第六十九話 ライバル、戦後処理をしたら直ぐに・・・のこと。
翌朝、夜露に濡れたゴブリン共の異臭は凄まじい物が有った。元々の体臭に加えて流された血臭、死体の腐敗臭、そして何故だか奴らが携帯して来た荷物からの異臭・・・。
此方の異臭は食料品が原因だと直ぐに判明する。どの食料も恐ろしい程腐って居た。長が言うにはゴブリン共は「腐った物しか食べられない」のだそうだ。生肉生魚は言うに及ばず、火を通した物も駄目。確かに牛乳が飲め無くて腹を下す人がチーズやヨーグルトなら食べられると云う話は良く聞くが、ゴブリン共もそう云う食生活なのか。
発酵させる事で確かに消化が良くなったり栄養分が増えたりする事はある。有るが、其れしか食べられ無いと言うのも難儀な話だ。何より臭い。
私は戦利品の確保を兼ねて死体を検分して居たが、犬人達の反応が冷ややか過ぎる。
マル曰く、
「どんなにいい代物を持っていたとしても、俺ぁ奴らのお下がりなんかつかうのぁごめんだ。鼻が曲がっちまう」
だそうだ。
然も有りなん。
結局皆で相談して、村の裏に穴を掘って埋める事になった。全く、冬籠もり前の忙しい時期だと謂うのに、熟々傍迷惑な奴らだ。
狩りグループも含めて村が総出で穴を掘り、奴等を所持品ごと放り込み埋め、川原を洗い流す。
まあまあ耐えられる程度に収めるのにほぼ一日掛かり。日が随分傾いてしまっていた。其れでも何となく生ゴミ臭がする気がするし、塀の傷んだ所も補修しなくては。
狩りに行けず、木の実を取りにも行けず、生ゴミ臭が体に染みついた気がする上に、寝不足で穴掘り。
今日の犬人村は最悪の気分の儘、冬に備えた食料の中から夕食を取って寝ると云う、踏んだり蹴ったりの状態だ。
ナナはお気楽に
「こうしておいしい干し肉が食べられるのなら、ゴブリンの襲撃が毎日あってもいい」
なんて言っていたが、数日して実際に再襲撃を迎えた時には、泣きそうな顔をしていた。
二度目の襲撃は、前回の様な狩りに出ている隙ではなく、出かける正に其の時にレイラが其の予兆に気付く事となった。
狩りグループが支度を調えて門を出、いざ、と云う時になって
「リーダー、やばい感じがする」
と、レイラが訴え出た。
レイラの勘を蔑ろにする者は犬人村には居らず、私達は再び村に戻ってから村人を点呼し、全員が居る事を確かめてから門に閂をした。
閂は門越しに外を窺う、良い足場になる。私はレイラ、ハンスと共に閂に脚を乗せて、外を窺った。
体感で15分程、暫くは何も無かったが、レイラが
「臭い」
と云うのと同時に、私にも山陰から対岸に姿を現すゴブリンの一団が蠢いているのが見えた。
バリスタと云うのだろうか、弩の様な物が有れば、此方から襲撃者を狙えるのにと思うと忸怩たる物が有る。狩りには全く使え無いが、斯う何度も襲撃されるので有れば、防御兵器として一考に値するのでは無いかと思う。
マルに訊いてみると、前回の襲撃とは方角が違うとの事だ。前回は川の対岸を下流から遡って来たと云う事だが、今回は明らかに対岸の山間から姿を見せた。
見ていると群の中に指揮系統らしい物が有る様だ。装備に違いが有るし、先頭を歩く者は明らかに後ろの者からの指示で進んでいる。
前回の襲撃者と装備のレベルは似たり寄ったりで頭に兜、胴に鎧、武器は棍棒か斧、剣が何人かではあるが、明らかに上下関係がある。鎧しか身に付けて居ない者は武器が棍棒だし、兜を被る者は斧か剣。
襲撃が午前と云う事も合わせれば、夜襲をかける事は難しい。
見て居ると対岸に陣を敷く。此の事を取っても前回のゴブリン達より手練れといえる。襲撃慣れしているのだ。人数は前回の襲撃者達と同程度だが、指揮系統があるせいか、陣を敷くのが速い。更に開け無い荷物がある。此方が窺っている事も、恐らく解っている。手強い。
リーダーに呼ばれて広場に戻ると、長とリーダーが待っていた。
「どうだ?」
とは長。
「手強いな」
と返すのはレイラ。私も頷いて、同意する。
「前回の様な素人集団では無く、今回は襲撃慣れしている。私達の様な指揮系統がある。
「先ずは使者が立てられて、向こうからの要求がされるだろう。最初は簡単な要求が行われる筈だが、大抵は二度三度と回数を重ねて要求が重くなる」
「拒否すると?」
「其れは戦闘だろう。前回程軽い敵では無いから、今度は此方にも犠牲が出るかも知れない。其の覚悟が有るなら、要求を断っても良い」
「要求をきいたら?」
「今回の戦闘は免れるだろうが、斯う云う敵対的な要求は必ず重くなる。最初は食料や水の様な物かも知れないが、次第に村人や其の命、村其の物を要求してくる。敵対的な要求者に此方の厚意や善意が通じる事は無い」
「最初の要求はきいて、重くなるようなら断るというのはどうだ」
これはリーダー。
「全く薦められ無い。武装した状態で要求をする者は、必ず要求が重くなる。一番良くないのは最初の要求をきく事で、村の様子が奴等に分かって仕舞う事だ。村に何人居て、戦闘可能な者は何人。食料がどれだけ備えられて居るから、何日位立て籠もる事が出来るか。最初の軽い要求をきくだけで、これだけの様子が奴等に解って仕舞う。重い要求を断れ無い様に奴等は準備出来て仕舞う」
「そうなのか。難しいのだな」
とはレイラ。
斯う云う国際政治では「実力を背景にした交渉」が重要だ。実力が無い儘では交渉出来無い。
「幸い、私達は数日前に彼等の様なゴブリンを一方的に撃退して居る。今回の者が前回の者をどれだけ知って居るのか解らないが、要求を断る際の武器になり得る」
「どういうことだ」
とは長。
「詰まり、要求を断るし、気に入ら無いのなら戦闘も辞さ無いが、我々は戦闘も苦手では無い。無理を通そうと云うのなら、其の対価は命で購う事になるが、其れでも良いか。と言える訳だ」
「死にたいのならかかってこいという訳だな」
とはレイラ。
「そっちの方が俺好みだ」
とはリーダー。
意外と狩りグループは血の気が多い。
「勿論、此の侭立ち去るなら手出しはしないと云わなくてはいけない」
釘は刺して置か無いと。
「長!やつらがきた!」
話が纏まった頃に、ハンスから声が掛かった。扨、此から交渉だ。




