第七十話 ライバル、ゴブリンの襲撃者と交渉するのこと
門の方に回ってみると、使者は子分らしきゴブリンを一人従えて、渡河して来ていた。対岸を見やれば、ゴブリンのリーダーらしき個体は本陣を構えてどっかりと座っている。
使者も斯う云う場面に慣れて居るのか、落ち着きの無い動きはして居ない。向こうがトップでないのなら、此方もトップである必要はない。門を潜ろうとしていた長を止めて、私が行くと言う。
「然し、彼等の言葉が解らない。誰か通訳を御願い出来ないだろうか」
と言うと複数の手が挙がる。犬人達の言語能力は意外に高い。いざと云う時に備えて戦えるケントに頼む事にした。更にいざと云う時に備えて門扉は開かず、閂を踏み台に塀を乗り越える。戻る時が隙に成りそうだが、いよいよの際は村を守る位の積もりはある。
塀を越え、ケントと共にゴブリンを見やれば、今まで落ち着いていた風の使者と、更に本陣にも同様が見られた。
瞬間不思議に思ったが、然う言えば私の様な人間を此方に来てから見て居ない。見慣れぬ「人間」を見て動揺するにしても宜なるかな。と思えば、ケント曰く、
「人間はあまりこのあたりにいない。たいていは大勢で戦争にくるだけで、一人二人の人間がいることが珍しい。
「それにあんたは体もほかの人間より大きい。確かに人間は俺たちコボルトよりも大きいが、それでもあんたほどの奴はきいたことがない」
だそうだ。
「そうなのか」
まあ私も180センチ近くはあるから決して小さいとは言え無いだろうが、其れでも聞いた事が無い程の体格と云う事は無い。栄養状態の違いだろうか。其れにしても今ケントは聞き捨て成らない事を言ったな。人間が大勢居るのか。後で詳しく聞かないとな。
まあいい。
徐に土手を下り、使者ゴブリンの所に行く。
「私は彼等の村で食客をして居る、小多圭一と言う。今日の用向きを聞こう」
武装して他人の村に来る様な奴に敬語を使う事なんて必要無い。斯う言う時は胆力が試される。私は出来るだけ低く、其れで居て一番通る声を出す。此処で声が上擦ったり、早口に成って仕舞っては台無しだ。
ケントが犬人の言葉とも違う言葉で奴等に話す。
と、使者が其れを聞いて、ケントに返す。
「用向きってほどのものじゃない。これから冬だろう。ちょっとばかり貧しい俺たちに、お大尽のコボルト様たちからお恵みが欲しくってね」
とケントが訳す。
「貧しいと言う割りには随分と立派な身嗜みの様だが」
と返してみる。
ケントの訳を聞いて、使者が忌々しげに舌打ちをする。下手に出ていれば、と言う様な事だろう。
暫しの間を置いて、
「いやいや、聞きわけのない奴等にいうことをきかせるために、この装備を調えたのでね、ちっと懐が寂しくなったんだよ」
と曰う。
「自分等の分も弁えずに、散在を行う様な者達に施しをする余裕は我々には無いな。我々は自ら野を駆け、手を汚して自然からの恵みを得ている。其れを踏ん反り返って掠め取ろうなどと片腹痛い」
微妙な言い回しは伝わらないかな。
「それならば我らも手を汚して恵を得ようと思うが、文句はないだろうな」
「異存は無いが、先頃も同じように考えたらしい、貴様等の同族が来たが、一人残らず土に返して遣ったぞ。臭過ぎて畑の肥やしには成らなかったが」
「畑の肥やし?ってなに?」
あ、済まぬ。犬人の村に畑は無かったか。
そうだ。「臭過ぎて川に流す事も出来ず、裏に穴を掘って埋めざるを得なかったが」此ならどうだ。
「なに?俺たちの同族がきたと?ふん、どうせ村からあぶれた半端もの集団だろうよ。俺たちはそいつらのようなあぶれものではない。謝るのなら今のうちだぞ」
「成る程。確かにお前達は奴等と違って多少は出来るようだな。身分の上下も有れば、最初に使者を立てる程度の事は出来る。
「だが、結局の所、自分達の働きで食べて行く事が出来ないと云う意味では、大して変わらないぞ。痛い目を見ない内に引き上げた方が良い」
「その言葉はそっくり返してやる」
使者は憎々しげに俺たちを睨むと、
「戦場でも同じでいられるといいな」
と踵を返した。
私達も同じく踵を返して村へと戻る。背後から襲って来る可能性は有るが、足音を聞いてからでも間に合うので、此処は堂々と帰る。
開かれた門扉を潜り、再び村に入ると皆に取り囲まれた。
「なんだってなんだって」
「また戦かい?」
「すげー、かっけー」
姦しいが、此処は長とリーダーに報告だ。
「どうだった」
とはリーダー。
「直ぐに仕掛けて来る事は無いが、昼過ぎには来るだろう。先手を打つならば今だ」といってみる。
「退くことはないか」
長。
「無いな。と言うか、私が相当に挑発したから、却って無くなった」
「なんてことを」
「とは言うが、彼の臭い奴等が毎年村に入って、私達の実りを持ち去って行っても良いのか?」
「それは困る」
「然うだろう。だから私達は私達の実りを掠め取ろうと云う者を許さないと、誰が見ても解る形で示さないといけないのだ。其の点では前回の襲撃はゴブリンを全滅させてしまった所が失敗だった。僅かでも生き残りを帰してやり、散々な目にあったと語らせてやる必要があったのだ」
「わかった」
とはリーダー。
「それではどうやって奴らをたおす?夜襲か」
リーダーは余程夜襲が気に入った様だ。とはいえ、然うも行かない。
「いや、今回は夜襲まで時間は掛けられ無い。攻撃も前回より厳しいだろうから、同じ戦い振りでは門や塀を破られるだろう」
「なんと!」
是には長もリーダーも驚いた。
「陽の有る内に奴らは仕掛けて来るだろうから、其処の出鼻を挫いて此方の思う通りに動いて貰う様にしなくてはいけない」
然う言って、私は長とリーダーに作戦の概略を話した。




