第三十二話 主人公、二度目の遠征に従軍するのこと。その一 出征
久しぶりに非番になったので酒場に行ってみる。俺の名前を呼んだあの子の事は気になるし・・・。
こういう時はチームや同期を誘わずに一人だ。新市街まで脚を伸ばして、龍の吐息の暖簾をくぐる。あ、いや、ヴルドに暖簾がある訳じゃない。ものの喩えだ。ヴルドは東京のような引き戸が少ないので、暖簾は似合わない。
巡回と訓練を終えて、かなり疲れはあるが明日は非番。最悪、つぶれてしまっても構わん。できるだけ隅っこの方のテーブルがいいな。
隅のテーブルで店全体が見渡せる席に座る。まずはいつもの麦酒だ。鳥の串焼きも頼んでおこう。
最初に来たのは漬け物か。今日は葉っぱのような野菜をつけてある。うむ。
すぐにスープも来た。今日は何かの乳で煮込んで、乳白色。いつものパンをつけて食べる。
漬け物とスープは頼んでないが、いつも頼まなくても出てくる。まあ、お通し?
そうか、香辛料が少ないのか。香草は使ってるみたいだけど、あまり辛みや旨みは多くない。まあ、旨みについては日本以外で認知されたのも20世紀末だっていう話だしな。
そうこうするうちに酒と串焼きが届く。ヴルドの器はみんなどうにも厚ぼったい。マグがでっかくなっただけのようなジョッキだ。
あーこれこれ。このヴルドの麦酒にもすっかりなれたな。ビールよりも弱い気がする。あ、ビールの強さは知らないよ?親戚から聞いた話と比べてね。うん。
こんがり焼けた鳥を囓る。麦酒で流し込む。
あー、旨い。
スープの皿が綺麗になり、一心地ついたので店を見渡してみよう。今日は飯食いに来た訳じゃないんだ。
今日も大勢のヴルド兵と、何人かの市民、それに店の女の子がワイワイやっている。この間のあの子はと・・・。
ああ、いたいた。忙しそうに働いている。テーブルに呼ぼうかと思ったがやめた。誰だって、仕事の邪魔はされたくないだろう。
うむ、来る時間帯を間違えたか。もっと遅く、客が空いている時間に来ないといかんな・・・。とはいえ、ヴルドに時計はないからなぁ・・・。
ウーン・・・。今度来るときはどこか別の場所で食事してから来るか・・・。
追加で頼んだ焼いた肉と麦酒を平らげて、早々に引き上げる。あの子がこっちをみるので、一応笑顔で挨拶だけしておく。話しかけるのはちょっと申し訳ない。
いい気分で渡しを渡って、北門をくぐる。門衛はみんな先輩だから、挨拶はしっかりとね。
翌日の非番はのんびり過ごして、俺はまた通常任務に戻る。
「哨戒任務の命令が下りた」
おお、隊長、そんないきなり。
「俺たち桐の他、蓼、楓の三隊で周辺の哨戒に出る。蛮族の村を発見したら、記録し、報告するのが任務だ」
蓼と楓は初年兵がいないのか。本格的な任務だな。ところで記録ってどうやるんだろう?これまでまともな紙なんてみた事無いんだが・・・。授業に使ってたような教科書とか、兵員登録に使ってたのは、何かの革だし。
ウーン・・・。って言うか、この辺も要改善だよねえ。炭もないとか言ってたし、鎧兜も使いにくいし、紙もない、か。不便すぎだろ。
武器の鉄もなんだか柔らかいんだよなぁ・・・。
「質問はないか。ないならすぐに出発だ。支度をして準備でき次第、正門前に集合!」
すぐに支度をしないと。
まあ、装備はこの間の遠征とほとんど同じだ。違うのは「靴」。今度の遠征ではある意味で俺様製「ブーツ」の実戦テストといっていい。あー、それでか。遠征以来初の外征というベテラン兵向けの任務なのに、初年兵のいる桐が唯一組み込まれたのは。
東京から履いてきたブーツは予備に持っていこう。これは道のないところをガンガン踏破するパターンか。靴のテストだもんね。茅を本当に踏み抜かないかを確認しないと。
あー。
茅の切り株があるってことは、ゴブリンは茅を「何か」に使ってるんだな。屋根か、雨具か。
なんだか最近、兵士っていうか、職人みたいになっていないか、俺?
いやいいんだけどさ。東京に限らず、現代日本じゃなんだかんだいってもあまり物作りの機会っていうのはない。けっこうな田舎でも生活用具から作るなんてことはないしな。
料理でもなんでも、ものを作るのは結構楽しいよな。東京じゃそうは思わなかったけど。
食料、武装、装備品一式を携えて、俺たちは宿舎の正門に集合した。
「蓼、楓、桐!全員集合!今回の指揮は便宜上、蓼隊長クラッグが執る。相互に装備を確認して出発」
みてみると全員がブーツを履いている。ちょっと嬉しい。先頭は蓼、それに桐が続いて、殿は楓になる。
旧市街を行進して北大門をくぐり、河は分乗して渡る。渡し場から新市街を北に抜け、北門前の広場で一旦止まり作戦指示を受ける。オープンだなー・・・。自衛隊とかはこんな事しないだろうなぁ・・・。クラッグ十人隊長から、簡単なルートと注意点、禁止事項を説明される。
なんか気がついたら周りに新市街の人だかりができてるんですけど・・・。なんだか飲み屋の女の子が多い。そういや「兵隊さんはモテモテ」とかいってたっけ。あの子は来てるかな。いや、きょろきょろしたりできないけどさ。
ブリーフィングを終えたら早々に出発していく。隊列は市内行軍時に準じる。
新市街の北門からは畑に延びる道がある。1キロほどもいけばすぐ原野だ。獣道のようになる。
去年の秋、春先に続いて三度目だが、季節によってずいぶん風情が変わる。かなり暖かくなってきたせいか、草木がぼうぼうに伸びている。
獣道なんてほとんど解らんじゃないか。
先頭がソードで道を切り拓いていくが、ソードではやっぱりやりにくそうだ。この辺も要改善だなぁ・・・。また一つ改善しなくちゃいけないことが増えた。




