第九十話 ライバル、人を襲うのこと。その二 二日目
野営地に戻ると点呼を行い、互いに報告をする。皆、特にゴブリン達はつらそうだが、戦果の確認は欠かせない。
第三隊の報告は特になし。野生動物の襲撃も、人間の接近もなかったとのこと。まずは重畳。
第二隊は河の合流点から西の山へ進み、三つの集団を襲撃。十人ほどの戦果。数的優位があるからまあこんなものか。反撃で切り傷を負ったゴブリンが三人。こちらはすでに血が止まり、明日の戦闘に支障はないとのこと。死体は河岸にうち捨ててきたそうだ。
そして第一隊は南から街道を進んで一つの集団を襲撃、四人を殺害。怪我人なし。
そして明日以降の方針として、南側は当面見合わせることを提案する。理由は単に、効率の悪さだ。とにかく移動距離が長く、街道と宿場があるために襲撃の効率が悪い。西からは一度開拓村で宿を取るようで、今の駐屯地からは直進すれば村に入る前をたたけるが、南からは河を渡らずに入城するようで、襲撃には渡河と宿場の迂回が欠かせない。
明日の襲撃では第一隊が川の西岸を遡上し、偵察と襲撃。第三隊は今日の第二隊の襲撃をくり返すことにする。第二隊は元気を主張するリーダーをなだめて、駐屯地の警戒だ。まだまだ彼らは兵站の重要性を理解しきっていないけれども、ここは納得してもらう必要がある。
第三隊の士気が異様に高いが、ここはまず全員の生還と経験を積んでもらうことが大事だと念押しをして、全員で床に就く。
泥のように眠った翌朝、皆で支度を調える。第二隊の数人が眠そうだが、歩哨に立っていたのだろう。昼は眠らせてあげて欲しい。
点呼を終えて昨日のように出ていく。
開拓村にでると道から外れ、目立たぬように開拓地から距離をとって右に迂回していく。
やがて川岸に出るので、街道に近付く前に渡ってしまう。コボルト村のある上流は両岸にある程度の広さがあるが、このあたりでは川沿いの道を外れると西側にすぐ森が広がる。第三隊はこのまま川沿いに下って東西の街道へでて道沿いに襲撃に、私達第一隊は道を川沿いに遡上しながら偵察と襲撃だ。
互いに目配せをし合い、できるだけ森との境を通っていく。
少し上ると川が大きく左へ曲がっていた。開けた視界の遠くに南の山々が見え、道が自然堤防の上を通っていることに気付く。
目をこらしてみれば、道の前方に数人の集団が向かってきているのが見えた。人数からいって補充兵と思える。気付かれないように、早めに森へと姿を隠して、通りかかるのを待ち伏せすることにした。
道を外れると森側は少し低くなる。身を隠すのには絶好だ。逆に通行者をうかがうには視界が遮られてよろしくないので、犬人二人、ゴブリン一人の弓使いを木に登らせる。
待ち伏せには根気が必要だ。本来、狩りをあまり行わずに襲撃と略奪を主にするゴブリン達はこの待ち伏せが苦手なのだが、この夏の間にはかなり狩りをさせられて随分慣れている。
昨日と違ってこういうじっとしている時間があるとつい、リーダーは野営地でじっとしていられるだろうかとか、グルは皆をきちんと統率できているだろうかとか、余計なことを考えてしまう。よろしくない。
皆をみてみると、犬人の表情は良くわからないが、ゴブリンの三人に疲労の色が濃い。秋とはいえ、まだ暖かな日差しが昇ってくると睡魔との格闘がくる。肩を叩いて起こしておくと、森の弓使いを見やる。パッとみて気付かなかった。上手い具合に隠れていて、動きはない。少し首を伸ばして先を見やれば、少年達は随分近付いている。
もう少しだ。
皆に合図を送り、警戒させておく。
再びじりじりとする時間がくるが、十分ほどもたたずに弓弦の走る音がした。土手際から一気に身を起こして奔る。矢は一人に当たったようで、少年達はその一人に注目している。その背中を向けている少年をそのまま上から斬り下ろす。振り抜かずにそのまま突ききる。
こちらを振り向いた少年の目が、驚愕に見開かれた。剣を即座に抜こうとするが、振り向いた体に遮られて抜けない。少年の口が開いていく。大声を上げられたくはない。ナイフを抜こうと腰に回した左手がもどかしい。
シースのハンドルを掴むと抜いた逆手のまま、左拳を顎に当てる。
口をふさぐのに成功し、そのまま右に振り抜いて、喉を掻き斬った。こちらを見た少年の目がぐるりと反転し、白目をむく。そのまま少年は横向けにゆっくりと倒れていった。
喉から激しい血しぶきを上げながら。
我に返ると、他の三人も切り倒されるところだった。矢を受けてうずくまっていた一人はその姿勢のまま突き殺されている。
ゆっくりと息を吐くと、周囲を見、他に人影がないことを確認する。四人はまずやや暗い森に引きずり込み、息絶えていることを確認する。その上で荷物をあらためた。街道で襲撃した昨日にはできなかったことだ。
一人が帯剣していたので、剣帯ごと奪う。他に携行食糧、道具類。金物の鍋釜は嵩張る上に、持ち運ぶにはやかましいので諦める。それから路銀が入れてあるらしい財布代わりの袋。貨幣経済のない犬人、ゴブリンには用がない代物だが、だからこそ奪っておく必要がある。
略奪品をしまい込み、音がしないのを確認したら、再び堤防に身を隠しながら遡上していく。彼らがどこから来たのか確認することは難しいかも知れないが、なんとなくの当たりはつけておきたい。
「いくぞ」
私達はまだ暖かさの残る秋の昼、さらなる獲物を探して再び歩き出した。




