開戦
シュバルツタワーにて状況の全てが報告されていた。
その状況を聞いて、想定以上の規模で侵略が進んでいる事が分かる。
まずプフェールト侯爵軍1万が王都へ向けて先鋒隊を向けており、その背面から帝国6万が王都への第二陣として続く。さらに残りの4万がファルケン領ロートブルク方面へと移動し、高地側は掌握しようとしている。最強の領軍を持つレーヴェの支援が恐ろしい所だが、西のレーヴェ領と王都への間にオッタル辺境伯軍が2万の軍勢を差し向けている。隣接している帝国がどうも防備を固めており、南西部側は完全にケーニヒ公国へ反旗を翻したといえるだろう。
「くっ……ははははははっ!まさか王都に攻めを打つとはな!正気なのか、プフェールトとオッタルの馬鹿共は!?」
大笑いするのはヘルムート5世である。
「しかし、ヘルムート卿、我が国の軍をはるかに超えた戦力が向けられてます。ロートブルクへは高地に強い龍騎士隊や広域魔導砲部隊が散見されたと聞きます」
「まずは首都防衛が第一だ。公国の求心は首都シュバルツバルトのみ。南東部は多大な被害を受けるだろうが、王族亡きケーニヒ公国において真の象徴は大陸西部最大都市シュバルツバルトなのだから。ファルケン公、申し訳なく思うが、現在中央にある軍をロートブルク方面である西部へ行かせる訳には行かない。現在ある中央軍総勢を足す事で、プフェールト軍に加え、背後の帝国軍6万を撃退するにはそれでも少ないくらいだがな。無論、ロートブルクは軌道列車の駅がある南西部最大都市だ。首都防衛後は必ずや我々が奪還に手を貸そう」
「……」
ライナーは苦々しい顔でそれを否定できずにいた。
南部にあるライナーからすれば断じて拒否したい所だが、南部は既に戦争が開始されており軍備を整えて駆けつけた頃には手遅れなのは目に見えているため、ある程度見捨てられてしまっているのも仕方ない。
行軍は非常に遅いため、軌道列車のように数時間で移動できるという事は無い。
拠点を張られれば一から攻撃に転じなければならない。かなりの消耗は目に見えており、戦力となる人数も足りていない。現在、南部で攻められている各領地は篭城戦術によって防備に徹しさせて、首都防衛の後に敵の補給路を断ち切るというのが流れとなるだろう。だが既にファルケン領は攻められており、もはや首都をたたかれるのは目に見えている。情報で言えば、あと2日もすれば首都に到着して戦争は開始されるだろう。アイゼンシュバートを突破された以上、もはや占領されるのは時間の問題だった。
他領の連中はついにファルケンが堕ちたとばかりにほくそ笑んでいる連中もいるほどだ。
そこで前に出るのはレーヴェ家次期当主であるヨハン・フォン・レーヴェである。父であるヘルムートとは異なり非常に上背の低い男であるが、筋肉質な肉体と鋭い眼光はよく似ている。
「南西部侵攻を篭城にて時間稼ぎをさせ、首都防衛に全力を注ぎ込む。首都防衛の要所は4点。1つ目は既にあと2日もすれば到着するというプフェールト侯爵軍の第1陣、2つ目はその後にやってくる帝国の主力第2陣、3つ目はオッタル伯爵軍による東からの攻撃、4つ目は内部勢力の鎮圧…でしょうね」
「どれだけ内部に入りこんでるかは予測が付かない。だからこそ内部の防衛は必要不可欠だろう」
「内部の防衛は我がファルケン家が承りましょう。ご存知のとおり帝国第四皇女殿下の防衛を最優先にさせていただく」
ライナーの言葉に全員も理解しているので頷く。
「東側のオッタル軍との戦いはヨハン、お前がレーヴェ私兵を率いてそのまま殲滅させろ。帝国第二陣が到着する前に全軍を集めれば良いが…」
「プフェールト先行軍に関しては今集められる部隊で対応しましょう。私が宮廷魔導師部隊を引き連れます。本体の取りまとめはギュンター公爵閣下にお願いしたいのですが問題ありませんね?」
進言をするのはミハエル・フォン・ドラッヘ。当主であるギュンターはそれに対して首肯する。
「とはいえ、向こうは多勢。近付かれる前に決着がつけば良いのですが、機動力のある敵を止められるとも思わず、それを都市に入れてしまえば厄介な事になるは明白。対内部反乱はファルケン家に任せるにしても外部から都市に入られないようにするにはそれなりの防衛網が必要だが…」
ミハエルは難しい顔を作るのだが、そこでその悩みを鼻で笑うのがヘルムート・フォン・レーヴェであった。
「くははははっ!…ギュンター・フォン・ドラッヘ卿よ。貴君らは少々甘やかしすぎではないのかな?ミハエル4世に対して」
ヘルムートはミハエルを嘲笑う。
その嘲笑を聞いて不愉快に思うのはドラッヘ家の一同。ミハエルは半眼でヘルムートを一瞥し、ギュンターはヘルムートに向かって鋭い視線を向ける。
「何が言いたい、ヘルムート公爵閣下」
ギュンターの言葉に、ニヤリとヘルムートは唇の端を吊り上げる。
「ミハエルの名を継いでおきながらもその体たらくでは、ドラッヘも長くないと言っている。プフェールトなど私1人で十分だ。その位の言が欲しかったがね」
「貴公ならそれが出来ると?」
「当主を明け渡し、現役を退いた私に何の期待をしているのか?」
ならばこんな場所で仕切るなと他家の一同が思うが、それを言わせないだけの圧力があった。悔しいが、この国の支配者は、当主の座を息子に明け渡したそうが、ヘルムート・フォン・レーヴェなので有る事が理解させられる。
「ヘルムート卿のお気持ちも分かりますが、まだ対人戦争は一度しか経験が有りませんゆえ、卿ほどの自信をもてというのは酷ですよ。次の機会がありますれば、そのように言えるような働きを今回はお見せいたしましょう」
ミハエルは余裕を持った回答をする。
だが、レーヴェ家の一同はその余裕がまた怖さを感じさせる。勿論、その回答はあまりヘルムートにとっては面白くもないものだ。ヘルムートは挑発してあわよくばミハエルと戦いたいのだから。
「まあ、しかし…現役を退いたと言っても、少しは役に立とうか。我らが国土をアームズ帝国に蹂躙されるわけにも行くまい。何せ、皇女殿下の見ている場所でもあるからな。手を抜いて少しでも町に被害があったら何を言われるか」
ヘルムートは肩を竦めて見せる。
戦争が始まろうとしていた。
アイゼンシュバート襲撃の報告があってから4日後、シュバルツバルト南方の平野にて防御陣営を引いた公国軍1万とその中央に宮廷魔導師部隊が陣を取って構える。
敵進軍が早く、守りを固める時間が取れなかったため。野戦を選択したのは人手不足が祟り、シュバルツバルトの守りを司る南西門に兵力を集中させたためである。南西門の防御に大きい布陣をひいて望む事になるのが公国軍。
対してプフェールト侯爵軍は元々南部のアームズ帝国10万が、ケーニヒ公国を攻め込む事を想定した陣営を準備していたので、侯爵領軍1万に加えて、反乱軍2万、最強の魔導兵器を揃えて、一気にシュバルツバルトへ強行軍で侵攻を開始した
その侵攻を止めるべく反抗した貴族は千程度の私兵団しかなく、一瞬にして蹂躙された。多くは中立として白旗を掲げたり、シュバルツバルト陥落を予測して寝返る貴族も多かった。
戦争を前に、シュバルツバルト南西門の前で防御陣営を取る公国軍は相手の状況に息を呑んでいた。
「恐るべきは目の前にしかれている布陣が凄まじい物量だって事と、地平の奥からさらに人が雲霞の如く行軍を続けている事ですね」
「本気で我が国を落としに来ているな」
南西門の上で望遠鏡を手にしてそれを眺めるのはヴァルター・フォン・ドラッヘ、髪を後に束ねた武闘派の魔導師で、ミハエルとは従兄で、次期ドラッヘ家の当主として期待される若き俊英である。
その隣に立つのはミハエル。
2人とも魔導師でありながら、魔導師部隊のようにローブを着るでなく、軽装の鎧を着込んでいる。但し、魔導師らしく腰には杖がさしてある。
「それにしても、ミハエルは肝が据わっているな。あのヘルムートに挑発されても軽く流すとはね。さすがはミハエルの名を継ぎし者かな」
「ご冗談を、兄上。っていうか、あの化物、挑発どころか殺意を向けてましたよ。あの化物、戦争をかこつけて、私と戦いたいって臭いがプンプンに漂ってました。17年前の戦争でも常軌を逸した行動をしてましたけど、あれは変人です。しかも頭脳に優れ、化物のような武力を持っている。怖すぎますよ」
「怖すぎるで済むからミハエルを継げるんだろうよ。あれは歴代最悪のヘルムートだぞ。何せ女王を殺しているのだから。しかも…自分の妻である王族を確保して、自分が王になりあがる準備をしつつも、帝国が許さないと見るや自分の妻まで殺してる。正直、あれが死ぬまで公国の主導権を手にしようなんて思いもしないだろうな」
ヴァルターは溜息をつく。
「ま、あの軍勢を見ても、ヘルムート卿の殺気を受けた自分からすれば可愛いものですよ」
「だが、あの軍勢を相手にどうする気だ?さすがに…ん?」
ヴァルターはハッと気付く。
想定外の産物が、敵陣営の後方に存在していた。
魔導砲には様々な種類のものがある。
最小のもので鉄の弾丸を込めて、トリガーを引くだけで、魔法石によって弾丸後方の空間を爆発させて撃ち出す魔導銃。
同じようなシステムで火薬の入った玉を撃ち出す大砲。
レアな魔石によって集中された魔力そのものを撃ち出す一般的な魔導砲で、これは大きさによって破壊の規模が変わってくる。
最大のものが広域破壊魔導砲と呼ばれていて、小さい村なら一撃で吹き飛ばすと言われている最強最悪の魔導砲が存在している。4つのエレメントの篭った巨大な魔石をぶつけ合わせ1撃で魔導大砲に使う魔石4つを消耗させるので、魔石の確保そのものが大変な兵器である。
そして、その広域破壊魔導砲はケーニヒ公国三大公爵家とリュミエール帝国だけの軍事機密であった。他国が持っているはずも無いのだが、アームズ帝国をバックにしているプフェールト侯爵軍は何故かそれを持っていた。
「大変だ!広域破壊魔導砲だ!敵、後方に広域破壊魔導砲を確認!前方に伝令を出せ!」
「魔導師部隊!前方に出て軍を守れ!全員による防御障壁魔法を展開するぞ!」
ヴァルターとミハエルは、周りに指示を出してから、南西門の頂上から魔法で空を飛び魔導師部隊に合流する。
軍は広域破壊魔導砲と聞いて動揺が一気に伝播する。
広域破壊魔導砲の破壊力は100メートル級ドラゴンのブレスを凌駕する。守れる手はないとされている。
だが入り乱れた戦闘で使えば味方にも被害が出る。打ち込むとすれば戦争開始の刹那である。
ミハエルとて防衛用の結界魔法を使って防御をして、果たして広域破壊魔導砲から全軍を守れるか自信が無かった。
魔導師とは基本的には相手の攻撃を避けて遠距離から攻撃する事に特化した存在である。だからこそ前線を軍隊で固め中央で守られながら、どこからでも敵陣営を狙える位置に配置される。
広域破壊魔導砲はケーニヒ公国軍も持っているが、この戦場では持ち出さなかった。何故か?あまりにも凄まじい威力を誇り、前に立つ人間達を悉く殺すからである。




