第七十六話 ライバル、村に帰るのこと
私達は夜が更けない内に敗残ゴブリンを縛り上げ、とって返す事にせざるを得なかった。首謀者らしき者の遺体は彼らに任せた所、其の場で穴を掘って埋葬して仕舞った。何というのか、「一所懸命」と云う言葉のある日本人とは、何とも感覚が違うのだ。此の辺りは犬人二人は私と同じ様で、言葉にはしない乍らも何とも寂し気であった。
剣を墓標代わりに立てる様な事もせず、暫しの黙祷を捧げて立つ。
こんな者達を相手にまともな交渉が可能なのかとも思うが、致し方あるまい。夜通し歩いて昼過ぎ、再びゴブリン村へ訪いを告げる。
現れたゴブリン達の絶望は、自業自得とはいえ物凄い。辛うじて、最年長らしきゴブリンが村を代表して私達と再度の交渉に入る。
とは言え、殆ど交渉にはならなかった。兎に角平謝りで、補償の要求にも入れない。勿論、私としても一方的に返り討ちにした訳であるから、其程大仰な物を望む訳でもない。只斯う云う「補償」では、言葉だけ謝られても意味がなく、謝った証拠になる「物」が欲しい。言葉はどうしても「言ったの言わないの」で有耶無耶にされてしまう。可能であればゴブリン達が其れを見た時に自分達の敗北を再確認してしまう物、あるいは見れなかった時に再確認でもよいが、然う云う物が望ましい。
が、此のゴブリン村は移動が多く、然う云う物がないのだとか。解った、今後の課題としよう。当面は口約束で行かねば成るまい。
なお、襲撃者達についてはコボルト村を襲撃した者共と同様にゴブリン達の判断に任せる。死罪にするのは簡単だが、明らかに判断力の無い子供を除いた場合、現在ゴブリン村の半数以上がコボルトか私達の襲撃に関わっており、凡てを処刑しては抑も此の群の機能が失われる。
夕方になり、日が傾いて来、長い交渉も漸く纏まろうとしていた。前夜に寝ていないので何とも疲れる。又ゴブリン村に泊まると考えるとやり切れないものがある。然し此処は早々に交渉を纏め、村の外にテントを張って泊まる。ゴブリンが夜に襲って来るとは思っていないが、此の臭気は泊まる事を躊躇わせる。何よりも怖いのが一晩泊まって臭いに慣れて了い、自分のゴブリン臭に気付かなくなる事だ。このままコボルト村に帰って仕舞っては、此の侭一生爪弾きにされる事請け合いだ。
翌朝ゴブリン達が起き始める前に、テントを畳んで出立する。奴等の見送りなど、真っ平である。
帰りはもう流石に大した危険はない。野鳥?を採り、木の実を食べつつ川沿いの道を上る。
三日目の昼前に、最早懐かしささえ感じられるコボルト村に漸く帰着した。此の世界に来て、此程長い間此の村を離れた事は無かったので、遠くに村を思わせる川の屈曲を見た時は「帰った」と言う実感がある。
本来で在れば私は東京と云う異世界から来た身で有るので、東京にこそ此の帰郷感を抱くのだろうが残念な事に元の世界の記憶は曖昧だ。何とも恐ろしい事に此の異世界での日常生活に差し支えがない程度に記憶が失われている。
どれ程の存在が私を此の異世界に招聘したのだろうか。いや、只の事故の様な物なのだろうか。其れとも元の世界から取り除かれたのだろうか。
嬉しさに駆け出さんばかりのハンスとケントを何とか抑え乍ら、村への帰り道を一歩一歩踏みしめていく。村はどうやら平常運転だ。冬に備えて狩りグループは猟に出、他は周囲に採集しに出ている様だ。
まあ、誰かしら留守の者は居るだろう。川を渡って村の門へと近付いていく。
門扉は襲撃を警戒してか、昼なのに閉ざされている。
門への土手を上がる間に、村から誰何の声があった。ああ、此の声はガッツだ。
「私達だ!今帰った」
村がワッと盛り上がる。子供達と其の親、長達しか居ないが、皆喜んで呉れた。
昼過ぎには採集組、暫くして狩りグループが帰ってきて、もうお祭り騒ぎに成って仕舞う。此程の盛り上がりは久しぶりだ。
盛り上がる中、大神様も迎えて皆の前で交渉結果を報告する。副将を帰してやり、新たな長にする事、基本的に生存者はそれ以上の罪を問わない事を報告すると皆やや不満げだったが、然うする事で将来的に平和になる事を説明すると、不承不承ながら判ったとは言って貰えた。前回も今回も私達の村には死者が出なかったので、其程強い恨みが有る者が居なかったのが良かった。
副将は広場の隅で是等を聞いていたが何を思うのだろうか。ゴブリンの表情は犬人と違って解り難い。
何れにしても、私にはゴブリンの村から是非にでも手に入れたい物がある。まだ犬人のみんなには話せないが、生食が多く、精々焼くか煮る、後は感想保存しかない此の村の食に、革命をもたらすと確信している「或る物」だ。
其の為にゴブリンの村は残っていて貰わねばならない。
私は地球の感覚で言う半月振りほどの懐かしい寝床で、仲の良い犬人達との雑魚寝を堪能した。
翌朝は節々がバキバキ鳴る程であったが、狩りグループは最早出立した後で、ハンス、ケント共に採集グループとして山野の恵みを集めて周り、一日を終えた。
斯うして野山を駆けると、改めて季節の移ろいを感じ、秋本番になった事を思った。




