第三十七話 主人公、ゴブリン軍についてあれこれ考えるのこと。
夏から秋にかけての域外調査については全体的におとなしいものになったようだ。何しろ俺たちの損害はこう言ってはなんだが結構なものだった。
春先でも初年兵を中心にバカにならない損害が出た上に、防衛を固めるための域外調査でベテラン兵、特に十人隊長に死者が出たのだ。このままではいくら徴兵したところで戦力不足になっていくのは間違いない。また、いくら徴兵してもそのままでは戦力にはならない。秋から冬にかけての基礎訓練、更に春から夏での実戦訓練を経て、ようやく戦力になると言える。
これがファンタジーゲームでよくあるような、ゴブリンが雑魚で、プレイヤーがちょっと経験つめばバッサバッサと倒していけるようなそんな状況だったらよかったのだろう。現実って奴は甘くないんだな。実際のゴブリンは「亜人、亜人間」と言えるほどには知恵があり、生き残るためには必死で闘い、戦いに勝つためにはどうすればいいかを必死で考える。
とはいえ、ゴブリンの行動には何かちぐはぐなものがある。
弓兵が味方歩兵の背後に箭を射かけるかと思えば、圧倒的優位な地の利を得たり、領土宣言をして警告してみたり。ヴルド語を使ってみせたこともそうだ。戦上手が全体のトップにいるのは間違いないにしても、その影響が隅々まで行き渡ってはいない。
そういえば、昨年秋の襲撃でもゴブリンだけではなくてコボルドも参加していたな。部族外との連携もしているのか。それにしても、向こうから仕掛けてきたときにはかなり手強い。
あ、山賊の砦を攻撃したときは拙かったな・・・。
なんなんだろうな、この変な感じは。
そういえば、酒場のあの子はあのあと会いに行ったらまともには相手にしてもらえなかった。なんだこれ。あっさりと別の兵隊に乗り換えてる。
ぐぬぬぬ。兵隊なら誰でもいいのか。
いや、違うな。誰でもいいならオレでもいいはずだ。
オレではまずい理由といえば、そうか。お咎めを受けたからか。出世の見込みが無くなったってか。
グー・・・。悔しい・・・。とはいえ、そんなになってもまた龍の吐息にいく。ここで店を変えるのはなんだか悔しい。大体向こうから声をかけてきたんだ。俺はここの飯と酒が気に入って通っているんだ。
あの子に会ったって反応してやるものか。飯だ、酒だ。くそ。
それにしても、ゴブリンがヴルド軍さえろくにできない兵法を使うのがとても気になる。
こう考えることはできないか?
村の防御が拙かったのは、村にはゴブリンの正規軍がいなかったから。ふむ。
それなら山の砦は?
ウーン。ゴブリン軍も一枚岩ではなくて、改革への抵抗勢力がいるとしたらどうだ?組織化された軍というものへの反抗で、これまで通りの略奪を考えた、部族単位の集団・・・。
となるとアレだ、ここ数年ゴブリンが強力になってきているのはゴブリンの部族をまとめ、組織化し、訓練し、コボルドたちと連携を図ろうとする「誰か」あるいは「何者か」がいるってことか。
いるというか、出てきたのかな。おそらく色々なところで成果を挙げているだろうから、それにあわせて発言力を増してきているのか。ウーン、こういう時にユーラがいると考えがまとまるんだけどなぁ・・。
まあ、酒飲み友達にはサンダの方が良いのだけどな。久しぶりに奴らと会って酒を飲みたいな。
翌日の訓練では久しぶりに弓をとった。
なんというか、兵科選別の時以来だけれど、何となく考えるのに向いている気がして。
弓を持ち、射的場にいく。的は20メートルほど離れた場所にある。よくわからないがコルクのような柔らかい木でできていて、矢がよく刺さる。
射かける位置に立ち、弓を構える。右手には箭を二本。
弓を持つ左手の人差し指で箭を押さえる。矢筈を弦にかける。頭上に掲げて両腕を左右に割るようにするとそれほどの力をかけなくても結構弓が引ける。
ギリギリと引き絞り、狙いをつける。
フッと力を抜くと箭が飛んでいく。ポス。
かわいらしい音がして刺さるが、これで結構な威力がある。ヴルド正規軍の鎧を貫通することは確認済みだ。
右手の箭をもう一射。ぽす。
背中の箙から、もう二本箭をとって構える。
ぎりぎりぎり・・・。ぽす。
ぎりぎりぎり。
ぽす。
なんていうのか、東京にいる頃、テレビとかでみた流鏑馬だっけ、ああいう華はないな。ヴルド弓術は。
ひたすら実戦的だ。とはいえ、弓で闘ったことはないから、本職からはバカにされるだろうが。
箙に入っていた10本を射終わると何か頭がスッキリした。
ついでに槍をやっておこう。巻き落とし、払い落とし、突く。
巻き落とし、払い落とし、突く。
なんかこう、あれだな。弓でも槍でもそうだけど、こういう気分で体を動かすのには、あまり武器術ってのは向いてないな。なんかシャドーボクシングとか、中国拳法とかみたいなものの方が、ストレス発散には向いている気がするわ。今度工夫してみようか。
巻き落とし、払い落として突く。
とりあえずなんだっけ、拳をひねり込むように打つべし、だっけか。オレってなんか変なことは覚えているんだなぁ・・・。
生年月日とかは綺麗さっぱり忘れているのに・・・。ふしぎだ。
体をめいっぱい動かして広場の噴水で汗を流したら、一晩ぐっすり眠れた。
季節はこちらに来てから二度目の秋を迎えようとしていた。




