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最強剣士の血風伝  作者:
二章
12/61

首都シュバルツバルト

 ロートブルクからシュバルツバルトへ向かう軌道列車は地平の先へと続いている。

 長く続く1本のレールの上に巨大な鉄の箱が乗っている。ミミズ型巨大モンスターであるワームに良く似た形で、大きさはそれより小さい100メートル程度の長さに納まっており、その筐体は10両ほどに分かれている。レールの周りは車体の通る外側に壁が張ってあり、これはモンスター避けとなっている。それでも時々モンスターが中に入ってきて、列車に轢かれるという事も少なくはない。

 この軌道列車は、魔力によってレール上10メートルおきに磁力を制御する魔石がついており、レールに沿って走る列車のガイドに付いている磁極を入れ替える事で、反発力によって宙に浮いて前進するという原理をしている。原理は分かっても細かい部品や設定などの設計方法が戦争で喪失している為に、再現が未だにどこの国でも出来ていない。壊れたら、部品を作る工場で、当時のものをそのまま作って付け替えるしか出来ず、未だに誰もその技術に追いついていない為、軌道列車はまさにオーバーテクノロジーの遺品と呼ばれている。


 ヴィルヘルムは軌道列車に乗って、ロートブルクからシュバルツバルトへと向かう。

「馬車でさえゴトゴト五月蝿いのに、こんな早くて音も無く動くのか、軌道列車は。ヒルデガルド32世は天才だな。帝国は何で陛下を亡き者にしたんだろう。技術を独占すれば、もっと大きく発展しただろうに」

 ヴィルヘルムは現れては消えて行く景色を眺めながらぼやく。そとの景色は壁によって遮られて見えない。だがそのスピードはかなり速く、馬車の比ではない。

 ロートブルクからシュバルツバルトまで直線で350キロほどの距離がある。通常でも歩いて行軍で11日、旅人が歩いても3~4日掛かる距離であるが、6時間ほどで辿り着くのは奇蹟である。

「畏れた…そう聞いております」

「畏れ?」

「陛下はあまりにも科学の力で世界を変えました。科学国家と呼ばれるリュミエールのほとんどの魔導科学技術はケーニヒ王立科学研究所発です。ケーニヒは野心を持たない国家でしたから、尚更恐れたのでしょう」

「そんなんで恐れられ、腹心に殺されるかぁ。陛下の無念たるや偲ばれるなぁ」

 過ぎ行く景色…と入っても壁なのだが、風を切る音だけを乗せて走る軌道列車の外を眺めながら、ヴィルヘルムは15年前の無念を残念に感じる。

 ロートブルクから出発して随分経つ。荒野を越えて、壁の奥に見える山に人家がちらほら見える。首都シュバルツバルトに近付いてきたのだろう。

 やがて首都の中に列車が入ったようで大きい建物が壁の奥からでも見える様になってくる。


 ヴィルヘルムは、軌道列車に乗る事も、この眠らない都とさえ言われた大陸屈指の大都市シュバルツバルトに行く事を心から楽しみにしていたが、嫌いな親戚とまた会わねばならないという重たい気持ちもあり複雑な心境であった。

 これまで保護してくれたハインリッヒの顔を立てて、極力波風を立たせないようにはしているつもりではあるが。



 シュバルツバルト、1000年前は黒い森だったとも言われる土地であるが、今は背の高いビルがニョキニョキと聳え立っている。その中でも一際中央に大きく聳え立つのは黒い巨塔ことシュバルツタワー。貴族院と呼ばれる最高評議会が政治を行なう場所であり、商工ギルドや銀行、様々な公的機関が入っており、近代都市を支えている。

 踏み込むと靴の踏み込みを吸収するような柔らかい道路によって舗装されており、中央は馬車の大通りには馬車が通り、舗装道路の横は石造りで舗装されている道が続き、人の歩く道となっている。

「凄いですね。何だかのどかな農村暮らしの私にはどうにも…」

「ヴィルヘルム様、向こうにシュバルツバルト高等学校があるんですよ」

 歩いている右側の方を指差すオリバー。

「我々はどこで暮らすのですか?」

 ヴィルヘルムは重たそうに荷物を引いているトルーデとエメリから荷物を取り上げて、両手で荷物を持ちながらオズバルドに尋ねる。

「ここはね、凄い地価が高いんだよ。さすがにハインリヒ領にそんなお金はないから、城門の外、平民街にある家を買ったよ。まあ、男爵位に恥じない程度の…ね」

 オズバルドは苦笑して遠くを指差す。

 軌道列車は都市に入ると陸橋の上にレール走っており、そこを進む。その為、シュバルツタワーを中心にして東西に大きい舗装された街道が通っており、オズバルド達は南へと進んでいた。一直線に道があるので城門がどこにあるかもよく分かるが、城門が非常に遠くに見える。

「大丈夫ですか?貴族的に」

「男爵家や騎士爵を持つ下位貴族は皆そこら辺だよ。さらにそこから外へと向かうと貧民街があるのだが、治安の悪い区画<スラム>もあるからそういう場所には行かないようにね」

「確かに…無辜の民は傷つけるのはよくないよね」

「いや、ヴィルヘルム様はそうでも、トルーデやエメリは本当に危険だから」

 オズバルドは君の為にそんな事を口にはしないよとばかりに首を横に振る。

「治安が悪いのならどうにかしないの?」

「どうにもならない規模だからね。貴族である我々は、それなりに豊かだ。でも、平民は貴族ほど裕福ではなく、場所によっては餓死するような土地もある。ドラッヘやレーヴェのような大貴族はともかく、その組下にいる下位貴族なんかは尻拭いさせられて、人手不足で領地経営が厳しくなる事だって多い。この大きい都市に憧れて野心を持ってやってくる人間もいれば、養い切れない次男三男坊、男手を失って食うに困った農家の娘、中には取り潰された貴族の子女なんかがこういう大都市に仕事を求めてやってくる」

「なるほど。人がたくさん集る訳か」

「情報も集るからね。戦争で男手不足の農地へ素直に働きに行く人間もいるよ。そういう仕事の斡旋する場所も確かにシュバルツタワーにはあるんだ。あと魔法や武芸を嗜んでいる人間はモンスター退治の依頼とかもだね」

「そんな仕事があるなら、私はどこでも食っていけそうだな」

 ヴィルヘルムは肩を竦めて笑う。

「そういう技術のない者は淘汰される。女子なんかは体を切り売りする人間が多いし、犯罪に手を染めざる得なくなる事もある。北の繁華街の裏通りには娼館が立ち並ぶ場所もあるくらいだ。貧民街に治安の悪い区画があるといのも、そういう金貸しの元締めが管理している場所で、犯罪者を良い様に使う為に匿っているような場所もある。あとは娼婦なんかが子供を捨ててるケースもあるね。とにかく…人が集ればたくさんの問題も出るって事だ。ウチの領じゃ千人いれば10人くらい犯罪に手を染める者がいても、この街では50万人いるから5000人くらい犯罪に手を染めてしまう」

「うわ…人のいる数が違うとこうも変わるのか」

 ヴィルヘルムのぼやきに、一同も同じ事を考えて引き攣ってしまう。

「しかも領から逃げて出てきてる人間も多いからね。犯罪者崩れが入ってくるから尚更だよ」

「貴族も大変だなぁ」

「いや、ヴィルヘルム様は貴族ですからね?」

「いやいや、私は……ヴィルヘルムとしての使命を全うしたら、早々に爵位継承権を放り投げる積もりですよ?」

 ヴィルヘルムは首を横に振る。

「ヴィルヘルムとしての使命ですか?」

「それが何なのか、私には分かりませんが……。ヘルムートやミハエルに対して武力による圧力に屈しない存在であるとは理解してます。兄上がヴィルヘルムを継いでくれていれば、何も問題は無かったのでしょうが…、私が余計なことをしたばかりに」

「…ゲルハルト様は、きっと、こういう結末も予測はしていたとは…思います」

「……どうでしょうね。本心では兄上が私を斬り殺す程の非情さを持ち合わせていれば、完璧なヴィルヘルムが出来上がったのだとよく思います。無論……優しい兄上に悪鬼のような命を奪うような所業を押し付けていたかと思うと気分が良いものでもないですけど」

「今回の会議で…良い話が聞けるとは聞いていたし、それで上手く収まるならうれしい事はないね」

「そうですね」

 オズバルドの言葉に、ヴィルヘルムは頷く。


 一同が辿り着いた場所は庭付き2階建ての大きいお屋敷で、赤い屋根と白い壁がファルケン関係の人間らしさがある。ちゃんとハインリヒ男爵の紋章の入った旗が飾られており、貴族の首都領アピールをしている。確かに都市の外であるが、他にも貴族の家々が並んでおり、すくなくとも高級住宅街のように見える場所である。

「さてと、じゃあ、早速、ライナー閣下の所に行きますか~。嫌な事は早めに終わらせないと」

「だから、ヴィルヘルム様、そういう事を言わないように…」

「おっと」

 オズバルドの心労は家族よりも保護しているヴィルヘルムの態度にあるのだった。

 だがそれも仕方ない事である。

 ヴィルヘルムは本来であれば本家の嫡男だ。

 だがゲルハルトの遺言は簡素で簡潔な半面でいかようにも取れるほどに穴が多かった。


①ヴィルヘルム継承の儀の後、本家4兄弟の内で生き残った者にヴィルヘルムと名乗らせる事。

②ヴィルヘルム3世を公爵とし、ライナーが領政を補佐する事。但し、ヴィルヘルム3世が成人していない場合は、成人後に公爵を継承する事とし、それまではライナーが公爵とする。

③ヴィルヘルムにファルケン家における生殺与奪の権利の一切を認める事。


 凄まじい遺言である。

 ヴィルヘルムもこれを見たら絶句するしかなかった。

 今後の方針とか何もない、ただ成った者がヴィルヘルムとして圧倒的武力で活躍する事を信用しきっているとしか思えない遺言である。あるいは成った者へプレッシャーでも掛けているかにも読み取れる。


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