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第三十五話 主人公、敗戦について問いただされるのこと。

ふらふらになった俺たちがヴルド北門についてからヴルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。これまで攻められたときはまだしも、こちらから出て行った戦でここまでひどく叩かれたことはなかったんだろう。それはそれは。


新市街の中程に戻るまでにヴルド軍からは回収部隊が着き、俺たちをどんどん戸板の担架に乗せて運び出す。死体みたいで嫌なんですけど・・・。

とはいえ、寝転がって毛布を掛けられるとあっという間に眠り込んでしまった。





目が覚めるとあたりは薄暗い。ヴルドに帰ってきたとき、時刻がどうだったかは既に覚えがない。よく寝たのかあまり寝ていないのか。さて?


傷病者のうめき声と、無傷のもののいびきが地味にうるさい。新兵用の寝室に寝かされていたのか。ヴルドの医療はほとんど無いといっても良いからな・・・。


腹が盛大になった。


食堂からいい匂いがしている。残り物でも構わないので、腹に何かを入れたい。ふらつく足腰に気合いを入れて、食堂へ行ってみる。


食堂に顔を出すと、おばちゃんから盛大な歓迎を受けた。痛い痛い、叩かないで。こっちで怪我しちゃう。

おばちゃんによれば、何人かは寝込んだりしないでいたそうだ。寝入ってしまったけれども起きて食事をとり、待機しているものも何人か。


「どれぐらい?」って訊いたら


「一っ時」っていうから、大体地球時間の2〜3時間ぐらいだろうと当たりをつける。すると帰ってきた日の宵の口か。


ヴルド軍の夕食はスープなんだよな。いつもはボリューム不足でもっとガッツリいきたいって思うのだけれど、こういう時に胃に優しい料理がいい。

っていうか、野菜しか入ってねえし!


「ごちそうさま」



食事を終えたら、桐二の自室に帰る。ドアを開けたら、桐二のメンツはオレが最後だった。チェ、なんだかいわれのない敗北感だぜ。


よう、とか、ウスとか、軽く言葉をかけて自分のベッドに座る。


「桐一の様子はどうですか」


「よくないな」

というのはヘンス副隊長。

「ヴァルガ隊長、ラグが負傷したから、指揮官がいねえ。それは蓼、楓も一緒だ。当面俺たちは開店休業さ」


それはまた。


オレが司令官なら副隊長を隊長代行にして、訓練や巡回だけは欠かさないようにするけどね。全戦力の3%も遊ばせておける余裕はヴルドにはないと思うけど。特に春の遠征で何人も失っている訳だし。


「とはいえ、隊長は全然元気だ。ベッドの上だから作戦の指揮は執れないが、サボっていたらオレがドヤされる。巡回はできないけれどもその分みっちり訓練するからな」


だって。そりゃそうだよね。


それから2、3日は訓練に明け暮れた。訓練、飯、訓練、飯、ねる。訓練、飯、訓練、飯、ねる。訓練、飯、訓練、飯、ねる。三日か。


体の勘が戻ってきた頃、百人隊長から呼び出しを喰らった。思い当たる節といえばアレしかない訳だがどうなんだろうか。



扉の前に立つと大声で呼ばわる。

「桐二、初年兵レオ・ヤマザキ。呼び出しにより参上しました!」


「入れ!」


イメージではでっかい執務机の後ろでにらみを利かせていそうだったが、実態は壁に向かって割と小さな事務机についていたのが百人隊長だった。椅子というか、床几しょうぎのようなものに腰掛けていて、こっちに向き直る。


黒く日焼けをしていて、しわが多い。老けて見えるがたぶんまだ三十代だろう。


「お前がレオか」


「はい!」

オレの背筋は伸びまくりだ。このまま伸び続けたら、日が暮れる頃には天井に頭が届く。


「うん。呼び出したのは他でもない、先日行われた遠征で少し情報が不足していてな。一般兵士からも訊かなきゃいけなくなった。報告の内容でお前の処分が変わることはないから、包み隠さず言うがいい」


マジか。処分されるの確定してるんだ・・・。

「はい」


「まずお前ら桐は、ヴルド北方の広場に一泊した。ここまでの情報は皆一致しているので、返答不要だ。

「翌朝、蓼、楓と分かれて桐は広場の北側にある小川を渡った。相違ないか?」


「はい」


やべー、なに訊かれるんだろう。


「小川を渡ると丘に登り、周囲の記録を行った。

「その後、越えた丘を下って次の丘に登りはじめたときに、奇襲を受けた。相違ないか?」


は?

何言ってんだ、このオッサン?


一瞬百人隊長がなにをいっているのか分からなかった。オレとしては一所懸命、ゴブリンがなんていったのか思いだそうとしている最中だったので、そこの前提を思い切り外された。


「口を閉じろ、レオ初年兵」


あ、しまった。アホ面さらしてしまった。


「あ、はい。ええと・・・」


ひゃ、百人隊長の目が怖い・・・。

オレは口を閉じ直して、改めて慎重に開く。


「私の体験とは異なるようです」


それまで恐ろしげな表情と、おかしげな表情が同居していたようだった百人隊長の顔が一変した。能面のように表情が無くなり、感情が分からない。


「ほう・・・。いってみろ」


「我々はヴァルガ隊長の指揮の下、直前に登った丘と同様に、次の坂も登り始めました。中腹まで登った頃に、自分たちの領域を侵そうとしているから止めるように、止めないのであれば実力に訴えるという警告がありました」


「ほう。それは誰が行った警告だ?」


「誰かは分かりません。しかし、声の調子から蛮族だとそのとき思いました。蛮族特有の甲高い、耳障りな声でしたので」


「なるほど。続けろ」


「隊長はそれに対して、自分たちも進軍する命令を受けているから、引くことはできないといいました」


眉がぴくりとはねた。こええ。


「そこで交渉が決裂したので、隊長は俺たちに進軍命令を出しました」


うわー・・・、周りにいる補佐の人の雰囲気までヤバイよ。


「それで」


「それで俺たちは進軍することになった訳ですが、最初の警告の時に投石がありまして」


「なぜそれをいわなかった?」


「あ、いえ、投石といってもあたらないように投げられていて、明らかな警告でしたから」


「どうしてそういえる?」


「交渉が決裂したときには、もっと近くの足下にあたらないように、また、変に跳ねたりして俺たちにあたらないような位置に投石されましたから」


「分かった」


「二度の投石で、奴らが俺たちにあてようと思ったら、簡単にあてられるということが分かったので、オレは盾を掲げて動かないようにしました。斜面を進軍すれば、盾で体を守ることができませんから、こういってはなんですけれども、進軍は下策だと思いました」


「ヴァルガはどういう状況で負傷した?」


「隊長は」

唇が乾く。喉が渇く。


「隊長は、進軍命令を出したあと、自分自身で先頭を切って坂を登っていきました。オレは盾の影に隠れていたので、直接見てはいませんが」


百人隊長達の雰囲気が少し和らぐ。


「すぐに隊長の叫びが聞こえたので、オレは盾の隙間から隊長を確認しました。隊長は叫びを上げながら、坂を転げ落ちてくるところでした。

「オレが、あ。私が」


「いい」


あ、そうですか。


「盾を掲げながら側に行くと、隊長の腕が折れていました。副隊長に知らせて、撤退命令を出していただくように進言しました」


「ヘンスはすぐにいうことを聞いたのか」


「いえ、副隊長は少し考えられ、それから撤退命令を出されました」


「その間ヴァルガはどうしていた?」


「突撃命令を繰り返しだしておられましたが、ご本人が既に戦闘不能でしたので、正式にヘンス副隊長が代行権限として撤退を」


「ヴァルガが権限委譲を行ったという訳ではないんだな?」


「はい。ただし、副隊長は隊長の一番傍にいた私から話をしていますので、正式に権限委譲があったと受け取っていると思います」


「なるほど。

「ところで、お前はあのまま突撃していたら戦闘に勝って丘を占領できていたとは思わなかったか?」


「いいえ。とても勝ち目があるとは思えませんでした」


「それは」


「それは一つに、蛮族の数が分からなかったからです。相手が一人であればあの人数でも楽勝でしたでしょう。ですが、警告があった時点で数は分かりませんでしたし、数が分からないことでより危険だと思いました」


「どういうことだ?」


「敵の数が分かればある程度の作戦が立てられます。強襲にしても撤退にしても、包囲にしても。数が分からないということは、奴らは「作戦が分かる」ということです。こちらに「作戦」があって、色々考えることを奴らが分かっている。これは危険だと思いました」


「・・・」


「更に、敵の方が上をとっていました」


「?」


「戦闘では上をとった方が圧倒的に有利です。下から上に向かうのは大変ですが、上から下へはとても簡単です。今回敵が行った投石が分かりやすいのですが、下から投げあげても敵にはほとんど届きませんし、届いたとしても敵を打ち倒す力はほとんど無いでしょう。また、投げあげた石は敵側からすれば攻撃手段になりますし、投げ落とされた石は小さなものでも手ひどい怪我を受けます。

「更に投げあげ、投げ落とされた石が斜面の石を転げ落とします。これは上に陣を構えた軍を襲うことはなく、下の軍を襲います」


「なるほど」


えーっと、ヴルドには兵法がないのか・・・。そっか。

それからオレは、延々とけが人の手当について聞かれ、駐屯地での隊長同士の諍いについて聞かれ、帰路での行軍について聞かれた。


どひー・・・。開放されたときには3日間の訓練で養った英気を全て払い戻していた。

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