第九十四話 ライバル、武術の試合をする羽目に陥るのこと
新年の挨拶も一段落した後に、ガラッハ、そして東の村への挨拶をおこなってから、一渡り軍の再編をおこない、北へと向かう。今回は威力偵察というよりも示威に近い。なので襲撃よりも人数を増やした上で、布を巻いた槍を持たせて軍旗代わりに、防具の類は可能な限り磨き込んだ鉄板で補強した。
それなりの列を作って川岸を遡ること三日。北の分村に到着する。
真新しい村でまだ臭いもそれほどきつくない。出迎えは丁重ではあるものの、恭しさはない。敵対はしない程度。ここはこちらもあまり嵩にかかった態度にはでないでおこう。仮にも本村である北の村はコボルト村に挨拶に来たのだ。
使者を出すというので、言葉に甘えて一泊させてもらう。もちろん食料はだされたものも頂くのは可能な限りするが、こちらからも提供しておく。
翌朝は恙なく出立して、川に面した北の分村から谷を東に遡り、その日のうちに北の村につく。あり得ないほどとはいわないが、前例のないほどに近い。
村に着くと総出で出迎えられるが、歓迎はしているもののやはり恭しさはない。この辺りは配下に組み込まれている東の村とは随分違う。東の村では臣下の礼とまではいかないまでも、一定の敬意は感じられた。ガラッハ、グルが恭順していることで、こちらをやや上に見ていることは間違いない。
一方、北の村ではあからさまではないものの、やや胡乱げにみられている。我々の戦果についてもかなり懐疑的だ。まあいい。正月の挨拶では王に担がんばかりであったけれども、こちらの方が本音なのだろうか。
根が素直な犬人達はどういう態度をとった物やら戸惑っている。ガラッハやグルのゴブリンはカチンと来たのか、僅かに殺気立つ。
村の者達の手前、それほど下手に出ることもできないだろうからと、リーダーやグル、ガラッハの代表ギィに話すが、納得したようには見えない。
一応「遠路はるばるようおいでなすった」の宴は開かれ、酒や肴も振る舞われる。分村とは異なり、焼き魚をだすとは中々のやり手とみた。村長のルラといったか、なかなか侮れない。
とは言え、どうにも態度は慇懃無礼のようで、単純なリーダーたちはちょっとカッカ来ている。そんな挑発に乗っていたら思うつぼだろうに。
とは言え、話が南の村におよび、「自分達が援軍に駆けつけていたのなら、人類軍など蹴散らしてくれように」とまでいわれてはグルに黙っていろとも言えない。
あれがまさに数の暴力というのだろう、僅か30〜50人ほどのゴブリンを掃討するのに、200〜300の兵をだすのだ。まして、村は女子供を含んでいるのに、人類軍はすべてが兵士だった。あの数の脅威だけは体験してみなければわからないかも知れない。
そういうグルをルラは「怯懦」と一蹴してみせる。
ふむ。
面白い雰囲気になってきた。
ルラがさらにたたみかける。
「コボルトには人類軍を蹴散らせる奴はおらんのか」と。
リーダーは目を逸らした。
「そこの偉そうに黙っている奴はどうなんだ」と今度は私に向かってくる。
「私か。ふむ。10や20ならば何とかなろうが、300というあの数はどうにもならないな」
正直に答えておこう。
「なんだ頼りのない話だな。ガラッハを倒したすごい奴が現れて、皆がそいつの元に集まっているというから、どんな奴かと思っていたが、この程度の軟弱ものだったとはな」
と曰った。なるほど。
「なんだと。俺はガラッハが斃れた戦場にいたが、ケイは軟弱ではないぞ」
とリーダーが声を上げる。本当に犬人というのはわかりやすいな。
「そうかね。俺は戦場で示されたものしか信じない」
とルラ。
「ケイにかかればお前なんかけちょんけちょんだ」
とはグル。
いや、気持ちはありがたいが、単純すぎるだろ君たち。
「わははは」
とルラ。まあ、口だけなら何とでも言える。
「口だけなら何とでも言える。武人ならば実際の腕を示さないとならんだろう」
と、こちらを見る。ゴブリンは基本的に目つきが悪く、目を合わせればなにか騙されるのではないかと思わせるものがあるが、このルラの目は何かを言いたそうだ。
うむ。ルラがここまでいうのなら仕方のないところか。
「わかった。一手交えさせていただこう。ただし、今宵はもう遅い。明日の昼にでもどうだろうか。せっかく互いに挨拶をした仲なのだ、武器、防具の類は使わずに、素手で如何だろうか」
「わかった。夜のうちに逃げ出さないようにな」
とにやりと笑ってみせるが、どうやらホッとしたようだった。
一方で、ここまで張り切るかと盛り上がっているのがリーダーとグル。ギィは私の戦いはみたことがないので、ひとことでいえば戸惑っている。
こうして私はこちらに来てはじめての「比武」をおこなうことになった。まだまだ寒い冬月、せいぜい風邪など引いたりしないように、暖かくして眠ろう。




