第九十一話 ライバル、人を襲うのこと。その三 三日目
私達はそのまま昼過ぎまで川沿いの道を遡っていったが、他の少年達と出会うことはなかった。ただ、川が最も湾曲している奥には谷を這うように小川が流れ、その小川をやや見下ろす形で獣道の様な細い道へと分岐している。川沿いに遡上してもよいが、この小川の上流を探索してみるのもよいだろう。
ただ、まずは報告を兼ねて一旦帰ることにする。
駐屯地と定めた村の跡を見やれば、私達が随分と迂回してきたことがわかる。このまま川を渡って真っ直ぐに進めば距離だけであれば半日はかからなそうだ。
対岸に広がる湿地を考慮しなければ。
湿地が目測通りに通過できることはまずないし、場合によってはそもそも通過できないこともあり得る。ここは少し南へ下って、そこから渡河をしよう。
殿で後方を警戒しながら、川の湾曲の終わりまでもどる。山へと登る道はもう少し南の大河との合流付近からはじまるが、とりあえずここで渡ってしまう。
川を渡りきればすぐに林が広がるが、頭上はそれほど覆われておらずに空も充分見える。まだ午後もそれほど遅くはない。
下生えだけは剣を鉈代わりに伐り進むが、この地域で今後も活動をするなら鉈といわずにマチェットの様な刃物が必要かもしれない。これも検討課題だ。
下生えを伐採しながら一刻ほども進むとようやく視界が開けた。
どうやらこれは南北の道のようだ。左手遠くに丘が見えるので、道なりに少し北上すれば駐屯地に戻れるだろう。
皆でうなずきあって、道を遡る。駐屯地が近いとは言え、この辺りはまだまだ人の勢力範囲内だ。
油断して大声を出したりすれば、どんな目に遭うかわかったものではない。
空が茜色に染まりはじめる頃には駐屯地に着いた。リーダーの喜び様はいつも驚かされるが、気持ちがうれしい。私達がついて喜び合っているとすぐに第三隊も帰ってくる。
第三隊のゴブリン達は、見るからに殺気立っていた。血走った眼をぎょろぎょろさせ、肩に力が入っている。
みると最も若いゴブリンが一人負傷していた。武装している少年もいたので、反撃にあったのだろう。ただ、傷口の血はもう止まり、ふさがりかかっている。ゴブリンのこの切り傷への強さはみる度に感嘆する。
火を熾し、水を湧かしながら一息入れて、報告会をする。
まずは第二隊のリーダーから。
なべてこの世はこともなしと。
「そりゃ流石に酷くないか!」
というリーダーの声は、真剣に承って、今後の検討課題とする。
次は私の第一隊。
まずは川の屈曲だ。これまでは単純に大河へ合流すると思っていた川が、大きく屈曲してその内に湿地帯を抱いている。私達が使っているこの道が反対の東に向かっているわけがわかった。
次にその屈曲の最奥に小川が合流していること、それに合わせるように道も分岐していること。
それから4人の少年を倒したこと。
これはつまりどちらかの道が人が住む村に繋がっているという事でもあった。
これらを報告する。
「すると、その村への攻撃は可能だが、道が大きく迂回しすぎていて、効率がよくないということか?」
というのはグル。
「道がグルーッと回っているっていうなら、真っ直ぐ突っ切ればいいじゃないか」
というのはリーダー。
それには湿地帯を突っ切らないといけないけれども、そんなに沼の泥遊びが好きなのか?
「ああ!」
だって。
「いや、たしかに湾曲の中は湿地が広がっているが、少し南北にずらせば大丈夫だ。実際に私達は湿地のすぐ南を伐り拓いて帰ってきた。
「今後のことにはなるが、村の場所さえわかってしまえば、コボルト村から直接川を渡らずに襲撃してもいい。道を開拓する必要があるだろうが、不可能じゃない」
というと、また、グルの目がぎらりと光った。
「これも今後の検討課題だな」
最後にグルの第三隊が報告する。
山間の道は大河の上流に沿って登る。これは昨日の第二隊の報告通り。ただ、遭遇した人の数が少なかったせいか、少し上流まで遡ったとのこと。
道幅は狭く、それほど大人数が行き交うような街道ではない。リーダーからの報告にはなかったが、道には轍の跡がある。
ふむ、つまりは荷車のような交通がそれなりに行き来しているという事か。川沿いの道に轍の跡は無かったので、西の山には結構な人口がいると見える。
更には周辺の斜面に物見台のようなものがあり、それを目にした段階で引き返してきたとのこと。警戒が強いな。
戦果は2グループ、8人。剣を一振り、ピッチフォークを一本。なるほど、使い様によっては武器になる。
最初の戦闘は遭遇戦だったようだ。道を川沿いにふと曲がったら目の前に人がいた。
即座には剣を抜かずに、まずはそのまま突き押した。徒手格闘訓練がそのまま反映されたのだろうが、それが却ってよかった。よろけた少年はそのまま後続に倒れかかった。
後は倒れた四人を抜剣して滅多突き。
まあ、戦としては不細工な部類になるかもしれないが、初陣ならこんなものかも知れない。いや、グルが初陣かどうかは知らないが。
落ち着いたら碌に奪うものもなく斬り刻まれて血塗れになってしまったので、そのまま河に投げ捨て。
それにしても、ゴブリン達が人にどれだけ恨みを抱いていたかがわかる襲撃だ。私やリーダーがいる第一隊、第二隊ではそんなことはなかったが、ゴブリンだけになると歯止めがきかないのかも知れない。
もう一つの襲撃では、もう少し賢く立ち回れたようだった。
流石に弓を射掛ける攻撃はできなかったようだが、視界の悪いところでは充分警戒して進んでいった。
ただ、抜剣をして斬り掛かるときに叫んでしまい、気付かれ、反撃の隙を与えてしまった。
なるほど。よくある吶喊で気付かれたわけか。見栄えは良いし、士気は上がるのだが、こういった襲撃には向かない。
2グループ目を倒した頃には昼を過ぎていたので、警戒しながら下ってきたという事だ。
これで、戦果としては第一隊が2グループ8人、第二隊が3グループ12人、第三隊が2グループ8人か。一連の襲撃で28人もの戦果を上げたことになる。
これが熟練した兵士を28人倒すとなれば、容易なことではない。そう話すと皆ハッとして、互いに顔を見合わせた。
彼ら28人の様な少年達が、恐らくこの冬の寒さの中、一人前の兵士に鍛え上げられ、春先にゴブリンの村を襲撃してくるのだ。春の襲撃では250人ほどの兵力だった。その一割を全く損害を出さずに倒したのだから、その戦果は著しい。逆にいえば、この30名弱が来年の兵力となっていたと考えると、その数は300人におよぼうかという数になるわけで、まともに考えると空恐ろしい。
この襲撃は僥倖に恵まれたところもあるが、その僥倖をいつまでもアテにはできないだろう。
皆にそう話すと、一度しか出撃していないリーダーが不満げだったが、戦果が一番だったことを指摘すると、まあそれならばと納得してもらえた。
グルはまだ目が血走っていて、冷静な判断を下せるようになってもらうためにも冷却期間が必要だろう。
皆に納得してもらい、夕食を済ませてから丸めた毛布の床に就く。
秋の涼しさに虫の声が聞こえ、満天の星が私達を祝福する。この戦に勝てますように。




