第四十八話 主人公、ヴルド軍新兵に格闘技指導するのこと。
リサの過去話を聞いてから二日、俺は何かもやもやしたものを抱えながら訓練、そして巡回を桐のみんなと行った。ウーン、なんだかなぁ・・・。
まあ、そういうもやもやした気分の時に体を動かすのは何となくスッキリして気分はよくなる。問題は全く解決しないけれども。
とはいえ、まあ、問題といっても要するに俺がリサの面倒をみる腹を括るというだけの話でしかない。公園であの先輩兵を伸してしまった以上、奴にリサを譲るといっても誰も納得しないだろう。
うん、それしかないだろうな。
そうやって自分一人納得していると、ジーク教官名義で命令書が届いた。なんと懐かしい。
なになに。
「初年兵、レオ・ヤマザキに、冬月の8日に新兵訓練に格闘技教官補助を命ずる。補助として新兵に格闘技術の実技指導を行うこと」
なんだと。
8日っていえば明後日じゃないか。ウーン。ヘンス隊長にみせたら、その日は昼間が隊の訓練日だそうだ。ということは桐全員でお願いしちゃえばいいわけだね。そういったら、ヘンス隊長は当然のような顔をして諒解してくれた。って言うか、凄くやりたそうだった。
明けて8日、俺たち桐は訓練場に誰よりも早く集合していた。正直早く来すぎた。仕方がないので、みんなで軽く走ったり体を伸ばしたりして暖まる。冬は早朝がいいとか言ったのは、どこのどいつだったか。寒すぎて全然よくない。
しばらくそうしてウォームアップしているとぞろぞろ新兵たちが宿舎から出て来た。
なんていうか、去年の俺たちよりも貧弱に見える。身長はどっこいどっこいなのに、なんというか、ひょろっとして頼りない。大丈夫なのか。
新兵たちが訓練場に整列した頃、宿舎からジーク教官が出てくる。俺たちも新兵の後ろに整列して、全員で教官に挨拶をする。
「お早う。本日も徒手格闘訓練をおこなう。いつもの訓練のあと、本日は特別に狼殺しに教官補助を依頼した。皆、心して指導を受けるように」
ほう・・。?
狼殺しって俺のことか!?
変なあだ名をつけるな!と心の中で叫んでみる。もちろん、眉一つ動かさない。
すぐに散らばって、新兵たちは格闘訓練を始めた。基本は俺たちもやった「とっくみあい」だ。しばらく対戦して、一人が勝ち残る。あー、懐かしいなぁ。他の奴がボロボロになってるのも去年と一緒だ。
「勝者ガス!」
オー。
あれ?でもこれじゃ桐の出番なくね?と思ったら、教官に呼ばれたよ。
「それではこれから新しい格闘技術を訓練するが、その前にどういう技術かを俺と狼殺しが実演する。皆よく見ているように」
あー呼ばれちゃったよ、緊張するなぁ・・・。
「ヴルド流じゃなくていい、自分の戦闘をすればいいからな」
と、こそっと教官がいってくれる。少し気が楽になった。
少し離れて立つと、俺に目配せをして大丈夫か確認した教官が叫ぶ。
「いくぞ!」
まずは定石通りに近づいてくる。正直教官と取っ組み合って、勝てる気がしない。ここはヴルド流ではないが、軽くジャブ。教官が近づく、ジャブ。
かなり勢いを殺せる。いける。もちろん大したダメージはないけれども、教官が前進する勢いは相当殺せる。結構この突進って奴は怖いからな。それでもさすがは教官、両腕でガードをしながら前進してくる。
じわり、じわり。
ジャブで距離を測りながら、回り込もう。教官は右手が前に出ているから、回り込むならそっちだ。戦闘はかなり一方的だ。何しろ教官は何も攻撃できていない。さすがに教官もじれてきた。
来る。
機を見て一気に突っ込んでくる。今度は右に回避。手で掴みかかってくるから、教官の左手は払いつつ、右の掌打を側頭に打ち込む。よろけるが、さすがに倒れず堪える。バックステップで距離をとろう。
教官は周囲を見渡した。俺が予想と反対によけたから、見失ったのだろう。これも桐同士の格闘訓練で経験済み。
かなりクラクラ来ているはずだ。ここで一気に来れば、チャンスだ、期待通りに一気に向かってくる。
カウンターの掌打を打ち込む。
これで完全に教官が沈んだ。
ふー。ほっとした。
あれ?何か周りが静かなんですけど。と思ったら、一斉に沸いた。
「スゲー」とかなんとかいってる。意味不明な雄叫びを上げる奴も居る、と思ったら、桐の先輩だった。おいおい。
「大丈夫ですか」
俺は教官の方が心配だ。が、ヘンス隊長はあっさりと訓練場脇の桶に汲み置きしてあった水をぶっかけた。ああー。隊長、冷静すぎ。
起き上がった教官は素直に俺を褒めてくれる。ちょっと面映ゆい。
「全員起立。それでは桐から、今回の徒手格闘の基本を学ぶ。全員心して聞くように」
教官、タフすぎだろ。
まあいいや。そうはいっても俺たちの徒手格闘にあまり特別なものはない。槍の訓練を徒手格闘に使えるようにアレンジしただけだ。
槍を腰だめにするように拳を構え、槍を突くように突く。これが極めの突きになる。
新兵たちにやらせてみると、みんな基本ができているだけあって、なかなかうまい。それなら今度はジャブだ。
ボクシングの経験なんてないから、これもいってみればヴルド流だ。ボクシングでは、なんて突っ込みは要らん。
要するに極めの突きを突いたそのまま、左掌で突く。体勢はそのまま、体の捻りだけで突くので、それほど重い突きはできない。
これはみんななかなか上手くいかない。そうだろうな、そうだろうな。ジャブを早く打とうと思うと、極めの突きが軽くなる。それでは意味がない。そして、決め技を打った直後に打てなければ、牽制の意味がない。徒手格闘とはいえ、俺たちは兵士であって格闘家じゃない。一人を倒したあとの敵にも対処できなくては。そう考えてのこの連打だ。
さすがにこの場でこの連打ができるようになったものは、教官も含めていない。今後の訓練でできるようになってもらえればいいと思う。
しかし、みんなもうボロボロの筈なのにタフだなー・・・。去年の俺はここまでタフじゃなかった気がする。ひょろひょろだとか思ってごめん。
口には出さないけどな。
ジャブと掌打の使い方については、教官と実演しているからいいだろう。
まだまだこの一年で考え出した格闘技術はあるが、今日一日ではこれが限界だろう。あまり急に教え込んでも、練習しなければ身には付かない。教官にそう伝えて、今日はここまでにした。
兵士の日常はほとんど訓練だ。訓練、飯寝る。訓練、飯寝る。その合間に市中市外の巡回がある。俺たちもその訓練の中でこの技術を身につけ、磨いてきた。はっきりいうが、ここまで徒手格闘訓練をしている十人隊は、俺たち桐以外にはいない。他の隊は結構だらだらやっているし、頑張ってもせいぜいここまでの技術の繰り返しだ。その違いがこの間の圧勝へと繋がった。
俺はそう思って居る。もちろん味方兵士を格闘で倒したことは問題にはされたらしいが、当日は双方共に非番で軍務についている最中のことではなかったこと、それから目撃者の証言から俺が一方的に絡まれたこと、それからなんといっても何年もの軍歴がある兵士を圧倒できる技術そのもの。
これらが勘案されて、俺はお咎め無しとなった。ギャガは、まあ、格闘の結果そのものが刑罰に相当するとなった。
これでしばらくは枕を高くして眠れる。




