第四十九話 主人公、格闘大会への出場を決心するのこと。
新兵への格闘技指導は、桐の訓練日が新兵の訓練日と重なったときに定例的におこなわれるようになった。ヘンス隊長もジーク教官も熱心すぎる。尤も俺たち桐にしてみても「教える」ということを学ぶ機会でもあり、とても充実する。格闘技術自体は「何となく」でやってみることが多く、それが効果的ならばよし、そうでなければやり直し、みたいに割と無駄が多い。
ところが新兵に教えるとなると新兵が理解出来なければ教えられていないわけであるから、こっちも頭を使うことになる。説明を工夫したり、効果が大きい小さいを比較してみせたり。これがとても参考になった。もちろん新兵からの質問なんかは受けたりしないが、ジーク教官の質問を無視するわけにはいかない。また、格闘の専門家、いや、戦闘の専門家なだけあって、質問も鋭い。体を動かすのとは別の所で汗をかいてしまう。
数回にわたって格闘技指導を行い、年を越した頃にまた俺たちに新たな問題が起こった。
つまり、「たかが初年兵如き」が、新兵への技術指導を行うとは何事かと。新兵のみならず、格闘技術教官へもおこなっているというではないか。これは軍隊という命令系統遵守の組織において、組織の存続を危うくする由々しき事態であると。そんなようなクレームがどこからともなく付いたらしいのだ。言い出したのは新しい技術の習得に出遅れた桐以外の十人隊とも、騎兵隊をめざして今訓練を受けている貴族出の新兵の実家ともいわれている。
なんとも・・・。
個人的には正直「どっちでも良い」。教官代わりに新兵指導に当たるなんて、ぶっちゃけ荷が重いのではないかとも思う。クレーム通りに「やっぱり軍隊って考えたら問題ないって訳にもいかんよなー」とも思うだよ。その反面、自分だけの工夫ではなくて、「人に教えること」で得られる恩恵が得られなくなるのはやはり残念だ。
そう思って教官に「いっそ特例を作るとかして、技術優秀な兵士を集めて更に競い合わせて技術を高め、それを更に隊に持ち帰って軍全体の技術を高めたらどうか」と相談してみた。
なんだっけ、もとの世界でもこう言うのあったよね、レンジャーとか、トップガンとか言ったっけ。
しばらくして教官から、返事があった。どうやら事態は更にこじれてしまったらしい。ただでさえ初年兵が指導に当たっていて由々しき事態であるというのに、更にその初年兵が軍組織のありようにもの申すのは何事かと。って言うか、教官、そのまま上に言っちゃっただけじゃなく、俺が言ったってことまで言っちゃったのね・・・。
こうなってはもう侃々諤々だ。ヴルド軍内でこの噂が一気に広まり、生意気な初年兵二年兵は言いたい放題言い出すし、実力が今一な隊長は、部下を抑えるのに四苦八苦。
なぜかジーク教官を始め教官連中は上機嫌で、廊下の端で高笑いしているのを見かけた。わざとかー・・・。
ちきしょう、俺なんか名前も知らない先輩兵に絡まれたのに。兵舎内では手を出すわけにもいかないから、畢竟口喧嘩に近い。先輩とはいえ年下だから、殆ど議論にはならない。こっちの言い分、立場をいくら説明をしても聞く耳を持たない。殆ど言葉尻をとらえては言いがかりをつけるだけだ。全く以て疲れる。
困ったことに上層部でも意見が分かれ、一方では保守的な「軍として斯くあるべし」的な意見を強硬に主張する派ができ、もう一方では「現状のヴルド軍に危機感を抱き、兵数を大きく増やせない以上、兵士個々の戦闘力を高めなければヴルド市が滅ぶ」とまで言い出す奴がでてきたという話だ。後者はジーク教官らしいけれども、工兵隊長やうちの百人隊長も賛同しているらしい。前者は騎兵隊長や、騎兵隊に息子を出している地元の有力者や貴族。
まあねー。鎧や靴がよくなっても、格闘技術が進歩しても、騎兵隊にはあんまり関係ないからねえ。それよりも自分たちの地位を脅かしそうな成り上がりの方が脅威だってことなんだろう。
ああ、東京でもこんな様な話があったなぁ、トリクルダウンって言ったっけ、あのどうしようもないファンタジーを真剣に主張する富裕層。貧困は自己責任のように主張する富裕層。新自由主義とかそれっぽく名乗ってたっけ。どこが新しいのやら。主張自体はティラノサウルスと大差ないのにな。
ああ、こんな剣も魔法もあるファンタジー世界でも、金持ちの考えることは一緒なのか。夢がないなぁ・・・。
とはいえ、三軍の軍長としてはそのまま放置という事もできなかったらしい。まあ、そりゃそうだな。このままバラバラで春の遠征とか無理だもんな。ここでまた新兵の損害が沢山出るようであれば、それこそ軍の存続が危うい。新兵訓練で定数は2,000弱と教わっているが、どう考えても現状1,000人もいまい。これが更に数を減らして500弱にでもなってみろ。新兵訓練もままならず、三軍の維持もできず、ヴルド市を放棄して南下せざるを得なくなる。
そうして出た妥協案が、兵士同士による格闘大会だった。軍歴を問わずにヴルド兵であれば一十人隊に付き一人まで出場でき、トーナメント形式で勝ち上がって、優勝者には新兵格闘技術教官の職が与えられる。ただし、格闘技術なので、武器の使用は無し。
騎兵隊あたりからは「自分たちの力は馬に乗ってこそ云々」という意見も出たらしいが、そんな事いったら弓兵隊は弓で射たがるだろうし、歩兵隊だって集団戦がとか言って、十人隊で出場してしまう。これじゃヴルド軍の崩壊を食い止めるどころか、大会と共に滅んでしまう。
妥協はどこかに必要だ。
当然のように桐からは俺が出場することになった。リサに話をするとなんだかとても微妙な顔をする。とはいえリサよ、これは仕方がないことなのだ。
なーんて。




