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第八十八話 ライバル、気持ちが揺れるのこと。

実際に戦ってみれば人類軍でもっとも脅威なのは「数」だと判った。十人程度でも私一人で何とかなる。犬人達なら同数でほぼ互角、ゴブリンなら倍程度の人数で互角だろう。


となると一番の問題は単純だ。兵力差。人類が最大で数百人規模の兵力を一度に動員できるのに対して、私達は最大でも50人規模に達するかどうか。更に指揮が行き届かなければ、実効兵力としては半分にもならない。


地域にはまだいくつものゴブリン村があるというが、これらすべてを協力させるためには個々に交渉しなければならないし、その上で私の指揮下におくのは直ぐには無理だ。まずはガラッハ村と近くに建設しているゴブリン村の戦力化が喫緊の問題になる。それからゴブリンの人口を増やす。ゴブリンは一年でほぼその数を倍に増やすが、食料の生産力が低いためにその年で地域を放棄した上で、群を二つに割って移住する。上手く移住できればいいが、確率的に半分は全滅する。


これがゴブリン群の定住に成功させられれば、人類にはできないほどの兵力増強が可能だ。略奪・移住中心のゴブリン文化を破壊することになるが、これははたして許されることなのだろうか。


恐らくは許されまい。だが、いくら人類からみて卑しげな亜人類だったとして、文化を用い、意思疎通が可能な彼らを差別されたまま滅ぶままにすることは私にはできそうもない。


滅ぶにしても「ゴブリンも犬人も侮れない者達であった」と知らしめなければ、悔やんでも悔やみきれない。できることがあるのなら、せめてそれが無為であるかは確かめておきたい。


む。

はらは決まった。と、振り返れば、中庭の切り株に座り込んでいた私を、座所から大神様が見つめていた。犬人達をこれから戦乱に巻き込もうという私を責めているのか。犬人の地位向上のために戦おうという私の背中を押すというのか。大神様との意思疎通ができない私にはわかる由もなかった。



犬人と異なり、ゴブリンの成長は早い。春先に生まれたであろう、村から逃げ出したときにはまだ母親に抱かれていた赤ん坊たちが、夏の盛りだというのに村の中を走り回っている。春先にやんちゃ盛りだった子供らは、もう生意気なことを言い始めている。


ちなみに、犬人の村には野鶏を導入した。導入したといってもまあ、野鶏をつかまえ、羽の筋を切っただけだが。羽の筋を切られた野鶏は飛べないので、村の庭にいる虫を捕らえて食べる。ときには食べ残しを食べられる。もちろん村に居るのは雌だけだ。そして日々産まれたタマゴを頂戴する。


さらに、野生種の豆も村で積極的に育てる様にした。栽培とまではいかないものの生えている場合はむしったりしない様に指導する。夏月の盛りを過ぎれば枝豆が、秋になれば豆が収穫できるだろう。


豆が収穫できれば、もちろん食糧事情は大きく改善する。それだけでなくゴブリン達の食料として味噌や醤油などの発酵食品は大いに役立つはずだ。


生卵についてはゴブリンには食べられないために、なにがしかの対策が必要だ。卵の発酵食品というと・・・。


あ、いやなものを思いだしてしまった。これはない。



まずは野生種ながら、鶏と豆栽培の導入で食糧事情を改善する。



それはさておき、犬人とゴブリンの武術練習をみてみる。金剛八式を一通り終え、みな練度が上がってきている。


戦力化を急ぐのならさらに小八極に進むべきなのだろうが、はたしてどうした物か。一練習者としてはここで先を急がずに深めていった方がいいことは解っている。わかってはいるが、戦力化も急ぎたい。



ここは割り切ることにした。小八極、八極小架をはじめる。


スミスには門扉の蝶番を保留し、剣の生産を始めてもらう。春の偵察でわかったことだが、人類軍の防具は打撃には強い。剣道の胴もそうだが、こういう刳り抜いた防具は打撃に強く、衝撃が通りにくい。剣や槍の方が有効なのだと思う。


ならば、ゴブリンの武器も剣や槍を中心に転換していくべきだろう。

一振り一振り作っていくので、いつになったら全員に行き渡るのかわからないが、それでもやらないよりはマシだ。


一方で防具の工夫も必要になった。犬人には要所に鱗があるが、腹に生えているものはいない。槍の突きには非常に脆い。なんとか腹の防護をおこなう防具を作らねばならないだろう。


人類軍の木製胴では、槍に対抗できない。仏胴か、少なくとも桶側胴を作り出さなければならない。


スミスには剣を拵えてもらわねばならない以上、防具に割く余力はない。ここは当面の懸案事項としなくてはいけないだろう。


鬱々と村を周りながら考え込んでいると、狩りから帰ってきてご機嫌のリーダーと出会った。どうやら大猟だったらしい。


「リーダー、ちょっと付き合え」


「お、なんだなんだ」


ゴブリン村の真ん中はやや開けている。コボルト村は豆の範囲が増えて、手狭になってきた。


「ここがいいな、よし、かかってこい!」


「は?」


「かかってこい!」


「いや、なんで?」


・・・。もっともだ。

「いろいろ考え込んでいたときに、大猟に浮かれているリーダーの顔を見たら、なんだか腹が立った。腹が立って叩きのめしたくなった」



そういったら、ストレスを貯め込んだこちらの気分をわかってくれたらしいリーダーは、日が暮れるまで組み手に付き合ってくれた。こういってはなんだが、リーダーも随分腕を上げた。まだまだ圧倒されはしないが、体格を活かした戦い方をする。


痺れるように痛い拳や腹、腕、腿。その痛み感じながらリーダーと肩を組んで、コボルト村に帰った。早い夏の夕餉を食べながら、リーダーの友情に感謝した。



秋にはコボルト村、ガラッハ村、そして二つのゴブリン村を連合させて人類軍の兵力増強を妨害しなくてはいけない。


夏の虫が静かに鳴く夜、覚悟を決めては揺らぐ自分の心に戸惑いながら、眠りについた。

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