第六十八話 ライバル、戦うのこと。その二 決着
飛び退いた此方が構える隙も呉れずに、ゴブリンが手に握った川原の石を武器に襲い掛かって来る。大振りで躱し易いが、其の分威力は高い。「ギャッ」とも「グワッ」とも吐かない叫びを挙げながらどんどん踏み込んで来る。二度、三度。
四度目に振ったタイミングに合わせて踏み込む。拳を振りきる前に更に其の拳を掌で押す。按だ。回転する勢いを急に殺し切れ無くなり、のめるようにバランスを崩す。其の壗右膝を打ち込む。
「ガァッ!」
石を放り出しながら仰け反ったゴブリンに、左の掌打を打ち込む。腹腔の半分程迄、左掌がめり込んだ。尻餅をつき、更に後ろ向きに転がり、尻を突き出した様な姿勢で引っ繰り返った。
後ろから斬り掛かる奴がいるが、合い言葉が無いのでゴブリンと判断する。勢いは付かないが後ろに成っている右足を跳ね上げ、踵で顎を蹴り上げる。牽制にしか成らないが、先ずは其れで十分。右脚の着地に合わせて振り返る。其の壗左拳を顎に、返して左拳背で鼻柱、右掌打を鳩尾、止めに左肘打を胸に打ち込む。
辺りは乱戦に成りつつあった。確かに夜襲で初太刀はとれたが、犬人は狩人では有るが戦士では無い。ゴブリンが防具を着けた壗寝て居た事、奴等が金瘡に強かった事も有って可成りの反撃を受けて居る。
人数面ではほぼ互角。
尚、村には大勢が決する迄門は開け無い様にと伝えて有る。ゴブリン達の目的は村の略奪なのだから、何も此方から目的を手助けする事は無い。仮に、狩りグループが全員討ち死にしたとしても、門さえ開け無ければ此方の勝ち。
近くで棍棒を振り回すゴブリンの後頭部を後ろからド突く。のめってふらつくゴブリンの背中からナイフを突き入れる。此の程度で死んだりはしないのだろうが、流石の痛みに飛び上がる。其処に切り結んでいた犬人の剣が一閃し、首の付け根に深手を負わせた。
「バウ!」
「ガウ!」
私も吠え返して、味方で有る事を示す。
どうやらゴブリン共は斬撃よりは打突に弱い様だ。ナイフ程度では深手を負わせるのは難しい。牽制には使えるが・・・。
只、私のナイフは手首に紐で結んであり、鏢の様に使える。
少し離れた所で棍棒を振りかぶるゴブリンの其の右腕にナイフを飛ばし、紐を巻き付ける。其の壗引くと振りかぶったエネルギーの行き場が無くなり、姿勢を大きく崩す。
そう、此の様にだ。ゴブリンが金瘡に強いといっても、流石に引っ繰り返って剣を腹や胸に突き入れれば致命傷に成る。
剣で相対して手こずる犬人達の援護の為、私は戦場を駆けた。或る者には後ろから蹴りを浴びせ、或る者には横から打撃を加え、又或る者は首を搔き斬った。
深夜に成る前にほぼ、戦の趨勢は決した。
犬人も何名か手傷を負った様だが、深手を負った者は居ない様に思える。
声で点呼を取り乍ら、リーダーを呼びに行かせた。
流石にしんどいが、私の一存でどうするかを決める訳にも行かない。
「くっさ!」
事も有ろうに、ザブザブと川を渡って来たリーダーの第一声は、そんな心無い一言だった。幾ら何でも命懸けで戦った者に其れは無いんじゃ無いか。
「さてどうする?
「俺はいくら戦場とはいえ、この臭い場所に一泊する気はないぞ」
「しかしリーダー、いくら臭いのが嫌だといっても、ゴブリンにまだ生き残りが射るやも知れん。俺は門を開けるのには反対だ」
と、これはワウ。
「そうだが、だからといって、この暗い中で奴らの死体を片付けたりするのも危険じゃないか。それこそ死んだふりとかされたら危ない」
とはハンス。
ならば、
「それならとりあえずはこの場を離れて、門のすぐ外で話さないか」
と言ってみる。
此には皆の同意が得られて、油断はせぬ様、土手を上る。ゴブリンの陣は静まり返っていた。
「お疲れー」
「ご苦労さんー」
村に近付くと、塀の中から労う声が掛かる。ガタガタと閂を開け様とするが、其れはリーダーが制した。
「生き残りが居るかも知れんから、門は夜が明けるまで開けるな」
「おお」
「斯う成ったら、今夜は此処で夜を明かすしか無いな。此処ならば万が一にも援護を得られるし、生き残りが居ても匆々仕掛けられまい。土手もある」
と私が言えば、其れは即リーダーに依って決定された。
灯りを点けた儘、村で交代の不寝番を立てて貰おう。
村から漏れる灯りの中、塀越しに受け取った毛布に包まり、一塊と成って私たちは夜を明かした。
朝に成って余りの夜露に、門にも屋根が必要だと謂う事では全員の一致をみた。




