第九十三話 ライバル、二度目の新年を迎えてため息をつくのこと。
今年の冬はかなりひもじい事になった。たしかに食料生産数は増えはしたのだが、それ以上に人口が増えた。ゴブリン村が一つ。それに拉致してきた人の夫婦。
とりあえずは来春からの作付けについて準備は始めているものの、準備は食べられない。夏の間にかなり蓄えたつもりであったが、まだまだ足りないようだ。
豆はかなり収穫でき、種になるものは別にとってあるので、来年はかなりの収穫が見込めるのが明るい材料か。野鶏についていえば、元気そうな卵のみ3個孵し、あとは食料になっている。三羽のひよこがピイピイ賑やかで、ひもじい村に明るさをもたらしている。
結局二つの村共同で冬空の下山野草をとりに行き、獣を狩りに行かざるを得なかった。
さらにもう一つ新しく始めた事がある。
二十人ほどの部隊を編成しての、実戦的な襲撃だ。狙いは恐らく新兵訓練をしているだろう、巡回兵。
春の襲撃では新兵たちが賑やかではあったものの、行軍自体は遅滞なく行われていた。となれば、冬の間に基本的な行軍訓練をしているはずだ。山野を使って。
狙いはこの行軍訓練。
長はまた私が「戦争ごっこに明け暮れて」と冷ややかにみているが、リーダーなどはうらやましそうにみている。
人の夫婦とはまだあまりうまくコミュニケーションがとれていない。もう少し協力的になってくれるといいのだが、それはこちらの努力次第としかいいようがない。一方的に拉致して協力させようというのだから。
ともあれ、寒風吹き荒ぶ冬の空、20人ほどの犬人とゴブリンを率いて出立した。
往復20日以上にもなる、結構な遠征だが、初回は見事な空振りだった。であった人は猟師のようなもの、それから数人の盗賊。まあ、武器や衣服、それに携帯保存食を手に入れられたのは戦果と言えば言えなくもない。
一番の戦果はフラスクというのか、携帯しやすい水筒が手に入った事だ。金属の板で作られていて、蓋が螺子で締められる。
やれこれで行軍中の水分補給が楽になるかと思ったら、鍛冶屋のスミスに取り上げられた。まあ、上手く作ってくれれば、みんなが楽になる。やはり竹の水筒では少し心許ない。
盗賊が着ていた毛皮の上着も取り上げられ、作り方をあれこれされていた。犬人達は元々毛皮があるから不要とされ、ゴブリン達はつくるという事をほとんどしない。結局人間の夫婦が呼び出されてあれこれ質問攻めにされていたが、そもそも言葉が通じていたのかどうか。
冬月の始めに二度目の襲撃にでた。やはり襲撃というと、月の暗い月初めがいい。別段夜襲をするわけではないから余り関係はないけれども。
接敵したのは一度目の襲撃で見付けた山道での事。
冬空の下、ワイワイという声が遠くから聞こえ、藪に身を隠した。
寒さを堪えて待ち受ける中、現れた集団をみて襲撃は断念した。
人数にして十数人。こちらよりはやや少ないものの、ほぼ同数だ。もちろん、戦いでそうそう後れをとるとは思わないが、奴等が新兵なのにこちらは主力からわざわざ抽出した精鋭だ。数人斬って蹴散らしたとしても、こちらに損害が一人でもでたら割に合わない。一人の重みが違う。
少年らしさの抜けない、賑やかな人間たちの集団を眼前にしながら、ゴブリン達の殺気を抑える。
流石にこの人数で行軍訓練をされてはこちらも手が出せない。
年を越す前に、私達は人間の軍隊を直接叩くという事について、一度見直すという結論を出さざるを得なかった。
一方で、秋はゴブリン達の移動の季節。
これまで把握できていた村の消息がわからなくなる事も多々ある。ガラッハ、それから秋の戦果を得て正式にグルを名乗るようになった南の村、それから東の村。この三つは移転をせずに、生産量の増加で対応する事にしたが、いくつかの村が行方不明になっている。
年を越して、その内の二つがコボルト村に挨拶に来たので、こちらは把握できた。まだグル村のあまり振るわない成果をみて、同盟への参加を躊躇っているのがよくわかる。それでいてやはり不安もあるので顔はつないでおきたいから挨拶に来たというところだろう。
東の村、ガラッハは景気がいいので、少し揺れ動いてはいるがまだ決定打にはなっていないようだ。
グル村で宴を開いて、使者をもてなし、他の村のうわさを探る。
どうやら行方のわからなかった村のうちの一つは、挨拶に来た村の本村の方に略奪されてちりぢりになってしまったようだ。ゴブリンの習性からして恐らくは全員のたれ死んだ事だろう。優秀な人材がいたかもしれないと思うともったいない話だが、宴の席なのでおくびにも出さない。
もう一つの村の行方もわかった。こちらは元グル村があった辺りに進出したらしい。勢力的には確かに空白地ではあるが、なんにしてもあそこは人間の勢力に脅かされつつある。ガラッハ、東への挨拶がてら、巡回と警告の必要がある。
何もあんなきな臭い地域にわざわざいかなくても、と思ってはたと気付いた。どこかの村が進出していかなければ、人類との戦線は後退する。緩衝地として南の地域があると考えれば、南に進出した部族への支援は今後、重要になってくる。
南に出た村から別れた一族はガラッハよりはやや南東、少し山にかかった辺りに落ち着いたらしい。こちらも要挨拶だ。
挨拶に来た村は、分村と合わせて二つの村を北の方に展開し、ちょっとした勢力になりつつある。戦争での後背地に期待はできるが、あまり力を付けすぎてこちらのいう事を聞かないのも困る。挨拶回りを終えたら、威力偵察の必要があるかも知れない。
新年の挨拶を終えて、ガラッハから持ってこられた新酒を煽りながら、村長、リーダーとそんな話をしていると、村長から
「ケイはここに来たときとくらべて随分変わった」といわれた。
そうだろうか。自分ではなによりも平穏無事な生活を第一に考えているだけだと思うのだけれど。
酒に酔って村を歩いていたら、拉致した夫婦の内儀の方にばったり出くわした。と、短い悲鳴を上げられてしまった。
いくら若い女が彼女しか居ないとは言え、人の嫁さんにまで手を出すつもりはないのだが。
この辺り、一度あのご亭主と話さないとならないと思うのだが、なんにしても話が通じない。困ったものだと酒臭いため息をついた。




