第六十話 ライバル、異世界の探索をはじめるのこと。
足場の悪い、丘を登る。斜面の南なので、日差しはあるが、暑いと云う程ではない。中腹で一息入れて荷物から水筒をとりだし水を飲む。うむ。半分を切っているので、やはり心許ない。昼食代わりに干し肉を二口程囓る。
一息入れたら再び荷物を担ぎ上げ、頂きを目指す。
やはり不思議だ。
巨大蜘蛛がいたとはいえ、周囲には道の様な物が見当たらない。私は其程辺鄙な所に居るのだろうか。獣道の様な物はあるのだろうが、注意しないと人の脚ではいきどまる事がある。
斜面には茅の様な切り株があり、足下の用心を促す。と同時にこれは近在に村落の存在を暗示している。どんな野生動物であっても、茅を鎌で刈る様な事は出来ないのだから、少なくも近辺に茅を刈って某かに加工し、屋根、もしくは合羽の様な雨具を使用している生き物、つまりは人が存在しているといえる。
こんな物を不用心に踏み抜けば、足裏が怪我を負うのみならず、破傷風等の感染症で命の危険すらある。
足下には注意深く有らねばならない。
目に付いた拳大の角張った石を拾ってみると、硬い。燧石の様だ。試しにナイフの背に打ち付けてみる。ほほう。綺麗な火花が散った。間違いない。水の確保も重要だが、火種があるかどうかも重要だ。燧石を荷物のポケットに入れ、また上を目指す。
程無くして着いた頂きからは、中々の景色が見渡せる。私が脚を置くこの丘の様な丘陵は、東西に長く、南北に幾重にも重なっている。西には遠くに山脈がみえ、遙か東に大洋があるがどちらも遠く、日がある間に着く事は叶わないだろう。飲料水になりそうな物は小川の類だが、私が元居た場所には無かった。ふむ。
うねうねと続くこの丘だが、よく見てみれば西の方で南北に連続して途切れている様にもみえる。この丘陵地帯を南北に貫く川があるのかも知れない。地形全体の傾きも見てみよう。当たり前に考えるのであれば、西に山脈があり、東に海がある。丘陵が東西に連なるのであるから、私の元居た場所には川が流れていなければ可笑しい。それが流れていなかったと云う事は、少なくとも私が居た場所は当たり前の東に行く程低くなる場所ではなかったと云う事だ。水は当然の様に低きを流れる。僅か乍ら、今居る丘が西にいく程低くなっているのも見えた。
よし。ここは尾根伝いに西へ行こう。
そうして改めて丘の頂きを見れば、僅かに人が通って道となった様な痕跡も見えない事もなかった。我ながら何ともあやふやな見立てだが、致し方有るまい。
周囲には大型の生き物が居る様な気配はない。遠くに鳶だろうか、螺旋を描きながら空を登る鳥が見える。先程の啼き声はこれか。となると鳶かどうかも怪しいな。
午後早い内に、丘の裂け目に着く。河と云う程ではないな。小川と云うにはやや大きいが、まあ、川だ。丘陵地帯の中央を蛇行している。尾根伝いの道を気をつけながら下る。午後になって足下の不安も増してきている。これは早い段階で宿を決める必要があるかも知れない。川沿いには得てして集落などが出来易い物だが、どうだろうか。
川原に下ると、地形はなだらかだが転がる岩、石は大きく角張っている。まだまだ海までには下るのだろう。標高を考えればこの先は瀧など無く海にまで出られるはずだ。川沿いの草木や水の中の生き物に注意して水筒を満たす。もっとも、いくら注意したところでミネラル分が体に合わなければ、あるいは人にだけ悪さをする様な病原体が居れば意味はない訳ではある。
ふむ。見た所川沿いには集落の様な物は見当たらない様だ。探索しなければなるまい。とは言え、空を見て最早今夜の宿に其程移動できない事を悟る。
川の浅さから云えば、河馬の様な生き物やそれこそ大型の鯰、山椒魚の類、龍や何かと云った所謂怪物の類は其程考えなくてもよい様に思える。とは言え、ナイル等の大河には鰐等が居るとも聞く。ここはもう少し岸に上がっておこう。大蛇等が出ては意味がないかも知れないが、少し大きめの木にハンモックを吊る。
夕食にまた干し肉を囓り、荷物を枝に掛ける。
まだやや空は明るく、これが日本なら寝るには早すぎるが、早々に寝ておこう。何しろここが日本という可能性はとても低いのだから。
西の山脈に日が沈んでいく。頂には真っ白な氷河が見える。高い山なのだろうな。敢えて登ってみたいとは思わないが、どれ位の高さがあるのだろうか。日本のアルプス山脈ぐらいなのだろうか。それとも世界最高峰のあるヒマラヤ山脈ぐらいだろうか。あるいはもっと高いのだろうか。
そんなまるで益体の無い事を思いつつ、私はこの変わった世界で最初の眠りについた。




