから」
スコールズと呼ばれた猫人族の男はプフェールト侯爵を落ち着かせるように言う。
アームズ帝国は獣人族の国家であるが、決して獣人族だけの国家ではない。様々な領土が存在し、エルフ族もいれば人間族もいる。帝国皇帝が猫人族である事と、獣人族が非常に多い事で獣人国家と呼ばれている。
「なるほど」
「これでケーニヒを落とせば、貴君はオッタル卿と共にこの国の支配者となる」
「くくくくっ……そしてこちらの広域破壊魔導砲が火を噴いた瞬間より私の覇道が始まるのか。ファルケンを追い落とし、ついにはオッタルと共に第3勢力まで伸びてきたのだ。リュミエールに尻尾を振る獅子と龍はもはや敵にあらず!さあ、我が覇道の号砲よ!鳴り響け!」
プフェールト侯爵はニヤニヤとシュバルツバルト南西門を守る早々たる軍隊が一瞬で蹴散らされる姿を今か今かと待ち焦がれていた。
「銃士騎馬隊、前へ!魔導砲によって敵が半壊した後、一気に壊滅させて南西門を攻略する!」
将軍と思しき鎧甲冑を着た大男がハルバートを掲げて周りへ指示を出す。
「広域破壊魔導砲、充填率100%に達しました!侯爵閣下!号令を!」
周りの軍隊は動く。プフェールト侯爵軍は広域破壊魔導砲を開戦の狼煙として、同時に敵を殲滅しようとしていた。
そんな中、1人の大男が、防御陣形を作る軍隊の中から、ふらふらと歩いて最前線へとやってくる。互いの軍隊によって二分されている荒野の中央を、たった一人の男がである。
一瞬、誰なのかが全くわからなかった。そんな重要人物が戦場の真っ只中にいるはずもなかった。
「え?」
「あれって」
全員がきょとんとする。
ヘルムート・フォン・レーヴェ元公爵。190センチを越す巨体、茶色く長い髪を後に撫でつける、ライトブラウンの鋭い瞳をギラギラと輝かした男だ。貴族の礼服に、左腕に小手のよな小さい盾だけをつけて、武器も持たずに歩いて向かってきていた。あまりにも無防備すぎて敵も味方もほうけてしまっていた。
「ヘルムート・フォン・レーヴェ!?」
悲鳴のように声を上げてしまうプフェールト。まさかこんな場所にフラフラ現れるとは思わなかった、爵位を継承してもこのケーニヒ公国の最高権力者が、何故か戦場のど真ん中にいた。
「ど、どうすれば…」
「構わん!広域破壊魔導砲でやつ諸共消し飛ばせ!もはや開戦の狼煙ではない!勝利を示す狼煙となろう!」
「広域破壊魔導砲!起動!」
甲高い音が魔導砲より鳴り響き、魔石から放たれる圧倒的な光が渦を描き、
「撃てーっ!」
プフェールト侯爵の号令と共に凄まじい轟音が鳴り響く。
世界は光に包まれて、大地を抉るような強力な魔導砲の砲火が砲門より放射状に広がり一気に敵軍へと襲い掛かる。
さらに爆発音が起こり、大地が吹き飛び、激しく世界が震動し、圧倒的な熱量が世界を覆いつくす。
いまだ大地が鳴動し、あちこちに火花と土煙が舞っていて前方がどうなっているか全く分からない状況の中、誰もその所為で状況を把握できなくなっていた。
「どれほど撃ち滅ぼせた!?」
プフェールト侯爵は上機嫌に口にしながら土煙が腫れるのを待つ。
だが誰もがその結果に唖然とする。
広域破壊魔導砲は確かに火を噴いた。だがケーニヒ公国軍は一切のダメージを負う事が無かったのだ。
先頭に立っていたヘルムート・フォン・レーヴェの掲げる左手の盾より巨大な結界が発生しており、公国軍を避けるように魔導砲の地獄のような傷跡を大地に刻みつけていた。
そう、公国軍を避けるように、である。
「は?」
プフェールト侯爵だけではない。誰もがこの起こった状況が理解できていなかった。
誰も聞いた事が無いのだろう広域破壊魔導砲による戦果が0だったという事を。
「我こそはヘルムート・フォン・レーヴェ!ヘルムート5世である!プフェールト侯爵はアームズ帝国を引き入れた反逆者である!そして!目の前にいる軍隊は全て我が国を蹂躙しようとする反逆者である!全て残さず殺しつくせ!やつらを殺した先にはまだ10万の敵がいる!だが、恐れる事はない!ケーニヒ公国1000年の歴史において、過去にヘルムートのたった戦場は常に不敗である!全軍突撃!」
ヘルムート・フォン・レーヴェはそこから凄まじい速度で走り出し、背後にいた軍隊も一気に士気を高めて前へと駆け出す。
「ひっ…くっ!人数では未だ我らは圧倒しているのだ!恐れるな!戦え!ヘルムートを殺せ!その男を殺したものは金貨1万枚出すぞ!」
プフェールトは声を裏返して必死に叫ぶ。
銃士騎馬隊、魔導銃を持った騎馬隊は前線へと飛び出て魔導銃を放つのだが、ヘルムートは弾丸を食らおうとダメージ1つ負わず、前進してすれ違いざまに銃士に触れると、銃士は一瞬にして血塗れになって倒れる。
ヘルムートの進軍は誰に求められず、刃向かう人間は全て触れるだけで血塗れになる。
「は?」
ヘルムートはそのまま一直線に、勢いさえ止めずプフェールト侯爵まで到達し、その頭を手で掴むと、グシャリと握りつぶす。
敵軍の兵士の返り血で真っ赤に染まったヘルムートは、プフェールト侯爵の亡骸を投げ捨てる。
「プフェールト侯爵を討ち取った!我が軍よ!敗残兵を皆殺しにしろ!」
でかい声でさらに大きく勝ち名乗りを上げる。
強かなのは帝国貴族であった。ヤバイと見るやさっさと後に下がって逃亡をしていたのだから。ヘルムートは苦虫を噛み潰すが、もはやこの一瞬にして戦況は決定付けた。混乱した軍隊はほぼ決壊して、敗走する。
そんな状況を眺めていたミハエル達は、心からヘルムートと言う怪物に恐れを抱いていた。
「なるほど、言うだけはある…か」
「化物ですね、あれは確かに。広域破壊魔導砲が広域に威力を拡散させる前に、防御の有効範囲まで近付いて、結界を張る…。理屈では分かりますが、その威力をさらに強く受ける事になる。出来る筈もないし、出来ると思っても怖くて出来ないでしょうに。さすがは歴代最高のヘルムートと恐れられただけはある」
肩を竦めるミハエル。あんな恐ろしい光景を見て、素直に感心するミハエルもまた随分と神経がおかしいと、従兄のヴァルターは思うのだが、ミハエルが言うようにヘルムートの恐ろしさを改めて知る事になった。
そもそも15年前、レーヴェ軍は反旗を翻して、シュバルツバルトを襲撃した際に、ヘルムートは広域破壊魔導砲を食らっても無傷で前進したとも聞いている。だが実際に生で見てしまおうとその凄さは圧倒的だった。
「とはいえ、かの方ばかり活躍されては、本当に『今代のミハエルはまったく使えない』と怒られてしまいそうですからね。この戦争を終わらせましょう」
ミハエルはヴァルターに断って、視野の広い南西門の上へと移動する。
ヴァルターはその様子に、ミハエルが本気で戦うのを理解し、それを見送る。ミハエルは腰に下げてあった人の頭よりも更に大きい巨大な魔石がはめ込まれた杖を手に取ると空へと掲げる。
『我、天地開闢より生まれし4元素を支配するもの。我がミハエル・フォン・ドラッヘの名において命じる。天に輝きし太陽より熱く燃える者、万物の母なる大地を統べる者、大陸より広がる海原を包み込む者、天地の狭間に移ろう疾き者。我、声に耳を傾けたまえ。我が示したもう形は太陽、向かうべき場所は大地!』
ミハエルは魔法の呪文を唱えると遥か敵軍の奥、撤退する先の上に巨大な炎の塊が空に輝き、爆発的に巨大化を始める。
『落陽!』
ミハエルは杖を振ると同時に、遥か地平の奥に生み出された太陽は、撤退している軍隊、アームズ帝国軍の第二陣との合流しようと逃げる敗走兵を一気に滅ぼす。
悲鳴さえも焼き尽くし、大地に巨大な穴を開ける。
(そもそもミハエルのいる戦場で広域破壊魔導砲など、はなから必要としないのだよ)
ヴァルターはヘルムートがどんな凄い怪物だとしても、従弟のミハエルの圧倒的な凄まじさを知っているだけに、恐れを抱いても決してミハエルがそれに劣るものではないと確信していた。
敗走していたプフェールト軍は、逃げる先さえも粉砕され、もはや降伏するしか残されていなかった。
国内の反乱はこの瞬間にほぼ戦況を決したといえるだろう。
だが、プフェールト侯爵領やオッタル辺境伯領といった敵国に売り渡された土地を奪回しなければならない。
戦争はこれで終わる筈も無く、次にシュバルツバルトの防衛に回っていた軍隊は侵攻の準備を開始する事になる。
最初から描いていた青写真は、首都を防御しながら、敵の侵攻をとめて、逆にプフェールト領まで下って奪還、南部から南西部のファルケン領奪還という形に持って行く。
元々、この国は三大公爵家の武力によって栄えた国家である。でたらめな程の武力を持った人間を代々輩出していたからこそ、守備は鉄壁だった。断じて軍隊が強かったわけではない。




