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第八十六話 ライバル、ゴブリン達を率いていくのこと。

ゴブリンは泣かない。いや、少なくとも目の前にいる、グルと名乗ったゴブリンは嗚咽を漏らしたりはしなかった。


だが、涙は流す。それが目の前で燃えさかる村の、その煙のせいであったとしても、自分を育ててくれた村の面々、父親や叔父たちがむざむざと殺され焼かれたせいであったとしても。ここまで煙が燻っている様であるなら、それは私には解らない。


だが、悲しんでいることは間違いない。


再度皆と合流する様に促すが、自発的には動かない。ハンスも無言だ。パチパチと火が爆ぜる。


仕方がない。グルの手を引き、山を登りはじめる。


ハンスは無言のままついてくる。


登山では危険なので、グルの手を放すが、まあ、登ってくる元気は残っていたらしい。


夕方近くなって日も大きく傾き、空が血の様な赤に染まる頃、私たちは山頂のゴブリンと合流した。


皆への戦況報告については私がするつもりだったが、結局グルがした。女子供が中心ということもあり、皆しんみりと涙を流す。話し終える頃には皆、嗚咽を漏らしていた。


皆で夕食を取り、毛布にくるまる。夜道の強行軍で村に戻っても、そこに寝床はない。

彼らはもう、安らぐ床を失ったのだ。




翌朝は早くに出立する。口には出さないが、リーダー、ハンス、それにケントが水浴びさせて欲しがっているのがよくわかる。それにゴブリン達を洗いたいことも。グルと村の幹部を叩き起こし、皆を起こさせる。


できうる限りの支度をさせて、山を下りていく。


尾根伝いに緩やかに下り、川まで出たところで、一旦全員に沐浴をさせる。幹部と職人は渋ったが、グルとその配下に説得され、渋々ながら川に浸かる。女たちはだらだらと、子供たちは初めての体験にはしゃがずにはいられない。

キャアキャアと上げる子供たちの悲鳴に、どうやらこうやら女たちも落ち込んではいられないと思いだした様に見える。

何しろゴブリンの子供は数が多い。一度の出産で二人三人は最低数。多ければ五人六人生まれる。この何十人という文字通りの「小悪魔」たちは、めそめそしていたらなにをしでかすか解ったものではない。女たちはあっという間に「母親の顔」を取り戻して群を統率していく。


脇を見るとリーダーが「俺が士気を回復させたんだぜ」といわんばかりの得意げな顔をしていた。


五人のゴブリンは群の変わりようについていけず、目を白黒させている。


「国破れて山河在り、城春にして草木深し」


「なんだそれ」

とリーダーが突っ込む。

「戦争になって、国がなくなっても山や川、草木はそんなの関係ないってことさ」

うそぶく。真意は違うが、まあ犬人には関係ないだろう。



ひとしきり沐浴と洗濯を終え、さっぱりしたところで皆に宣言する。


「これから、ガラッハに向かう。数日はかかる行程だが、頑張ってほしい。そこでやもめになった女、その子供は暮らすことになる。とは言え、ガラッハでもそう多くは受け入れられないだろう。残りは我々のコボルト村に向かい、そこの近くに新たな村を建設する。

「多少の協力はするが、基本的には自力で建設してもらう。さらにいえば、生活様式については食べ物以外は犬人にあわせてもらう。その他さまざまなことで犬人たちに合わせることになる。

「もちろんこれは強制ではない。不服があるものはなにをしても構わないが、その場合は私たちは協力できない。最悪の場合、この場で討伐するかも知れない」



ケントに訳してもらい、皆に言葉が行き渡るまで待つ。

グルは複雑な顔をしている。こいつは見かけよりもずっと賢いのだな。


「さあ、選べ」


グルが手を挙げる。

「俺たちがコボルト村にいった場合、そこであんたの戦い方を学べるのか」


「学べる。というよりも、たとえ女であっても学んでもらう。あの数をみただろう。男衆だけでしか戦わないのなら、私たちに全く勝ち目はない。子供であっても戦う覚悟がなければ、これからは生き残れない。私たちはこれから、たくさん生まれる子供らを兵士にしなくてはならない。村同士で略奪しあう時代は終わる。村同士が力を合わせてあの軍隊に逆らわなくてはならない」


「解った。俺は戦う」

「俺もだ」

「俺も戦う」


幹部は逡巡したが、最終的には決断した。

「グルの様な跳ねっ返りが目の届かないところにいってしまうのでは、心配で夜も眠れん」と。


女衆も大半は移動するが、どうしても決断ができなかったもの、ガラッハに身を寄せると決めるものもいた。それはそれで構わない。


では、まずはガラッハに移動することにしよう。


独断で受け入れるなんていってしまったが、リーダーはと顔色をうかがうと、上機嫌だった。


「勝手に受け入れなんて決めてしまって済まない」

というと、

「なぁに。ゴブリン達は村の外で暮らすんだろ。村の外なら俺たちがどうこういう話じゃない」

だそうだ。なんとも気持ちのいい男だ。



まだまだ早春の肌寒い午後、私たちは敗残とも思えない明るい顔でガラッハの村へと出発した。


鳥たちが縄張りを争う甲高いさえずりが、頭上に響いていた。

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