九十五話 ライバル、北の村で試合をするのこと その一 先鋒戦
翌日、早くから村は賑わうことになっていた。どういう訳だか分村にまで知らせがいったようで、相当数のゴブリン達が押し合いへし合い、村の中央にある庭を取り囲む。
リーダーたち犬人はもはや目の焦点が合っていない。私も下手をすれば涙ぐんでしまって目眩がする。わかってはいたが、やっぱりゴブリンの臭いはきつい・・・。
まずはルラと交渉をして、3対3のポイント制にする。互いに3人ずつ対戦者をだして2勝した方の勝ち。リーダーにしても私にしても、この状況で対戦して力が出し切れる気がしない。少しでも先に延ばして臭いになれる必要がある。
となると、先鋒にはゴブリンから選ばないといけないだろう。北の村側のレベルがわからないが、あまりあっさり勝負がついても困るので、ある程度の強さが必要だ。その上で相手に勝ちを譲れるといい。
次鋒というか中堅というか、副将はリーダーだ。というか、リーダーが譲らない。大将は私だ。勝っても負けても私でなければルラは納得するまい。さて先鋒を誰にするか。グルでは血が上っているから、勝ちを譲ることができないだろう。今回はギィだ。地力はそれなりにあるものの、まだ鍛錬がそれほど進んでいないために、良くも悪くも「強めのゴブリン」。向こうがどれぐらいのものをだしてくるかわからないが、いい勝負をしてくれるのではないかと期待する。
軽く朝食をとってから、いよいよ以て勝負だ。
冬もまだまだなのに、集まったゴブリンの熱気がすごい。ついでに臭気もすごい。建物から私達が出ていくと、ここしばらく聞いたことがないような歓声が上がった。庭に続いている間にいたゴブリン達がどいて人並みの道ができる。まるでプロレスの地方興行だ。向こうにはチャンピオンよろしく、ルラたち三人がいる。
こうしてみると、やはりルラの体格は違う。これまでの最強というとガラッハだが、彼の体格自体は普通。ただし戦技が巧みだった。
それに比べるとルラの体格は二回りは大きく、体格だけなら人類軍の少年兵ぐらいはある。失礼、筋肉量は恐らく少年兵では敵うまい。体重は50〜60キロぐらいだろうか。両脇の二人もルラほどではないが、中々の体格だ。
リーダーはともかくギィは普通だから、正直まじめに戦っても勝てるかどうかが微妙に思える。
歓声が静まり、観客が見守る中、私達は庭へと進む。死ぬつもりはないが、処刑台に送られる死刑囚はこんな気持ちなのだろうか。
村の広場にでると、一斉にどよめいた。
なるほどこの一体感がこの村の強さなのかも知れない。最初にコボルト村を襲った一団は正直雑魚だった。個々も強くなく、戦術も拙ければ戦略もない。
ガラッハ村はガラッハが育てた集団に相応しく、個々も強く戦術的にもなかなかだった。連携を高めていけば一段と強くなるだろう。
グル村はある意味でゴブリンでもなかなか強かった。血気に逸って全滅してしまったのが返す返すも悔やまれる。
ギィが前に出ると、ゴブリン達が静まった。
北の村からはこちらからみて左側の者が前に進み出る。
互いに間合いを計り合う。体格ではギィが一回り劣るので、間合い取りが難しい。先制したのは向こうからだった。
小気味いい音が響いてジャブのような右のストレートがギィの頬にクリーンヒットする。ダメージはほとんどないが、ギィを数歩後退させるには充分だった。ギィもすぐに立て直して前進するがリーチの差はいかんともし難い。軽いパンチではあるが、二発、三発と繰り出される。クリーンヒットこそしないが、鈍い音が響いてくる。その度に歓声が上がる。
押されまくっているようにしか見えないギィだが、上手いタイミングを見計らっている。5発目の引き手に合わせて前進し、レバーに中段突きを入れる。
レバーがゴブリンの急所なのかは知らない。知らないが、喰らったゴブリンは短くうめいて身を屈めた。
ここで追い打ちをかけるようだと先ほどはかけなかった相手に対してえげつない。ギィは相手が立つのを待った。
みたび、二人が僅かずつ近付いていく。やはり先に仕掛けるのは相手。ギィは何度か逸らしながら更に近付く。また引き手に合わせて飛び込む。
またもやボディにヒットするが、今度は胸にそれたようで、先ほどのようなダメージは与えられなかった。それでもやはり数歩下がらせることには成功する。
相手のゴブリンがただでさえ大きな口をさらに左右に引く。肉食獣の獰猛な笑みだ。まぐれのラッキーパンチではないと認識した。緑色の皮膚の下で蠢く筋肉が、まるで何かの意志を持った生き物のようだ。
よたび、二人が接近していく。今度は相手も不用意なパンチを打たない。相手がギィの間合いに入る。と、今度はギィから仕掛けた。
ヒットは体格差から顔にというよりは、肩から首にかけてあたる。角度が悪く、滑ってしまって打撃が通らない。
とは言え、相手もギィのようには合わせるということができないようで、打たれたままだ。と、合わせたわけではなく相手がギィの左拳を跳ね上げ、逆襲。左ストレートがクリーンヒットした。
ギィが一瞬硬直し、直後崩れ落ちる。ああ、これは無理だ。手を付いて四つん這いになってから立とうとするが、いわゆる「脚に来た」状態だ。全く脚に力が入らない。
想定とは違うが、負けは負け。私は手を挙げてルラに敗北を知らせる。
リーダーがさらに気合いを入れ始めた。




