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最強剣士の血風伝  作者:
二章
13/61

ファルケン家のパーティ

 首都シュバルツバルトの南部にある大きい城のような屋敷が存在している。ファルケン公爵家の所有する館、つまり中央とのパイプを持つファルケン家の現当主ライナー・フォン・ファルケン公爵の居城でもある。一般的にはファルケン公爵領事館というのが正しいだろう。

 大きい庭には花々が飾られ、白いレンガで積み上げられた美しい城には、巨大な剣と隼の紋が飾られており、かつては三大公爵家とも呼ばれたファルケン家の領地である事を示す。

 嫌な事を早く済ませたかったヴィルヘルムだが、残念ながら立食形式の身内だけのパーティを行なう予定だったらしく、参加者が揃っていないといけない為、ハインリヒが伝者を寄越して到着の報告を入れてから、2日後にこの屋敷にやってきている。

 すでに陽も暮れており夕日は青み掛かってきている。

 オリバーは学校の寮に戻っており、このパーティの参加者はヴィルヘルムとオズバルドのみとなっている。

 ヴィルヘルムはここに行く前に、ディオニスから『あんまりやんちゃはしないように』『パーティでは刃を振り回さない様に』『ハンカチは持ったか?』などというありがたい訓示を頂き、お前はお母さんかという突っ込みをしたのだがここでは省略しておく。


 美しい大きなダンスホールではファルケン派の貴族が多くやって来ている。

 黒いタキシードに赤いネクタイという地味な格好のヴィルヘルムは、このパーティでも端の方で目立たないようにしていた。

 そんな中、白いタキシードに目に痛い赤いシャツを着込んだ恰幅の良い中年男性が多くの取り巻きを引き連れてやってくる。

「ヴィルヘルム殿、よくぞいらしてくれた。飲んでますかな?」

 ルビーのように赤い葡萄酒の入ったワイングラスを掲げて笑顔でやってくるこの男こそが現ファルケン公爵のライナー・フォン・ファルケンである。

「いえ、未成年ですので」

 ヴィルヘルムは辞退するのだが、

「どうせ内輪のパーティですから。どうぞどうぞ。おい、そこのウェイター。ヴィルヘルム殿にお注ぎ差し上げろ。全く、気の利かない連中で申し訳ない」

 ライナーは近くにいるウェイターに指示を出すと、他の貴族のグラスにワインを注ぎ終えると、ウェイターは押し車を押して、2つワインボトルを引いてやってくる。

 先程ウェイターが注いでいたワインボトルとは違う方のボトルを手に取りヴィルヘルムへと注ぐ。そしてそのまま去って行く。

 ヴィルヘルムは嫌々ながらも、一口くらいは付けて置くかと鼻元にワインを持って行き臭いを嗅ぐのだが、そこで手を止めて、去っていったウェイターの方に視線を向ける。

 ヴィルヘルムに注いだワインのボトルはまだ中が残っているようだが、押し車の奥の方へとしまっている様子が見えて、ヴィルヘルムは呆れるように溜息をつく。

「ところでライナー閣下。この度はおめでたい話があると聞いて参った次第です。是非、その事をお聞かせ願いたく存じ上げますが、どうでしょう?」

 ヴィルヘルムは笑顔でライナーを見て質問をする。

「ああ、その事か。ん、丁度良いところに来たな。ウルリヒよ、こっちに来い」

 パーティの中、数人の取り巻きをつれて歩くウルリヒは父親に呼び止められてにこやかに歩いて来るのだが、途中でヴィルヘルムの存在に気付いて露骨に嫌そうな顔をする。

「これはこれは、3年ぶりですね、ウルリッヒ様」

 ヴィルヘルムは恭しく頭を垂れる。

「貴様か。ふん、よく来たものだ」

 ウルリヒは上から目線でヴィルヘルムを見下して鼻で笑う。最後に会った時は怯えて泣きべそかいてたくせに、今日はやけに勝ち誇ったような顔をしていた。

「まだ貴公には報告していなかったのですが、今日は我が息子ウルリヒがリュミエール帝国第12代皇帝ディートリッヒ陛下の太子であらせられるゴットフリート殿下の4番姫との婚約が決まった報告をしようとしていたのです」

「ほう、それはめでたい。おめでとう、ウルリヒ殿。これでファルケン家は安泰ですね。とはいえ、ウルリヒ殿は爵位継承権が低かったか。祖父上様も余計な遺言を残したものです。もしも結婚となれば、私のもつ爵位継承の優先権をお譲り致しますよ」

「「え」」

意外そうな顔でライナーとウルリヒはまるで狐につままれたような表情で凍りつく。

「?……何かおかしい事でも?」

「い、いえ…。仮にもヴィルヘルムの名を継ぐ者が…お戯れを」

「冗談ではありませんよ。兄や祖父達は爵位ではなく領民を生かす為に、どうすべきか、裏切り者のドラッヘとレーヴェにどう対抗するか、それを常に考えていました。兄上がヴィルヘルムを継いでいれば、兄上の頭ならばこのような局面は軽く打ち破れたでしょうが、ここに立っているのは政治も剣術も無能なヴィルヘルムですから。祖父上もまさか私が継ぐ事になるとは思いもしなかったでしょう。そこで、ファルケンを継ぐに相応しい男が現れた。ならば祖父の遺言に従い私が公爵を継いだら、直に次の公爵を指名すれば良い。違いますか?」

「な、なるほそ。さすがヴィルヘルム殿。その潔さこそ、さすが剣神とも謳われたゲルハルトの血族。きっとそのように取り計らいましょう」

 ライナーは上機嫌に頷く。

「なるほど、分を知ったか」

 嬉しそうに勝ち誇って笑うウルリヒが非常にうざいのだが、そこはヴィルヘルムは口を噤み、営業スマイルを続ける。

「では今回の王都へ呼びつけたのも、他家がそれに気付いてウルリヒを害そうとしないよう、王都の治安を守る事を口実に、その名を使わせていただきたいのです。ヴィルヘルムが目を光らせているという話を聞けば、ドラッヘやレーヴェの連中も迂闊に動きはしないでしょう。無論、やつらが直接手を下すとは思いませんが奴等の派閥の人間が動かないとは限りませんから」

「なるほど。その件なら喜んで引き受けますよ。近付く害虫の排除という事であればなんなりと」

 ヴィルヘルムはにこりと笑ってライナーと握手を交わす。

 だが、そこでヴィルヘルムは笑顔のまま剣呑な雰囲気漂わせて、ライナーと目を合わせる。

「ですが…嘘はいけない」

 その言葉にライナーは冷や水を浴びせられた様に固まってしまう。

「私をここに呼んだ理由は違うでしょう?治安活動?いやいや、帝国4番姫の嫁ぎ先が爵位継承権を年下に奪われている公爵家の人間なのが問題なのでしょう。問題を片付けるには私に爵位の継承権を譲ってもらいたい……。まさか私の方からそんな言葉を聞けると思って無かったからびっくりしたのでは?」

「……も、勿論、そうあれば好ましい…という話であって、ヴィルヘルム殿を脅かすようなつもりは…」

 見透かされた言葉にライナーの顔色が悪くなる。

「ところでライナー閣下。話は変わりますが、ヴィルヘルムを生み出すために祖父ゲルハルトは我々孫達に熾烈な修行を強いていたのですが……どんなに剣が強くても、剣でないもので殺されることを最も恐れてました。ウルリヒ様、なんだと思いますか?」

「貴様ら戦闘狂どもの考える事等知るか」

 ウルリヒは口にすると、ヴィルヘルムはワインを目の前に突き出す。

「毒物による暗殺ですよ、ライナー閣下。臭いの強い飲み物や食べ物に死なない程度のトリカブトの根なんて仕込んで、もしも口にしたら毒で苦しむだけでなく、後で折檻とかざらにありましえて……。で、この程度のワインに人を殺せるほどのトリカブトなんて入れた日には、臭いを嗅げば一発で分かっちゃったりするんですよね。ねえ…今からここで、お前の可愛い息子の口の中にこのワインを突っ込むが、良いよな?」

 ライナーは一気に顔を青ざめさせる。

「ま、まさか毒物なんて入れてるわけが…そのようなお戯れを…」

「なら、ウルリヒ、これを飲み干せ」

 ヴィルヘルムは強い口調でウルリヒを睨みつけて、右手に持っているワイングラスをウルリヒへと差し出す。

「……そ、それだけは…お許しを!どうか……」

 やっと馬脚を現したのでヴィルヘルムは呆れるようにライナーを見据える。

「祖父の遺言は守るが、いずれ爵位も譲ってやる。貴様の息子の周りも守ってやる。だがそれは全て民の為だ。くだらない政治をしてるのを見かけたらファルケン領の貴族の首が全て飛ぶと思え」

 ヴィルヘルムはワイングラスをテーブルに置き、おもむろにネクタイを外す。

 そしてネクタイを刃のようにして一閃させるて、そのまま入退場口の方へと歩いて去っていく。

「次はないぞ。お前達の持つワイングラスのようになりたくないならな」

 ライナーとウルリヒのワイングラスは斜めに筋が入り、綺麗に真っ二つになって上半分が地面に落ちていく。

「~!」

 斬られたワイングラスが地面に落ちて甲高い破砕音が響き渡る。

 ライナーは冷たい汗を額に滲ませて、事実を改めて認識する。

 ヴィルヘルムの名を継いだ、10歳に満たなかった少年は、何かの偶然で生き残ったのではなく、生き残るべくして生き残ったのだと。

 穏やかそうな雰囲気はエドガーに似ているが、中に通る鋼のような芯の強さはファルケン家当主ゲルハルトの血脈である事を実感させられる。



 ヴィルヘルムは、ファルケン公爵領事館を出てオズバルド邸へと戻る。

 騒動があった事を知ったオズバルド・ハインリヒ男爵は、後になってバタバタと戻ってきて、相変わらずな問題児であるヴィルヘルムにことの真相を問い詰める事となった。

 だがヴィルヘルムから帰ってきた言葉にオズバルドは絶句する。その場に居合わせていたトルーデやディオニス、エメリの3人は言葉を失ってしまう。

「あ、暗殺!?」

 オズバルドはヴィルヘルムの言葉を反芻するように口にする。

「我々以外、皆がウルリヒが帝国4番姫との婚約で集っていた事を知っていたのでしょう?」

「あ、ああ、私だけ伝えられていなかったようだ」

「つまり、それを事前に私が知ってしまうと、私は自分の身の危険を察する恐れがあるから避けたのでしょう」

「危険…ですか?ウルリヒ様の婚約が?」

「オズバルドさんは……そういう権謀術数に長けてないからピンと来ないかもしれませんが……、ファルケン家の人間は祖父上の遺言を全うする義務があり、それはケーニヒ国立裁判所も同じ文章を手にしている。だから彼らは、私の成人とともに公爵位を私に譲らねばならない」

「…あ」

「そしてこの機会に、ウルリヒを次の公爵へ指名したかったが、遺言状があるから、公爵位はどうあっても今年の夏の月には私になってしまう。彼らとしてはウルリヒが高等学校を卒業する前に、私から公爵位を自分達のものにしたいのだろう。……彼らにとって私は邪魔なのですよ」

「…とはいえ、脅すようなマネをしなくても…」

「脅しておかないと、周りの人間がどうなるか分からないですから。最初は…オリバーじゃないでしょうか?」

「!」

 ヴィルヘルムの淡々とした説明に、オズバルドは一気に血の気が下がる。

 ヴィルヘルムを保護しているオズバルドに対して圧力をかける事は目に見える。高等学校に通っている為、目の届かないオリバーはファルケン公爵家の派閥に何をされるか分かったものじゃなかった。

「私が遺言に従い、爵位を継いだ後、直に次の後継者にウルリヒを指名するとは言ったものの、それを真実と取るかは分かりませんから、注意をする必要はあるでしょうね。そうさせないようにたっぷりと脅してはおいたのです」

「申し訳ありません。早合点を」

「そも、事の発端は祖父上様が死に行くにも関わらず、家の事を全て決めて裁判所にその遺言状の写しを送っていた事が問題だったのですから。私が継ぐ……想定外の事が起きている以上、柔軟に対処すべき事です」

 ヴィルヘルムは苦笑してオズバルドを説得する。

「じゃあ、ヴィルヘルム様は貴族をやめちゃうの?」

 ディオニスはヴィルヘルムを見上げて訊ねる。

「今年の夏の月の誕生日にそうする積もりだよ。そしたら…まあ、事の成り行きを見守って、問題がないようだったら、さっさとこの地を去る積りではあるけど」

「そんな……」

 エメリはショックを受けたように立ち尽くす。

「まあ、そう言い出すのではないかとは前々から思っていたけどね」

 オズバルドも半ば諦めたように肩を竦める。

「どこ行くんですか?東の自由国家ソレイユとか興味あるんですけど」

 当然のように付いて行く気であるディオニスは挙手して楽しそうにする。

「で、でも、そんな…出て行かなくても………と、当主様ぁ…」

 エメリは困ったようにオズバルドのほうを見る。

「まあ、そんなに焦る事もないでしょう。オリバーが成人するまで目を掛けてはくれないでしょうか。何せ我が領は人手不足なのは存じていると思います」

 オズバルドは苦笑してヴィルヘルムを引き止める。うしろではうんうんと首を縦に振るエメリの姿が見える。

 ヴィルヘルムは苦笑を見せる。

「ファルケン家からすれば、帝国に刃向かった派閥の人間を残していたら、いずれオズバルドさんの身も危なくなりましょう。それだけの権力をファルケンは手に入れようとしてますから。分かってるくせに。そんな甘いんじゃ、その内、くだらないゴタゴタで殺されますよ」

 ヴィルヘルムの言葉にオズバルドは二の句が継げなくなる。

 オズバルドはそれも分かっている。

 だが、ヴィルヘルム・フォン・ファルケンという青年は非常に賢い。かつてゲルハルト・フォン・ファルケンも政治に関しては詳しく無かったが、正否の判断は迅速で、非常に理論的に物事を捉え、正しく判断できる人間であった。ヴィルヘルムはゲルハルトの面影をそのまま引き継いでいる。190年前に実在したというヴィルヘルム2世という伝説に対して見劣りしない才覚を、目の前の青年は持っている。

「ただ……ヴィルヘルム様は大きく勘違いなさっている。自分は領主の資格はない、ゲルハルト様は貴方がこの場に立つのは想定外だった、そう申されてましたね?」

「ん?ああ、そうだけど」

「それは大きい間違いですよ。ヴィルヘルム様は当事者で、かつては全くその理解をもっていなかったから自身を過小評価をなさっていたのでしょう」

 オズバルドは首を横に振る。

「……そうかい?客観的に見て、私が公国最強の剣士だったエドガー兄上や、かつて鬼神の再来とおそれられたゲルハルト公爵閣下に勝てるとは誰も予測できないと思いますよ」

 ヴィルヘルムはオズバルドにはっきりと言い切る。ヴィルヘルムは、いや、ユーリはあるべき姿を壊してしまったと自覚している。

「ゲルハルト様の遺言状はご存知ですか?」

「何度も見返した。私が公爵にならないという方法が無いという事実もね」

「おかしいと感じなかったのは、多分、ヴィルヘルム様が気付けなかったのでしょう?遺言状では『ヴィルヘルム3世を公爵とし、ライナーが領政を補佐する事。但し、ヴィルヘルム3世が成人していない場合は、成人後に公爵を継承する事とし、それまではライナーが公爵とする』とありました。……そもそもそんな項目を書いたりする筈がないんですよ。思い出してください、ご家族を。ヴィルヘルム様以外の後継者は、皆、成人してたんですから」

「!」

「ゲルハルト様はエドガー様の才能を計り知れない…と評してました。そして後にこうも聞いてます。ユーリは幼いが、その才はエドガーに匹敵しうるやも知れず、しかし甘すぎて使い物にならぬと。つまるところ、ゲルハルト様は天才エドガー同様計り知れない器である事は、最初からお認めしていたのです。このような状況になったのは我々ファルケン傘下の貴族がヴィルヘルム様を軽んじていた為であり、ヴィルヘルム様に落ち度は無かったのですから」

 ……

「ありがと」

 ヴィルヘルムは少しだけ、救われた気がしたので、頬を少し引き攣らせながらも礼をする。


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