第三十八話 主人公、秋攻勢に備えるのこと。
オレにとって二度目のヴルドの秋が来た。
秋。
一般的には作物の収穫の時期、実りの秋。
そして、ここヴルドでは周辺の村々が農閑期に入ることで、兵力増強の秋。まあ、徴兵の秋だ。今年も村の人口にあわせた割当人数が村々から集まってくる。
今年も徴兵にあたっては兵力を割かない。というよりもこのところやや増えつつあった兵力が夏の哨戒で激減してしまっていて、それどころではないというのが実情なんだろう。たぶん、増えてきたことが逆にベテラン兵の増長を招いた側面が否定できない。
組織的にはガタガタで、上層部では今後の戦い方についてもの凄い議論をしているという話も伝え聞く。議論自体はオレには関係ないけれど・・・。
昨年の襲撃を受けて、俺たち桐は新市街防衛隊に配置された。桐の他には梅、橘、椎、樺、それに工兵隊韮が配置されている。ここは弓兵隊が必要だと思うんだけどなぁ・・・。
それにしても60人規模の駐屯だから、ヴルド軍としてはかなりの数になる。北門に近い民家だったところを改築してこちらに主力の橘、椎、樺、韮。俺たち桐は梅とともに西端の宿屋に泊まる。
あきづきに入って数日。比較的ゆったりしていた俺たちだが、街道をちらほら周辺の若いのが歩いてくるのが見えてくる。
いよいよ始まった。
宿屋からみているとまあ、割とちゃんとした奴らもいれば、かなりヨレヨレの奴もいる。俺たちもあんなだったのだろうか。
まあいい。
河の水量が下がってきているのは例年通りらしい。昨年はそこを渡河された。まあ、それは陽動だった訳だが。
今年の俺たちは陽動の速やかな制圧が求められている。確か夕方だったな。とはいえ、新市街の防壁自体は土塁レベルだし、北門も西門もそれほど堅固ではないから、どこを突破されるかなんて、わかったものではない。
夕方から深夜にかけて、交代で土塁の巡回をする。
が、これが実は結構怖い。灯りを持ったら、敵の動きが見えないという指摘で、松明さえもてない。
そして、ヴルドの夜は闇だ。いや、喩えではなく、文字通りの闇になる。数軒の飲み屋には入り口に明かりをともすが、一般家庭は日没とともに寝静まる。
いや、起きている人間はいるのかもしれないが、窓ガラスなどないので、冷え込んでくる夜風を防ぐために窓を閉めたら、中の灯りが漏れてこない。まあ、この冷え込みなら、寒さに耐えようと思えば、布団を被って寝床に入ってしまうのが一番だろう。
その真っ暗なヴルド新市街周辺を俺たちは交代で巡回する。
鎧の下はいつもの革ジャンだが、上っ張りを羽織り、兜を被り、槍、盾を持ち、帯剣して5人隊で一組だ。
宿から出たらまず西門へ向かう。日のあるうちは開けてあるが、日が暮れると鉦を鳴らして、門を閉める。それも俺たちの仕事だ。
遠くでは同じように北門を閉める鉦の音が聞こえる。鍋を叩いているような音だが、この鉦は鍋を仕立て直したものなので、あながち間違ってはいない。安っぽい。
鉦を鳴らしてから四半時。東京で言えば30分ほど待ってから門を閉めていく。む。
今まで気付いていなかったけれど、この門と河の間って結構防御が緩いな。まあ、河を土塁で堰き止める訳にはいかないから、ある意味仕方がない。門からは新市街の耕作地に水を引き込む小川が見える。
旧市街の水路でもそうだが、これらの耕作用水路は定期的に浚っているらしい。浚った泥はそのまま畑の土にするのだとか。意味分からんが。
それも工兵隊の仕事だと韮の人に訊いた。
大変だな。
門を閉めると閂をしっかりかける。門から右手、北に向かって土塁の上を進んでいく。
暗くなってくる畑を遅くまで働いていた新市街の農家の方が帰ってくるのが見える。穀物などの収穫は終わったけれども、まだまだ秋野菜、冬野菜があるらしい。青々ととはいかないが、畑にはそれなりにまだ緑がある。ちらほらと白い色、赤い色が見える。大根や何かだろうか。
帰ってくる農家の方に声をかけて、一人一人確認する。もうすっかり顔なじみで、顔なんか確認しなくても分かるのだけれど、これも仕事だ。
農家の方がいなければ、俺たちがいくら威張ったところで飢えて死ぬ。女子供とは言うが、女がいなければ人が減る。子供がいなければ未来はない。ある意味では金持ちの貴族連中など、彼ら市民が安心して暮らせるようにするための奴隷のようなものだ。
そこは俺たち兵士も変わらない。代々の兵士の中には勘違いしている輩もちらほらいるが、そんな奴は戦場で真っ先に死んでいく。
って、ヘンス隊長が言っていた。
四半時ほど土塁を進むと、前の方から橘隊の人が見えてきた。あちらでも桐同様に五人隊で巡回をしている。向こうの人数が多いのは、同時に北から東に巡回しているためだ。
そういえば、東側ってどうなっているのかな・・・。来年は海水浴も兼ねて、非番の日に見に行ってみよう。魚は美味しく食べてるくせに、こういうところが抜けている。いかんな。
「ヴルド新市街北西。巡回異常なし」
「ヴルド新市街西北。巡回異常なし」
お互いに声を掛け合って、元来た道を戻っていく。あ、あいつはそういえば新兵訓練で一緒だった奴だ。名前は覚えてないが、この夏を無事に乗り切ったのか。春夏の作戦でずいぶん死者が出ているから、こういう見知った懐かしい顔を見るのはなんだか嬉しい。
きびすを返すと日はとっぷりと暮れている。西の空にやや明るさが残っているが、山陰になるヴルド周辺はもう暗い。
足下に注意しないとな。
それにしてもオレ、なんでこんなことやってるんだろうな。我ながらとても不思議だ。状況に流されているうちに、こんなところで兵隊をしている。
西門につく頃には西の空の明るさも消え、ヴルドの夜が来た。
宿に戻ると次の巡回を担当する梅一に引き継ぎを行って食事をとる。
うむ。旧市街で温々するのもいいけれど、こうして最前線に立つのも悪くないな。何しろ宿屋のボリュームのある食事が食べられる。
次の巡回まで、俺たちは宿屋の食堂で仮眠をとった。鎧のまま眠ると首が痛くなる。




