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第九十七話 ライバル、北の村で試合をするのこと その三 勝利の凱歌

二番手が落ち着き、北の村陣営が意識をこちらに向けてきたので、私は徐に立ち上がる。リーダー並みの体格を持つルラも立ち上がり、ゆっくりと中央に進み出る。


興奮しているのか、早く浅いルラの息が聞こえてきた。一方、私は深く静かな呼吸を心がける。立身中正を保ち、両肩の力を抜いて落とす。「気」が全身をゆっくりと巡っているのが感じられる。悪くない。



もう少し前進するとルラの間合いというところでルラが仕掛けてきた。緊張のあまり焦ったのか。こういう拙攻は、避けるのが簡単だ。が、ここはあえて避けずに受ける。


間合いを誤った突きは私の体に達する前に、威力の頂点を迎え、私の体にはダメージとならない。


頬で受けた左拳のすぐあとに、ルラが右拳で突いてくる。今度は間合いに入っているので、打撃力は充分だ。


しかしこれも敢えて左肩で受ける。


鈍い音が響く。


が、打撃で後ろに退ったのは私ではなくルラ。


私に勝てるとは思っていなかっただろうが、綺麗に入った打撃が通用しないとまでは予想していなかっただろう。尻餅をついてこちらを見る目が驚愕に見開かれている。


周囲の歓声もやんだ。



氷像のようにルラが固まってしまったので、左掌で招く。洋の東西でアクションの意味が異なると聞いたことはあるが、流石にこの動作の意味は通じるだろう。


ルラが信じられないものをみる目でのろのろと立ち上がる。全く。


これがボクシングの試合だったら、テクニカルノックアウトが取られるところだ。



地面をずしんと踏みつけ、再びルラが突進する。


全く同じようにルラの拳は跳ね返され、ルラが尻餅をつく。


ふむ。


リーダーの耐打撃から推測はしていたが、やっぱりそうか。


理由についてはよくわからないが、気を整えて武術に応用すると、元の世界よりも高い効果が得られるようだ。


イメージに従い、突きの威力を高めたり、精度を増したりできる。


今回は靠の応用で、ルラの拳が命中する瞬間に当たりそうな体の部位から勁を発してみた。その効果はごらんの通りというわけだ。ルラは自分が殴りにいっているのに、逆に殴られている。


もっとも、こんな小技は実戦ではあまり用途はないだろう。一対一で戦えるとは限らないし、これほどわかりやすい間合いで仕掛けても来ないだろう。


あくまでも見せ技だ。



村が完全に静まり返っている。



もう一度ルラに手招きをし、今度は胸で跳ね返す。


北の村のゴブリン達が、完全に茫然自失している。消えた歓声のまま口を開け、それでいて脱力しきっている。天を突いていた拳たちは、力なくさがっている。


ルラは自らの痛めた拳を見つめている。どす黒く拳面が腫れ上がっている。


またのろのろと立ち上がるが、もはや殴りかかる余力が残されていない。だらりと下がった両腕が、もはや戦闘力が失われていることを如実に示す。



そろそろ私が攻撃してもよい頃だろうか。


ルラが殴りかかってこないことを見て取り、後ろのリーダーたちを見やる。彼らも驚愕に彩られている点では全く同じだが、目だけが異様に希望に満ちている。


ふむ。


いいだろう。


今度は私の番らしい。脚の進みを普段通りに、そして攻撃する右手はゆっくりとルラに向けてあげていく。そう、ちょうど良い距離の時に、掌根がルラの胸に届くように。


そして掌が触れた瞬間、後ろ脚となった左脚を踏み、打撃力、即ち勁を発する。



見せ物としては残念なことに、ルラの全身からすでに力が失われていたために、私の発した勁はルラの全身を揺さぶる程度の威力しか発揮できなかった。これが打撃を防御しようと構えを固めていれば、恐らくルラの体を縦回転させて吹き飛ばすほどの威力を発揮できただろうに。


ともあれ、ルラの意識は綺麗に刈り取られ、体はその場に崩れ落ちることになった。


あたりを見渡すとみな、体が全く動けない様子だ。


止むを得ないので、ルラの上体を起こして背中に活を入れてみる。人間同様にこれで意識が戻ればいいのだが。


心配を他所に、体を大きく跳ねさせたルラが意識を取り戻した。


大きく見開いたままの目であたりを見渡し、見守って居る私と間近で目があった。と、一挙動で後方にさがり平伏する。


器用な奴だ。


「私北の村の長ルラは、コボルトの村の将、ケイさまに完敗してございます。今後北の村はコボルトの村に恭順致しますので、ぜひ配下にお加えください」

のたまった。


視線をあげてリーダーを見やると、なぜか得意満面で踏ん反り返っている。圧勝したのはお前じゃないだろうに。


仕方がない。


「私は村を代表してはいないので、村の配下に加えることについては即答しかねる。ただし、私達みながこれからもこの地で生き残っていくためにはこれまでのように身内同士で殺し合うようなことはできない。力を合わせて南からの脅威に立ち向かわなければいけない。

「村にというと即答できないが、私達のためにはあなたたちの力も必要だ。ぜひ力を貸してくれないか」


分村のゴブリンも一斉に頭を垂れる。



こうして私達は北の村二つを配下に組み込むことに成功し、帰途についた。私の胸中にあるのは、恐らく今年もおこなわれるであろう人類軍の侵攻に晒されるのはどの村なのか、そしてその被害を最小限にとどめるためにはどうしたらいいのかということばかり。


温んできた川の水も、拙く鳴き始めた春の鳥も、対策を急げと叫んでいるようにしか聞こえなかった。

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