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最強剣士の血風伝  作者:
二章
10/61

ウエストエンドの惨劇

 アームズ帝国傘下ウエストエンド騎士国首都ガラハドの王城では国王が玉座に座っていた。

 ウエストエンド騎士国のウエストエンド騎士王エドムンド、黒い髪、下に垂れ下がった黒い犬耳、黒い口ひげを伸ばしている肥えた人狼族の男であった。エドムンドは玉座でワインの酒瓶を右手に持ち、4人の半裸の女性を侍らして、放蕩に耽っていた。

 かつて帝国の尖兵として忠義に厚い、帝国の犬と罵られていた軍事国家も今は昔、現在は愚王の悪政によって困窮に陥っていた。食糧不足という危機により戦争を始めたのもこの愚追うの政略に他ならなかった。

「戦争は勝ったのか?偶には人族の女も悪くなかろう。女は捕まえたら余の所へ持ってくるように将軍へ伝えよ」

 エドムンドは報告に来た士官の報告も聞かず、にやけた顔で左手に侍らしている女の体をまさぐりながら、自分の言いたい事だけを言って、話を打ち切ろうとする。

「そ、それが…ハイランダムにいた将軍が亡くなったという報告が…」

「亡くなった?ならば変わりに副官でも挿げ替えればよい。そんな分かり切った下らない事を仰ぐ為に余の貴重な時間を割こうというのか?貴様ら無能なクズどもは何をやっているのだ」

 エドムンドは呆れたように士官を見下して鼻で笑う。

 士官の男は心の底では玉座で酒を飲み女と戯れるのが貴重な時間と言う王に対して怒りもこみ上げるが、そこは長年務めた男なので怒りを全く表に出さずに報告を続ける。

「どうやら敵国の暗殺者なのか、王都へ進軍しているようで、数は少数との事ですが、警備の強化をしたいので、その許可を頂きに参りました。

「ふん、構わぬ。全く、どうしてこの王である余が、貴様ら愚民どもに気を掛けねばならぬ。全く…これだから無能な連中は。リュミエールの食料と女を連れてくるまで、報告に来るな!」

 王は士官の男に喚き散らして、近くにいる女を蹴り飛ばす。ひっと女性達から悲鳴が上がる。

 すると更に武官の一人がバタバタと走って玉座の間にはいってくる。

「失礼致します!陛下!至急王城より避難をお願い致したく!」

 武官の1人が悲鳴に近い声で願い出てくる。

「何を言っている。ここは騎士国の宮廷であるぞ!ここより安全な場所等…」

「敵です!2名の子供が正門より侵入!ケーニヒ国隼と剣の紋章からファルケン公爵家の人間とその従者と思われる2人組が現在歩いてこちらまで向かって来ています!」

 報告する方も、自分で何を言っているか分からないくらい状況がおかしくなっていた。

「何を世迷言を。だったらさっさと殺せばよかろう。何がファルケンよ。落ちぶれたケーニヒの地に落ちた鳥風情に何が出来るというのだ。城内の兵士全員で当たらせろ。大体、アルバーン親衛騎士団長はどうした?」

「戦死しました」

「親衛隊副騎士団長のバークリーは?」

「戦死しました」

「城外に待機していた白狼騎士団1万騎はどうした?」

「全滅です」

「白狼将軍パリストンは!?」

「戦死しました」

「………っ!」

 武官の男が青褪めた顔で報告していたが、国王もまた顔色が悪くなってくる。

「戦いの音さえ聞こえていないのだぞ!そんなバカな事があるか!」

 国王はバカにされているのではと思って大きく声を荒げて叫ぶ。

「そ、それが…ファルケン公爵家と思しき男が剣を振ると、一振りで目の前の人間が全員真っ二つになると……」

 武官の男が青褪めて報告しているのだが、その背後からさらにゾロゾロと兵士達が後退って入ってくる。背後を見て武官の男はギョッとした顔で通路の奥を見て、そして慌てて王へと忠言を続ける。

「へ、陛下!とにかく、ここは危険です!早くお逃げを!」

 入ってきた騎士達は槍を構えて、後退りながら入口を取り囲むように配置につく。


 そんな中、カツーンカツーンと2つのゆっくりとした足音が入口の方から聞こえてくる。

「ひっ」

 玉座の間に入ってきたヴィルヘルムとディオニスの2人組を取り囲む兵士達は恐怖で青褪めて及び腰で取り囲む。

「あ、あれが騎士王エドムンドですよ、ヴィルヘルム様」

 ディオニスは騎士王エドムンドを指差してヴィルヘルムに教える。

 だが兵士達はその言葉を耳にして一様に自分の耳を疑い、そして一気に青褪める。ヴィルヘルムといえば、騎士国が長年リュミエール南部を攻めた際に必ず守っていたファルケン家の英雄の名である。それは国内よりも、敵国での方が有名な名であった。刃によって万の軍勢を1人で殺した何ていう逸話が存在しているほどだからだ。

「……き、貴様、ここは騎士王たる余の御前ぞ!誰の断りをもってこんな無礼を!」

 エドムンドは玉座から立ち上がり、ヴィルヘルムに対して怒声を上げる。

 だがヴィルヘルムは首を傾げ、ポムと手を打つ。

「あー、ごめんなさい。入るの断るの忘れてたよ。でもこういう場合って誰に断る必要があるんだ?」

 ヴィルヘルムは首を傾げると、となりのディオニスは

「こういう時は門番か、王宮勤めの偉い人とか」

「でも全員死んじゃってるでしょ?」

「何が、血の雨を降らさないですか。もう、凄まじい数の人間を殺して!」

「でも、ハイランダムで戦った将軍さん達が言ってたじゃん。好きで戦ってる訳じゃない。王命で仕方なく出陣していると。必要最低限の犠牲として王様の命が入っちゃった以上、仕方ないよ」

 ヴィルヘルムは肩を竦めて苦笑する。

「な、何をしているか!この北の猿が貴様らの王である余を討とうとしているのだぞ!さっさと殺さぬか!この無能共が!」

 騎士王エドムンドは喚き散らすので、兵士達はジリジリとヴィルヘルムから距離を取っているが、なんとか踏みとどまって戦闘モードに入ろうとする。

「俺は必要最低限の人間を切ったら帰るつもりなんだよね。別にウエストエンド騎士国の行く末とか全然興味ないんだ。騎士王だけが死ぬのと、この場の全員死ぬのと、どっちが良い?そこの王様を殺すのを邪魔しないなら、別に戦うつもりなんて無かったんだから」

 だからと言え、城門を無断で通ろうとする悪漢を止めない門番はいないし、場内を歩く不審者を止めない護衛はいないし、玉座の間へ向かう不審者を止めない親衛騎士がいる訳もない。結果として多くの人間を斬ってここにきてしまったのは事実だ。

「何をやっている!さっさとそこの者を殺せ!貴様ら、このような失態をして生きていられると思うなよ!とにかく、この私を守るのだ、この愚民共が!その無礼な暗殺者をさっさと殺さぬか!」

 騎士王も騎士王で混乱しているのか、随分とずれた命令を下していた。

 それじゃあ、俺達、この侵入者を殺したら、王様に殺されないか?道を開けたら、この侵入者は生かしてくれるんだよね?そんな思いが頭に過ぎる。

 当然、その矛盾にディオニスとヴィルヘルムも気付いてしまう。


 こいつはバカじゃないのかな?

 バカですね。


 そんな感じで互いに目で語り合って頷き合う。

「なるほど、民衆からちらほら聞こえてたけど、稀代の愚王だと」

 ディオニスは呆れるように、玉座の前で地団太を踏んで命令だけを出す肥えた男を見て、大きく溜息をつく。

 そこでヴィルヘルムは右手を腰の剣に手を掛けていたが、そこから手を離して後ろを向いて去っていく。

「あ、待ってくださいよ、ヴィルヘルム様」

 1人残されそうになるディオニスは慌ててヴィルヘルムを追う。

「逃がすな!追え!王に立てついだ事を後悔させよ!」

 エドムンドは喚く。

 兵士達は、ヴィルヘルムが何もせずに去って言ったのか理解できず、だからといって追いかけて戦う勇気もなく、槍を持ったまま立ち尽くしていた。

「何をしているのだ!はや…あ、あれ?」

 王は喚いているがいつの間にか自分がひっくり返っている事に気付いたようだった。その瞬間、侍っていた女達が悲鳴を上げて慌ててエドムンドから離れる。

 兵士達は何が起きたか全く理解できず、倒れた王を見ると、それは既に王の死体だった。

 王は胴を真っ二つに切り落とされており、転んだのではなく力尽きて倒れたのだと理解する。だが、兵士達はヴィルヘルムがいつ斬ったのかも分からなかった。

 それどころか、王は斬られた事に気付いていなかった。

「鬼神…ヴィルヘルム…」

 かつての異名を兵士の誰かが口にする。全員が恐怖とともにその名を刻み込まれる。



 それから暫くして、カッツェ領に集ったファルケン傘下の貴族達による私兵団は、戦いの為にカッツェ領へと集結していたのだが、カッツェ領では既に戦争をしている雰囲気はなくなっており、入ってくる情報も、かなり錯綜していた。

 撤退を始めたウエスト騎士国の軍隊だが、彼らは何が起こったかという情報が全く入ってこなかった為だ。

 オズバルド・ハインリヒもその戦場に立つ1人の貴族として前線基地へとやってきていた。

「大変です、ハインリヒ様。どうやらズユートル砦が崩壊しているようです」

「砦が崩壊!?」

 さすがにオズバルドも耳を疑う。

 ヴィルヘルムが従者のディオニスを連れて出て行ったから、きっと戦場に勝手に突っ込んだのだろうことは予測できた。だが砦を破壊とはどうすればよいのか見当もつかない。斬るといっていたが、まさか本当に斬ったのかと首をひねる。

「どうも砦の西側にある岩崖が崩壊して土砂崩れによってつぶれた様で…」

「それで、敵は?」

「どうやら敵の拠点ハイランダムでも指揮系統が混乱しているようで…ただ噂では……騎士国の国王が暗殺にあったと」

 諜報任務をしていた兵士はボソッと確かでない情報を小声で伝える。

「!」

 ハインリヒは顔を歪める。ヴィルヘルムの出来る事といえば、それこそ暗殺である。正直に言えば、魔導兵器という近代兵器の前では個人の武勇等たかが知れているものへと戦場が進化しているからだ。

 無論、ハインリヒもまさかヴィルヘルムが正門から堂々と立ちふさがる敵を皆殺しにして王の首をとっているとは思いもしていないのだが。


 そんな状況で、ヴィルヘルムとディオニスの2人は、ハインリヒの陣営へと到着する。

「ただいまー。戦争の徴兵には間に合った?」

「セーフ?」

 ヴィルヘルムとディオニスはのほほんとオズバルドの前に顔を見せる。

「ヴィ、ヴィルヘルム様、一体、何をしでかしてきたのですか?」

 オズバルドの問いに対して、

「ん?しでかしたとはこれまた酷い言い様だね。ちょっとウエストエンドまでピクニックに行って来ただけだよ」

 しれっとヴィルヘルムは報告するのだが、ディオニスはジトとヴィルヘルムを見上げて正確に報告する。というよりも不満をぶちまける。

「ヴィルヘルム様は人をハイキングに誘っておいて、砦は破壊して先に進むし、ハイランダムでは将軍っぽい人を片っ端から斬って行くし、ガラハドまで足を伸ばして王様はやっつけちゃうし、もう大変だったんだから」

「別に快適な旅だったろ?食事は肉が多かったし」

「ヴィルヘルム様は肉ならなんだって良い人でしょ!味付けは大雑把で今一だったよ」

「むう、今時の子供は難しいな」

 ヴィルヘルム・フォン・ファルケン16歳は10歳の少年の意見に対して悩ましそうにぼやく。

「戦争なのに、戦場に出ないで騎士国までいって何で王様の首を取っちゃうんですか…」

「え?でも………無辜の万の軍勢を皆殺しにするよりは数百の将軍や王を守る人間を殺した方が手っ取り早いでしょ?戦場で戦う人間は、そもそも戦争に踏み切った責任が無いのだから」

「……」

「大体、戦争なんて、欲しい物を奪うただの略奪者の所業じゃないか。あれこれ言い訳つけようが、盗賊の親玉の言い分なんかどうだって良いよ」

 侵略してくる相手の事を盗賊の親玉としか思ってないような男が、敵国の王族を敬うはずもなく、ならば将軍などは盗賊のサブリーダー程度にしか思わないのだから斬る事に躊躇うはずも無い。無論、ヴィルヘルムは家族を切り殺しているので、そもそも敵対する相手に躊躇うような剣を持ち合わせてはいないのだ。そしてその意見に対して、実は齢10歳のディオニスも深く変な事とも思っていない。

「まあ、ヴィルヘルム様が討伐任務をし始めてから、色々と諦めてきたので、今更、咎めるつもりも有りませんが…」

「何だろう、そこはかとなく、私の保護者が酷い事を口にしたように聞こえたのだが」

「保護される側が酷いから別に良いんじゃないんですか?」

 ヴィルヘルムのぼやきにディオニスが首を傾げて突っ込みを入れる。

「まあ、戦いはないに越した事もないし。戦争になったら大変じゃないですか。人の命も食量も金も何もかも飛んで行くし」

「まあ、戦いが無いに越した事は無いからね。とはいえ…」

 オズバルドはヴィルヘルムへと視線を向ける。

「?」

 ヴィルヘルムは何だろうと首をかしげると、オズバルドは心配するように言葉を掛ける。

「1人で何もかも背負う事もないんだよ」

 結局の所、ヴィルヘルムという男は、領民の為に体を張っただけである。

「別に背負っている積もりはないですよ。大体、戦場とは言え殺人なんてしない事に越した事はない」

「…」

 ヴィルヘルムはヘラヘラと軽い気持ちで話すのだが、オズバルドからすれば言葉の節々で心を痛ませる。ヴィルヘルムは結局の所、望まぬ形で家族を手に掛けてしまっている。戦いが無いに越した事はない、殺人なんてしないに越したことはない、そのいずれの言葉もそのままヴィルヘルムへと帰っていくからだ。

 だからと言って、踏み込んでしまった自分が積極的に他の人に同じ思いをさせたくないからと前に出るのは間違っているとも感じるのだ。

 このようにして、今回の出陣もまた、ヴィルヘルムには何の戦果も無く、戦争は始まる前に終わったのであった。


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