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最強剣士の血風伝  作者:
二章
17/61

戦争の序曲

 ヴィルヘルムがはじめての敗退(?)を喫した数日後の事である。

 ファルケン領事館にある資料庫を漁り、最新の魔導武器屋魔法等を調査しているが、そのような武器や魔法は存在しなかった。さすがにこんな事は誰にも言えないので誰にも相談できなかった。ディオニスは何か察しているようだったが。

「あれは一体、なんだったんだ。とても酷い目にあった」

 ヴィルヘルムは大きく溜息をつく。

 調査しても分からないとなると、公国の新兵器か…あるいは

(アームズ帝国の侵入者だった可能性があった…。くそっ……ヴィルヘルム・フォン・ファルケンがこんな間抜けを演じるなんて…)

 強く拳を握る。

 ファルケン領事館にある資料庫から出て、通路を歩いて行くと出入り口がある大きいロビーへと出る。そのロビーのソファーには金髪碧眼の女性が優雅に紅茶を飲んで座っていた。髪を両サイドで縦ロールにしているお嬢様といった美女で、隣脇に20歳前後の使用人の女性が立っている。女性の服にはリュミエール帝国皇族の徽章が入っている。

 そのソファーの前には、女性同様にウルリヒ・フォン・ファルケンが座って、談笑をしてりうようだった。

 ヴィルヘルムはそれを横目で一瞥して去ろうとするのだが、そこでウルリヒはこちらを見る。

「おい、ヴィルヘルム、こっちに来てコンスタンツェ様に挨拶差し上げろ」

 ウルリヒは偉そうにヴィルヘルムに指示を出す。

「はっ……」

 ヴィルヘルムは歩いてコンスタンツェの足元に跪き、

「お初にお目にかかります。ヴィルヘルム・フォン・ファルケンと申します。栄えあるリュミエール12代皇帝皇太子ゴットフリート殿下の第四皇女、コンスタンツェ・A・グリュンタール様とお見受けします。噂どおりのお美しい方で、貴方様にお会いでき光栄の至りにございます」

 ヴィルヘルムは営業スマイルで媚を売る。

「あら、これはご丁寧に。ファルケン家は武門の家柄、無骨者が多いなどと聞いてはおりましたがウルリヒ様と良い、とても礼儀正しい方が多いのですね」

「私などウルリヒ様と比べれば只の兵隊でしかない無骨者。文武に優れたウルリヒ様こそ我がファルケンの象徴たる存在ですから」

「あら、そうなのですか?さすがはシュバルツバルト首席ですものね。分家の方には目の上のタンコブのように思われがちですが、随分とウルリヒ様は慕われているようで」

 コンスタンツェはコロコロと笑う。

「いえ、普段はこんな畏まった事をするような男手はないですよ。猫をかぶるのが上手いので」

 ウルリヒもヴィルヘルムが想定外なほどに礼儀正しいので少し面を食らっていた。

「ところで……今、ヴィルヘルムと聞きましたが…」

 コンスタンツェはヴィルヘルムという名に引っ掛かりを持ちウルリヒに訊ねる。

「あ、ああ。数年前に野蛮な本家ではヴィルヘルム継承の儀という一族で血で血を洗うような戦いがあったのですが、その時に、子供だったそれが偶然生き残ってしまい、本家の元公爵ゲルハルトの遺言に従って生き残った未熟者がその名を継ぐ事になってしまったと言う訳です。失敗したという報告は、帝国も耳にしているとは思いますが、決してヴィルヘルムが生まれなかったという訳では無いのです」

「ああ、なるほど。しかし、それはとても恐ろしい事ですね。家族同士で争いあうなど…今代のヴィルヘルム様はその戦いに参加したのですか?」

「若輩ながら、家族同士で討ち合い、力無き私が運よく残ってしまっただけです。とはいえ、ファルケンの本流は最低でも一騎当千である事を求められます。政治家でもあられるライナー公爵やウルリヒ様を守る刃として、無論、殿下を守る刃として力を振るう身であります」

「一騎当千…ですか。それは心強いですね。祖父のディートリッヒも常々口にしていました。支配者たるもの、全てにおいて万能とはありえない。己の力はあるに越した事は無いが、自身より優れた頭脳、自身より優れた武力、自身より優れた魔法を使える達を従えて本物の領主たりえると。本家にいながらもその武力を現公爵家の為に使っていただけるような部下を持つウルリヒ様の人徳はとても素晴らしいのですね」

「いえ、もったいない言葉です。ヴィルヘルムよ、貴様も仕事があろう、行って良いぞ」

「はっ」

 ウルリヒは少し上機嫌で退出を許可する。


(ああ、面倒くさい連中だ)

 などと思っている事はおくびにも出さず、ロビーを出て領事館の外へと出る。

 すると領事館に走ってくる1人の貴族がいた。ファルケン系貴族だったと

「大変です!ライナー閣下ぁっ!」

 慌てた様子で貴族の男は領事館の中に駆け込み大きい声を上げて中に入る。外に出ようとしていたが、ヴィルヘルムは足を止めて、引き返して領事館のロビーの中に戻る。

 領事館の二階の奥の部屋から不機嫌そうにやってくるのはライナー公爵。

「うるさいぞ、ここは多くの方々がご利用している公共の場だ。静かにせぬか、クローゼ卿」

 珍しくライナーが怒鳴って部屋から出ると待ってましたとばかりにさらに大きい声でクローゼと呼ばれた貴族が報告する。

「バルツァー卿が反旗を翻し、アイゼンシュバート城砦を後方より襲撃!陥落しました!」

 その言葉は大きくざわつく領事館。ファルケン家の人間達は立ち上がって混乱を来たす。

 慌てているクローゼの背後にヴィルヘルムは立って、クローゼ男爵の背に剣の柄を押し付け、クローゼ男爵の耳元に口を近づける。

「おい、クローゼ騎士爵閣下。この場には帝国皇女様もいらっしゃってる。貴様、ファルケンを本当に潰すつもりか。この場で殺しても構わんのだぞ」

「!」

 クローゼも一報を入れてホッとしただけに、ヴィルヘルムに殺意の篭った言葉で我に返り慌てて口を噤み、自分がしでかした事に対して一気に顔を青ざめさせる。

 ヴィルヘルム以上に、ライナーはかなりご立腹だった。

 ライナーが『そのまま斬り殺してしまえ』と目で訴えてきているが、ヴィルヘルムは引き攣って『気持ちは分かるが止めましょう』と首を横に振る。

 実績は無くもファルケン領最強武力とも噂されるヴィルヘルムとファルケン領最高権力者に挟まれたクローゼは恐怖でガタガタと震えていた。

 日頃、互いに睨み合っていても、ライナーとヴィルヘルムの2人はファルケン家の為であれば同じ歩みを出来る。

「ヴィルヘルム、そのバカを連れてこっちに来てくれ」

「はっ。ほれ、キリキリ歩け」

 グリグリとヴィルヘルムはクローゼ男爵の背を長刀の柄で押す。

「ううう、犯罪者扱いですか?」

「全てを話す前に斬り殺そうと思った程度に危険な発言をこの場に解き放ったのは事実だな」

 領事館のロビーにいた貴族達は慌てふためき、周りは動き出していた。



 公爵の執務室でライナーとヴィルヘルムの2人が立っており、すべての報告を終えたクローゼはそそくさと執務室から去っていく。

 クローゼの報告はこうだ。


 ウエストエンドの内乱があり、アームズ帝国は軍の派遣を要請し、ウエストエンドの東にあるクロフォード大公領と、そのさらに東にあるソーンランド王国領から合計10万の軍隊が一路西へ動き出したらしい。この軍隊は首都ガラハドの北西にあるカーティス市に軍隊を集結させていたらしい。

 このカーティスという都市はケーニヒ公国との国境線付近、ズユートル城砦のある南部高地のはるか東にあり、プフェールト侯爵領と隣接している。そこに10万も集れば確かに危険なので、オッタル辺境伯やプフェールト侯爵ら南東部貴族は王都からプフェールト侯爵領へと移動させている。無論、中央の防備が緩くなり、丁度ファルケン家は皇女殿下の防衛もかねて、領土から多くの私兵団を中央へと移動させていた。

 プフェールト侯爵領の軍隊が動けず、ファルケン領の私兵団が少ない所で、ファルケン領東の玄関口であるアイゼンシュバートをその東に所領を持つバルツァー子爵が城砦の裏側から回りこんで落とした。

 そのままファルケン領へ進軍しているという。



「今から中央に呼びよせた領軍を、領へ戻すのでは手遅れだ」

 厳しい顔で呻くのはライナー・フォン・ファルケン公爵。

「以前のウエストエンドの進軍時にファルケン領は領軍を動かし、学園への砲撃によるファルケン家の中央警備強化の為の人員増強。ウエストエンドの混乱を収める為にアームズ帝国軍が近接領に集まっている為、中央や南西部の貴族達が動けない時を狙っての襲撃。これまでの流れが全て線になっている」

 ヴィルヘルムとライナーは時系列を置いて地図の上でファルケンの軍隊の移動させ状況を把握する。

「だが第4皇女殿下とウルリヒの交際は学内ではそれなりに耳にされていたとは聞くが…婚約はつい最近の話だぞ」

「関係ないのでは?同じ教室なのでしょう?ファルケンが帝国に借りを作りたいと思えば、御曹司のいる教室の襲撃ですし」

「確かに…だが、狙いは何だ?反逆にしてはお粗末過ぎる。我が領に打撃を与えようと、王都から引き返せば簡単に奪還できるだろう。リュミエールにも牙をむいてしまっている以上、ドラッヘやレーヴェまで敵に回すだろう。全く理にかなっていない」

 ライナーは頭を抱える。

「妙だな」

 ヴィルヘルムは状況を見て首を傾げる。

「妙とは?」

「そもそも裏手に回ろうと、バルツァー子爵の部隊でアイゼンシュバードを落とす等できる筈が無い。全軍隊を使って奇襲による短期決戦を実行するにしても、今回の南西部にアームズ帝国がいる以上、簡単に所領から自分達の軍隊を動かせ無い筈だ。まるで背後から敵が来ない事を分かっているようじゃないか。つまり…」

「これさえも囮。本命は…プフェールト侯爵軍とアームズ帝国の共同軍によるシュバルツバルト襲撃か!」

 ライナーは青褪めて口にする。

 南西部の貴族連合がアームズ帝国に組して、国家反逆を敢行したという図が出来上がる。

「恐らくですが、プフェールト侯爵はオッタル辺境伯の勢力に組している筈ですから、それを考えると、事はもっと大きくなりますよ。南西部貴族連合とアームズ帝国軍10万による進軍です」

 するとコンコンと執務室にノックがされる。

「公国中央より伝者が来ました。至急、公爵閣下へのシュバルツタワー要請命令です」

 その声にライナーは頭を痛めるようにして溜息をつく。

「それどころでは無いのだがな」

 ライナーは苦しそうにぼやく。

「どうしますか?」

「あまりにも都合が良すぎるのは分かっている。先日、殺そうとした男が、今更何をと怒ってくれて構わない。だがそれでも聞きたい。ヴィルヘルム3世閣下ならば、彼らの進軍を止められるかね?」

 ライナーの質問、それはヴィルヘルムにとっては半ば想定外でもある。

「出来損ないのヴィルヘルムにですか?」

「……確かに出来損ないと認定し、ファルケンの権益を握ったのは私だが、息子ほど何も見えてないバカでもない。あれももう少し経験を積めば分かるようにもなろう。本当の意味でヴィルヘルムを継いでしまえば、我々の発言権等皆無に等しくなる。政治家として、そんな恐ろしい状況を避ける為の喧伝だ。ヴィルヘルム継承の儀に参加しているという事は、君が最低限でもヴィルヘルムにふさわしい才能と、本家の最低限の実力として一騎当千が謳われているのだから、力量は普通に考えても、我々出来損ないの政治家達とは隔絶している。私から言わせれば最弱といわれた亡き三男のディルク殿さえ得体の知れない怪物そのものだったからな」

 ライナーは腹の探りあいを辞めて、正直な事を口にする。

「……なるほど。まあ、分かります。それを踏まえて言わせてもらえれば……防衛戦では私の手は回らない。ファルケンは荒野において先陣を切っての攻めが本領です。多少の犠牲を覚悟で敵を壊滅させる事ならものの時間も掛からないとは思いますが」

「その些事加減はもはや私の裁量に無い。極力被害を出さずに撃退してください……と鬼神に願掛けをする程度の事しか出来ない。頼めるかな?」

「こういう時のための戦力でしょう?」

 手をヒラヒラとさせてヴィルヘルムは了承する。


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