第五十話 主人公、異世界格闘大会で戦うのこと。その一 開幕戦
ヴルドで始めておこなわれることになった格闘技大会は、まあある意味でささやかな物になった。何しろ開催場所は俺たちがいつも訓練をしている訓練場。観客も兵士だけ数百人。全員を非番にはできなかったので、市中巡回には各隊から抽出した特別編成を数隊充てている。その残りが訓練場の中央を開けるように囲んで座り、俺たち参加者が固まって中央付近に立っている。
なんというか、この、「これじゃない」感がぬぐえない。周囲が兵士ばかりということも手伝って、なんだか俺たち参加者が集団リンチをこれから受けるかのような気がしてくる。観客が黙って見つめているせいかもしれない。
参加者はというと殆どが歩兵隊だ。まあ、仕方がない。各十人隊から一名までという参加制限がある以上、一番隊数が多い歩兵が当然一番多くなる。ちらほら弓兵隊がいるが、騎兵の顔は見えない。
しかし、これでどうやってトーナメント戦をするのか・・・。
と思っていたら、観客の方から男が三人立ち上がって中央に進み出てきた。これはまた・・・。観客や参加者はざわついたが俺にはわかった。あれがヴルド三軍の軍長だ。この間ようやく納品できた、全鉄製のヤマザキ式鎧を着ているのでわかる。毎日鎧を磨いているのか、鉄だというのに鎧が朝日に煌めいている。
「諸君!」
訓練場に響く大声だが、決して張り上げてはいない。恐ろしい大声だが、これほどの声でもかき消されてしまうのが戦場の喧噪だ。
「自分がヴルド第一軍の軍長、ガッハである。今回の格闘技大会を主催する。大会の目的は一つ。ヴルド軍全体の徒手格闘技術の向上。そのため、優勝者には新兵訓練において格闘技術教官を勤めることが許される。その他、今自分が着用している新式武具の支給、わずかだが金貨が賞金として与えられる」
おおー・・、と会場がどよめくが、俺自身はあまり美味しくないよね、これ。新式武具っていっても俺が考えた鎧だし、新兵の教官はもうやっているし。せいぜい金貨だけれども、特別買いたいものがあるというものでもない。というか、ヴルド金貨の価値ってどれぐらいなんだ?少なくとも金持ちや公族がたんまり持っていそうということは想像できるけれども・・・。
「試合は二者が戦い、勝った者だけが次の戦いに進める。そうして最後に勝ち残った者を優勝とする」
ずいぶんザックリしたトーナメントだなー・・・。何回戦戦うとかないのかよ・・・。これじゃ優勝するまで何回戦うのかわからないじゃないか。
「戦うに当たって双方徒手として武器、防具の使用を禁ずる。使用した場合は即失格として敗退が決する」
そりゃそうだな。うんうん。
「では、始め!」
は?
今「始め」っていった?何それ?どういうこと?
あっけにとられていたら、後ろから掴みかかられた!その誰かはそのまま投げようとする。しまった油断した。
とりあえずここはそのまま投げられ、受け身をとって立ち上がる。奴は・・・。奴は騎兵だ。俺たち歩兵とは身なりが違う。尤も、俺も革ジャンジーンズなので他の歩兵とは身なりが違うけれど。
奴は両腕を前に突き出し、掴みかかってくる構えだ。ヴルド流ではあるが、打突には慣れていないように見える。じわりと間を詰めてくる。
少し距離をとろうと下がった。
と、ドスンと背中に衝撃を受ける!ぐ。押し出される形で対戦相手の方によろめいた。すぐに掴みかかられてまた投げられる。
立ち上がって周囲を見てから、ようやく状況を理解した。これは、対戦前に騎兵隊の参加者と、桐に反感を持った歩兵のベテランとが手を組んだんだ。そうかい、そういうことかい。
手を組んだ者同士で俺を囲んで、対戦相手だけではなくて、全員で俺をやろうということか。対戦相手の見下すような下卑た笑顔がいやらしい。これが貴族様の笑顔かい。
ふふふふ。
こういうことなら実のところ、やりよう自体は考えている。要するに戦場を想定した混戦、乱戦での格闘戦だ。
切り替えろ。敵は目の前の奴だけじゃない。うん、目の前の相手に一戦一戦全力を尽くしていたら生き残れない。ここはそういう「スポーツ格闘技」の出番はない。いかに少ない力で多くの敵を倒すかが問われる。
まずは目の前のこいつだ。一気に間を詰める。左の掌打を顔面に!当たるが浅い。が、そのまま後ろの右足を進めて、更に右掌打を腹に打ち込む。一丁上がりだ。
ボクシングでいう所のスウェイバックを誘う方法だが、打突武術になれていないと、頭は下がるが腹が出る。この突き出た腹は力が入らないので、ここに入れられると効く。
奴はというと倒れ込み、もがいている。腹に打突を入れてもマンガみたいに気絶させたりはできない。できないが、上手く入ると横隔膜が痙攣して呼吸ができなくなる。今回の奴がそうだ。
「・・・」
苦しそうにもがいてはいるが、呼吸ができないために声が出せない。俺の周りだけ凍り付いた。
とはいえ、このまま呼吸ができなければやばいことは確か。背中を叩けば痙攣がとれることはわかってはいるが、治ったとたんにまた攻撃されるのも業腹だ。
転がっている背中側から近づいて、サッカーボールキックの要領で蹴る。二回ほど蹴ったらとれたらしい。思い切り息を吸い込んだ。
もう大丈夫だろう、距離をとって様子を見る。
奴が何とか立ち上がると、周囲がまるで溶けたように動き出した。なるほど、奴がこのグループ内で一番強いって訳か。奴にも俺が倒せないとなると、あとは指を咥えてみているしかない。盛り上がりには欠けるが、戦術的には正解だ。
マンガみたいに弱い奴から出していくのは「バカ」がする事だ。ヴルド騎兵も少しはまともな奴がいるらしい。「少し」なのが残念だが。
立ち上がった奴からは、見下すような笑顔が消えている。これは。




